第8話 銀髪の少女と凍りついた庭園 〜外部エラーのデバッグと温かな約束〜
暴走していた冷気が完全に収まり、東屋を包んでいた凍てつく静寂がゆっくりと溶け去っていく。
さっきまで氷漬けだった薔薇の花弁からは、透明な水滴がぽとり、ぽとりと滴り落ち、濡れた黒土の上に小さな波紋を描いていた。空気中に漂っていた刺すような鉄と氷の匂いは徐々に薄れ、代わりに木漏れ日の温もりと、湿った草木の柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
「……あったかい」
リアが小さく漏らした吐息は、もう白くならなかった。
彼女の白銀の髪は、木漏れ日を反射してまるで繊細なガラス細工のように輝いている。まだ冷たさの残る指先を、俺のハンカチでそっと包み込むように拭ってやると、彼女はくすぐったそうに細い眉を下げ、小さく身を縮めた。
「手の感覚、戻ってきたか?」
「うん。……カイトの手、すごく温かいのね。私、ずっと誰かに触られるのが怖かったの。冷たくて、痛くさせちゃうから……」
ぽつりぽつりと紡がれるリアの声は、澄んだ鈴を転がすようでありながら、どこか消え入りそうな儚さを孕んでいた。氷藍色の大きな瞳に揺れているのは、これまでたった一人で抱え込んできた孤独と恐怖の残り香だ。
「痛くなんてならないさ。暴走していた魔力の流れを、ほんのちょっと整理してやっただけだからな。君の魔法は、すごく綺麗だよ。不純物がなくて、澄み切ってる」
「本当……? 私の魔法、化け物なんかじゃない……?」
縋るような眼差しで見つめてくるリアに、俺は少し柔らかく笑って、彼女のふわふわとした銀髪を優しく撫でた。風が吹き抜けるたび、澄んだ冷気の残り香と、公爵令嬢らしい甘く品のあるハーブの香りがふわりと鼻を掠める。
「ああ。ただ、出力の大きさに身体の制御が追いついてなかっただけだ。君が自分を嫌いにならなければ、その力はいつか、大切な人を守る特別な力になる」
俺の言葉をひとつひとつ噛みしめるように、リアは氷藍色の瞳を少しうるませながら、そっと自分の胸に両手を当てた。そして、春の芽吹きのように、つぼみがほころぶ可憐な笑みを咲かせた。
「私……カイトのこと、絶対に忘れない。私の魔法を『綺麗』って言ってくれたことも、あたたかい手で包んでくれたことも……ずっと」
「大げさだな。お互い無事でよかったよ」
湿った芝生の上にふたりで並んで座り、俺たちはしばらくの間、無言で穏やかな風の音に耳を澄ませていた。遠くで小鳥のさえずりが聞こえ、水溜まりとなった木漏れ日が、七色の光をキラキラと反射している。
不意に、庭の奥から「カイト様ー!」「リア様ー!」と、メイドのマーサや館の者たちが捜しに来た声が風に乗って聞こえてきた。
「……あ、マーサたちの声だ」
「ふふ、見つかっちゃうね」
顔を見合わせ、小さく笑い合う。ほんの数分前まで世界を閉ざしていた凍てつく絶望は消え去り、そこには確かに、温かい二人の絆が芽生えていた。




