もやし農家のお仕事 中編
ここからは、父と俺とで作業を分担。
こうやって、作業を分担できる事実が、俺には嬉しい。
だって……2026年の未来では、父はもうすっかり体が弱ってしまっていて、俺と同じように働くことなど不可能だったから。
さておき、父が行うのは、台車を再利用して新たなもやしを育てる準備だ。
具体的にいうと、まずはホースで台車内の清掃。
そうして綺麗にしてから、水槽内へもやしを放り込む際に外していた台車の部材を、再びはめ込む。
そして、ムロの隣にある仕込み部屋から運んできた樹脂製の樽を、肩のあたりまで持ち上げて逆さにするのであった。
そうすることで台車の中に吐き出される樽の中身というのは、発芽したばかりのもやしだ。
スーパーでパック詰めされたもやししか知らない人には、ちょいと想像がつかないかもしれないな。
うちの場合だと、祖父時代からの伝統としてビルマ産のブラックマッペを使っているわけだが、黒く小さな……なんなら、かわいらしくすらある黒い豆を割って、中からぴょこんと茎が出ているのである。
こうして、新たに育てるもやしを台車へあけかえてやる作業を『あけかえ作業』と俺たちは呼んでいた。
樽一つの重さは、10キロから15キロ程度。
これを、台車一つにつき10杯近くは放り込むのだから、非常に大変な作業だ。
ちなみに、台車の数は予想される出荷量で変わってくるのだが、この2001年においては、少ない時で一、二台。多い時で、六台ほどになる。
そして、本日の数は四台。2026年の未来、相次ぐ取引中止で苦境に立たされていた門屋商店にとっては、考えられない出荷量であった。
感慨深くなっている場合ではない。
出荷量が多いということは、それだけ、仕事の量も多いということなのである。
「え? え?
門屋君、もしかして素手でこの中に手を突っ込むつもり?」
「昔っからそうやってるんでな。
金梨はちゃんとゴム手しとけよ。肌荒れしちゃう――ぞ」
金梨と問答しながら、俺は水槽に両手を突っ込み、女性陣が豆ガラをすくい終えたもやしを抱え上げた。
そして、キャスターが付いたステンレス製のコンテナに放り込む。
コンテナの底には無数の穴が空いているっつーか、要するにザル状となっていて、放り込まれたもやしの水が切れるようになっているのだ。
それにしても、こうして抱え上げたもやしの重いことよ。
何しろ、ひと抱えで八キロから九キロはあるし、抱え上げた瞬間は水を含んでいるのである。
水槽のもやしが空になるまで延々とこの作業をし続けていると、もやしの水が跳ねるからというのもあるが、それ以上に、自分自身の汗で全身が濡れ鼠となってしまう。
作業場の室温は、この時期この時間だと5℃前後。
なのに……暑い!
「うへー。
なんか、今の門屋君、スーパーサイヤ人みたいだね。
こう、シュワンシュワンシュワンとオーラをまとっているっていうか」
金梨が作業しながら告げた通り、俺は全身から立ち昇った体温由来の湯気に包まれていて、少年漫画の登場人物みたいな有り様となっていた。
「へへ……オラ、なんだかワクワクしてきちまったぞ!」
「お兄ちゃん、バカなこと言ってないで、さっさと手を動かしてよね」
解像度が低い悟空さの台詞を言う俺に対し、ジト目を向けてくる小豆だ。
そうだな……考えても見れば、スーパーサイヤ人以降でこの台詞吐いてるシーン見た覚えないわ。
というか、忍空の勝身煙の方が原理的にも近いわ。
などとバカなこと考えたりしながら、黙々と作業。
人間の脳っていうのはよくできてるもんで、こういう風に集中して作業していると、まるでよく出来た映画を見ている時みたいに、時間の流れっていうのを忘れることができる。
「ああ、パートの人たちが来るわね」
母の言葉に壁の大時計を見てみると、時刻は午前四時を指し示していた。
すでに、俺たちがここまでやってきた作業はひと段落を迎えている。
「はよざいまーす!」
「おはようございますー!」
さすが、時間ピッタリ。
学生バイトやパートの主婦さんたちが、やはりゴム前かけにゴム長手袋を装着した姿で、五人ほど作業場に姿を現した。彼ら彼女らは、早番組なのだ。
この人たちが行うのは、俺が水切りしておいたもやしの袋詰め作業。
小売用の300グラムや、業務用の3キログラムや1キログラムのビニール袋へと、次々と手作業で詰め込まれていく。
「こうやって、入れてくんだよ。
慣れたら、大体の感覚で300グラムが分かるんだから!」
「うん……お手本ありがとう!」
中には、すまし顔で金梨にお手本を見せる小豆というちょっと微笑ましい一幕も。
これで、身長不足を補うためにひっくり返した酒瓶ケースを足場にしていなければ、もう少し決まるんだけどな!
このように、母や小豆……今朝からは金梨も、こっちの梱包作業に加わる。
では、俺と父はこの間、何をするのか?
また別の部屋でもやしの原料となるビルマ産ブラックマッペを洗い、正確に五キロずつ、樹脂製の樽へと詰め込んでいくのだ。
樽の底には穴が空いてるけど、この段階ではゴム栓をしておく。
で、これらの樽をムロの隣にある仕込み部屋へと運び込むってわけ。
そこで、微妙に角度がついたすのこの上へ、それぞれの樽を並べていった。
この仕込み部屋には、風呂釜くらいの大きな鉄製タンクが二つあり、ボイラーで沸かしたお湯が入っている。
タンクにはポンプが付いており、その先には太いビニールホースが装着済み。
「親父、スイッチ入れるよ」
「おう」
ポンプのスイッチを入れると、強烈な勢いでホースからお湯が出てくる。
父はそのお湯を、並べた樽へ次々と注いでいくわけだ。
樽の中を覗き込んでみると、小砂利みたいに小さな黒い豆たちが、たっぷりのお湯に浸かっていた。
これが、発芽してもやしになる。
「豆助、小豆。
金梨ちゃんを連れて、一旦仮眠してこい」
「うん。
行こう、金梨……さん」
父の言葉にうなずいた小豆が、金梨をうながす。
「え、でも、いいの?
まだみんな作業してるけど?」
ただ、金梨の方は、ちょっと申し訳なさそうな顔でパートさんたちを見ていた。
「いーって! いーって!」
「そうそう、あたしらは朝のこの作業やるためだけに来てるんだから」
「金梨ちゃん、この後も門屋さんたちの仕事手伝うんだろう?
ちゃんと寝とかないと、もたないんだから!」
が、パートの皆さんは超フレンドリー!
いや、イイ人たちなのは知ってるし、2026年でも親交がある人もいるけど、この短時間ですげえ仲良くなったな! 金梨!
驚くべきは現役JKの社交能力。
そして、悲しきは、脳内でそんな言葉が出てしまう俺の中年マインドである。
「この後は、親父がトラックを使ってもやしを配達に出かける。
こう、軽トラを作業場の中に入れてさ。
パートの人らで、荷台に次々ともやしを投げて、受け止めた親父が綺麗に並べていくんだ。
でも、その作業の人手は足りてるし、俺たちは学生と小学生だからな。
今日は学校がないから二度寝の後も手伝うけど、普段は朝飯食べて学校だから、その生活リズムに体を慣れさせとくんだ」
「そーいうこと!
いい? 寝不足は、美容の大敵なんだからね!」
俺の言葉に我が意を得たらしい小豆が、クッソえらそうに人差し指を立てながら講釈した。
「ふふ……うん! そういうことなら!
金梨士! 仮眠入らせてもらいまーす!」
それでようやく納得した金梨が、みんなに手を振る。
「はいよ、いってらっしゃい。
起きたら朝ご飯だからね!」
「今朝もたっぷり食べて構わねえからな!」
「行ってらっしゃい!」
「お疲れ!」
「あたしらは起きる前に上がってるけど、また明日、よろしくねえ」
そうすると、俺の両親に加え、パートの皆さんが、フレンドリーな挨拶を返したのであった。
うん……何はともあれ、早速、馴染めているようでよかった!




