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Take On Me 5  作者: マン太


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4.贈り物

 登校日──と言うと、現役高校生の様だが他に言いようがないため使わせてもらう──を数日後に控えた、ある日の休日。


「大和、出かけようか」


「うん?」


 朝食も終わり、ベランダで最後の洗濯物、岳の靴下を干し終えたところ。振り返れば、いつも俺が着るウィンドブレーカーとボディバッグを手に岳が立っていた。


「ほら、行こう」


 急かしてくる。


 ──なんだろう?


 今日は特に約束をしていなかった。何にせよ、久しぶりの岳との外出だ。あるはずのない尾を全開で振る。


「おう!」


 急いで突っ掛けていたサンダルを脱いで、リビングへ上がった。


 外に出れば、秋の気配がそこかしこに見える。

 すっかり高くなった空に浮かぶ筋状の雲。紅く色づいたけやきの葉。何処からか漂う金木犀の香り。あと数ヵ月もすれば冬がやって来る。

 車の助手席に乗り込むと、シートベルトを締めながら運転席でハンドルを握る岳を見た。


「どこに行くんだ?」


「大和の用心のため、お守りをな」


「お守り?」


 岳の口からは、あまり聞かないフレーズだ。


「着いてのお楽しみだ」


 意味深に笑む岳はそれ以上、詳しいことを口にしない。お守りと言うくらいだから、神社か寺に向かうのだろうか。


 ──開運厄除? 身体健康? 心願成就?


 どれも当てはまるようでいて、当てはまらない。それから数十分、ドライブしたところで。


「あれ? ここって、副島(そえじま)先生のとこ?」


 車のフロントガラス越しに見えるのは、立派な(やしろ)や伽藍ではなく、見慣れた昭和時代に建てられた古いビルだった。

 壁のモルタルが黒ずんで、所々剥げかけている。入口の横の壁に、副島医院と黒字で刻まれたプレートがあった。両側を高層のビルに挟まれ、いつ見ても窮屈そうだ。


「そうだ。一緒に来てくれ」


「うん…?」


 岳は車を近くの駐車場に停めると、車を降りた。俺もそれに続く。

 いったい何のためだろう。岳は怪我はもちろん、風邪を引いた気配もない。


 ──遊びに来たって訳でも無さそうだし。


 副島は、岳が鷗澤(おうさわ)組にいた頃に知り合った医者で、今も懇意にしている。遊びに、ではないが、時折、真琴を伴って三人で、または二人でも飲みに行くようだ。

 俺はまだ、その会に誘われたことがない。真琴や岳とは、もっぱら外食だけだ。飲みとなると、家で十分と岳の鶴の一声に、外で飲んだ試しがない。


 ──ちょっとは誘ってくれてもいいのに。


 真琴いわく、俺の酔って無防備になった姿を他人に見せたくないのだろうとのことで。

 後日、岳に問えばそれを認めた。酔いつぶれた俺は、可愛くなるので、他人に見せたくないのだと言う。


 ──なんだよ、それ。


 ボボッと頬が熱くなったのを覚えている。そんな風に思うのは、岳くらいなものだ。


「大和?」


 呼ばれてはたと我にかえる。岳が入口で、待っていた。


「今行く!」


 慌てて小走りになって、岳の待つ入口に向かった。



 副島はいつ来てもどこか眠そうな顔をしている。大抵は夜遊びが過ぎるのだが、時折、遅くまで訪問診療などに出ていることがあって、意外に真面目な一面を垣間見ることがあった。


「おう、来たか」


 岳を見てニヤリと笑みを浮かべた。


「──いやな笑い方だな?」


「しかたないだろう。猫の首に鈴をつけたいって言うんだからさ。…てか、ほんとのネコだもんな」


「バカなこと言っていないで、準備しろよ。センセ。──大和」


 呼ばれて俺は岳の背からひょこっと顔を出した。いつもの診察室の机の前に座った副島の前には、手のひらサイズの小箱が置かれていた。岳はそれを見ると。


「これがそうか」


「ああ、ネコの鈴だ」


 副島はニヤリと笑って、小箱を軽く指先で弾く。岳はフンと鼻を鳴らしたあと、その小箱をとりあげ、俺に向かって差し出してきた。


「これは俺からのプレゼントだ」


「…プレゼント?」


「そうだ」


 そういって目の前で開いてみせる。小箱の中は薄いグレーのビロード張りになっていて、キラリと光るものが一つ、中央にはまっていた。


「へぇ…、綺麗だな。ピアスか?」


 シルバーの台の中央に、新緑のような透き通った石がはまっている。


「そうだ。五月の誕生石、エメラルド。大和の誕生月だ。──つけてもらえるか?」


 岳がねだるような目付きで尋ねてくる。


 ──ウッ。岳、凶悪。


 世間で言うあざとい仕草。が、わかっていても、やられる。岳の滅多にないおねだりだ。そんな風にお願いされて否というはずもなく。ピアスなど、つけることなど想像したことも無かったが。


「も、もちろん…っ」


 頬を染めて返事を返せば、横で見ていた副島が、ケッと言って肩をすくめてみせた。

 そうして、生まれて初めてのピアスが、左耳に付けられた。開けた所がジンとする。


「痛くないか?」


 やや重く感じる耳たぶが気になって、すぐ横にあった鏡を覗き込んでいれば、岳が心配そうな顔をしてみせた。


「いや──大丈夫…」


 副島は器具を片付けながら、


「一ヶ月はそのままだ。風呂に入るとき、軽く周りを洗って清潔にな。何かあったらすぐに見せに来い。くれぐれも、外すんじゃないぞ。細菌が入るからな?」


「ん、わかった」


「これで、少しは安心か? 岳。──しっかし、大袈裟な気もするが…」


 副島は視線を岳へ流す。


「用心するに越したことはないさ」


 そういって、腕組みしたまま俺を見つめた。



「ピアス、ありがとな」


 副島の診療所を出て車に乗り込むと、運転席に座った岳に目を向けた。


「副島は大袈裟なんて言ったけど、お守りだ。俺の気休めのために、つけてもらえれば嬉しい…」


「気休めじゃないよ。嬉しいって。──ここで岳と繋がってるみたいでさ」


 左の耳たぶを見せるようにすれば、


「本当に、繋がってる…。なにかあったらそれに祈れ。──必ず、駆けつけるから」


 岳はそう言って、腕を伸ばすと左の頬を撫でてきた。岳との距離が近い。

 俺は身を乗り出すと、その頬にキスをした。あまり自分からはしない行動に照れながら。


「…必ず、祈る」


 そう口にすれば、岳はたまらないといった具合に苦笑して見せると。


「──そうしてくれ…」


 大きな手のひらが頬を優しく包み、今度はちゃんとしたキスが、お返しとばかりに唇に落ちてきた。



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