不肖、金梨士! 誠心誠意働きます!
「いやー! まいった! まいった! まいった!
昨日さ! 明日……というか今日からの高校生活に向けて、細かな物を色々買って帰ったら、アパートがもぬけの殻なの!
で、お母さんの置き手紙が、あったってわけ!」
それは、そんなに笑いながら語る内容なのだろうか?
あるいは、五杯目の大盛りご飯を空にすべく、ラストスパートかける隙を目の端でうかがいながら語る内容なのだろうか?
分からない。彼女の心理状態も、胃袋の許容量も。
さておき、金梨が一度席を立ち、お茶の間の隅に置かれた自分の鞄から、一通の封筒を取り出した。
封筒の表面には、達者なマジックペン使いで『士へ』と書かれている。
「で、これが置き手紙の現物です!
いやー! ウッケる!」
ウッケてる場合なのだろうか? こいつは……。
そして、どうしてこの封筒を俺に差し出す?
え? 俺が読まないといけないの? 蒸発した母が娘に宛てた置き手紙を?
ハードすぎません?
「えっと……俺が読めばいいのか?」
「うん!
ダイジョーブ! ダイジョーブ!
もう爆笑モノの内容なんだから!」
「ま、まあ、そこまで言うなら……」
当の金梨本人に言われ、渋々と開封済みの封筒から便箋……ではなく、裏書きされたチラシを取り出した。
こらこら、小豆よ。目を輝かせながら覗き込もうとするんじゃない。
そんで、やはりマジックで書かれた手紙の内容を一読したのだが……。
「こ……これは!?」
くわりんこおっ! という感じで目を見開くこの俺である。
「どうした? 豆助?
一体、何が書いてある……?」
「豆助、気をしっかりと持つんだよ……!」
一周目の人生でも見たことがないくらい、クソシリアスな眼差しを向ける両親。
「何々、何が書いてあるの?」
一方、こないだまでキムタク主演の検察官ドラマにドハマりしていた小豆は、瞳をさらに大きく輝かせていた。
「フッフッフ……もぐもぐ」
そして、不敵な笑みを浮かべながら五杯目の大盛りご飯を食い終える金梨。
皆の視線を感じながら、俺は手紙を……読み上げる!
「明日から花の女子高生になる愛娘へ!
ごめーん! お母さん、隠してたけど借金がかさみすぎて、夜逃げならぬ昼逃げすることにしちゃった!
そんなわけで、お母さんは、このままベガスでひと稼ぎします!
ちなみに、高校の入学費は、シングルマザー特有の訳あり感を出して待ってもらっている状態で、このアパートの家賃も半年分滞納してるので、高校生としてやっていくことも、ここで暮らし続けることも出来ません!
独り立ちの時だよ! やったね!
それじゃ! アデュー!」
――しん。
……という静寂が、我が家のお茶の間を支配した。
そして、真顔になった俺が一言。
「アデューじゃねえだろ、アデューじゃ」
「そうだな、アデューじゃねえな」
「ええ、アデューじゃないわね」
「小豆もアデューは違うと思う」
西暦2001年4月6日金曜日16:43。
門屋家四人の心が、今、一つになった。
「いやあ、照れるなあ」
一方、何を勘違いしたのか、照れ照れとなる金梨。どこに照れる要素がある? 俺ら一家、絶句してんだけど?
ともかく、あんまりといえばあんまりな内容のこの手紙で、一周目に起こった出来事……『金梨士はどうしてマグロ漁師になったのか?』の裏側は、完全に解明された。
そりゃ、こうなっちまえばマグロ漁師になるか、あるいは女郎にでもなるしか道はあるまいよ。
「えー、そういうわけで、私、金梨士は住み込みで働ける仕事先を探しつつ、ひょっとしたら、廃棄するもやしを分けてもらえるかもしれないわずかな可能性に賭けて、門屋商店さんの見学を申し込んだというわけです!」
両手をむん! とさせながら、力強く語る金梨。
だそうだぞ? モテ期が到来したかと浮かれポンチだった一周目の俺よ。
「ちなみに、うちで住み込みのバイトができない場合はどうする?
退学してマグロ漁師にでもなるつもりか?」
「すごい! 門屋君、名推理!
小説家の才能見せたり、探偵の才能見せたり、才能の宝石箱だね!」
指でジュエルの形を作りながら語る金梨。お前のその得体が知れないエネルギーを生み出す役に立てて、夕食に使われたうちのもやしたちも本望だろうよ。
しかし、参ったな……。
困窮しているのだろうとは思ったが、まさか住居がないレベルだとは……。
できれば、ここで金梨という駒を手に入れ、門屋商店の破滅を回避する第一の策へと繋げたかった。
が、さすがに年頃の女子を住み込みで働かせられるわけもないし、ここは金梨にはマグロ漁師として活躍してもらい、俺は別の道を模索すべきか……。
「……らい」
が、そこで急に口を開いたのが、我が父大作。
「どうした、親父?」
何やらわなわなと肩を震わせる父に、問いかける。
くだらなすぎて腹が痛くなったか?
「えらい!
その年で、自分を生んだ親に恨み言を言うでもなく、自力で生きていこうと決心するなんてよお!」
違った。なんか感動して涙ぐんでいた。
んで、モノは言いようだな、オイ。
「ええ! あたしも感動したわ!」
父に向かって、やはり涙ぐみながらうなずく母。
「おふくろ……嘘だよな?」
「お母さん……今の、そんな感動する要素あった?」
一方、食べる手も止めて、やや引きながらつっこむ俺と小豆である。
しかし、我が母は止まらない!
「だって……だってさ!
親からも見捨てられて自分の力で頑張らなきゃいけないなんて、『おしん』みたいで泣けるじゃないか!」
『おしん』。
まあ、ざっくり説明すると、日露戦争後の寒村に生まれた貧農の娘が、奉公というかほぼ人売りに出され、様々な苦労や、あるいは人との出会いを経て這い上がっていくという内容の大ヒット連続テレビ小説だ。
俺自身も、あんまり詳しくはない。生まれる前の番組だし。
しかし、この様子を見た感じ、どうやら母はこの作品が大好きなようであった。人生二周目にして初めて知る母のパーソナルデータである。
「ああ……そうだなあ!
そんで、そういう風に苦労している子には、周囲が手を差し伸べてやらなきゃいけねえんだ!」
力強くうなずく親父。
「いや、誰かが手を差し伸べなきゃいけないのは、ごもっともだと思うけど、それは差し出すだけの余裕がある人間のすることだと思うぞ」
「そうだよ! 犬や猫を引き取るのとは、わけが違うんだよ!」
両親に向けて、諭す言葉を向ける俺と小豆。ねえ、逆じゃない? 互いの立場が逆じゃない?
「金梨もそう思うだろ?」
「え? 私?」
俺に問いかけられ、味噌汁の残りをすすっていた金梨が考え込む。
「……くうーん」
そして、ペロリと舌を出しながら犬のモノマネ! かわいい! ……けど、そうじゃねえ!
「問題ないわ! その分だけ、気合を入れてもやしを売ればいいんだもの!
ええ! 女子高生一人分の生活費と学費くらい、ナンボのものよ!」
パンッと両手を合わせる母。
「おうよ! とりあえず、待望の人手も増えることだしなあ!」
ドンッと自分の胸を叩く父。
こうなると、もはや俺や小豆の話を聞く両親ではない。
いいのか? それ?
いや、俺としては計画通りで願ったり叶ったりだけど、本当にそれでいいのか?
困惑する俺。
一方、小豆はむくれた様子で頬を膨らまし、そっぽを向いていた。
そして、渦中の金梨は……。
「え……?
じゃあ、私、ここで住み込みで働かせてもらえるってこと?」
パアッと目を輝かせつつ、素早く大皿のもやし炒めをひとつまみ食べたのだ。
「あ、ああ……どうやらそうらしい」
俺が困惑混じりで返すと、彼女はひまわりが咲いたような笑顔と共にお辞儀してみせた。
「やったあ!
不肖、金梨士! 誠心誠意働きますので、どうかよろしくお願いします!」
父と母は、パチパチという拍手でこれを歓迎し……。
「ふんだ」
小豆はますますむくれたのである。




