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任期切れの言語学者、魔物の鳴き声を翻訳する配信を始めたら ~拾ったスライムが「下から来る」と言っています~  作者: ま
第一章 スライムは、下から来ると言った

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5/22

第5話 【魔物語】スライムと話す元学者を語るスレ【翻訳】



 犬飼さんの配信の翌朝。

 チャンネル登録者の数字を見て、私は布団の中でスマホを取り落とした。


 一昨日の配信のあとで、八百人だった。

 いまは、三万四千人いる。



「ことは、うるさいぞ。まだ、ねてる」



 洗面器から、ズズが抗議の泡を鳴らした。

 私は何も言っていない。たぶん、心臓の音がうるさかったのだと思う。


 コメント欄で教えてもらった掲示板を、おそるおそる開く。

 自分のことが書かれているスレッドを読むのは、生まれて初めてだった。


【多摩迷宮】スライムと話す元学者を語るスレ Part1【魔物語】


1 名前:名無しの探索者

昨日の犬飼ハヤテの第四層配信で、ゴブリンの奇襲を三秒前に当てた人について語るスレ

配信名は「鳴き声の文法」。洗面器にスライム(ズズ)がいる

このあいだの第一層崩落で、スライムの声を聞いて見学客を側道から逃がした人でもある


2 名前:名無しの探索者

乙

同一人物だったのかよ


3 名前:名無しの探索者

ゴブリンの「三つ数えたら左」、切り抜き見たけど本当に三回目で飛び出してきてて草も生えない


4 名前:名無しの探索者

仕込みだろ

ハヤテとグルで台本


5 名前:名無しの探索者

>>4

ハヤテが盾を左に向けたの、コメ欄見て首かしげながらだぞ

あれが演技ならハヤテは俳優になれる


6 名前:名無しの探索者

ハヤテに演技は無理

あいつ声のでかさで生きてる


7 名前:名無しの探索者

>>6

ひどいけど分かる


8 名前:元自衛官

昨日コメントした者だけど、一言だけ

ゴブリンの鳴き声が攻撃の前に変わるのは、現場の人間なら経験で知ってる

ただ、それを「三つ数えたら左」って中身まで言った人は初めて見た


9 名前:名無しの音声学徒

声紋を全部保存してあるので、気になる人向けにまとめます

スライムの語は三音で一まとまり、高さの並びで意味が変わる。命令の並び(上がる・下がる・上がる)が昨日のゴブリンの声にも出ている

ちゃんと手順を踏んで解読しようとしてる配信です。演出ならもっと雑になる


10 名前:名無しの探索者

>>9

ガチ勢おる


11 名前:名無しの探索者

てか、スライムとゴブリンの鳴き声に同じ形が出てくるってやばくない?

種類違うのに


12 名前:名無しの探索者

方言みたいなもん?


13 名前:名無しの探索者

>>12

スライム語とゴブリン語は方言の関係、とか言い出したら学会がひっくり返るぞ


14 名前:名無しの探索者

今朝のワイドショーに東都大の久我って教授が出て、この件にコメントしてた

いわく「魔物の鳴き声に言語の構造を見出すのは、典型的な疑似科学です」

さらに「元研究員が注目を集めるためにやっているなら、大変残念ですね」だってさ


15 名前:名無しの探索者

元研究員って言ってる時点で知り合いじゃん


16 名前:名無しの探索者

>>14

大学の先生にそう言われたら、さすがに怪しく見えてくるな


17 名前:スライム愛好会会長

疑似科学かどうかは知りませんが、ズズちゃんが冷たい水で喜んでいるのは本当です

うちの子も冷たい水が好きです


18 名前:名無しの探索者

>>17

会長ブレない


19 名前:名無しの探索者

てか一番気になるのは、スライムもゴブリンも「下から来る、逃げろ」って言ってるって話な

第一層の崩落と関係ある?


20 名前:名無しの探索者

>>19

協会は「地盤沈下、原因調査中」しか言ってない


21 名前:名無しの探索者

下から何が来るんだよ……


22 名前:名無しの探索者

鳴瀬ことはで論文検索したら、島の言葉の文法の論文が何本も出てきた

離島の言葉を録音して記録する人らしい

少なくとも、注目を集めたくて適当言う経歴ではない


23 名前:名無しの探索者

>>22

疑似科学どころか本職じゃん


24 名前:名無しの探索者

本職の言語学者が「スライムに命令形がある」って言ってるのか

それはそれで怖いな


25 名前:名無しの探索者

協会は動かんの?

本当に魔物が何か言ってるなら、探索者の安全に直結する話だろ


26 名前:名無しの探索者

>>25

協会がスライムの話を真面目に聞くとは思えん


27 名前:名無しの探索者

ズズちゃんが洗面器のふちで寝てる切り抜きで今日も生きる


 スマホを伏せて、天井を見る。


 疑似科学。注目を集めるため。

 久我先生の言い方は、研究室で聞いていたのと同じ温度だった。


 それより気になったのは、九番の書き込みだ。

 スライムとゴブリンの声に同じ形が出ている、とまとめた人。名前は、名無しの音声学徒。

 私が気づいていたのと、同じことに気づいている。




◇




 お昼過ぎ、私は多摩迷宮の管理棟の前にいた。


 昨日の配信のあとで、犬飼さんから正式なメッセージが届いたのだ。

 お礼を直接言いたい。人の多い場所で、十分だけでいい。丁寧すぎるくらいの文章で、語尾が全部「っす」だった。



「せんせええええっ!!」



 管理棟の前の広場で、背の高い人が、両手を振りながら走ってきた。

 まわりの探索者たちが、いっせいにこちらを見る。



「犬飼ハヤテっす! 昨日は、本当に、ありがとうございましたっす!」



 九十度に腰を折る。声が、広場の端まで響いた。



「あの……声を、少しだけ」


「すいませんっす!!」



 小さくならなかった。


 鞄の中で、ズズがぷちゅっと鳴いた。外に連れ出すのは初めてなので、水を入れた保存容器に入ってもらっている。



「でかいの、うるさいぞ」


「ズズちゃんっすか! なんて言ってるんすか!」


「……よろしく、と言っています」



 嘘をついた。

 訳者は、ときどき嘘をつく。


 犬飼さんは昨日のことを、身振りを交えて三回話した。

 盾を左に向けた瞬間に、短剣が来たこと。弓の仲間に叱られたこと。帰ってから、私の配信を最初から全部見たこと。



「で、先生。ダンジョンの中で、魔物の声、録りたいっすよね」


「……録りたいです。でも、私の入場券は第一層までで、その第一層も閉鎖されています」


「だから、俺が護衛するっす! 初級の探索者証、取るの手伝うっす! カメラも持つっす! 弟子なんで!」



 弟子にした覚えはない。

 けれど、断る言葉を探しているうちに、別の声がした。



「鳴瀬ことはさん、だな」



 低い声だった。

 振り返ると、灰色のスーツの男の人が立っていた。四十代の半ばくらい。背筋がまっすぐで、腕に古い傷跡がある。


 犬飼さんが、さっきまでの声が嘘のように、ぴんと背を伸ばした。



「き、霧島さん……」



 男の人は、胸の身分証を見せた。

 探索者協会多摩支部、調査課係長、霧島透。



「第一層の崩落の日、職員に『スライムがそう言っていた』と話したのは、あなただな」


「……はい」



 霧島さんは、少しも笑わなかった。



「明日、支部に来てくれ。あなたの耳を、確かめたい」



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