第88話 コンパイル・エラー
ボリスの工房に、金属を打つ甲高い音と青い魔力の光粒子が渦巻いていた。
「カイト! 黒粘土の流動パラメータが急上昇しておるぞ! 炉の圧力を上げんと核の『フラスコ・コア》』を呑み込みかねん!」
ボリスが巨大な槌を振り下ろし、炉の温度を極限まで引き上げる。
「了解、フレームの結合圧力を12%上方修正する! ボリス、その温度を15秒維持してくれ!」
カイトは浮遊するコンソール上に指を滑らせ、魔導コードのバッファオーバーフローを防ぎながらリアルタイムで数値を微調整していく。
【高純度霊核結晶】の空間固定効果によって生体フレームの輪郭が保たれ、そこへ【竜の脈動血】が血管網のように駆け巡る。人型を成しつつある肉体の表面に、青白い幾何学模様(回路)が浮き上がっては消えていった。
カイトの視界に流れるログの進捗率が、刻一刻と上昇していく。
[Project: Living Proxy v2.0 - Build Progress: 88%]
[Project: Living Proxy v2.0 - Build Progress: 94%]
[Project: Living Proxy v2.0 - Build Progress: 99%]
「よし……最終コンパイルに入る!」
カイトがエンターキーに相当する実行ノードを力強く叩き込んだ、その瞬間だった。
――バチバチバチッ……!
警告音がけたたましく鳴り響き、完成間近だった人型の胸元から黒い煙と不規則なスパークが噴き出した。
[ERROR: Memory Leak Detected in Core Layer]
[CRITICAL: Rejection Reaction - Signal Delay: 42ms]
「くっ……拒絶反応か!? 【ドラゴン・バイタル】のエネルギー伝達速度が早すぎて、黒粘土の結合ノードが処理しきれてない……!」
人型フレームが激しく痙攣し、今にも三つの神級素材へと瓦解して爆発を起こしそうな勢いで膨張し始める。
「カイト――ダメです、お離れくださいッ!!」
いつも崩さぬ敬称すら吹き飛ぶほどの悲鳴に似た叫びとともに、工房の梁の上から『久遠流忍術・潜影断界』を解いた楓がなりふり構わず舞い降りた。なりふり構わぬ挙動でカイトの前へ割り込み、自らの身を盾にして彼を爆風から庇おうと立ち塞がる。
「待って楓さん、手を出さないで! 今崩壊させたら素材が全滅する!」
カイトはコンソールの警告ログを冷や汗交じりに高速スキャンした。
(――原因は明確だ。竜の血が持つ固有の『生体プロトコル』と、無機物であるフラスコ・コアの『構造プロトコル』のクロック数が同期していない)
(――なら、間をつなぐ中間処理層を割り込ませる!)
カイトは即座に未実装の新規コードを直接コンソールへ叩き込み始めた。
(――エアギャップコード実行。錬金技能ライブラリ・《魔導土偶創造》)
(――新規プロトコル定義:《同期レイヤー》を核へデプロイ!)
カイトの指先から放たれた密度の高い幾何学コードの帯が、膨張する人型の胸元へと突き刺さる。
ギィィィン……ッ!
けたたましい金属摩擦のような音が響き、不規則に暴走していた赤黒い脈動が、静かな青い光へと急速に変化していった。
スパークが収まり、人型フレームの表面に滑らかな皮膚のような質感が定着していく。コンソール上の警告がすべて消え去り、静寂が工房を包み込んだ。
[Build Completed Successfully.]
[System Status: Living Proxy v2.0 - Standby]
「……止まった、のか……?」
ボリスが手に持った槌を握り直しながら、ゴクリと唾を呑み込む。
作業台の上に横たわっているのは、カイトと全く同じ体躯と精巧な構造を持った、静かに佇む「もう一人の素体」だった。
「……ふぅ。何とかコンパイル・エラーを抑え込んだよ」
カイトは汗を拭いながら不敵な笑みを浮かべ、新しく組み上がった肉体へと歩み寄る。
「『生体プロキシ - Living Proxy v2.0』、ビルド完了だ」




