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零からの魔法回路 〜世界システムをハックする反逆のSE〜  作者: ラレイラ
第一章:黎明の理論回路 ――揺りかごの天才――

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第21話 歪んだルーティンと檻の中のデバッグ

アデルハルト領の外れ、凍てつく針葉樹の深い森。足元に積もった凍てついた落ち葉が踏みしめられるたびに、パリパリと乾いた音を立てる。白く濁った吐息が夜の闇に溶け込む中、音もなく身を潜める影があった。


王都の非合法魔導工作組織『黒曜の検体(オブシディアン・アイ)』。


表舞台から姿を消した禁忌の魔導技術や、貴族たちが隠蔽したイレギュラーな魔力データを闇から闇へと狩り集めることを生業とする冷酷な専門集団である。

彼らは独自の魔導解析術を用いて標的の特殊な回路や波長を「検体」として強奪し、その秘密を裏の権力者へと売り払うことで暗躍していた。


そのエージェントたちは、領内に密かに潜入してから、すでに半月以上もの時間をこの冷え切った土の上で過ごしていた。

鼻腔を刺すのは、松脂と湿った腐葉土が入り混じった冷たい臭いだ。


公爵家令嬢・リアの魔力暴走後の魔力波長を安定させているカイトの正体を暴くため、彼らは見切り発車で動くような真似はしない。まずは徹底的な情報収集と、アデルハルト領の防衛網の「脆弱性」を洗い出すことが先決だった。


「どうだ、警備のローテーションは割れたか?」

「ああ。領主の親父の目は鋭いが、敷地の外周にある古い魔導結界の旧世代部分は、特定の魔力変動のタイミングでわずかなノイズを吐き出す。……それと、もう一つの収穫だ」


工作員の一人が、手元の魔導スコープのピントリングを微かに回す。カリカリという小さな駆動音とともに、レンズの向こうに映し出されたのは、護衛を従えて街の書具店へと向かう、あどけない少年の姿だった。


カイト――五歳の領主の長男。

それは一見すれば何気ない日常の散歩に過ぎないが、組織の冷徹な眼鏡から見れば、一定の周期と寸分違わぬルートで行われる「予測可能なルーティン」そのものだった。


「あいつを直に屋敷から連れ出すのは、警戒網に引っかかるリスクが高すぎる。だが……街の買い出しの際、護衛の視線がわずかに死角に入るポイントが一つだけある。そこを突く」


彼らは力任せの襲撃ではなく、あくまで計画的かつ静かに、標的を「回収」するためのシミュレーションを重ねていた。領主の警戒網をすり抜け、いかに足跡を残さずに消えるか。そのための周到な準備が、着々と進められていく。


そして――数日後の昼下がり。計画は実行に移された。


いつもと変わらない街の外れへ続く細い小路。乾いた砂埃の舞う中、買い出しに付き添う護衛の騎士が、顔馴染みの商人から差し出された荷物の検品を受け、ほんの数秒だけ視線をそらした、まさにその瞬間だった。


空間の歪みを利用した目眩ましの魔導具と、音を消す小道具を用いた極めて手際の良い手口。

音もなく背後から忍び寄った影が、カイトの小さな口元を分厚い布で塞いだ。その瞬間、鼻腔を掠めたのは、意識を強制的に刈り取る甘ったるい薬品の臭いだった。


悲鳴を上げる暇すらない。微かな抵抗も虚しく、カイトの小さな身体は手際よく馬車へと押し込まれ、重い車輪は泥を跳ね飛ばして音もなく動き出す。


屋敷の警備が異変に気づいたときには、彼らを乗せた馬車はすでに、領外へと通じる街道の塵の向こうへと走り去っていた後だった。


◇


――どれほどの時間が経ったのか。

脳髄をハンマーで殴られたような激しい頭痛と、吸い込むたびに喉が焼けるような薬品の残滓で、カイトの意識は長い間、泥の中をさまよっていた。


重いまぶたをようやく押し上げると、じめじめとした湿った土の臭いと、皮膚が粟立つような冷たい鉄錆の臭気が鼻腔を突く。


漆喰が剥がれ落ち、粉を吹いた石造りの冷たい壁。等間隔に並ぶ錆びついた鉄格子の向こう側。天井の古びた魔導ランプが、チリチリと心許ない琥珀色の微光を投げかけ、不気味な影を揺らしている。


「っ……くそ、頭が割れそうだな……」


薬の抜けない身体を揺らしながら、カイトは小さく息を呑んだ。

恐怖がないわけではない。まだ五歳の幼い肉体は、突然の拉致と監禁という異常事態に心臓を激しく鳴らし、冷や汗が背筋を伝っていた。手足の自由が利かない焦燥感に、奥歯をぎりっと噛み締める。


それでも、前世のエンジニアとしての思考回路が、パニックに陥りかけた意識を強引に引き戻していく。


拘束状況:手首と足首を締め付ける、魔力を阻害する古い鉄の枷。冷たい金属が皮膚に食い込み、魔力の巡りが嫌に重く鈍っている。大人の力なら容易く外せるが、今の五歳の筋力では絶望的な硬度だ。


周囲の環境:地下の深くに作られた監禁室。換気口は天井付近に一つだけ、外の冷気が細く流れ込んでいるのみ。音の反響からして、広さは数メートル四方。


見張り:鉄格子の外、薄暗い廊下に立つ傭兵風の男が2人。低い話し声のピッチと足音の周期からして、交代周期はおよそ45分ごと。


持ち物:制服のポケットの隅にかろうじて引っかかっていた、先日の試作で使った『地妖石(ちようせき)』の欠片と、布を直すための小さな予備の縫い針。指先で触れると、金属の冷たい硬さが微かに伝わってくる。


荒い息を整え、ひんやりとした石畳に膝をつく。その漆黒の瞳には、恐怖を押し潰すように、冷徹で鮮やかな光が宿っていた。


カイトは自身のわずかな魔力を掌の内に集中させ、震える指先で地妖石の欠片と縫い針をそっと合わせる。魔法による力任せの突破が不可能なら、この古い物理ロック機構の構造的「脆弱性(バグ)」をこじ開け、自らの手でこの空間を脱出(デバッグ)するまでだ。

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