↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
任期切れの言語学者、魔物の鳴き声を翻訳する配信を始めたら ~拾ったスライムが「下から来る」と言っています~  作者: ま
第三章 数える言葉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/50

第27話 アマツ資源



 五十日目の午前十時。調査課のテレビの前に、職員が集まっていた。


 朝から、管理棟の前には、記者が何人も立っていた。

 調査課の電話は、鳴っては切れ、切れては鳴った。支部長は、受話器を置くたびに、長いため息をついていた。


 画面の中で、男が一人、深く頭を下げた。

 四十代の半ばくらい。紺のスーツに、細い銀縁の眼鏡。顔を上げると、穏やかに笑っていた。


 ――アマツ資源株式会社、開発部長、天城。


 テロップが出た。



『本日は、お集まりいただきありがとうございます。……数字で、話しましょう』



 天城さんは、手元の資料をめくった。

 声は、滑らかだった。一度も、言葉に詰まらない。



『当社は、多摩迷宮第十二層の東の端で、国と協会の許可を得て、魔石の採掘を行っています。昨年の秋に掘削場を開き、この春から、深層へ向けた掘削を始めました。……ここまでは、すべて、公開している事実ですね、はい』



 画面に、地図が映った。

 第十一層から第十三層まで、赤く塗られている。



『二日前、協会は、ゴブリンと、ある取り決めを結びました。この赤い範囲に、人は、刃を持って入らない。……当社の作業員の護衛は、武装しています。つまり、当社の作業員は、掘削場に、たどり着けません』



 天城さんは、そこで、少し首を傾けた。

 困っている人の顔だった。とても上手な。



『一日、止まるごとの損失は、こちらです』



 数字が出た。

 ハヤテさんが、小さく息をのんだ。



『魔物の言葉で掘削が止まるのであれば、当社は、協会に対して、損害賠償を請求します。……根拠は、ゴブリンの紐と、一人の通訳の耳。それで、国の産業を止めるのですか、と。そういう話ですね、はい』



 記者の一人が、手を挙げた。



『もだ、というものが、六月の末には第一層まで上ってくる、という話がありますが』


『ああ、紐の話ですね。……当社は、科学で話します。魔素計の数値の低下は、深層ではよくある現象です。当社の掘削場では、一度も、観測されていません、はい』



 観測されていない。

 第十二層は、まだ、もだの上だ。観測されるはずがない。




◇




 会見の最後に、天城さんは、もう一枚の資料を出した。



『当社は、新しい計画を準備しています。第十層から第十二層の東の端へ、当社専用の縦坑を掘ります。ゴブリンの縄張りを、通らずに済む道です。……誰の邪魔もしません』



 縦坑。

 つまり、もう一本、掘る。


 霧島さんは、腕を組んだまま、画面を見ていた。

 その横顔は、何も言っていなかった。何も言わないことが、いちばん大きな声に見えた。



「……縦坑、っすか。それなら、ゴブリンとも、ぶつからないっすよね」


「ぶつからない」



 霧島さんが、短く答えた。



「だが、掘る」



 私は、十日前の市場を思い出していた。


 ずうん、と床が震えた瞬間、何百もの魔物が、一度に黙った。

 ガラは唾を吐いて、あの音は気に食わねえ、と言った。ズズは、ずっと前から嫌いだと言った。


 なぜ嫌いなのかは、まだ、聞けていない。

 二つ目の話は、紐の意味だった。赤い結び目のことを聞くと、ガラは、それは三つ目の話だ、まだ早え、と言った。




◇




 午後、天城さんは、支部に来た。


 テレビと同じ紺のスーツで、同じ笑顔だった。

 応接室のソファに座ると、私に名刺を差し出した。



「鳴瀬さん、ですね。配信、拝見しています。……実に、面白い」


「ありがとうございます」


「単刀直入に。当社の顧問に、なっていただけませんか。報酬は、大学の研究員の何倍か、お約束できます」



 二度目だ、と思った。


 久我さんは、共同研究という名前で、同じことを言った。

 私の耳を、自分の側に置きたい人の言葉だ。



「顧問になったら、何をするんですか」


「ゴブリンに、伝えていただきたいんです。当社の作業員は、敵ではない。縦坑を掘る音は、怖くない、と」



 天城さんは、にこやかに言った。



「通訳の方なら、簡単でしょう?」


「……それは、翻訳ではなく、作文です」



 天城さんの笑顔は、少しも崩れなかった。



「なるほど。そういうお考えですか、はい」



 霧島さんが、戸口から口を開いた。

 ここまで、ずっと黙って立っていた。



「一つ、聞きたい。この春から、深層へ向けて掘っている、と言ったな。……どこまで、掘った。いつから、深くした」


「企業秘密ですね、はい」



 天城さんは、名刺入れを閉じて、立ち上がった。



「では、数字でお会いしましょう。法廷で。……あ、もちろん、和解でも構いませんよ」



 応接室の扉が閉まると、ハヤテさんが、大きく息を吐いた。



「……あの人、ずっと笑ってたっすね。怖っ」


「笑っていたのは、顔だけです」



 私は、ノートを開いて、さっきの会話を書き起こした。

 天城さんの言葉の終わりには、何度も、「はい」が付いていた。


 誰にも聞かれていないのに、自分で、はい、と答える。

 質問を、先に閉じてしまう言い方だ。島の言葉には無かった。テレビの中には、よくある。




◇




 その夜、私は、配信をつけなかった。


 机の上に、ガラの紐の写真を並べた。

 四本目から先の、全部の紐に混じっている、赤い結び目。一本目と二本目には、ほとんど無かった。


 四本目。十四日目ごろから、もだは三日で一層になった。

 天城さんは、この春から、深層へ向けて掘り始めたと言った。


 二つの線が、頭の中で、勝手に重なろうとする。

 私は、それを止めた。


 証拠の無い告発は、訳まで疑わせる。

 霧島さんに、そう言われたことがある。



「数えます」



 声に出して、言った。

 ズズが、洗面器の中で、ぷちゅ、と小さく返した。


 十時すぎに、小野寺さんに電話をした。



「アマツの掘削の記録は、手に入るでしょうか。いつ、どこまで、掘ったか」


『会社の中の記録は、無理だと思います。……でも、掘削の届け出なら、協会に出ているはずです。国の許可の書類にも、工程が載ります』


「届け出」


『はい。出したものは、残ります。……出さなかったものも、出さなかったという形で、残ります』



 小野寺さんは、ノートのスキャンの日付で、久我さんの論文を崩した人だ。

 日付の並びの話になると、声が少しだけ強くなる。


 夜の十一時すぎ、もう一度、スマホが鳴った。

 霧島さんだった。



『第十層の中継所に、ガラの使いが来た。伝言だ』


「何と」


『……三つ目の話をする。石の音のことだ。三日後に来い、と』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
掘削の音やら振動が呼び水に、かも 不可抗力だけどなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。