第28話 死のシステムパッチと簒奪の牙
冷たい石の床に横たわったまま、俺はゆっくりと自身の『肉体』のステータスをスキャンした。
アドレナリンが切れ始め、全身から致死レベルの警報が絶え間なく脳に送られてくる。
肺を動かすたびに、ひび割れた肋骨が内臓を直接突き刺すような鋭い激痛が走る。
ゼノンの重力圧によって、全身の筋繊維はズタズタに断裂し、皮膚の下では破裂した毛細血管がどす黒い斑点となって広がっていた。
少しでも気を抜けば、ショック死という名の強制終了が容赦なく訪れる状態だ。
(痛覚信号の遮断レベルを一段階引き上げ。……まずは、生命維持に直結する深刻なエラーから潰す)
俺は血に濡れた指先を僅かに動かし、体内に残された微量の魔力を慎重に起動した。
(無詠唱だとしても、通常の回復術式を完全展開するような魔力も、演算リソースの余裕も残っていない……)
だから俺が行うのは、もっと根源的で物理的な『コードの直接書き換え(システムパッチ)』だ。
最初に手を付けたのは、ひび割れた骨と断裂した筋肉の修復だった。
体内で生成した魔力を極細の『糸』として編み上げ、損傷部位へ直接流し込んでいく。
それは麻酔なしで自らの傷口の奥深くに針を突き立てるような、発狂寸前の激痛を伴う作業だった。
「……ぐ、ぁ……っ、う……!」
魔力の糸が切れた筋繊維を強引に結びつけ、ひび割れた骨の隙間をパテのように埋めていく。
患部からジュージューと肉が焦げるような幻覚的な熱が発せられ、全身の毛穴からどろりとした脂汗が噴き出した。
目の前が真っ白になるほどの痛みに意識が飛びかけるが、俺は自らの舌を強く噛んで強引に意識を引き戻す。
口内に広がる新しい鉄の味が、皮肉にも最適な覚醒剤となった。
(エラーログに意識を引っ張られるな。……物理パッチの適用を継続。次は、焼き切れかけた魔力回路の冷却とバイパス構築だ)
ゼノンの空間歪曲魔導をハックしようと試みた代償として、俺の体内にある魔力を通す回路(神経)は、過剰な負荷でズタズタに焼き焦げていた。
ショート寸前の回路から魔力の流れを切り離し、損傷の少ない別の神経へ迂回させる。
本来なら高度な魔導医療設備が必要なプロセスを、自らの脳内演算だけでゴリ押ししていく。
灼熱の針が何百本も体内を這い回るような、吐き気を催す不快感と激痛。
それでも俺は、自らの肉体を単なる「壊れた機械」として冷徹に扱い続けた。
どれだけの時間が経っただろうか。
「……ふぅ……、……っ……」
熱を持っていた魔力回路が落ち着き、呼吸器への圧迫感がわずかに和らいだのを確認し、俺は深く濁った息を吐き出した。
応急処置は完了した。
当然、完全に治癒したわけではない。動けば骨がきしみ、傷口が再び裂けそうになるボロボロの状態に変わりはないが、少なくとも「ただ放置して死を待つだけの欠陥品」からは脱却できた。
(……ゼノン・フォン・グレイス)
暗闇の中、俺はゆっくりと血に染まった拳を握りしめる。
脳裏に焼き付いた『空間跳躍』のコード断片が、静かに熱を帯びて明滅していた。
この理不尽極まりない地獄の底で、俺は必ず生き延びる。
そして、アーク・コードが誇るすべての奥義を喰らい尽くしてやる。
鉄格子の向こうで揺れる松明の炎を冷酷な瞳で見つめながら、俺は次なる訓練に向けて、泥のように重い眠りへと意識を沈めていった。




