第8話 道を、空けてください
「はいどーも! ブレイズの獅堂でーす! 今日はついに、第三層で、スライム百匹討伐ーっ!!」
大広間に、獅堂さんの声が響いた。
クランの人たちが歓声を上げる。見物に下りてきた探索者も、二十人ほどいた。
私は大広間の壁際で、自分の配信を開いていた。
隣には霧島さん。協会の立ち会い、という名目で来てくれている。犬飼さんは盾を構えて、私の前に立っている。
同時接続は、始めて五分で八千を超えた。
獅堂さんの配信を見に来た人たちが、こちらにも流れてきているらしい。
"スライムのお姉さんの方で見る"
"翻訳付き副音声助かる"
"なんか下から変な音しない?"
する。
ヘッドホンをしていなくても、第四層への階段の底から、低い地鳴りのような声が上がってくる。さっきより、大きい。
「霧島さん。来ます」
「……どのくらいで」
「ズズは、すぐ、と言っています」
大広間の上の出口、第二層へ抜ける細い通路の前には、ブレイズの人たちが金属の柵を並べていた。
百匹のスライムを大広間に集めて、出口を塞いで、まとめて倒す。そういう段取りだ。
魔物が上へ抜けられる場所は、もう、旧坑道の鉄柵しか無い。
その鉄柵にも、南京錠が二つ、かかったままだ。
◇
最初に来たのは、スライムだった。
第四層の階段から、水色のかたまりが、あふれるように流れ込んでくる。十、五十、百。数えきれない。
「来た来た来た! 撮れ高〜!」
獅堂さんが、剣を抜いて飛び出した。
クランの人たちが、網と盾でスライムを大広間の真ん中へ追い込んでいく。
ぷちゅ、ちゅい、ぷ。ちゅい、ちゅ、ちゅい。
ヘッドホンの中が、スライムの声で埋まる。
聞こえてくる語は、「にげろ」「上へ」「とおして」ばかりだ。
誰も、戦おうとしていない。
柵にぶつかって、跳ね返されて、また柵にぶつかる。上へ行けないことに、パニックを起こしている。
「スライムは、襲っていません」
私は、マイクに向かって言った。
「上へ通りたいだけです。出口を塞がれて、行き場がなくなっています」
"マジで柵に体当たりしてるだけだ"
"獅堂、普通に逃げてるスライム斬ってるの気分悪いな"
次の瞬間、階段の底から、地鳴りが上がりきった。
チッ、チチッ。大ネズミの群れ。
ギッ、ギャッ。ゴブリンの群れ。
その後ろに、人の背丈ほどもある大トカゲが三体。のし、のし、と石の床を踏みしめて現れる。
見物の探索者たちが、悲鳴を上げた。
「スタンピードだ!」
「逃げろ、上だ!」
人も、出口へ走り出す。
けれど出口の前には、ブレイズの柵がある。人と魔物が、細い通路の前で、同じ一か所に押し寄せようとしていた。
あそこが詰まったら、誰かが潰れる。人も、魔物も。
「霧島さん、旧坑道の鍵を開けてください!」
霧島さんは、一秒も迷わなかった。
ポケットから鍵束を出し、壁際の鉄柵へ走る。
「犬飼さん、人を、壁際へ寄せてください。真ん中を空けて」
「了解っす!!」
犬飼さんが、息を吸い込んだ。
「みんなーっ!! 壁際に寄るっすーっ!! 真ん中、空けるっすーっ!! 魔物は、襲ってこないっすーっ!!」
割れた声が、大広間の天井に跳ね返った。
走っていた人たちが、思わず足を止めて振り返る。
私は、魔物たちの声を聞き続けた。
ギィ、ギ、ギッ。ゴブリンの群れの先頭の、ひときわ大きな一体が鳴いている。
ズズが訳し、私が訳す。
「どけ。どけ。下から、くる。上へ、とおせ」
私はマイクに、そのまま言った。
「ゴブリンも、上へ通りたいだけです。人を襲うつもりはありません。道を、空けてください」
がちゃん、と鉄柵の扉が開く音がした。
霧島さんが、旧坑道の扉を大きく引き開けている。
でも、魔物たちは、そこに道があることを知らない。
出口の柵の前に、まだ押し寄せようとしている。
「ズズ」
私は、ズズの容器の蓋を開けた。
「みんなに、道はこっちだと、言えますか」
ズズは、容器の縁にのぼった。
薄い水色の体が、ぐっと縮んで、それから大きくふくらむ。
ぷちゅ、ちゅい、ちゅい。
ズズの声が、大広間いっぱいに広がった。
探知機のスピーカーが、その声を、人の耳にも聞こえる高さで追いかける。
ぷちゅ、ちゅい、ちゅい。昨日の夜、ズズが教えてくれた新しい語「みち」に、呼びかけの高さを乗せている。
「みち! みち、こっちだぞ! こっち、上に、つながってるぞ!」
スライムたちの声が、一瞬止まった。
それから、ゴブリンの声も、大ネズミの声も、ズズと同じ「みち」を繰り返し始めた。
スライムが、旧坑道へ向かって流れ出す。
ゴブリンがそれに続く。大ネズミが、大トカゲが、壁際に寄った人たちの目の前を、ただ通り過ぎていく。
誰の足にも、噛みつかない。
誰の盾にも、ぶつからない。
"通ってる……"
"マジで襲ってこない"
"鳥肌止まらん"
"スライムが道案内してるの泣ける"
◇
ブレイズの柵の前に、獅堂さんが一人で立っていた。
「おい、待てよ。百匹だぞ。まだ三十しか倒してねえんだよ」
旧坑道へ流れていく群れを見て、獅堂さんは剣を振り上げた。
横を通るゴブリンの背中に、斬りつける。
「獅堂さん、だめです!」
ゴブリンが、ギャッと鋭く鳴いた。
ズズが訳すより先に、まわりのゴブリンが三体、獅堂さんに飛びかかる。
盾を持っていない腕に、短剣がかすめた。
獅堂さんは尻もちをつき、その上を、大ネズミの群れが駆け抜けていく。
「くそっ、閉めろ! その柵、閉めろって! 逃がすな!」
獅堂さんは跳ね起きて、旧坑道の鉄柵に体当たりした。
扉を閉めて、魔物を大広間に閉じ込めようとしている。
霧島さんが、低い声で言った。
「下がれ。二度は言わない」
獅堂さんは、聞かなかった。
扉を蹴りつけた拍子に、錆びた蝶番が、ばきん、と音を立てて折れる。
鉄柵の扉は、斜めに傾いたまま、二度と閉まらなくなった。
魔物たちは、その脇を、変わらずに流れていった。
◇
最後の大トカゲが旧坑道に消えるまで、二十分かかった。
大広間に残ったのは、人だけだった。
怪我をしたのは、自分から魔物に斬りかかったブレイズの人たちだけ。獅堂さんの腕の切り傷が、いちばん深かった。
死んだ人は、いない。
「……先生」
犬飼さんが、盾を下ろして振り返った。声が、かすれている。
「通したっすね。全部」
「通したのは、ズズです」
容器の縁で、ズズがぐったりと平たくなっていた。
大きな声を出しすぎたのだ。
「つかれたぞ」
「……ありがとうございました、ズズ」
配信の同時接続は、四万二千になっていた。
コメント欄は、もう読めないほどの速さで流れている。
ほっとして、ヘッドホンを外そうとしたときだった。
第四層への階段の、さらに下。
ずっと遠いところから、たった一つ、声が聞こえた。
低くて、長くて、どの魔物の声とも違う響き。
ズズの体が、きゅっと小さく縮んだ。
「……ことは。いまの」
ズズは、そこで黙った。
容器の底に張りついて、震えながら、何を聞いても答えなかった。




