第9話 大人たちの驚愕と事後報告 〜早熟な二人のインシデント・レポート〜
「リア様! ご無事ですか、リア様!」
「カイト! どこだ!」
最初に木立ちを抜けて飛び出してきたのは、蒼白な顔をしたシルフィード公爵家の護衛騎士たちと、剣の柄に手をかけた父・アルベルトだった。その後ろから、メイドのマーサが息を切らして駆けつけてくる。
騎士たちの顔には、明確な『恐怖』が張り付いていた。
それもそのはずだ。先ほどまでこの一帯を包み込んでいたのは、熟練の魔導師すら凍りつかせるほどの暴走した絶対零度の嵐だったのだ。彼らは最悪の事態——公爵令嬢が魔力暴走を起こし、辺境領主の息子もろとも無惨な氷像に変わっている光景——を覚悟していたに違いない。
だが、彼らの目に飛び込んできたのは、予想とは全く異なるものだった。
「……え?」
先頭の騎士が、間抜けな声を漏らして足を止める。
そこには、半分ほど凍りつきながらも徐々に水滴を滴らせている東屋と、粉々に砕け散った氷の薔薇。そしてその中心で、濡れた芝生の上に並んで座り、穏やかに笑い合う五歳の幼子ふたりの姿があった。
「お父様。それに、騎士の方々も。騒がせてしまって申し訳ありません」
俺が立ち上がり、年相応の舌足らずさを意図的に装いながらも、極めて論理的な抑揚で口を開く。前世のSEとしての記憶と成人の精神年齢を持つ俺にとって、大人たちへの状況報告など、エラー発生後のインシデントレポートを提出するようなものだ。
「リア様の魔力が少し溢れてしまったようですが、もう治まりました。怪我はありません」
「カイト、お前……その服の凍り方は……っ。それに、なぜそんなに落ち着いて……」
父アルベルトが、俺の霜で白くなった袖やズボンの裾を見て絶句する。
隣で立ち上がったリアもまた、濡れたドレスの裾を優雅につまみ、五歳とは思えない洗練された淑女のカーテシー(挨拶)を披露した。
「心配をおかけしました。カイト様が、私を助けてくださったのです。彼の温かい手が、私の乱れた魔力の流れを……その、とても綺麗に整えてくださいましたの」
澄んだ鈴のような声と、公爵令嬢としての完璧な立ち振る舞い。強大すぎる魔法の素質とシルフィード公爵家の特殊な血筋ゆえに、彼女もまた精神的・魔力的に早くから成熟を強いられてきた存在である。先ほどの恐怖に泣きじゃくっていた姿はとうに消え、そこには大貴族の娘としての確固たる矜持があった。
五歳児ふたりのあまりにも理路整然とした対応に、大人たちは完全に思考を停止させていた。
「いや、しかし……あれほどの冷気の暴走を、同い年のカイト殿がどうやって……?」
護衛騎士が信じられないというように、水溜まりとなった噴水と俺を交互に見比べる。
「ただの魔力の『詰まり』です。少しだけ風と水の魔力を流して、出口を作ってあげただけですよ」
俺は極めてシンプルに、専門用語を避けて説明した。実際には超高速で例外処理をオーバーライドし、制御パッチを当て込むという高度な処理を行っているのだが、それをそのまま伝えても理解されないだろう。
「ただの詰まり、だと……? このアデルハルトの環境で、公爵家の氷魔法に干渉したというのか……」
父アルベルトは、呆然と俺を見下ろしていた。その武骨な顔には、息子が未知の怪物にでも見えているかのような戸惑いと、隠しきれない畏敬の念が混じっている。
「アルベルト様」
静寂を破ったのは、リアだった。彼女は氷藍色の瞳を真っ直ぐに父に向け、凛とした声で宣言した。
「カイト様は、私の恩人です。シルフィードの魔力を恐れず、真っ直ぐに私を救ってくださった。この御恩は、私自身の名において、決して忘れません」
木漏れ日が、彼女の銀髪を神々しいまでに照らし出していた。
その言葉の重みに、護衛騎士たちが慌てて片膝をつき、父アルベルトもまた深く頭を下げる。メイドのマーサも、信じられないものを見る目で口元を手で覆っていた。
(……少しやりすぎたか? まあ、重大なバグを放置するよりはマシだったはずだ)
俺は大人たちの仰々しい反応を前に心の中で小さくため息をつきながら、再びリアと目を合わせて、こっそりと微笑み合った。
春の終わりの、暖かな風が吹き抜ける。
辺境のローカル環境で育った俺と、中央の巨大な力を持つリア。この日、大人たちの驚愕の眼差しの中で結ばれた二人の絆は、のちの世界を大きく変える確かな「接続」となったのだった。




