第52.1話 旧世代の残滓と、久遠の観測者(Side:ゼノン)
神聖術式監査局の最深部、青白いルーンの光が脈打つ研究室の一隅で、ゼノン・フォン・グレイスはその端正な容貌を静かに傾けていた。
月光をも思わせる艶やかな銀灰色の長髪を揺らし、あらゆる感情を削ぎ落としたかのような凍てつく琥珀色の瞳を湛えた彼は、人間の営みを遥か高みから俯瞰する『久遠律の民』の血統に連なる者だった。果てしない時を生きる古の種族である彼は、この世界の理が神の気まぐれなどではなく、極めて機械的なプログラムであることを独力で見抜いていた。
机上に投影された旧世代の術式ログを見据えながら、カイトは冷徹な漆黒の瞳を細める。そこには、「初歩的な光学迷彩」――周囲の光を乱反射させて目に見える姿をくらますだけの『光学的欺瞞』系統の技術が表示されていた。
「見てのとおりだ、教官。『オプティカル・ミラージュ』は、システム全体に対する負荷や環境データの同期を完全に無視している。だから、監査局の高感度センサーの前では一巻の終わりだ。……だが、俺が構築したコードは違う」
カイトは一切の詠唱や余剰動作を挟まず、脳内コンパイルのみで命令を実行に移す。
(――エアギャップコード実行。隠密技能ライブラリ・《光学虚像膜》)
カイトが指先をわずかに弾くと、周囲の空間データが瞬時に再定義され、彼の肉体が周囲の背景と完全に一体化した。
単なる光の屈折ではない。新世代の《ステルス・レイヤー》は、周囲の環境データをリアルタイムでサンプリングし、自身の生体発光や魔力波形そのものを「周囲の背景ノイズ」として上書き・擬態する。監査局の緻密な魔導センサーが放つ探査の波すらも、それを「ただの冷たい夜気や環境データ」として誤認させ、完全にすり抜ける。形だけの透明化から、周囲の環境情報と自身の生体情報を完全に同期・同化させる「システムへの不正書き換え」へと昇華された究極のステルス・プロトコル。
久遠律の民であるゼノンは琥珀色の瞳を大きく見開いた後、その洗練されたコードの美しさと無詠唱によるダイレクト実行に息を呑み、歓喜に満ちた笑みを浮かべた。
「……素晴らしい。無詠唱でのダイレクト実行、そして表面的な魔法の模倣ではなく、世界のシステムそのものを欺く環境適応型情報ハッキングへと進化させたというわけか。これほどの最適化であれば、我が監査局の警備網すら完全にただの背景と化すな」
こうして構築された高次な隠蔽プロトコルは、要塞の厳重な監視網を無力化するための静かなる刃と化していくのだった。




