第18話 青い表紙のノート
二十七日目の朝になっても、久我先生の論文は、ニュースの中にあった。
『魔物の言語、ついに体系化か』。
『東都大・久我教授、翻訳AIの基礎理論を発表』。
どの記事にも、図1が載っていた。
スライムの声を、音の高さで分けた表。私が五年前に、第一層の見学路で録った声を、夜の研究室で一行ずつ書いた表だ。
第八層の騒ぎは、その横で、小さく扱われていた。
《リンガ・ビースト》、一部で誤訳の指摘。そういう見出しだった。
「ことは。きょうも、それ、みてるのか」
ズズが、洗面器の縁から、ちゃぶ台の上のスマホを覗き込んでいる。
「はい。……二日、見ています」
「なにが、こまるんだ」
「これは、私が書いた表です。でも、それを示すものが、私の手元に、何もありません」
ノートは、久我先生の机の引き出しの中だ。
三月三十一日、鍵の回る音を、私は聞いている。聞いただけだ。
霧島さんには、昨日、電話で話した。
霧島さんは「協会の顧問弁護士に、話だけはしておく」と言い、それから、こう付け加えた。
『証拠の無い告発は、あなたの訳まで疑わせる。急ぐな』
長老と、同じことを言う人だと思った。
◇
その夜、私は配信を開いた。
黙っていることも、考えた。
けれど、毎晩ここで、数えて、並べて、見せてきたのだ。自分のことだけ、並べずにおくのは、違う気がした。
「今日は、少しだけ、私の話をさせてください」
同接は、二万を超えていた。
「久我先生の論文の、図1の表は、私が五年前に書いた表と同じです。行の順番も、区切り方も、欄の外の注も」
コメント欄が、一瞬、止まった。
それから、一気に流れ始めた。
"え"
"マジで言ってる?"
"証拠は?"
「証拠は、今、私の手元にありません。ノートは、三月三十一日に、研究室の資料として置いていくよう言われて、先生の机にあります」
"証拠なしで教授を盗作呼ばわりはさすがに"
"気持ちは分かるけど、それは言ったもん勝ちになる"
"いや、あの教授、最初から怪しかったぞ"
"前に疑似科学って言ってた人が、自分で論文出してるの草"
「信じてほしい、とは言いません。私も、証拠の無い訳は、訳とは呼びません」
言いながら、自分で分かっていた。
これでは、何も変わらない。ただ、言っただけだ。
そのとき、一つのコメントが、流れの中で止まって見えた。
"証拠、あります"
名無しの音声学徒さんだった。
"日付の入った原本の画像を持っています。明日、お会いできますか。直接お渡ししたいです"
◇
二十八日目の昼、私は、大学の最寄り駅の喫茶店にいた。
窓際の席で待っていると、扉が開いて、若い女の人が入ってきた。
肩に、見覚えのあるトートバッグ。研究室の、ゼミの日に、いつも資料を詰めていた鞄だ。
「……小野寺さん」
「お久しぶりです、鳴瀬さん」
小野寺栞さん。
久我研究室の、修士二年。私が研究室を出るまで、二つ隣の机で、音声の分析をしていた後輩だ。
小野寺さんは、私の向かいに座ると、深く頭を下げた。
「名無しの音声学徒は、わたしです。……ずっと、黙っていて、すみませんでした」
「最初の配信から、ですか」
「はい。あの日の夕方、先生が、研究室で笑って話していたんです。鳴瀬君は魔物の鳴き声を研究するそうですよ、って。もしかしてと思って、その夜、配信を『鳴き声』で探したら、本当に、いたんです」
最小対、取れたら熱いですね。
最小対、取れてます。
ゼミの言い方だと思ったのは、気のせいではなかった。
「四月二日に、先生に言われたんです。鳴瀬さんの置いていったノートを、研究室の資料として、全部スキャンしておくように、って」
小野寺さんは、鞄からノートPCを出して、こちらへ向けた。
画面に、青い表紙が映っていた。
次の頁。その次の頁。見覚えのある、私の字。
そして、どの頁の右上にも、私の癖で書いた日付があった。
五年前の、四月から、六月。
「先生の論文の図と、同じ頁です。それと、スキャンしたファイルの作成日は、四月二日。論文が出る三週間以上前です」
小野寺さんは、早口で続けた。
分析の話をするときの、昔と同じ早さだった。
「先生は、四月の初めから、この頁を見ながら、ネオリンガの人と打ち合わせをしていました。わたし、その場で、図を作り直す手伝いをさせられて。……そのときに、分かったんです。これ、鳴瀬さんの表だ、って」
「どうして、今まで」
「怖かったからです」
小野寺さんは、膝の上で、手を握っていた。
「わたし、先生の下で、博士に進むつもりでした。言ったら、全部、終わると思いました。だから名無しで、鳴瀬さんの配信に、コメントするだけにしてたんです。……でも、第八層の、あの人たちが糸に巻かれたのを見て」
小野寺さんの声が、少し震えた。
「あの表から作ったAIで、人が死ぬかもしれないって、思ったんです」
◇
「このデータ、私が預かって、私が公開します」
私がそう言うと、小野寺さんは、首を横に振った。
「わたしが、自分の名前で出します」
「でも、それでは、小野寺さんが」
「名無しで出しても、誰も信じません。鳴瀬さんが出しても、本人の言い分だと言われます」
小野寺さんは、まっすぐに私を見た。
「最小対と同じです。違いを見せるには、並べるしかない。ノートの頁と、論文の図を、日付ごと並べます。スキャンした本人が、名前を出して」
何も、言い返せなかった。
それは、私が毎晩、配信で言ってきたことだった。
その日の夕方、小野寺栞の名前で、一つの投稿が上がった。
ノートの頁と、論文の図1を、左右に並べた画像。表の頁から、最後の一行だけの頁まで、全部。
頁の右上の日付。スキャンの作成日。そして、短い文。
『この図の元になったノートは、鳴瀬ことはさんが院生時代に書いたものです。わたしは、四月二日に、久我先生の指示でこれをスキャンしました。久我研究室 修士二年 小野寺栞』
夜までに、その投稿は、論文の記事より広く読まれていた。
論文を載せた学会は、「事実関係を確認中」と発表した。
久我先生が出る予定だった、夜のニュース番組の解説は、別の人に替わった。
東都大学は、短い声明を出した。研究公正に関する申し立てがあれば、規程に従って調査する。
私は、その全部を、ちゃぶ台の前で、黙って読んでいた。
嬉しいとは、思わなかった。
ただ、五年前の自分の字が、ようやく、自分の手元に戻ってきたような気がした。
スマホが鳴った。霧島さんだ。
『本部から連絡があった。三十日目、本部で、《リンガ・ビースト》の採用について聞き取りをする』
霧島さんは、一度、言葉を切った。
『久我教授も、呼ばれている』




