もやし農家のお仕事 後編
二度寝をしに自室へ戻るのが、大体の場合は午前五時前後。
俺と小豆……今日からは金梨もそこに加わるわけだが、再度の起床時刻は午前6時40分なので、大体90分から100分くらいは睡眠を楽しむことができる。
んで、パッチリと起床。
「んん……なんか、不思議な感じ。
そんなに長い時間寝ているわけじゃないのに、最初の眠り? 本睡眠っていえばいいのかな?
そっちよりも、妙に充実感があるよ」
というのは、再び起き出してきた金梨の弁。
だが、俺としてもその意見には、まったく同意できるところだ。
「そもそも、二度寝とか昼寝自体が気持ちいいもんだしな。
うちの場合は、その前に結構な労働を挟んでいるわけだし、体は完全に休息を取るモードに入っている。
その分、普通の睡眠よりも、自然、深く満足できる眠りになるんだろうさ」
これは俺が長年かけて独自に分析した理論だが、おおむね、間違ってはいないと思う。
もやし農家としてのルーティーンが、睡眠という行為を心ゆくまで楽しめるよう体を“整えて”くれているのだ。
そのこともあるだろうが、俺は一周目の人生において、寝不足で頭が痛くなる……などという事態には、陥らず済んでいる。
……まあ、どんどんと人手不足が深刻化した一周目において最後までそうだったのは、同じくどんどんと取引先が減っていったから、というのもあるだろうが。
あんな息苦しい生活は、二度とごめんだ。
今度こそ、上手くやって……睡眠不足になるくらい商売繁盛させてやるよ。
「今日は学校ないからいいけど、平日の時は、小豆と金梨……さんは、もうちょっと早起きしないとね。
色々と、身支度があるだろうし」
「そうなの?」
すまし顔で言ってのける小豆と、素で聞いてしまう俺。
そんな俺に対し、小豆は信じられないという顔をしてみせた。
「お兄ちゃん、当たり前でしょ!
女の子は、メイクとか色々と必要なんだから!
お兄ちゃんやお父さんが思うより、ずっと朝の支度は時間がかかるんだよ!」
「ううん、そういうもんか」
そう言われると何も言い返すことができず、ただただうなずく俺だ。
許せ、父大作よ。巻き添えでデリカシーがない組に入れられちまった。
「え? でも私、メイクとかはしたことないよ?」
が、そこで援軍となるのが当の金梨本人である。
「な……あ……」
それを聞いた小豆は、一周目の人生と合わせても、俺が見たことないくらい驚愕に染まった顔となった。
「ちょ、ちょっと! 触っていい?」
「うん、いいよ」
「うっそ、信じられない……モッチモチ」
ビヨンビヨンと、無遠慮に金梨の両頬を引っ張ったりする小豆だ。ちょっと仲良くなれたのかな?
さておき、そんな一幕を挟んで、朝食となる。
パートさんたちによる作業場の片付けを監督した後、母が用意してくれているのだ。
「いっただきまーす!」
ひょっとしたら昨夜以上の食欲を見せているのではないか? という勢いで金梨がかっくらっているのは、豆腐の味噌汁と白い飯。
それから、おかずとして用意されているのが、目玉焼きと納豆。その他、海苔ふりかけやなめたけなどは、各自で好きに使う方式である。
「んん……! おばさまのご飯、本っ当に美味しいです!
労働の後のご飯、サイッコー!」
などと言いながら、大盛りご飯一杯目を味噌汁で始末し、二杯目を目玉焼きの半分で完食。
続く三杯目を納豆ご飯で美味しくいただき、四杯目を目玉焼きのせご飯で最後まで美味しくいただく金梨。
うん……すごい。
15歳の肉体に戻ったこの俺が、すごいと感じられるくらい、こう……すごい食べっぷりです。
「けど、おじ様は配達に行かれているのに、なんだか申し訳ない気分です」
の、割に米粒一つ、味噌汁の一滴すら残さず食い尽くして手を合わせる金梨。
「親父は、配達があるからどうしてもな。
前の日に母さんがおにぎり作ってあるから、いつもそれを持ってくんだ」
ちなみに、今日の分は昨夜金梨が食い尽くしたんじゃないか……と思うだろうが、そこは冷凍したご飯のストックで対応している。
いざという時に備えて、そういうすぐ使える食べ物を用意しておくという母の知恵だ。
「ものすごく出荷量が多い時は、インスタントラーメンが朝ご飯になるんだよ。
サッポロ一番塩ラーメン! もやしが具で、卵も落とすの!」
ちょっと嬉しそうに小豆が解説してるのは、それがこいつの好物だからだ。
いや、俺にとってもかな。
俺たち兄妹にとって、特別な味。
ああ、そっか。
一周目の人生だと出荷量が激減した影響で、十年以上も食べてないのか。
さっき誓い直したばかりだが、やはり、今度こそしっかりやらないとな。
という決意表明付きの朝食を終えて、父が帰ってくるのが午前九時。
そこから俺の両親は、二時間ほどの仮眠を取る。
門屋夫婦にとって、唯一ともいえる安らぎの時間で、この間は何があっても起きないし、俺たちも起こさない。
俺の部屋で三人大人しく、小豆の勉強を見てやったり、高校一年生の内容をおさらいしたりしながら、時間を潰した。
それで知ったんだが、金梨はめっちゃ勉強ができたのな。本人いわく「娯楽に使うお金がないから暇つぶしで勉強したんだよ!」という、なかなかトホホな理由であったが。
ちなみに、俺の方はかなり内容を忘れている。二周目の人生を勉学で無双する展開は厳しそうだ。
午前11時。
普段は父一人で行う作業を、今日みたいな休日は、俺も手伝う。
何をやるのかというと、樹脂製の樽に漬け込んだ豆の様子を確認するのである。
樽の中で豆が発芽し、白い気泡を出していたら準備OK。
そこで、全ての樽の底からゴム栓を抜いてやる。
ポンッと栓を抜いてやると、独特な甘酸っぱい匂いがする浸漬水が飛び出していく。
水が抜けた樽を見てやると、もやしの赤ちゃん……発芽したばかりの黒豆が、ギッシリと収まっていた。
発芽してからムロに入れ、一週間ほどかけてやればもやしになるわけだが、そこで重要になるのが水やりだ。
俺たちが水くれと呼んでいるこの作業は、平日は門屋夫妻だけで行い、今日みたいな休日は、総出で行う。
つまり、今日は金梨も加わってもらうわけだ。
「水くれは一日に四回、樽や栽培台車の様子を見ながら、手分けしてやるんだ」
ホースから台車の一つへ水を入れてやりながら、金梨に解説する。
「まんべんなく、全てのもやしに水をやっていると、ざっと一時間はかかるな」
「へええー。
もやしって、ものすごくたくさんのお水を使うんだねえ」
「だから、爺ちゃんは地下水の豊富なこのF市でもやし農家を始めたんだ。
何しろ、富士山由来の地下水使ってるからな。
他のもやしとは、ひと味違うぜ。多分」
何しろ、他のもやしを食う機会が一周目の人生含めて全然ないので、推定を交えながらも力強く請け負う。
「もやしは成長が早いから、水くれを一回でも飛ばしちゃうと、すぐ味が悪くなっちゃうんだよ。
……そうなったことがないから、分からないけど」
マウント取ろうとして、絶妙に失敗する小豆だ。
ハハ……昔、赤ん坊のこいつを背負いながら母が水くれをしていた光景は、よーく覚えている。
俺にとって、原風景の一つといえる記憶。
同時に、この水くれという作業がいかに大事であるかを、幼心に悟った記憶だ。
そうして、16時から17時くらいには全員で夕食を食べ、風呂など挟みつつ18時には水くれ。
19時には全員で就寝し、午前1時からの仕事に備える。
これを、ほぼ365日繰り返すのが、もやし農家の日常なのであった。
「どうかな? 続けられそうかな?」
就寝前、ちょっと心配になりながら金梨に尋ねる俺。
「うん! まっかせて!」
しかし、金梨は力強くサムズアップするのだった。
さすが、正史においてはマグロ漁師となった女である。
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※本来は他の作業の合間にも分担して水くれをしているのですが、本作では分かりやすさを重視して、最後にまとめて描写する運びとしました。




