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Take On Me 5  作者: マン太


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6.仲間

「ねぇ、朱莉先輩。…この人と、どういう関係なんですか?」


 少女は鳶色の瞳をひたと問いかけの相手、朱莉に向ける。この人、とは俺の事に他ならない。

 少女の名前は(なつめ)陽菜(ひな)。朱莉の一年後輩で、ほかの生徒と一緒に朱莉の推し活動をしている。その関係で、今回の嫌がらせの件も首を突っ込む事になったらしい。

 ただし、護衛ができるはずもなく。とりあえず、一年生のなかで不審な動きをする奴がいないか、注意しているのだと言う。

 茶色勝ちの瞳や、肩より上の、ゆるくウェーブのかかる栗色の髪は、イギリス人である祖母の血のせいらしい。

 

「言ったじゃん。彼氏」


 朱莉は垂れてきた長いストレートの黒髪を、肩にはねあげながら、他人事の様にそう口にした。

 朱莉の前には、食べかけのオムライスがある。昔ながらのオムライスの上には、真っ赤なケチャップソースが帯のように太く垂れていた。

 今は昼の休憩時間だ。俺と朱莉は、わざとらしいくらいにベッタリくっつきながら、腕を組んで、学食へと向かったのだ。

 皆がチラチラ視線を向けるなか、給食のおばちゃんイチオシと言う、スパイシーカレーを口にする。


 ──うん。ケッコーウマイ。後でレシピを聞こうかな。


 もうひと口と、放り込んでから、よく咀嚼後飲み込むと。


「──そう、彼氏。宮本大和。よろしくな?」


 陽菜に向けて、ニカッと青春少年スポーツ漫画さながらの爽やか笑顔を浮かべれば、


「…なんか、信じられないんですけど」


 陽菜はジト目で睨み付けてくる。俺は手にしたスプーンをぷらぷら揺らしながら。


「事実だからしょうがない。な?」


 朱莉をみる。朱莉は頷いて。


「ずっと黙ってたから。騒がれるのイヤだったし。──でも偶然、転校してくることになったから、いっそのことバラそうって。ね?」


「そう言うこと。オープンにしてるから、ほかの奴に話してくれていいよ」


 とにかく周知して、犯人にも知らせなければならない。陽菜は、ハァと大きなため息をついたあと、目の前の皿の上、トマトが少しはみ出した、食べかけのホットサンドに目を落とし。


「…認めたくないんですけど、朱莉先輩が言うなら認めます…。でも、どうしてこんな──先輩には失礼ですけど、フツーの人なんですか? と言うか、普通以下って言うか...。先輩ならもっと上が目指せると思います!」


 ──失礼な奴だな。


 力説する陽菜に、内心俺は憤慨するが、事実なのだから仕方ない。

 身長もさほど高くなく、見た目もひと目を惹く容姿じゃない。わかっているが、腹は立つ。立つが、俺は成人男性。子どもの言葉にいちいち腹を立てている訳にはいかなかった。ここは大人の余裕を見せるところだ。


「別に、見た目で選んだ訳じゃないから...」


 朱莉は、ボソリとそっぽを向いて口にする。その頬が微かに赤らんだのを見逃さなかった。


 ──スゲー。騙される…。


 演技力があると、頬を染めることもできるのか。若干、そら恐ろしさも感じつつも感心した。


「そう言うこと」


 ハハッと笑い頭をかいていれば、


「朱莉…」


 背後からいくぶん低い声音がする。振り返れば、今朝のイケメン男子生徒が立っていた。身長があるせいで、見下ろされると威圧感が半端ない。


(みなと)…」


「湊先輩」


 朱莉と陽菜がほぼ同時に名を呼んだ。


「昼、食い終わったらいつものところにこいよ。話がある…」


 湊と呼ばれた生徒は視線をこちらに向けると、


「──おまえもな」


「…おう」


 見下ろしてくる生徒を、下から見上げる。と言うか、条件反射的に半ばにらみ返していた。受けて立つぞ、と意気込むが、この生徒に恨まれる筋合いはないはず。

 威嚇し合う猫の様に互いにらみ合うなか、湊は先に学食を後にした。湊が去った後、朱莉がフォローを入れる。


「…佐々木(ささき)(みなと)、三年生。私と同じ、芸能コース専攻してる。この件、相談もしてるし、いろいろ助けてもらってんの」


「──ああ。例の…」


 今回の件で、手伝って貰っていると言う生徒か。がたいもいい。俺には劣るが、朝の様子から腕っぷしも強そうだ。確かに頼りにはなりそうだった。


「湊先輩となら良かったのに…」


 陽菜がホットサンドに添えられたレタスをつつきながらぼやく。俺が朱莉の彼氏と言うのが、どうにも納得できないのだろう。


「湊先輩はダメだもん。──知ってるでしょ?」


「ですけど…」


「なんだ? 付き合ってる相手がいるのか?」


 横から割って入れば、朱莉と陽菜は互いに目配せしたあと、


「今回の事には関係ないし…。必要なら先輩が話すよ」


「そうです。私達から言うことじゃないし...」


 揃ってそう口にする。


 ──なんだ? 気になるな。


 けれど、これ以上尋ねたところで、話は聞き出せそうになかった。


「──わかった。俺からは何も聞かない。てか、今はそれどころじゃないしな…」


「大和先輩は当然知ってますよね? 朱莉先輩に起こってること…」


 陽菜が上目遣いで尋ねて来る。


「もちろん。だってその為に、護──」


「ご?」


 陽菜が聞き返してくる。

 しまった、と思ったところで、朱莉が皿の上に、スプーンを取り落とした。カランと、それなりにいい音がする。


「──そんなことより、早く食べよ。湊先輩待たせる」


 陽菜との会話はそれで中断された。いけない、いけない。つい、口にする所だった。朱莉ナイス。


「お、おう…」


 そうして、後は黙々と自身の食事に集中した。



「──で、おまえはどこまで知ってんの?」


 積み上げられたマットレスの上に、片ひざを立てて座っていた湊は、挑む様な目付きで尋ねて来た。その前に立った俺は、腕を組んで唸る。

 その後、大急ぎで目の前のスパイシーカレーをかきこみ──もっと味わいたかった──早々に昼食を終わらせ、朱莉らの後について湊の言ういつものところへ向かった。

 ガンガン校舎内を通り抜け、渡り廊下を通りすぎ、体育館へと向かう。が、昼休みのバレーボールを楽しむ生徒がいる中へは入らず、その外廊下を進み、これ以上行けないと言うところまで来ると、その行き止まりにあった倉庫のドアを朱莉は叩いた。


「…湊先輩?」


 やや間があったのち、


「──入れよ」


 低い声音がした。湊だ。

 ここは体育館脇の物置き小屋。後で聞いた所によると、普段は使わないものが放り込まれていて、大きな行事でもない限り、滅多に人の出入りがないのだと言う。

 近くには旧校舎があり、こちらも人気はほとんどない。この古い校舎は、取り壊しが決まっているのだが、その工期が遅れているのだと言う。

 どうして知っているのかと言えば、土建会社を営んでいる陽菜の父親が、その取り壊しを請け負っているのだとか。ここへ来る前に教えてくれた。

 待ち合わせ場所に指定したこの倉庫は、元々、湊が授業をサボる時に使っていたのを、今回の件を相談するにはうってつけの場所だと、選択したらしい。

 確かに入口以外は鬱蒼とした木々に囲まれ、人通りもない。ここなら他人に聞かれる事もないだろう。

 そうして、俺たちがいそいそと中へ入れば、湊が開口一番、そう口にしたのだ。

 湊は注意深く俺を観察している。善人なのか悪人なのか、見定めようとしているかのよう。

 今まで朱莉が彼氏の存在など口にもしなかったのだ。それが突然現れ、彼氏などと名乗られても、そう簡単には信用できないだろう。


「ぜんぶ──だけど?」


「…ぜんぶ、ね」


 湊はそう呟くと、組んだ足の上に肘をついて、顎に手を当て疑い深い眼差しをこちらに向けてくる。俺はその視線を跳ねのけるように胸をはった。


「全部分かってここにいる──。朱莉を守るつもりだ」


「守る、ねぇ?」


 すると、朱莉が援護してきた。


「そうだよ。大和には全部話してるし、守ってくれるって約束したもん。信用してくれていいよ」


「てか、朱莉さ。そんなこと、一言もいわなかっただろ? 彼氏がいるとか、相談に乗ってもらってるとか…。突然、こんな奴連れて来て信用しろって言ってもさ。朱莉の性格知ってるから、無理強いされてるってことはないんだろうけど…」


「大丈夫だ。信用しろ。俺は味方だ」


「…味方。──てかさ、俺、おまえの先輩なんだけど? なんでずっとため口なんだよ。朱莉はいいけど、初めて会ったおまえにため口きかれるって、結構ムカつく」


 すごむ湊に、ああそうだったと思いだす。俺は年下設定なのだ。


「ごめん、ごめん。つい──」


「そこも、ため口かよ…」


「っと、先輩。気をつけます!」


 背筋をピンと伸ばし、気を付けの姿勢をしてみせる。暫くしかめっ面をしていた湊だが、そのうちプッと吹き出した。湊は前髪をかきあげながら。


「っまえ...おっかしい奴。ったく、もういいや。タメ口でも、オッケー。──で、朱莉、その後、どうなんだ? メッセージ」


「…しばらくなかったんだけど…。さっき、また…」


 自身のSNSに送られてくる、悪質なメッセージのことだ。たしか、言う通り、しばらくなかったはずだが。『彼氏』の登場に早速反応したのだろう。湊は朱莉に目を向けると。


「おまえ、SNS暫くやめたら? したらそんなの見なくてすむだろ?」


「だって…無理だよ。生活の一部だし…」


 湊はこちらを振り返ると、


「《《彼氏》》なら言ってやれよ。止めろって。朱莉を守りたいんだろ?」


 意地悪い顔つきで見てくる。ことさら彼氏を強調するのは、二人の関係を疑っているからだろう。


「──そこは本人の自由だと思う...。それに急に止めたら、別の手を考えてくるだろう? 何をしてくるか分からないより、今の方がましだと思う…」


 そうなのだ。岳らと話した時、やめる案も出たのだが、他の手段を取られても困ると、そう言う話しにまとまったのだ。


「ふーん。それも一理あるな…。おまえ、見た目と違って案外しっかりしてるんだな?」


「…案外は余計だ」


「──けど、大和。守るって言ってるけど、弱そうだよな? 今のところ、危害は加えられていないけどさ。そんなんで大丈夫?」


「問題ない。──見た目で判断すんなよ?」


「…なんか、かわいくないんだよな。年下のクセに…」


 湊の呟きに内心頷く。そりゃそうだ。とっくに成人式は過ぎている。ここは大人の俺に任せろ、だ。


「何かあっても、俺が守るから、安心しろよ?」


 再び胸を張れば、湊が大袈裟なほど大きなため息をついて、


「ぜってー、ムリ」


 そう言った。



 その日は、メッセージが送られてきた以外、何事もなく一日が終わった。


「──それで、どうだった?」


 食卓を皆で囲んだ所で、岳が尋ねて来る。今日は朱莉がすぐ帰ったため、夕食の準備には間に合った。今日のメイン、トリササミの揚げ焼きを突っつきつつ答える。


「うん。朱莉に嫌がらせのメッセージがあったけど、他はなにも。俺が高校生ってのも、疑ってなかったし…」


 やはり、この背の低さが功を奏しているのだろう。童顔と言うのもあって、誰一人疑ってこない。成功は成功なのだが、それはそれで悲しくもある。


「大和、ぜんぜん、違和感なかったもん。──て、言うか嫌がらせについては、初日だしね。気を抜かないで、十分気を付けないと」


 亜貴はそう口にする。ぜんぜん違和感ないのは、果たして褒め言葉なのか、そうでないのか。真琴も頷きながら、


「見た目については──大和には悪いが、浮かないのはいいことだ。きっとそこは犯人も疑っていないだろう。とにかく、今は様子を窺っているんだろうな…。何も起こらなくとも、油断はしないように」


「うん、わかった。二人とも、ありがとう。気を付ける」


 拳を突き上げガッツポーズを作って見せれば、


「…大和は、突っ走るからな」


 傍らで話を聞いていた岳が、前髪をかきあげつつ口にした。


「なんだよ、岳。俺は冷静に観察してるぞ?」


「それはわかってる。──けどな…」


「大丈夫だって。突っ走ったりしないって。相手は子どもなんだし」


「前にも言ったけれど、高校生だからって、ヤバい奴はヤバいんだ。…十分、気を付けるんだぞ?」


「了解」


 俺は、トリササミ揚げの最後のひと口を放り込みそう返した。皆、心配しすぎなのだと思いながらも、ありがたく言葉を受け取った。



 お風呂からでて部屋に戻ると、先にベッドで休んでいた岳が、読んでいた文庫本を伏せて脇に置いた。 

 普段は電子機器を巧みに使いこなすのに、本を読むときだけは紙ベースになる。この方が、落としても濡らしても気にならない、扱いが楽だからとか。確かにその通りだ。床に落としたとしても、軽く埃を払えばすむだけだ。


「今日は、初日で疲れただろう?」


「うん…。まあな。興奮してたせいかな? いまやっと力が抜けた感じがする…」


 俺は岳の隣、ベッド脇に手を掛け乗り上げると、そのまま岳の横までにじり寄る。ベッドヘッドに背を預けていた岳が、少しずれて場所を開けてくれた。そこへ座ると、隣の岳の肩に頭を預ける。

 岳の香りがフワリと香って、ほっと息がつけた。

 

 ──ここが一番、安心する。


「…心配かけてごめんな。犯人、なんとか、早めに見つけるからさ…」


「焦らなくていい。…ただ、何かあれば真っ先に俺に連絡しろよ? いつでもいい。時間も気にするな」


 岳の手が、ベッドについていた俺の手を握りしめ、指先がからむ。


「うん…」


 ──岳に甘えたい…。甘えたい──けど。


 明日も早い。岳とこれ以上のスキンシップは、できそうになかった。


 ──でも。


 俺はそのまま、岳の腰辺りに腕を回して抱きつく。


 ──あったかい…。


 ゆっくり上下している胸の動きに、岳の存在を実感した。胸元に頬を埋めれば、空いた手が頭を撫でてくる。労るように撫で下ろす動きに、一気に眠気が増した。


「…あまり、無理するな?」


「ん…」


 岳の手は、頭からおり、背中まで撫でていく。その心地よさに、いつの間にか眠りについていた。

 


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