嵐の中に
私は列車から降りました。
駅なんだから携帯はダメでも公衆電話ならある。
なくてもどこかの家で電話でも借りられれば……。
「借りられれば……どうなるというんだ?娘さんを助けられるとでも?」
自分の口から出た言葉にショックを受けて私は立ち止まりました。
電話を調達して、担当さんか友人かに調べてもらって、それからどうするのか?
「事故はなかったとわかればいい。事故が起きていたら何ができる?事故が起きる前に汽車を止めてもらうのか?無駄だ、百年前に起きた変えられない事実なんだぞ。起きてしまった事故を避けることはできない!」
そう、調べてもらって実際に事故が起きたとわかれば、もう私には打つ手がない。
全ては昔、もう終わってしまった出来事なのですから。
それにもしも……
「もしも娘さんの死亡記事を見つけてしまったら?死者の名簿に彼女の名があったら?俺は何をじいさんに伝えればいい?なんといえばいいんだ?」
ぼんやりそんなことを考えながら歩き続け、小さな駅の駅の正面玄関に辿りつきました。
公衆電話も出入り口の傍らにありました。
しかしその電話をかける勇気はもうありませんでした。
「第一、もう…………遅すぎる」
もうひとつ失念していたことをこの時に思い出しました。
あの時代の汽車の運行時間です。
現代に比べれば本数は少なくて一日にたったの三往復だけ。
そしてあの時、娘さんは確かにこういっていました。
『二日後の夕方にもう来る』
思い出したとたんに私は愕然としました。
乗るとすれば街からの三回目の汽車に乗るつもりだったということになります。
私が始発駅まで戻り、そこから迂回して村へ帰りつくのは夜遅くになります。
それからじいさんに連絡して『汽車に乗るな』とでも電報か何かを送ったとしても、とっくに手遅れなのです。
「間に合わないのか、どうやっても……」
私は頭を抱えました。
娘さんは汽車には乗らなかったかもしれない、村へは来なかったかもしれない。
悪天候なんだから延期したに決まっている。
そう思い込もうとしました、しかし。
「何度も何度も『よろしくお願いします』って真剣に頼んでたよなぁ……」
そんな彼女が約束の日に来ないとはどうしても思えませんでした。
『……行き臨時列車は間もなく発車いたします。本日の運行はこれで最後となります。ご乗車される方はお急ぎください』
アナウンスに私はハッと我に返りました。
重い両足を動かして改札をくぐりました。
そして発車間際の列車に近づいていきました。
「俺にできることはないんだ。遠回りして帰るしかないんだ……」
列車に片足を乗せかけて、私は止まりました。
ホームの先に目を向けると、木々は大波のようにうねり、風と雨が渦を巻いて荒れ狂っていました。
列車が止まるのも当然なくらいに。
私は黙ってその光景を見つめていました。
「お客様?お乗りにならないのですか」
不思議に思った駅員が声をかけてきました。
私は何も答えずに黙って嵐を見つめていました。
「お客様?お客さ……」
「いえ、いいんです」
「ハァッ?」
「私は……乗りませんから」
そういうと私はまっすぐに歩き始めました。
ホームの端に向かって。
「ちょ、ちょっとお客様!どこへ行かれるんです?」
「次の駅まで歩いていきます」
慌てて追いかけてくる駅員に振り向きもせず、私は歩を進めながら答えました。
すると駅員は驚いて私の肩を捕まえ引き戻そうとしました。
「危険ですよ!現場は土砂の撤去が終わっていないし、まだまだ崩れそうな場所はいくつもあるんです」
「わかっています。でも私がいますぐ戻らないと、もっと大変なことになるんです……いや、なっていたかもしれない、かな?」
意味のわからない言葉に呆気にとられている駅員を置いて、私はホームから飛び降りました。
外に出たとたんに雨が私の顔を激しく叩き、暴風が息もできないほど吹きつけてきました。
目と口元を両手でカバーしながら私は線路の先を凝視しました。
ほんの数十メートル先さえ見えないほどの暴風雨による灰色のカーテン。
強烈な向かい風の一撃に転びそうになりながら、私は前へ進みました。
後ろから駅員の声が聞こえました。
「危険です、戻ってください!」
「すいません、こっちも人の命がかかってるものですから!」
大声で怒鳴り返してから、私は渦巻く嵐の、更に奥へと進みだしました。




