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零からの魔法回路 〜世界システムをハックする反逆のSE〜  作者: ラレイラ
第一章:黎明の理論回路 ――揺りかごの天才――

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第26話 重圧の洗礼と冷徹なハック

ゼノンの手によって強引に連れ出された先は、要塞のさらに深部に位置する広大な訓練場だった。

天井も壁面も漆黒の魔導鉱石で覆われ、空間全体に不気味な青白いルーンが漂っている。

外気を遮断された密閉空間には、鉄と焦げた魔力の匂いが充満していた。


「まずは、お前の『コード』としての基本スペックを測定する」


無機質な部屋の中央で立ち止まったゼノンが振り返る。

佇む巨大な影は、空調の風に銀灰色の髪を揺らし、感情を削ぎ落とした冷徹な瞳でカイトを見下ろしていた。

その威圧感は、まだ五歳のカイトの小さな体躯を容易く飲み込んでしまうほどだった。


ゼノンが魔導演算用のルーンが刻まれた無骨な金属の義手を静かに持ち上げる。


(――アーク・コード呼出。空間歪曲(コード・シフト)魔導ライブラリ・『局所空間圧迫(プレッシャー)』)


次の瞬間、事前動作も詠唱すらもなく、カイトの周囲の空間が猛烈な圧力とともに歪んだ。


「――くっ」


空間歪曲(コード・シフト)。重力が数倍に跳ね上がったかのような重圧が直撃する。

骨が悲鳴を上げ、膝が床に叩きつけられそうになる負荷の中、乱れた黒髪の間から覗くカイトの漆黒の瞳に怯えはなかった。


(重力波……いや、義手のルーンを介して空間そのものの密度数値を直接書き換えられているのか)


前世の記憶を持つ脳内で、押し寄せる現象を即座に「未デバッグのデータ」として処理する。

義手から放出されるルーンの周期パターンと、空間を歪めている魔力の周波数を視覚情報として完全に記憶領域へ記録。

体内から放出した魔力で「相殺するアンチ波形」を展開し、歪んだ空間のコードへ直接割り込んだ。


ぐにゃりと歪んでいた頭上の空間が、一瞬だけ正常な波形を取り戻す。


「……!?」


ゼノンの琥珀色の瞳が、激しい驚愕に大きく見開かれた。

冷徹を極めたその仮面が一瞬で崩れ去る。

単に膨大な魔力で押し返したのではない。この五歳の幼子は、国家最高機密に指定されている自身の『空間歪曲(コード・シフト)魔導』の構成演算を一瞬で見抜き、その場でアンチコードを構築して割り込んできたのだ。


あり得ない。空間の概念そのものを書き換えるこの魔導は、高度な数理演算と特殊な演算義手があって初めて成立する極致の術式のはずだ。


(……干渉しただけじゃない。こいつ、俺の術式構成を逆コンパイルして掠め取ろうとしていたのか……!?)


ゼノンは背筋に走った冷や汗を悟られぬよう、一度重圧を解除した。

カイトは荒い息を吐きながらも、その奥に潜む「盗み取るような冷ややかな眼光」でまっすぐに目の前の男を見上げた。


(なるほど……義手のルーンは演算補佐。空間の歪ませ方、空間密度の書き換えアルゴリズムは理解した。無駄なループ処理や冗長なパラメータが多すぎる……解析さえ終われば、この術式は俺の手で完璧にデバッグ・最適化できる)


カイトは前世の知識とこの世界の魔力を融合させ、ゼノンの絶対的な奥義を自らの血肉としてハックする伏線を、着々と脳内で組み上げていた。


「……いきなり殺す気はないようだな。俺の『コード』としての基本スペックとやらは、これで証明できたか?」


媚びも怯えもない冷徹な交渉。だが、ゼノンは先ほどの驚愕を氷の笑みで塗り潰した。


「……ほう。構造を理解し、あろうことか俺の術式を模倣しようと目論んでいるわけか。面白い。……だが、今のはただの挨拶で起動テストだ。お前のその小さな身体が、解析(ハック)を終える前に崩壊しないといいがな」


「挨拶、ですか――」


ゼノンが無骨な義手を再びかざし、より深く、重厚な演算を空間へ打ち込む。


(――アーク・コード呼出。空間歪曲(コード・シフト)魔導ライブラリ・『全方位空間圧縮(コンプレッション)』)


皮肉を返す間もなく、全方位から密度の跳ね上がった不可視の重圧がカイトを押し潰した。先ほどとは比べ物にならない、空間そのものが圧縮される絶望的な高負荷。


胸郭がメリメリと不気味な音を立てて歪み、全身の神経を直接焼き尽くすような激痛が駆け抜ける。


「ぐ、……ぁっ……!」


噛み締めた奥歯の隙間から生暖かい鉄の味が広がる。

肉体がショック死を選ぼうとする極限の暗転に対し、カイトの意識の核だけは冷徹に冴え渡っていた。


(神経系からの過剰なエラー信号だ。痛みに意識を割くな……集中しろ。この圧力が強ければ強いほど、コード・シフトのデータ密度が高まる)


視界を侵食する感覚器官の暴走をただの「異常ログ」として切り捨て、焼き切れそうな神経回路へ強引に魔力を通しながら、カイトはゼノンから放たれる空間歪曲魔導のコードを貪るように脳内へコピーし続けた。


毛穴から血の混じった汗が滲み、氷のような床へ斑点を描いて落ちていく。


全身を打つ痛みの嵐の中、カイトは膝を折るどころか、ゆっくりと顔を上げた。

口端から一筋の血を流しながら、漆黒の瞳で激痛の向こう側にいるゼノンを冷ややかに見据える。


「この程度の……システム負荷で……俺が壊れるとでも……? 精々……もっと見せてみろ……あんたのその魔法の全てを……」


痛みに耐え抜く生存の瞳の奥で、ゼノンの持つ最強の術式を完全に食い尽くそうとする転生者の狂気が、静かに芽吹いていた。

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