第27話 アマツ資源
五十日目の午前十時。調査課のテレビの前に、職員が集まっていた。
朝から、管理棟の前には、記者が何人も立っていた。
調査課の電話は、鳴っては切れ、切れては鳴った。支部長は、受話器を置くたびに、長いため息をついていた。
画面の中で、男が一人、深く頭を下げた。
四十代の半ばくらい。紺のスーツに、細い銀縁の眼鏡。顔を上げると、穏やかに笑っていた。
――アマツ資源株式会社、開発部長、天城。
テロップが出た。
『本日は、お集まりいただきありがとうございます。……数字で、話しましょう』
天城さんは、手元の資料をめくった。
声は、滑らかだった。一度も、言葉に詰まらない。
『当社は、多摩迷宮第十二層の東の端で、国と協会の許可を得て、魔石の採掘を行っています。昨年の秋に掘削場を開き、この春から、深層へ向けた掘削を始めました。……ここまでは、すべて、公開している事実ですね、はい』
画面に、地図が映った。
第十一層から第十三層まで、赤く塗られている。
『二日前、協会は、ゴブリンと、ある取り決めを結びました。この赤い範囲に、人は、刃を持って入らない。……当社の作業員の護衛は、武装しています。つまり、当社の作業員は、掘削場に、たどり着けません』
天城さんは、そこで、少し首を傾けた。
困っている人の顔だった。とても上手な。
『一日、止まるごとの損失は、こちらです』
数字が出た。
ハヤテさんが、小さく息をのんだ。
『魔物の言葉で掘削が止まるのであれば、当社は、協会に対して、損害賠償を請求します。……根拠は、ゴブリンの紐と、一人の通訳の耳。それで、国の産業を止めるのですか、と。そういう話ですね、はい』
記者の一人が、手を挙げた。
『もだ、というものが、六月の末には第一層まで上ってくる、という話がありますが』
『ああ、紐の話ですね。……当社は、科学で話します。魔素計の数値の低下は、深層ではよくある現象です。当社の掘削場では、一度も、観測されていません、はい』
観測されていない。
第十二層は、まだ、もだの上だ。観測されるはずがない。
◇
会見の最後に、天城さんは、もう一枚の資料を出した。
『当社は、新しい計画を準備しています。第十層から第十二層の東の端へ、当社専用の縦坑を掘ります。ゴブリンの縄張りを、通らずに済む道です。……誰の邪魔もしません』
縦坑。
つまり、もう一本、掘る。
霧島さんは、腕を組んだまま、画面を見ていた。
その横顔は、何も言っていなかった。何も言わないことが、いちばん大きな声に見えた。
「……縦坑、っすか。それなら、ゴブリンとも、ぶつからないっすよね」
「ぶつからない」
霧島さんが、短く答えた。
「だが、掘る」
私は、十日前の市場を思い出していた。
ずうん、と床が震えた瞬間、何百もの魔物が、一度に黙った。
ガラは唾を吐いて、あの音は気に食わねえ、と言った。ズズは、ずっと前から嫌いだと言った。
なぜ嫌いなのかは、まだ、聞けていない。
二つ目の話は、紐の意味だった。赤い結び目のことを聞くと、ガラは、それは三つ目の話だ、まだ早え、と言った。
◇
午後、天城さんは、支部に来た。
テレビと同じ紺のスーツで、同じ笑顔だった。
応接室のソファに座ると、私に名刺を差し出した。
「鳴瀬さん、ですね。配信、拝見しています。……実に、面白い」
「ありがとうございます」
「単刀直入に。当社の顧問に、なっていただけませんか。報酬は、大学の研究員の何倍か、お約束できます」
二度目だ、と思った。
久我さんは、共同研究という名前で、同じことを言った。
私の耳を、自分の側に置きたい人の言葉だ。
「顧問になったら、何をするんですか」
「ゴブリンに、伝えていただきたいんです。当社の作業員は、敵ではない。縦坑を掘る音は、怖くない、と」
天城さんは、にこやかに言った。
「通訳の方なら、簡単でしょう?」
「……それは、翻訳ではなく、作文です」
天城さんの笑顔は、少しも崩れなかった。
「なるほど。そういうお考えですか、はい」
霧島さんが、戸口から口を開いた。
ここまで、ずっと黙って立っていた。
「一つ、聞きたい。この春から、深層へ向けて掘っている、と言ったな。……どこまで、掘った。いつから、深くした」
「企業秘密ですね、はい」
天城さんは、名刺入れを閉じて、立ち上がった。
「では、数字でお会いしましょう。法廷で。……あ、もちろん、和解でも構いませんよ」
応接室の扉が閉まると、ハヤテさんが、大きく息を吐いた。
「……あの人、ずっと笑ってたっすね。怖っ」
「笑っていたのは、顔だけです」
私は、ノートを開いて、さっきの会話を書き起こした。
天城さんの言葉の終わりには、何度も、「はい」が付いていた。
誰にも聞かれていないのに、自分で、はい、と答える。
質問を、先に閉じてしまう言い方だ。島の言葉には無かった。テレビの中には、よくある。
◇
その夜、私は、配信をつけなかった。
机の上に、ガラの紐の写真を並べた。
四本目から先の、全部の紐に混じっている、赤い結び目。一本目と二本目には、ほとんど無かった。
四本目。十四日目ごろから、もだは三日で一層になった。
天城さんは、この春から、深層へ向けて掘り始めたと言った。
二つの線が、頭の中で、勝手に重なろうとする。
私は、それを止めた。
証拠の無い告発は、訳まで疑わせる。
霧島さんに、そう言われたことがある。
「数えます」
声に出して、言った。
ズズが、洗面器の中で、ぷちゅ、と小さく返した。
十時すぎに、小野寺さんに電話をした。
「アマツの掘削の記録は、手に入るでしょうか。いつ、どこまで、掘ったか」
『会社の中の記録は、無理だと思います。……でも、掘削の届け出なら、協会に出ているはずです。国の許可の書類にも、工程が載ります』
「届け出」
『はい。出したものは、残ります。……出さなかったものも、出さなかったという形で、残ります』
小野寺さんは、ノートのスキャンの日付で、久我さんの論文を崩した人だ。
日付の並びの話になると、声が少しだけ強くなる。
夜の十一時すぎ、もう一度、スマホが鳴った。
霧島さんだった。
『第十層の中継所に、ガラの使いが来た。伝言だ』
「何と」
『……三つ目の話をする。石の音のことだ。三日後に来い、と』




