第23話 異端のコードと深淵の特務機関(Side:ゼノン)
王都の表通りを彩る華やかな魔導灯の光が届かない、底冷えする石畳の路地のどん詰まり。そこには、街の景観から完全に遊離したかのような、漆黒の巨石と冷厳な幾何学模様の壁面で構成された異形の建造物がそびえ立っていた。
窓という窓は極限まで削ぎ落とされ、代わりに外壁の表面には、国家の魔導インフラを監視するための微細な青白いルーンの回路が、不気味にチリチリと明滅している。それは王国の隅々まで張り巡らせた網の目で真実を検知し、秩序を揺るがすすべての「異物」を沈黙させる、巨大な魔導の要塞にして密儀の裁判所――『神聖術式監査局』であった。
表向きは法と秩序の番人を装いながら、その実態は国家にとって不都合な禁忌の魔導データや、世界の理からこぼれ落ちた「イレギュラーな回路」を密かに回収・管理する、王国内で最も恐れられた闇の特務機関である。
非合法工作組織「黒曜の検体」がどれほど隠蔽工作を重ねようとも、公爵家令嬢の暴走を完璧に制御していた「未知の回路(デバッグの痕跡)」の特異な波長は、この監査局が張り巡らせた超広域の魔導監査網から逃れられるものではなかった。監査局の観測端末は、地方の薄汚い隠れ家で彼らが小間物のように扱っていた「検体」の価値を、誰よりも正確に、そして冷徹に弾き出していたのだ。
その異常なデータの偏りを真っ先に察知し、自ら最高権限を行使して強制接収に動いた男こそ、監査局の最高幹部――ゼノン・フォン・グレイスにほかならない。
銀灰色の冷たい髪をオールバックに流し、漆黒のロングコートを纏ったその男が地下通路の石畳を踏み鳴らすとき、周囲の空間そのものが異様な重力に歪んだ。鼻を突くのは、上質な香油の匂いと、ピリピリと肌を刺す高密度のオゾン臭だ。漆黒のロングコートの下には、魔導演算用の無数のルーンが刻まれた冷たい義手が隠されている。王国最高の天才魔導師と謳われながらも、この世界の理の矛盾やバグに気づきすぎて表舞台から姿を消した彼は、すべての現象を「書き換え可能なコード」としてしか認識していなかった。
「ふん……。三流のネズミどもが、宝の山を前にして悠長にドブさらいとはな」
部下たちが青ざめてひれ伏す中、空間歪曲を自在に操るゼノンは、冷ややかにそう吐き捨てた。彼がこの場に現れたのは、単なる命令によるものではない。観測データに刻まれたその「デバッグの痕跡」に、自分と同質の、あるいは自分をも凌駕するかもしれない異端の論理の片鱗を嗅ぎ取ったからだった。
地下監禁室の冷たい床に這いつくばる五歳の少年、カイトを一瞥したゼノンの瞳に、初めて微かな熱が宿る。ただの「回収すべき検体」などではない。この世界の構造そのものを根底からハックし得る「原石」を、他人に汚されるわけにはいなかった。
恐怖に震える下っ端たちの弁解を無視し、ゼノンは無慈悲にその身柄を強奪した。
こうしてカイトは、「黒曜の検体」の手から、より深淵なる闇の機関――ゼノンの管理する『神聖術式監査局』の密室へと引き剥がされていくことになったのである。




