第51話 共犯者のプロトコル(Side:ゼノン)
特務訓練場の冷たい静寂の中、ゼノン・フォン・グレイスの唇に刻まれた笑みは、狂気と歓喜が入り混じった異様なものだった。
かつて王国最高の天才魔導師と謳われ、この世界の理[の老朽化と矛盾に絶望した彼は、すべての例外をただ冷徹にデリートし続けてきた。だが、目の前にいる五歳の少年・カイトは、単なる「排除すべきエラー」ではなかった。
(……俺の『コード・シフト』を、その場で逆ハックし、自らの転移のアンカーとして利用した。……あまつさえ、この世界の『オールド・コード』そのものを欺くような、流麗な例外処理を伴って……)
ゼノンにとって、この世界の理不尽な制約は、自らの魔導演算義手に刻まれたルーンと強大な出力をもってしても、なお完全には書き換えられない分厚い壁だった。古いシステムは頑固で、少しでも強引に改変を行えば、世界全体のクラッシュを引き起こしかねない。だからこそ彼は、『神聖術式監査局』という闇の特務機関に身を落とし、限られた権限の中で息を潜めていたのだ。
だが、カイトはどうだ。
あの幼い肉体の奥底で脈打つ《エクリプス・コア》は、この世界の仕様書そのものを書き換えるための「マスターキー」として機能している。カイトの持つハッキング技術と論理的思考は、ゼノンが長年追い求めながらも到達できなかった「究極のデバッグ」の領域へ至るための、唯一無二のパスワードだった。
「……なるほどな」
ゼノンは低く冷徹な声を響かせながら、魔導演算義手のルーンの点滅を静かに収束させた。
「お前をただの『検体』として回収し、上の連中に引き渡すなどというルーチンワークは、今この瞬間から破棄する」
カイトは冷徹な漆黒の瞳を細め、ゼノンの意図を高速で演算する。
(――殺す気がないのは確かみたいだ。むしろ、俺の持つ『コア』の仕様と、この世界の根幹をハックする技術に特異な価値を見出した、か)
カイトにとっても、この選択は悪くなかった。
『神聖術式監査局』という王国内で最も強大な権力機構の深部において、正面から敵対し続ければ、いずれ物量と圧倒的な特権的権限の前に潰される。だが、その組織の最高幹部であり、空間歪曲を自在に操るゼノン・フォン・グレイスを味方として引き込むことができれば、これ以上の盾はない。
表向きは「教官と検体」、しかし裏ではこの世界のソースコードを根底から書き換えるための「共犯関係」――。
カイトはあどけない少年の顔のまま、フッと冷ややかな笑みを浮かべた。
「いいだろう。ただし、俺のコードを縛るような下らない制約は一切認めない。……教官、あんたにとっても、俺を利用するのがこの腐ったシステムを叩き壊すための最善の選択だ」
その言葉に、ゼノンの琥珀色の瞳が鋭く光った。
年齢も立場もかけ離れた二人の天才の間で、互いの野心と利害が完全に一致する。それは、王国の根幹を揺るがし、やがて世界そのもののプロトコルを書き換えることになる、極めて危険で絶対的な共犯のプロトコルが結ばれた瞬間だった。




