第37話 エクリプス・コアの限界と、外部規格の壁
特別療養房の冷気が漂う夜。カイトの意識は、再び静まり返ったネットワークの深層へと潜り込んでいた。
神聖術式監査局のライフラインの裏口を滑らかに経由し、胸部の神代機構・古の遺物――『黒曜神経核』――万能の裏口』の出力を引き出す。旧文明が遺した世界改変用の根幹端末の欠損破片であるこのマスターキーは、監査局のシステムに対してはあらゆるファイアウォールを無効化し、特権IDや監視カメラの制御を掌中に収める絶対的な裏口として機能する。
(――接続安定。相変わらず、この監査局のインフラ基盤に対しては圧倒的なまでの親和性だ)
カイトの冷徹な思考が、青く明滅するデータストリームの海を駆け抜ける。
しかし、その膨大な情報の奔流を処理しながら、カイトの脳内演算回路は一つの厳冷な仮説とリスクを導き出していた。
(……だが、この『エクリプス・コア(マスターキー)』が万能というわけではない)
監査局のシステムが旧文明の管理基盤を色濃く残しているからこそ、このコアは「絶対的なマスターキー」として君臨できている。しかし、もし視点を外部――他国や、全く異なる魔導体系・ネットワーク規格を採用する組織へと向けた場合、話は変わってくる。
他国がもし独自の独立したマザー・ノードや、異質な宗教的秘跡・自然魔導によるセキュリティ基盤を構築していた場合、このコアが放つアクセス権の暗号や通信プロトコルは適合しない。その場合、他国のシステムから見れば、この『エクリプス・コア』は特権の鍵どころか、単なる「無効な不正パケット(エラーノイズ)」として冷厳に弾かれる可能性が極めて高い。
(――つまり、このマスターキーは「世界中のすべてのシステムをこじ開ける万能の鍵」ではない。あくまで、旧文明の系譜を引く監査局のアーキテクチャに対して最大の効力を発揮する特化型の例外コードに過ぎない、というわけだ)
ここをハッキングした情報では、「世界の外側からシステムへ干渉するための「絶対的な裏口」として機能する。」とあったが鵜呑みにするわけにはいかないだろう。
カイトは瞳の奥でデータストリームを流しながら、その構造的制限を冷静に受け入れた。
もし将来的に他国勢力や未知の領域と対峙することになれば、このコアをそのまま押し通すことはできない。現地の魔導回路の規格に合わせた「変換パッチ(アダプター)」の自作や、新たなハッキング手法の開拓が必要になるという計算が、冷徹にメモリーへと刻まれていく。
(……まずは、この監査局のすべてを内側から完全にハックし尽くすことだ。他国の規格の壁など、この要塞の主導権を握ったあとにいくらでも解析してやればいい)
バックドアを閉じることなく、痕跡を綺麗に消去しながら、カイトは現実世界へと意識を浮上させた。
静まり返った病室のベッドの上で、あどけない少年の仮面を纏ったまま、カイトは静かに息を整える。要塞の深部を掌握するための歯車は、着実に、そして確実に噛み合い始めていた。




