第16話 伝令の旅路と、王都の冷徹な机
アデルハルト領の冷たく澄んだ空気が、冬の訪れを一段と深めていた。
館の一室で護衛騎士とセレスによって書き上げられた「調整済みの報告書」は、そのまま放置されるわけではない。
辺境と王都を結ぶ連絡網の維持は、この地における重要な連絡路の一つだった。
数日に一度、王都のシルフィード公爵家直属の連絡便を兼ねた「飛竜便」、あるいは定期補給を担う馬車が館を訪れる。セレスたちの手から離れた封印付きの書簡は、信頼できる使者の手に渡され、厳重な管理のもとで数日かけて中央へと運ばれていく。
初日の魔力暴走についての詳細な記述を避け、「現地環境および周囲のサポートにより安定」と巧みに書き換えられたその報告は、中央の最高機関——すなわちシルフィード公爵家の執務室へと届けられていった。
◇
数日後、王都・シルフィード公爵家。
正面の回廊に足を踏み入れれば、磨き抜かれた白亜の大理石が光を返し、高い天井のステンドグラスから眩しい七色の光が差し込む。庭園から吹き抜ける風は咲き誇る白薔薇の香りを運び、魔導ヒーターで温められた空気は、まるで一年中が春であるかのように心地よい。重厚な扉が開くたび、聖堂のような美しい残響が響き渡る。
アーク=ルミナス神聖王国が誇る二大公爵家の一翼、シルフィード公爵邸。地上にそびえる宮殿と見紛うばかりの豪奢な本館の最奥に、当主の執務室はあった。
重厚なマホガニーの机の上に広げられた一通の報告書を、眩しい光が照らし出している。
当主である公爵は、届いたばかりの羊皮紙に目を通しながら、低く重々しい声を漏らした。
「……ふむ。アデルハルトからの定期報告か。……大きな変動はないようだな」
冷ややかなインクで綴られた文字を、公爵は指先で軽く叩く。
王都という高負荷・高密度な環境において、リアの制御しきれない過剰な魔力は都市そのものを混乱させかねない重大な火種だった。だからこそ、あの危険な力を遠隔地の辺境へと隔離し、万が一の暴走に備えて常に監視を続けている——表向きは、権力者としての冷徹な計算と理屈で固められていた。
「以前のような、周辺一帯を氷結させるほどの事故は起きていないのだな」
「はい。現地の護衛および侍女からの直近の観測データでも、極めて安定した周期を保っているとの報告が上がっております」
側近の執事が恭しく一礼して答える。
公爵はフッと鼻を鳴らし、関心がないかのように書類を机の上に滑らせた。
「厄介な爆弾を遠ざけたつもりが、あの寒村でおとなしく眠っているか。……まあいい。あの子の存在が王都の魔導回路に負荷をかけ続け、我が家の政治的信用を脅かすよりはマシだ」
冷淡な言葉だった。
執事の前で見せるその姿は、「身内に起きた危険な爆弾」を厳格に管理する冷酷な指導者そのものだった。
「引き続き、アデルハルトの監視を怠るな。万が一、再び危険な兆候が見られれば……その時は容赦なく、必要な処置を実行する」
「御意にございます」
執事は深々と頭を下げ、冷めきった執務室から静かに退出していった。
王都の人間たちがそれを「危険な爆弾の遠ざけ」と捉え、当主の冷徹な処断に納得していることなど、遠く離れたアデルハルトの地で穏やかな日常を紡ぎ始めているカイトとリア、そして彼らを守るセレスたちの知るところではなかった。
彼らが作り上げた巧妙な「情報隠蔽」のおかげで、冷酷な中央から切り離された小さな平穏は、今日も静かに、温かな時間を育み続けているのだった。




