第19話 泥の代わりと、小さな石の護符
昼食の黒パンと温かいスープでお腹を満たした後、カイトは自室の机に向かい、一人思案に暮れていた。
(泥を使ったアース処理は成功した。でも、あれはあくまで一時的な『暫定対応』だ)
毎回泥まみれになっていてはマーサに心配をかけるし、何より王都の使者がいるような屋内の場面では使えない。リアの魔力暴走リスクを常に抑え込むためには、持続的に魔力を逃がす仕組み――『恒久対策』が必要だった。
「泥が効いたのは、土に含まれる微細な鉱物が魔力を受け止めたからだ……なら、その性質を持つ石を身につければいいのか」
カイトは、護衛騎士であるセレスを頼ることにした。
「セレスさん、魔力をよく通す小さな石はありませんか? できれば、受け止める性質を持っているものがいいのですが……」
中庭で剣の素振りをしていた十七歳の若き女騎士は、五歳の少年の唐突で丁寧な質問に目をパチクリとさせた。そして、少しだけ困ったような、けれどどこか深い慈愛の滲む笑みを浮かべてその場に片膝をついた。
「カイト様。私に『さん』付けや敬語は不要です。どうか、ただ『セレス』と呼び捨てにしてください」
「えっと……でも」
「私の主君はリア様です。ですが、リア様の傍に寄り添い、あの方の抱える苦しみを救おうとしてくださるカイト様から気兼ねなく名前を呼ばれることは、護衛たる私にとっても何よりの誉れなのです。どうか、お願いいたします」
真剣なオリーブ色の瞳で見つめられ、カイトは少し照れくさそうに頷いた。
「わかった……ありがとう、セレス。それで、受け止める性質を持つ石って何か心当たりはないかな?」
「はい。それでしたら、庭園の土壌改良に使われる『地妖石』の欠片が適しているかと。高価な魔石ではありませんが、魔力を緩やかに吸収する性質があります」
カイトはさっそく庭師から地妖石の欠片をいくつか譲り受け、自室での検証作業に入った。
石そのものに、カイトの「デバッグ」の魔力を微量に編み込んだ革紐を巻きつけていく――のだが、恒久対策の構築はそう簡単にはいかなかった。
最初の数日は失敗の連続だった。
リアの魔力を想定して石に負荷をかけると、容量をオーバーして石がパチンと弾け飛んでしまったり(許容値エラー)、革紐に編み込んだ魔力が一晩で霧散してしまったり(セーブデータの破損)と、試行錯誤が続いた。
それでもカイトは諦めず、毎日少しずつ魔力の編み方や石のサイズを微調整し続けた。
そして、作業開始から一週間が経ったある日の午後。
ついに安定した動作確認を終えた護符を手に、カイトは日差しの差し込む部屋で絵本を読んでいたリアの元へ向かった。
「リア、これ」
「わぁ……可愛い石。カイト、どうしたの?」
氷藍色の瞳を輝かせるリアの手のひらに、カイトは革紐を通した小さなペンダントをそっと乗せた。
「泥遊びの代わり。これをつけていれば、もう手が泥んこにならなくても、胸のチリチリした冷たさを逃がしてくれるよ」
「ほんとう?」
リアが不思議そうに首からペンダントを下げた、その瞬間だった。
彼女の体内で無意識に滞っていた微小な魔力のノイズが、すうっと胸元の石に吸い込まれていく。石はほんのりと冷気を帯びたが、すぐに室内の空気に溶けて消えた。
一週間の試行錯誤の末に完成した『常時接続のアース回路』が、ついに正常稼働した瞬間だった。
「……あたたかい」
リアは両手で石を包み込み、花が咲くような柔らかい笑顔を見せた。
「カイト、ありがとう! わたし、これずっと大切にするね」
その無邪気な笑顔を見つめながら、カイトは小さく息を吐き出した。
(よし、これで現場のインフラ環境は一つ改善された)
どんなに王都の監視が厳しくとも、この小さな護符がリアを守ってくれる。それは、カイトがこの世界で初めて作り上げた、愛しい幼馴染のための小さな「システム」だった。




