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零からの魔法回路 〜世界システムをハックする反逆のSE〜  作者: ラレイラ
第三章:交錯する影と盤上の手札

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第84話 極限環境のハッキング

『氷獄の霊脈』――その最深部へ向かう亀裂の内部は、物理法則すら凍りつくような冷気と、視界を埋め尽くす吹雪に支配されていた。


本来ならば一歩足を踏み入れるだけで皮膚が急速に壊死し、息を吸えば肺組織が凍結破砕する死の領域。しかし、カイトが展開した『サーマル・プロテクト(熱力学境界バリア)』の内側は、まるで春先の部屋のように静かで適温が保たれていた。


「感服いたしました、カイト様。この極寒の猛吹雪すら、まるでガラス一枚隔てた景色のように無効化されるとは」


漆黒の忍び装束を纏った楓が、琥珀色の瞳を細めて感嘆の息を漏らす。


「単に熱力学的な境界条件を定義して、熱運動の拡散を防いでいるだけだ。プロテクトの維持効率も問題ない」


カイトは今回の環境測定用に一時的に空中へ投射した、透明な魔導コンソールの文字(コード)を軽快に操作しながら、淡々と答える。


「それより楓さん、前方に反応がある。センシング(測定)データを出してくれ」


「御意」


楓の気配が瞬時に研ぎ澄まされる。彼女が懐から取り出したのは、久遠律の民に伝わる索敵用の霊符――『漆黒の符(久遠流・広域感知式札)』だった。楓が符に魔力を滑らせると、カイトの魔導コンソールと即座に同期(シンク)し、吹雪の奥、視界を遮る青氷の壁の裏側に潜む無数の生体反応が画面上へ一気にマッピングされた。


「……【氷殻魔狼(フローズン・ハウンド)】の群れです。この霊脈の冷気と同調し、体組織そのものが硬質化された魔獣。物理攻撃をほとんど減衰させ、冷気ブレスで標的を分子レベルで凍結させます」


「なるほど。この環境下のネイティブなセキュリティプログラムみたいなものか」


青氷の隙間から、凍てつく赤く光る眼光が無数に浮かび上がる。足音もなく忍び寄る数十頭の魔狼たちが、バリアを覆うように一斉に襲いかかってきた。


「カイト様、下がりを――」


「いや、楓さんはそのまま動かないでくれ。戦闘データのセンシング(測定)を行いたい」


カイトは慌てる様子もなく、指先をコンソールの仮想キーボード上で滑らせた。魔狼たちの突撃軌道、冷気ブレスの熱量データ、そしてこの極寒領域における魔力の伝達効率が、カイトの脳内にリアルタイムで構築されていく。


(――実行ログ解析完了。属性衝突を利用したメモリ解放を実施)


(――エアギャップコード実行。空間技能ライブラリ・《|局所ベクトル反転《スプラッシュ・ベクター:乗算[10.0]》》)


通常のベクトル反転(係数1.0)なら敵の威力をそのまま打ち返すだけだが、カイトは演算パラメータに「10.0(10倍)」の乗算処理《スケーリング》を上書き入力した。


ドガァンッ! と凄まじい衝撃音が響いた。

カイトたちの手前数センチの空間で、突進してきた魔狼たちが不可視の壁に激突。直後、自らの出した勢いの10倍もの超絶的な運動エネルギーが跳ね返り、衝撃波とともに一瞬で周囲の青氷ごと微粒子レベルで吹き飛んだ。


「……さすがに10倍(10.0)までパラメータを跳ね上げると、粉砕か。これじゃ使えそうな素材も台無しだな」


カイトは跡形もなく消滅した周囲を見渡し、コンソール上で処理負荷と戦利品ログの虚無を確認しながら、本気で残念そうにボヤく。


「……なっ! 攻撃を回避するでも防ぐでもなく、運動そのものを10倍にして跳ね返したのですか……!?」


楓が息を呑み、呆然と立ち尽くす。戦闘の気配すら生じさせない、あまりに圧倒的な効率性と破壊力。


「この領域の魔力濃度と空間密度のパラメータが取れた。これで十分だ」


カイトは散らばる氷殻魔獣の残骸には目もくれず、さらに大穴の奥――巨大な氷の亀裂を抜けた先に広がる領域へと足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


一瞬で、空気の質が跳ね上がる。

バリア越しであっても肌の表面に静電気のような微震が走り、眼球の奥がツンと痺れるほどの高密度な魔力環境。まるで空間そのものが凍りつき、軋みながら重奏を奏でているかのような、低く不気味な鳴動が鼓膜を揺らす。


視界を埋め尽くすのは、青白い光を帯びて無数に屈折する氷晶の群れと、歪んだ空間の渦。世界の処理《システム》が極寒の冷気によって異常停止し、そのまま固定化されたかのような凄絶な光景が広がっていた。


その中心――絶対零度の静寂が収束する歪みの只中に、目当ての結晶体は鎮座していた。


周囲の熱量を完全に拒絶し、神聖なまでの青い光芒を放射する蒼穹の宝石。

ヴァルハイト連邦の技術革新を支える超高性能触媒【高純度霊核結晶(フラスコ・コア)】だった。


「……ここが『氷獄の霊脈』の心臓部か。まるで巨大なサーバーフリーズの現場を見ているみたいだな」


カイトは眼前の光景とコアを見上げ、小さく呟いた。


「ついに到達いたしましたね。ですがカイト様、このフラスコ・コアは周囲の空間そのものを自己防衛のために歪ませています。強引に触れれば空間の断裂を引き起こし――」


「心配いらない。コアが発している空間干渉コードのパターン解析は、さっきの戦闘中に完了している」


カイトは【高純度霊核結晶(フラスコ・コア)】へ向けて静かに手をかざした。


(――エアギャップコード実行。空間技能ライブラリ・《完全隔離空間(エアギャップ)》)


カイトの手元から伸びた青白い光のコードが、【高純度霊核結晶(フラスコ・コア)】を優しく包み込んでいく。コアが放射していた無秩序な空間歪みが瞬時に無効化され、空間の断裂を起こすことなく、幾何学的な立方体の隔離バリア(エアギャップ)の中へと安全に格納・回収された。


「まずは一つ目、フラスコ・コアの回収完了だ。空間干渉のログデータも綺麗に取れた」


カイトは完全隔離したコアを収納し、コンソール上のタスクリストを更新する。


「見事な手際……恐れ入りました。カイト様、次はどこへ向かわれますか?」


「次は【プライマル・スラッジ】と【ドラゴン・バイタル】だな。楓さん、次の目的地のルート案内を頼む」


「御意に。次は黒粘土の眠る腐敗の沼地……我が忍びの術で、最小リスクの最短ルートをご案内いたします」


一つ目の難関素材を手中に収め、十歳の魔導SEとSec.0の忍びは、次なる極限素材の待つ領域へと足を向けた。

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