第36話 掘削記録
六十八日目の朝、調査課の長机に、紙の束が三つ並んだ。
一つ目は、アマツ資源が協会に出した、掘削の届け出の写し。
去年の秋から、日付と、発破の回数と、深さが、一枚ずつ書いてある。
二つ目は、第十層の中継所の振動計の記録。
霧島さんが、倉庫の段ボールから、五年分を出してきた。
三つ目は、私のノート。
ガラの紐を、一本ずつ、結び目ごとに書き写した表だ。赤い結び目には、赤いペンで丸をつけてある。
三つの束は、厚さも、紙の色も、ばらばらだった。
協会の白い書式。振動計の、細い線が延々と続く巻紙。私の、鉛筆の跡で黒ずんだノート。
書いた人も、書いた理由も、違う。
それを、一本の横軸の上に、並べようとしている。
「三つとも、日付で並べられます。……一眠りが一日だということは、もう、確かめてありますから」
小野寺さんが、ノートPCを開いた。
トートバッグから、付箋の束が、ばさりとこぼれた。
「横軸を日付にして、三本、重ねます。届け出の発破の日、振動計の大きな揺れ、赤い結び目。……最小対と同じです。一つだけ違うところを、探します」
◇
最初の一本は、すぐに重なった。
振動計の揺れと、赤い結び目。
揺れた日には、ほとんど必ず、赤がある。
「……ガラさんの耳、計器と同じ精度です」
小野寺さんが、小さく言った。
十年、紐を結び続けた一族の耳。
協会の振動計よりも、古い記録。
五年分の振動計の記録を、さかのぼる。
掘削場ができる前の四年は、大きな揺れが、ほとんど無い。同じ四年を数えた二本目の紐にも、赤は、少ししか無い。
揺れが増えるのは、去年の秋から。
アマツ資源が、第十二層の東の端に、掘削場を開いた季節だ。
机の端の保存容器で、ズズが、ぷちゅ、と鳴った。
画面の赤い点を、じっと見ていたらしい。
「……あかいの、いっぱいだぞ。うえの、ほうに、いくほど」
二本目を重ねたところで、小野寺さんの手が止まった。
届け出の発破の日は、全部、揺れた日に入っている。
でも、揺れた日の方が、ずっと多い。
「届け出の無い日に、揺れています。……この春だけで、四十一日」
霧島さんが、画面を覗きこんだ。
「震源の深さは」
「第八層と第十層の中継所で、揺れの届く時間が違います。その差から、だいたいの深さが出ます」
小野寺さんは、キーを叩いた。
数字が、一つ、出た。
「……届け出の深さは、第十四層まで、です。揺れは、それより、下から来ています」
◇
私は、表の端を、指でなぞった。
三本目の紐が閉じたのは、十四日目のころ。
そこから先は、三日で一層。それまでの何年もかかっていた速さが、急に変わった。
届け出の写しを、めくる。
深い層へ向けた発破の始まり。四月十日。
十一日目だ。
「……三日後に、速くなっています」
口に出してから、自分の声が、少し震えていることに気づいた。
五十三日目のガラの言葉。石の音がすると、早く来る。
六十三日目の竜の言葉。地を砕く音は、声を散らす。散りし所を、もだは喰らう。
ゴブリンの紐と、竜の言葉と、協会の振動計と、アマツ自身の届け出。
四つの、別々の記録が、同じ形をしていた。
背中が、すうっと冷たくなった。
うれしいのか、怖いのか、自分でも分からなかった。
言葉の規則を見つけたときは、いつも、うれしかった。
今日のこれは、規則ではなく、誰かが黙って続けてきたことの形だった。
ただ、一つだけ、どの記録にも当てはまらない日々があった。
四十八日目から後。石の音は止まっていないのに、紐は、長くなっている。
散らす音があるなら、散らさないものも、あるのだろうか。
答えの形をした問いだけが、ノートの隅に残った。
「相関は、因果ではない。……アマツは、また、そう言います」
「言わせればいい」
霧島さんの声は、低かった。
「届け出に無い発破は、それだけで違反だ。届け出より深く掘ったのも、違反だ。……因果の話は、その後でいい」
◇
昼すぎ、小野寺さんが、グラフを三枚に刷り出した。
霧島さんは、その一枚を、しばらく黙って見ていた。
去年の秋から、赤い点が、急に増えていくところ。
「……去年、深層の魔素計の報告に、故障の判を押した一人は、私だ」
小野寺さんが、顔を上げた。
私は、知っていた。二十二日目に、霧島さんが、自分で言ったからだ。
「振動の記録も、毎月、この机に回ってきていた。……並べなかった」
霧島さんは、窓の外を見た。
「並べる、という考えが、無かった。鳴き声は鳴き声で、故障は故障だった。……第十九層のときと、同じだ」
私は、何も言えなかった。
代わりに、小野寺さんが、静かに言った。
「並べました。今日」
霧島さんは、少しだけ目を閉じて、うなずいた。
「……ああ」
それから、グラフを三枚とも封筒に入れた。
一部は本部へ、一部は対策本部へ、一部は、調査課の金庫へ。
封をする霧島さんの指は、いつもより、ゆっくり動いていた。
小野寺さんは、黙って、こぼれた付箋を一枚ずつ拾い集めていた。
◇
夕方、霧島さんは、壁の断面図に、細い線を一本、鉛筆で引いた。
第十層から、第十二層の東の端へ。
天城さんが会見で言った、専用の縦坑。
「設計図の写しも、届け出に付いていた。……縦坑は、市場の端から、三百歩しか離れていない」
三百歩。
ガラの縄張りを通らない、と、天城さんは言った。通らないだけで、すぐ横を掘る。
市場には、今、第十三層から上がってきた群れも入っている。
声が、ふくらんで、ふくらんで、それでも、もだは第十三層で足踏みをしている。
夜の七時、調査課のテレビが、ニュースを流した。
紺のスーツ。細い銀縁の眼鏡。
崩れない笑顔。
『縦坑の最後の区間の発破を、四日後に前倒しします。国の対策本部の審議を待っていては、作業員の雇用が守れません。……掘削の許可は、現時点で有効です、はい』
四日後。七十二日目。
小野寺さんの指が、キーの上で止まった。
霧島さんは、テレビを見たまま、言った。
「……許可の取り消しには、手続きが要る。四日では、間に合わない」
グラフの上の、赤い点。
その一つ一つが、もだが一歩ずつ近づいた日だった。




