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百年前の同居人  作者: 境陽月
ふたつの嵐
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事故は起きたのか?

(家の中に閉じこもっていれば安全なんだが。家自体は大きな被害を受けた形跡はなかったし。畑を心配して外に出たりしてなきゃいいけど。それになにか……)


じいさんのことも心配でしたが、心の隅にもうひとつ何かひっかかっていました。

何かを見落としているような…………。

黒雲におおわれた今日の空のように心の中に広がる不安を押さえつつ、私は記録を読み進みました。


「えと……洪水?……川下流ニテ堤防、決壊。轟々タル濁流ニ家々流サレ。かなり被害が出たんだな。それから……駅間ニテ土砂崩レ、アリ。通過中ノ汽車、……?土砂崩れで汽車が停まったということかな」


先程見つけた鉄道会社の名は、この文中にありました。

駅の名前からすると現在停車中のこの駅の少し先、村の手前で土砂崩れが起きていたようです。

丁度その時、車内放送がありました。


『お客様に大変ご迷惑をおかけしております。土砂崩れがあり線路に被害が出たため運行が不可能となりました。申し訳ありませんが、この列車は当駅にて折り返し運転となります。なお、運賃払い戻し等……』


乗客の間からため息とブーイングがもれました。

この鉄道がダメとなると、始発駅まで戻って迂回路線でいくか、バスを乗り継いで山越えするかしかありません。

しかしどちらも時間がかかる上に、またしても通行止めになる可能性も少なくありません。

私もガッカリしながら、どうするか考えました。


「仕方ないなァ。帰るのは明日にして引き返すか」


それが一番現実的な手段でした。

どうせなら実家まで戻って父と対面すべきかもしれません。


「じいさんのことは気になるが俺の方だって……じいさんの?」


何かがひっかかりました。


(じいさんのことが心配なのか?いや、じいさん自身は家から出なければ安全なはずだ。じいさんのことじゃない。じいさん自身じゃなくて……娘さん?)


嵐の日にわざわざ出かけたりはしないだろう、最初はそう考えていました。

大雨の降る中、資産家に嫁入りした娘が来るとは考えにくい。

汽車だって悪天候の時は運休するのが当たり前だ。


(でも汽車は運行していた、そして村の手前で土砂崩れがあった。そして、どうなった?)


嫌な想像が頭に浮かびました。

私は慌てて記録の続きを読もうとしました。


「ダメだ、インクが滲みすぎてて……くそ、全然読めない!」


嫌な想像がより鮮明なイメージで浮かんできました。

豪雨を突いて走る汽車、客車の窓から外を不安げに見つめる一人の上品な女性客。

その前方の崖が突然崩れ出す、運転士がブレーキをかけ、車輪と線路の間に火花が散る。

それでも間に合わず土砂に突っ込む汽車、轟音を上げて脱線し横転する客車。

そして悲鳴とうめき声の中で、客車の下から見え隠れする女性の腕……。


「馬鹿な!俺は何を考えているんだ」


他の乗客がビックリするような大声を出して私は立ち上がっていました。

人目があるのも忘れて私は声高に独り言を続けていました。


「事故があったとは限らないじゃないか!それに彼女が乗っていたとも限らないんだ!みんな俺の想像にすぎな……いんだ」


私の声のトーンが急速に落ちました。

ここが車内で他の乗客が皆私を見つめていると気がついたんです。

いやはや、あの時はかなり恥ずかしかった。


「す、すいません。ちょっと考え事してたもんですから」


赤面して頭を掻きながら、座りなおして私は携帯電話を取り出しました。

連載が始まる時に担当さんから無理矢理持たされたものです。

ちなみにその時の担当さんのセリフが恐かった。


『どこへ行くときも絶対持っていってくださいよ。電源切ってちゃだめですよ。絶対にね……」


昔、見たB級映画で『地獄の取り立て人マンソン』というのがありました。

金を借りた主人公が恐ろしい取り立て人に追われて恐怖するという子供騙しのホラー映画でした。

しかし逃げても逃げても追いすがり、予想もできないところから出現する取り立て人は恐かった。

教会に隠れた主人公の前に、その取り立て人が棺の陰から姿をあらわし、無表情に無感情に。


「期限はとうに過ぎている……支払わなければ、わかっているのだな?」


この時の顔が担当さんに重なりました。

たぶんどこに隠れても携帯は鳴り響き……


『〆切はとうに過ぎている……原稿をあげねば、わかっているのだな?』


思い出しても身震いするくらい恐い顔してました。

おっと話がまた逸れてしまった。


携帯を手にした私は編集部に電話しようとしました。

担当さんに頼めば新聞社のデータベースかなにかで調べてもらえると思ったのです。

そうです、百年前に鉄道で事故があったかどうかを尋ねようと思ったのです。

しかし思いもよらない事態に直面しました。


「まさかこんな……嘘だろう!」


携帯には残酷な現実が表示されていました。


『圏外』


役立たずの携帯を叩きつけたくなりました。

いまどき、そんな場所がこの国にあるのか?

一応、IT産業では世界のトップだとか自慢してやがるくせに。

山の中といっても人間が住んでる小さな町なんだぞ!

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