金梨 士(かねなし つかさ)という少女
「あの、門屋君? もしもーし?
聞いてくれてる、かな……?」
頭から栽培中のもやしコンテナに転がり込んだ結果、パンツ丸出しでもやしまみれとなり、もやしを育む水で濡れ鼠となったセーラー服姿の美少女。
そんな彼女が、なんとも言えぬ曖昧な笑顔で、コンテナの縁にいる俺を見上げ問いかける。
別にこの機会を使う必要性は一切ないが、せっかくなので、彼女の容姿について細かく語っておこう。
やはり一番目を引くのは、ぱっちりとした大きな瞳が印象的なその顔立ち。
間違いなく将来は美人さんなんだろうが、今はまだ、十代特有のやわらかさが勝っている可愛らしい女の子だ。
2001年はいわゆる『あゆ風』というか、カッコかわいい系のファッションなどが流行し出しているが、黒髪をロングで伸ばし、前髪がやや重たい彼女は、昔ながらの清楚タイプ。
総じて、美少女JKの平均的なイメージというか、こう……『クラスに一人いてほしい美少女』という表現がしっくりくる女子であった。
ただし、現在はパンモロもやしまみれ、全身濡れ鼠であることを、再度強調しておく。
以上! 彼女の容姿に関する説明終わ……あ、パンツは白色だ。
というわけで、今度こそ以上! 彼女の容姿に関する説明を終えるものとする!
「金梨……。
君に言わなければいけないことがある」
かつての……俺からすれば25年前の記憶をなぞりながら、パンモロもやし子さんこと金梨士に呼びかける。
「え……ええ?
何? 何? あらたまって?
もしかして、大事な話?
そ、そういうのは、もっと段階を踏んで、シチュエーションも選んでしてほしいかな?」
何を勘違いしたのか、わたわたと慌てながら顔を赤らめるパンモロもやし子さんだ。
「違う、そういう話じゃない」
「あ……うん。
えらいキッパリと言い切ったね」
ピタッと動きを止め、再び俺を見上げる金梨である。
「俺が言いたいのは、だ――」
そんな彼女に、俺は我が門屋商店を救うための第一歩でもある話を切り出したわけだが……。
その前に、どうしてこんなけったいな状況になっているのか、説明せねばならないだろう。
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「はじめまして! もやし農家跡取りの門屋君!
実は、君にお願いしたいことがあるんだ!」
「どうした、金梨さん?
うちのもやし工場を見学でもしたいのか?」
「すごい! 何も言ってないのに見抜かれた!
エスパーなの!?」
西暦2001年4月6日金曜日。
記念すべき高校生活最初の一日を終え、放課後を迎えた俺は、特に接点もなく話しかけてきた彼女――金梨士に対し、クールに答えた。
無論、俺はエスパーではない。
いや、ひょっとしたら時間遡行型の超能力者である可能性を否定できない状況ではあるが、少なくとも、主体的に行使できる悪魔の実の能力とか念能力とかは存在しない。
……どうでもいいけど、あの二つの漫画、この当時にはもう連載してたんだな。そういえば。
さておき、俺が彼女の質問に先回りして答えられたのは、当然、この高校生活が二周目だからだ。
そう、一周目の高校生活初日において、彼女は俺にお願いし、うちへ見学にきた。
あの時のことは、今でもよく覚えている。
おいおい、高校初日から春の到来かよ! カーッ! まいったな! カーッ!
……と、思った俺はウッキウキで了承し、彼女を我が門屋商店のもやし工場内へご招待したものだ。
そして、目を離した隙に彼女は、もやしの栽培コンテナ内へと落っこちた。
まさかといえばまさかの事態に、動転する一周目の俺。
一周目の俺はひとまず彼女を助け出すと、家族に事情を説明して家の風呂を貸し、自分のジャージを着替えとして貸したのである。
『きっと、育成途中のもやしをよく見ようと覗き込んだ際、足を滑らせたのだろう』
一周目の俺はそう考え、彼女から深い事情を聞かず、ジャージは週明けの月曜日に返してくれればいいと言って、見送ったのだ。
結論からいって、ジャージは返却されたが、彼女と会うことは二度となかった。
週明け、HRで担任教師が告げたのは、「金梨さんは家の都合で退学しました」という一言。
ざわめく俺たちに対し、追加の説明はなし。
だが、俺は帰宅後、玄関前に置かれていたという俺宛の手紙と紙袋を母から渡され、全ての真相を知ったのである。
紙袋には洗濯済みのジャージが入っており、手紙には、こう書かれていた。
『ジャージありがとう! 洗って返しておくね!
PS.私はお金がないのでマグロ漁師になります! イエーイ! 金梨士』
……高校生でもマグロ漁師になれるんだ? と、俺はズレた感想を抱いたものだ。
えー、以上が、たった一日のみ我がクラスメイトとなった少女、金梨士との間に存在する一周目の思い出となります。
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回想終わり。
かくして、二周目を迎えた俺の眼前でも、金梨がもやしまみれとなりながら、白パンをさらけ出しているわけである。
アレだな。
華の女子高生がいきなりマグロ漁師になるというのは、ハードな人生だと思う。
が、それを言ったら、俺も高校に上がった時点からフリーター並みに実家でこき使われているわけで、ハードさは違えど、似たようなもんと言えるのではないだろうか? 言えないかな?
まあ、似てる似てないはともかくとして、大してよく知りもしない相手を過度に哀れむというのは、違うだろう。
なんだか事情を抱えているというか、本人が言う通りお金がないのだろう彼女は、マグロ漁師として強くたくましく生きたに違いないのだ。
だから、これから俺がするのは、間違っても彼女を助けるための選択ではない。
重ねていうが、異様なエネルギッシュさを置き手紙から炸裂させていた金梨だから、きっと俺の知らんところで幸せにやっていたはずなのである。
ゆえにこれは、俺の都合。
俺こと門屋豆助が……ひいては我が門屋商店が、金梨に助けてもらうためにするお願いなのであった。
「俺が言いたいのは、だ。
金梨……君、うちで働いてみないか?」
「ふえ?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべた漫画キャラみたいな顔になる金梨。
そういう顔をすると、ぱっちりとしたお目々がますます大きく見開かれ、有り体に言って可愛かった。
「バイトの誘いだな。
ぜひ、うちで働いてもらいたい」
「いや、そんな……急に言われてもなあ……」
まるでナンパでもされたかのように、もやしコンテナ内で、もやしみたいに身をくねくねさせる金梨だ。
そんな暇があったらパンツを隠した方がいいだろう彼女に、畳みかける。
「君みたいな可愛い子には、もやし工場の仕事がきっと似合うと思うんだ!」
「そんな、可愛いだなんて……もう、ただの事実だけど、お上手だなあ……」
さらにくねくね度合いを増す金梨であった。
うん、女の子を褒める時は、ちょっと大袈裟かつストレートなくらいが丁度いいという、人生の教訓に基づいてみたのだが……。
俺の話術が達者というより、この女が驚くほどチョロイな、これは。
そんなおチョロくいらっしゃるパンモロ女さんが、ふと真面目な顔となる。
そして、一言。
「時給は?」
「680円」
「ほとんど最低賃金じゃん!」
「失敬な、ほんの少しだけ最低賃金より高いぞ」
あくまで真顔で答える俺だ。
あらためて調べ直すと、当時のS県の最低賃金は驚きの安さだね。
いや、2026年に400円以上も上がっているというのは、順当に経済成長した結果といえるのだろうか?
あんまり詳しくないから分からん。少なくとも、うちは苦しかった。
「いやあ、どうしようかなあ?
私、できればもう少し時給のいいところで働きたいんだよねえ」
この後、マグロ漁船に乗り込む予定である女が、頬を両手で押さえながら考え込む。なお、もやしまみれになりながらである。
そんな彼女に、俺は追撃を放ったのだ。
「バイトしてくれるなら、君が駄目にしたこのコンテナのもやしは不問にするよ?」
「やります」
即答だった。
そう……一周目でうちは、彼女が駄目にしたコンテナのもやしを泣く泣く廃棄したのである。
そして、マグロ漁師になるくらい金がない彼女に、その弁償能力がないのは自明の理。
つまり、パンモロ状態でもやしコンテナへ落っこちた時点で、彼女はチェックメイトへハマッていたということだ!
え? JKが中で転げ回ったもやしなら、付加価値があるんじゃないのかって? ブルセラブームは20世紀にもう終わってるよ。
ともかく、だ。
俺は、最初の策に必須の大駒――金梨士を手にすることへ、成功したのであった。




