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Take On Me 5  作者: マン太


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5.登校

 俺はシワ一つない、真っ白なシャツに腕を通し、濃紺のブレザーを羽織ると、自室の姿見の前に立った。

 そこには、ヒョンヒョンと跳ねる髪の下、緊張した面持ちの、でも気合い十分の顔がある。いよいよ、高校生活だ。

 両手で拳を作り、鏡の前で気合いを入れるが、あくまで護衛が目的の、だ。


「大和、準備はできたのか?」


 ドアが開いて 岳が部屋に入って来る。


「おう。──ってさ、やっぱ違和感、ありすぎなんだけど…」


 俺は鏡の前でくるくると回って、自分の姿を左から見たり、右から見たり。そんな俺をしばらく眺めていた岳は。


「──そんなことはないさ。見せたくないくらいに、しっくりきてるな…」


「そっかなぁ。高校生の中に入ったら、浮くんじゃないかなぁ。浮いて犯人にバレるんじゃ──」


 岳は傍に立って俺を見下ろすと、軽く頬をくすぐってくる。


「浮いてない。そのまま、いつもの大和でいれば大丈夫だ。──ま、とにかく、登校してみろ。大丈夫だってわかるさ」


「うん...」


 それでもまだ、少しだけ長い袖や、ブレザーの裾を引っ張っていれば。


「ほら、あんまりそうしてると、俺の決心が揺らぐぞ。…俺は諸手を上げて賛成してるわけじゃないんだからな?」


「お、おう!」


 岳の脅し文句に急かされて、慌てて鞄をひっ掴んで部屋を飛び出した。冗談だとしても、岳の気の変わる前に行動すべきだ。



「大和、くれぐれも気をつけるんだよ?」


「何か困ったことがあれば、誰でもいいからすぐに連絡するように」


 亜貴と真琴が、俺を取り囲むようにして、交互に口にした。躾を受けている犬の如く、へへぇとひれ伏す思いでありがたく言葉を受け取る。


「おう。無茶はしないようにするからさ!」


 ガッツポーズで答えれば、亜貴と真琴は互いに神妙な面持ちで顔を見合わせたあと、…心配だ、と声を漏らした。


 ──そんなに信用ないのか、俺。


「大丈夫だって!」


 言って胸を張れば、


「何かあれば、すぐ駆けつける。──遠慮するなよ?」


 最後にポンと頭の上に手を置いた岳が、そう口にした。



 初日は高校の行き帰り、送迎してくれることになっていた。道を教えるためもある。

 ある程度はアプリの地図で確認できるが、実際の交通量や人通りの様子は、その時間帯に通ってみないと分からないからだ。

 元々、朱莉を送迎していた所に、俺が加わったため、俺を先に迎えに来て、その後、朱莉を鴻三の家まで迎えに行くことになった。運転手は、楠の部下の玉置だ。


「玉置、すまないな」


 岳は車の窓枠に手を掛け、中を覗き込む様にして、俺越しに運転席にいる玉置に声をかけた。玉置はすまなそうな顔を見せ。


「こちらこそですよ、岳さん。…っとうに、ここだけの話し、あのわがまま娘のお陰で、引っ掻き回されてますよ。岳さんにまでご迷惑おかけして…」


「気にするな。大和をよろしく頼む」


「了解です」


 玉置は表情をひきしめると、そう答えた。

 岳に見送られ、家を後にする。

 明日からは、高校まで往復自転車通学の予定だ。しかし、通学。依頼とは言え、この俺がまさか高校生をもう一度やることになるとは。

 岳はいつもの大和でいれば大丈夫だと、太鼓判を押してくれたけれど、不安は残る。


「玉置さん、今日からよろしくお願いします」


「ああ、いいよ。改まって挨拶なんて、必要ないさ。こっちに付き合ってもらうんだ。岳さんにも言ったが迷惑をかけているのはこっちだからな。大和くんも迷惑だろう?」


「いや、そんなことは。それに、鴻三さんには、お世話になっているんで…」


 そこまで言うと、玉置はふーんと言ってちらと助手席の俺を見たあと、


「…なんだかんだ、気に入ってるからなぁ」


 そう呟いた。


「気に入ってる、って?」


 話が見えない。問い返すが、玉置はいいや、と首を振り、苦笑を浮かべたあと、


「…岳さんも大変だ」


 ボソリとそう口にしたあとは、それ以上その話題に触れなかった。



 鴻三の家に到着すると、頑丈そうな門扉の向こう、玄関先に朱莉が立っていた。

 学校指定の濃紺のダッフルコートにフワフワの白いマフラーを首にぐるりと巻いている。小さい顔がマフラーに埋もれるようだ。まだ、そこまで寒い季節ではないが、朱莉には必須らしい。

 傍らには、着物の羽織の袖に腕を入れ立つ鴻三もいた。今日は初日だ。わざわざ挨拶に出てくれたのだろう。車を降りると急いで玄関先へと向かった。


「おはようございます!」


「大和くん、すまないな。今日からよろしく頼む」


「いいえ。こちらこそ、よろしくお願いします。俺、頑張りますから!」


 ここでもガッツポーズを作る。


「そうか。けれど、くれぐれも無茶はしないようにな? 岳からも言われていると思うが──」


「はい。それはもう…」


 岳含め皆から言われた。そんなに俺は無茶をするように見えるのか。どこからか、『見える、見える』と、声が聞こえる気がしたが、多分、空耳だろう。鴻三は続ける。


「朱莉が心配なのはもちろんだが、君に何かあっても困る。危険だと感じたら、直ぐに岳か楠に連絡をな?」


「はい。わかりました!」


「じゃあ、朱莉、行っておいで。大和くんに協力してな?」


「うん…」


 渋々といった具合に頷くと、先に玉置の待つ車へと向かった。俺も慌てて後に続く。


「それじゃあ、行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


 そうして、鴻三に見送られ、高校へと向かった。



 玉置に送られ、校門の少し手前で車を降りた。門の前に立つと、改めて気合いが入る。武者震いとでも言うのか。


「いよいよ、だな…」


 ここに犯人がいるのだ。なんとか見つけ出し、皆の不安を取り除かなければならない。責任重大だ。


 ──ぜったいに、見つけてみせるぞ。


 ひとりキメ顔を作っていれば、その横を同じく車から降りた朱莉が、スタスタと通りすぎて行く。


「あ、おい、待てって。一人で行くなよ!」


「こんな所で何かあるわけないじゃん」


「そう言う問題じゃないだろう?  俺は警護を頼まれてだな──」


 と、そこまで口にしかけて慌てて閉ざす。ここでそれは禁句だろう。俺が何のために恥を忍んで高校生のふりをしたのか、知られてはマズい。どこで誰が聞いているか分からないのだ。


「…とにかく、俺の目の届く範囲にいてくれよ? 俺も気を付けるけど、勝手に行かない様に──って、待てってば!」


 これでも設定は彼氏だ。バラバラに行動していては、不自然すぎる。行きかけた朱莉の腕を掴もうとしたところで、なにかが視界を横切って、伸ばしかけた手を強く掴んできた。


「朱莉。──何か問題?」


 凄んだ声音。掴まれた手首から、徐々に視線を上げていくと、ブレザー姿の生徒が、俺と朱莉の間に立ちふさがっていた。

 アッシュにカラーリングされた髪はパーマなのか天然なのか、フワフワと毛先が跳ねている。身長は俺より頭、二つ分くらい高い。身長だけなら岳といい勝負だ。目鼻立ちのすっきりとした、パッと人目を引く容姿。かなりのイケメンだと言うことを、申し添えておこう。

 朱莉はちらと視線だけをこちらに向けた後。


「…彼氏」


 ボソッとつっけんどんに口にする。


「は?」


 驚く生徒を後に、朱莉はスタスタと先を行く。


「あ! 待てって──」


 慌てて掴まれていた手首を返し、素早く拘束を解くと後を追った。拘束を解かれた生徒は驚く。


「マジで? ──って、おまえこそ待てよ! 」


 そう簡単に解かれるとは、思ってもみなかったのだろう。


「待てないって!」


 俺は得意気な笑みを口元に浮かべた。これくらい、(ふじ)──岳のヤクザ時代の元部下。今は俺のトレーナーだ──の拘束に比べれば屁でもない。赤子と成人男性くらいの差があった。


「朱莉、待てって!」


 朱莉は門をくぐると、そこで立ち止まって、くるりとこちらを振り返った。

 相変わらずの仏頂面だったが、俺が目の前にたどり着いた瞬間、にっこりと誰もが見惚れるような微笑みを作った。これまでが嘘かと思うくらい、恐ろしいほどの満面の笑みだ。

 幾人かの生徒が、物珍しそうにこちらを見ていく。その中の眼鏡をかけた男子生徒は、ことさら、驚いた様子だった。


「あ、朱莉…?」


 思わず立ちすくむ。


「大和くん、行こう」


 発した言葉の最後に、ハートマークが見える。そのままほっそりとした、日焼け一つしていない手を差し出してきた。差し出された意味が分からない。


  ── ほ? 何が起こった?


  状況の変化についていけず、呆気に取られていれば、


「行こうってば!」


 朱莉が俺の横に垂れたままだった手を、無理やり取ってぐいと引いた。足がもつれてよろめく。


「のわっ。ちょっ、待てって!」


 そのまま歩き出す朱莉に、引きずられる様になりながら後に続いた。手をがっしり繋ぎ歩く姿は、端から見れば仲の良いカップルだ。

 背後を振り返れば、先程の生徒が呆気にとられたように、こちらを見つめている。その呆けた顔は、明らかにイケメンらしからぬもの。せっかくの男前が台無しだ。

 そこへ先ほどの眼鏡の生徒が声をかけている様だった。知り合いなのだろう。

 俺は歩きながら、やや前方に見える朱莉の横顔を見つめた。


「どうしたんだ? 急に…」


「早くこの件を終わらせたいだけ。校内にいる間は完璧に演じてみせるから」


「お、おう…」


 意気込む朱莉に、頷くしかない。今まで見てきた朱莉にはない目の光らせ方。よほど、早く終わらせたいのだろう。

 けれど、どうして急ぐのか。それはもちろん、嫌がらせを終わらせたいのだろうが、それまでのやる気のなさを知っているだけに、急な変わり様に戸惑った。


 ──ま、とにかくやる気を出したってのは、いいことだな。


 完璧に彼氏彼女役をやり抜いて、嫌がらせをする奴をあぶり出すだけだ。

 俺と朱莉はその調子で、教室まで仲良く手を繋ぎ向かった。廊下ですれ違う生徒の目が真ん丸になる。こそこそ話す姿も見かけた。

 しかし、思う。普通付き合っていても、校内で目立つほどベタベタはしないだろう。絵に描いたようなバカップルを演じるわけだが、果たしてこれで釣られてくれるのか。


「大和くんは、先に職員室ね」


 そう言って、朱莉は語尾にハートマーク付きで目の前に迫った部屋の一つを指し示す。


「お、おう。ありがとう…」


「じゃあ、あとで教室でね」


 にこりと笑んで、去っていく。その立ち振る舞いは、あまりに自然で、とても大きな猫をかぶっているとは思えなかった。


「さすが…」


 と、そこへ教員が声をかけてきた。


「ああ、転校生の宮本大和くんだね? 私は二年三組の担任、福田(ふくだ)だ。説明があるからこっちに来てくれるか?」


 四十代前後の男性教員だ。髪型はボサッとしているが、日に焼けた顔は人懐こい笑みを浮かべている。この件を知っている数少ない人間だ。内心、ホッと息をつく。


「はい!」


 俺も朱莉に負けじとにっこりと笑んで、福田の後に続いた。



「えー、転校生の宮本大和くんだ。ご家族の仕事の都合で、一時転校してきた。期間は未定だが短期間になる予定だ。皆、仲良くな? じゃあ、宮本、自己紹介よろしく」


 教室に移動し、担任のざっくりとした紹介のあと、俺はぐるりとクラスの生徒の顔を見渡した。

 皆、こんな中途半端な時期に来た転校生に興味津々と言った顔をしている。朝、俺が朱莉と仲良く登校してきたのを見たものも多いだろう。隣り合った席同士、ヒソヒソ話す生徒もいた。

 が、それはごく当たり前の反応で、不審な行動を示す者は今のところいない。まあ、分かりやすく不審な態度を示すことはないだろう。


「宮本大和です。えーと、大和と呼んでください。分からないことだらけなんで、できれば、教えてもらえると助かります。俺からも聞くんで、よろしくお願いします!」


 パラパラと起こった拍手のあと、皆、口々によろしく、と声をあげた。高校生の反応などこんなものだろう。特にひねた奴がいそうでなくて助かった。

 視線を転じ、後ろから二列目の席に座る朱莉に目を止める。澄ました顔で、机に肘を付きこちらを見ていたが、目が合った途端、逸らされた。ツンと擬音が聞こえてくる。


 ──さっきとえらい違いだな。


 が、この反応の方が、素の朱莉なのだろう。


「じゃあ、宮本。一番後ろの窓側の席に座ってくれるか?」


「はい」


 バッグを抱え、机と机の間を通りながら、後ろに向かう。皆、チラチラと視線を寄越してきた。

 席に着けば、座ったイスがギシと軋しむ。懐かしい音。ふと、当時の自分が思い起こされた。

 授業中、バイト疲れで寝る以外は、いつも教師の目を盗んで、スーパーのチラシとにらめっこしていた。そうして放課後、あちらのスーパー、こちらの商店、安さ目掛けて突進していたのを思い出す。


 ──懐かしいな。


 そんなことを思い出しながら、視線を周囲に向けた。ちょうど斜め右上くらいに朱莉が見える。朱莉が少し振り向くだけで、目は合うくらいの位置だ。


 ──これなら、教室内もよく見えるな。


 事情を知っている、担任福田の計らいだろう。

 そうして、一日が始まった。



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