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零からの魔法回路 〜世界システムをハックする反逆のSE〜  作者: ラレイラ
第二章:漆黒の檻と深層の侵蝕

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第41話 特区ドミトリーと裏口のセーフハウス

1週間に及ぶ最高峰魔導医療部門『メンテナンス・ベイ』での精密なオーバーホールと、神経回路の再配線処理が、ついに終わりを迎えた。


慣れ親しんだ医療用ベッドの上で、カイトは静かに瞼を開ける。脳の演算領域の深部でチリチリと燻っていた、電子回路が焼き付くような灼熱感は、高度な修復処置(プロトコル)によって綺麗に保護(コーティング)され、代わりに均質化された人工的な痺れだけが残っていた。


「――驚異的な適応力ね。肉体の馴染み具合も、ハードウェアとしての同期率も文句なしだわ」


白衣を纏った主席担当医――エリカが、満足げな笑みを浮かべながらカイトの経過観察データを閉じ、その頭を優しく撫でた。白衣の隙間から漂う、高濃度魔力液の甘やかな匂いが鼻をかすめる。

「これで医療部門での療養生活は終了よ。今日からは、特別療養房(メディカル・セル)を出て、他の訓練生たちが暮らす居住区画へ移ってもらうわ。……せいぜい、新しい環境に馴染むことね」


その聖母を模したような甘やかな宣告を背中に聞きながら、カイトは自らの足で静かに立ち上がり、特別療養房の重い遮蔽扉の外へと踏み出した。


そこは、凍てつくような冷気を纏った一人の女性が佇んでいた。

青みがかった銀髪をタイトなショートボブに切りそろえ、監査局特製の漆黒の制服を隙なく身にまとった彼女は、感情の読めない冷徹な瞳を向けたまま淀みのない声で告げた。


「……私は神聖術式監査局(アーク・コード)、特務案内官 兼 治安維持執行官のリゼット・フォン・サーペンタイン。ついてきなさい。あなたの新しい割り当て区画へ案内する」


リゼットの足音に導かれ、カイトは神聖術式監査局のさらに深層へと足を進めた。

やがて目の前に現れたのは、監査局の訓練生たちが起居を共にする専用の居住区画――通称『特区ドミトリー(宿舎)』の巨大なゲートだった。


その外観は、監査局の冷厳な管理思想をそのまま凝縮したかのような異様な佇まいを見せていた。光を一切通さない漆黒の巨石と冷厳な幾何学模様で構成された壁面には、微細な青白いルーンの回路がチリチリと明滅し、外部との往来を完全に拒絶している。漂う空気には、高密度の魔導パルスが稼働するとき特有のオゾン臭が微かに淀んでいた。


リゼットが壁面の認証ロックを解除すると、重々しい金属扉が滑らかに開き、その向こうの空間が姿を現した。


そこは先の病棟『メディカル・セル』と同様に、磨き上げられた床や洗練された魔導インテリアで統一された、驚くほど快適で上質な個室群が並ぶ空間だった。壁面には人工的な空模様や穏やかな風景を映し出すディスプレイが備わり、静かで清潔な空気が隅々まで循環している。

割り当てられた個室も、独房のような殺風景さはなく、心地よい寝具や機能的なデスクが整えられた洗練されたプライベート空間となっていた。


「ここがあなたの部屋よ。許可なき区画外への移動は認めない」


リゼットの無機質な宣告を残し、扉が静かに閉ざされる。

一人取り残されたカイトは、支給された上質な制服に袖を通し、ふかふとしたベッドの縁に腰を下ろした。


そこに、心地よい電子音とともに個室の認証扉が再び開いた。

現れたのは、明るめの茶髪を上品な三つ編みにまとめ、清潔感のある淡い色の医療服に身を包んだ女性だった。彼女は温かみのある優しい瞳を細めながら、手元の魔導トレイに載せられた初日の夕食――『リカバリー・メディカル・ミール』をテーブルにセッティングしていく。


「お加減はいかがですか、カイトくん。私はこの『特区ドミトリー』専属看護助手のミラよ。今日からこのドミトリーがあなたの生活拠点になるのよ。何か困ったことがあったら、いつでも私を呼んでね」


鈴を転がような穏やかな声色と、作り物ではない柔らかな微笑み。エリカが纏う狂気的なまでの管理欲や、リゼットの凍てつくような冷徹さとは異なり、ミラが放つ空気には純粋な実務的気遣いが満ちていた。

だが、カイトは無邪気な少年の声音をつくり、人懐っこい笑みを返してトレイを受け取る。


「はい、ミラお姉さん、ありがとうございます! お部屋もすごく綺麗で……嬉しいです」


その従順な振る舞いに、ミラは少しだけ頬を緩めて少年の頭を優しく撫でた。

「ええ、しっかり食べて、明日からの訓練に備えてゆっくり休んでね」


温かな言葉を残し、ミラは静かに部屋を退出していく。扉が完全に閉まり、室内に再び静寂が戻ると、カイトの漆黒の瞳の奥からあどけない光がスッと消え失せ、代わりに冷徹な理性が宿った。


一見すると快適で手厚く保護されたこの居住区画だが、カイトにとっては格好の潜伏先でしかなかった。

あの1週間の療養生活の最中、胸部に埋め込まれた神代機構・『黒曜神経核(エクリプス・コ)』の演算能力を限界まで駆使し、浴室の給排水管や医療ネットワークの隙間を縫って仕込んでおいた裏口(バックドア)――それは、この訓練生用宿舎のローカルネットワークとも完璧に直結していた。


カイトは静かに脳内演算を加速させる。

宿舎の壁面を這う魔導シグナルを伝い、隣室で眠る他の訓練生たちのバイタルデータ、廊下を巡回する警備兵のシフトと周期、そして――近々、いよいよ対峙することになる最高位教官ゼノン・フォン・グレイスの訓練場へと至るアクセスルートのデータが、次々とカイトの脳内へと流れ込み、網の目のように構築されていく。


(ゼノン……コード・シフトのアルゴリズム、その中枢へ至るパスはすでに確保した)


ゼノンとの本格的な訓練が始まる直前の、わずかな静寂。

事前に情報を握っていた新たな拠点となった宿舎のシステムを着々と侵食(ハック)しながら、少年の内側では、冷酷な管理者たちを出し抜くための反撃のプログラムが、音もなく静かに牙を研ぎ澄ませていた。

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