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Take On Me 5  作者: マン太


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3.顔合わせ

 いよいよ、数日後に登校が迫った。

 土日祝日以外は、日中家を空けることになるが、朝夕は余裕があるため、家事に影響はない。会社通いと違って、学生生活はその辺りは厳しくなかった。

 が、朱莉の行動によってそれも変わる。警護は高校の中までとなっているが、放課後、朱莉が友達とショッピングに出かけたり、カラオケに行ったりした場合は、できる限りついていく事になっているのだ。

 以前は鴻三の手配した者がついていたのだが、彼らはそれなりの年齢の男達だ。それが警護につくとなれば、かなり目立つ。父親にも恋人にも見えない。警察から職務質問を受けたこともあるらしい。

 女子高生といかついおっさんの組み合わせで、パステルカラーのキラキラした店など、悪目立ちし過ぎるだろう。その点、俺はパッとしない見てくれだが、年齢が近い分、連れ立っても目立つことはない。

 そうとなれば、帰りは何時になるのか分からなかった。家事どころではなくなるのだが、そんな時は、岳が適当にやっておくと言ってくれ。とりあえず、ひと安心だ。


 朱莉とは、さらにその数日前の夜、正式に顔合わせを行った。一応、互いに顔は知っていたが、改めて会っておいた方がいいだろうと、その流れになったのだ。また、実際何をするのか、詳しい打ち合わせも必要で。

 その場には、岳も参加した。岳は朱莉を知らない。俺が危険を冒してまで守る相手を見ておきたいのだと言った。


 ──けど、危険なのか? 


 高校生のいざこざなんて、ヤクザの諍いに比べたら、かわいいものだと思う。いまいち、ピンとこなかった。

 しかし、岳は亜貴と同じように、甘く見るなと言う。危険な奴は大人だろうと子どもだろうと、変わらないのだとか。

 その顔合わせの日、早めの夕食を済ませ、帰りの遅い亜貴の分も用意すると、迎えの車に乗り込んだ。助手席には楠が乗っている。

 真琴は仕事が遅くなるため、借りているマンションで過ごすと連絡があった。どうやら、また壱輝がお邪魔しているらしい。すっかり懐いているようで、嬉しい限りだ。

 運転手は楠の部下、玉置(たまき)だった。


「すまないな。遅い時間に…」


 時刻は夜九時近い。助手席の楠がすまなそうに謝ってくる。この時間になったのは朱莉の帰宅にあわせたのもあるが、楠がその時間にならないと、手が空かなかったからだ。


「いいや、気にしないでいいよ。──てか、楠さんは、どうして鴻三さんの孫の件を頼まれたん

だ?」


 不思議に思っていたのだ。楠の引き継いだ岳のもといた組は、確かに鴻三の傘下に属するが、そこまで近い繋がりがあるとは思えない。


「…もともと若い頃から岳の親父(おやじ)さんにくっついて、色々回っていたんだ。会長ともその頃からの付き合いでな」


「へぇ」


「朱莉とは、会長の家で時々顔を合わせていたんだ。──それが、この前偶然、夜中に朱莉が若い連中と揉めていたところに出くわしてな。そこから連れ出したのがきっかけだ。──その時、会長から相談されたんだ」


「なるほど…」


 朱莉のつんと澄ました顔が浮かぶ。あいつ、かなり荒れていると見た。


「楠は若い頃から、俺の親父(おやじ)と一緒に、磯谷さんにかわいがられていたからな。──楠は朱莉の母親とも親しかっただろ? それもあったんじゃないのか?」


 横に座った岳が割って入る。

 

「時々、磯谷さんの所へ遊びに来ていたからな。彼女とは、その時顔を合わせるくらいだった…」


「──それだけか?」


 岳が意味深な笑みを浮かべて聞き返せば、楠は視線を真っ直ぐ前に向けたまま、


「昔の話だ…」


 ぶっきらぼうに答える。その答えに、岳は口の端に笑みを浮かべて見せただけだった。なにやら含みがあるようだが、この様子だと、これ以上、この話を続ける気はないのだろう。

 俺は後部座席から身を乗り出す様にして。


「あいつ、朱莉って昔っから、あんな感じだったのか?」


「…気は強かったな」


 助手席の楠は、視線を窓の外へと向けた。ちょうど繁華街に通りかかった所で、夜の街明かりが、チカチカと目に眩しく映る。


「もーちょっと、可愛げがあると、いいんだけどな…」


 うるせー、うぜー、あっちいけ。一度きりしか会っていないが、会っていた間中、その言葉が身体からにじみ出ていた。スマホを見たまま、視線もろくに合わない。

 態度的には不貞腐れている、がぴったりだ。あとはどうせ無理だと言う諦めか。


「そんなに、か?」


 岳は眉をひそめる。


「うーん…。意外に可愛い面もあるとは思うんだけど。今更、素直になれないって奴か?」


「朱莉は随分、母親に放任されて育って来たからな。…色々、思う所はあるんだろう」


 楠は同情を見せるが、運転していた玉置がぼそりと。


「皆、甘いんですよ…」


「なんだ、言いたいことがあるようだな?」


 岳が水を向ければ。


「会長の孫だからって…。ああいうのは、びしっと言ってやらないと、まともにならないですよ。わがままさせ放題で。道外しますよ。あれじゃ…」


 ヤクザの孫という状況に、道もなにもあったものではないが、取り敢えず玉置の言葉にうなずくと。


「あの様子じゃ、鴻三さんも心配だろうなぁー」


 かわいい孫が不良連中の騒ぎに巻き込まれるような状況だ。それに加え今回の出来事。心配の種は尽きないだろう。楠は肩越しに振り返りながら、


「…とにかく、今回の件だけでも、無事に収めたくてな。大和君には本当に迷惑をかけて申し訳ないと思っている」


「いいって。とにかくちゃちゃっと犯人を捕まえれば、お終い、だろ?」


「…そう簡単にいくといいが」


 岳が渋い声を漏らす。


「なんだ? 難しいって?」


「単なる嫌がらせにしては悪質だ。──それに、個人的な情報が漏れているのも気になる。大人相手なら、捕まえて警察へ突き出せば済むが、子ども相手となるとな…」


「確かになぁ。下手に手を出しても、場合によってはこっちが逆に訴えられるだろうし…」


 一応、高校生のふりをして潜入するが、なにかあれば身分をばらさなければならない。そうなれば、大人が子供に手を出したとなって、こちらが不利になるだろう。すると、それを聞いた楠が。


「その辺りは上手くやる。命の危険がある場合は、手段を選ばなくていい」


「やっぱり…命の、危険? あるのか?」


「ないとは言えない…」


 楠は岳にチラと視線を送ったあと、そう口にした。俺はさらに身を乗り出すと、


「実際、どんな状況なんだ? 前にも少し聞いたけど、メッセージや嫌がらせはエスカレートしてるのか?」


「メッセージはたまに送られてくるようだが、今は物理的な嫌がらせはないな」


「今は、ってことは、朱莉が好意を持つ相手がいないからって事か?」


「そうだ。──が、また誰かに好意を向ければ始まるだろうな…」


 楠が意味ありげな視線を、こちらに投げかけてきた。


「そっか…」


 俺は腕を組み唸る。

 何にしても、早めに見つけ出すのが肝心だと思った。



 朱莉と会う場所は、当然、鴻三の家だった。

 都会の喧騒からは離れた海沿いの一等地。高台のそこは、照葉樹の林の向こう、眼下に海が広がる。夜間のため、今は闇に染まっていた。

 鴻三と会うのは、いつも外の店や公園、競技場などが多く、ここを訪れるのは久しぶりの気がする。

 人の良さそうな六十代半ばの家政婦に案内されて、楠や岳に続いて入った先、居間の正面のソファに鴻三が腰掛けていた。その左隣のソファには朱莉が座っている。

 やはりむすっとしたまま、視線を床に落としていた。今日はさすがに端末を手にはしていない。

 俺たちが部屋に入ると、鴻三は立ち上がって、


「やあ、遠いところ済まないな。岳、今回はすまなかった」


「いえ…」


 岳の表情はいつになく固く、砕けた様子はない。

 

「これが孫の朱莉だ。朱莉…」


 鴻三に挨拶をと諭されて、ようやく朱莉は顔をあげ、こちらを見た。が、視線は俺たちを通り過ぎ、その後方に控える楠に向かった気がした。

 それも一瞬のことで。おずおずと立ち上がった朱莉は、形ばかりちょこんと頭を下げ、すぐに座ってしまう。ニコリとも笑わないが、挨拶しただけましか。


「さて、お茶でもどうかな」


 皆がソファに座ると、案内してくれた家政婦が、お茶を淹れ出した。


「お気遣いなく。今日は顔合わせが出来ればそれでいいので」


 岳が礼をのべる。

 

「いやいや、朱莉のために時間を割いてくれるんだ。もてなさんでどうする? 大和くんには、身体を張ってもらうんだ。それに、岳にも大和君が守る相手がどういう人間か見せておかないとな…」


「すみません。無理を言って」


 鴻三にも岳の申し出があったことは、伝わっているのだろう。岳は目礼して見せた。


「いや、当然のことだ。──朱莉、大和君にまだちゃんと挨拶していないだろう? 来週から警護に当たってくれるんだ。ちゃんと挨拶しなさい」


 鴻三に言われれば、いつまでもブスッとはしていられない。むっつりとした表情のまま、のろのろと視線をあげ、俺と隣の岳に目をむけると、


「…朱莉です。よろしくお願いします…」


「こちらこそ、改めてよろしくな? 俺のことは大和って呼び捨てでいい。同級生なら当たり前だしな。俺も朱莉でいいか?」


「...はい」


 そんなやり取りを横で見ていた鴻三は、


「さて、私は席を外そう。その方が気楽に話せるからな。──正嗣(まさつぐ)、後を頼んだ」


「はい」


 楠が軽く頭を下げた。


「それでは、また後でな。大和くん」


「はい!」


 笑んだ鴻三はそのまま退出していった。その鴻三と入れ替わりに、家政婦の女性がお茶を皆の元へ置いていく。

 お茶だと思ったそれは紅茶だ。ソーサの脇に小振りなぽてっとしたクッキーがふた粒置かれている。全粒粉のそれは、かじればサクッとほどけそうだ。

 それぞれ配り終えると、家政婦は退出していく。朱莉はブスッとした表情のまま、一番先にカップ横のそれに手を伸ばし、ポイポイと口に入れてしまった。

 その物怖じしない態度に呆気に取られたが、高校生ならそんなものなのだろうか。楠は気にせず話を進めた。


「大和くんは、朱莉と同じクラスになる。親の仕事の都合で、期間限定の転校生ということにしてある。校長と教頭、クラス担任、養護教諭はすべて承知済みだ。他の教員、生徒には今、言った情報だけだ。二人の関係だが──」


 楠の視線が朱莉に一旦向けられる。朱莉は一度、楠を見たがすぐにスッと視線を反らした。


「──付き合っている前提がいいかと思っている。その方が自然だし、傍にいても不審がられないからな。朱莉は了承済みだ。大和くんもそれでいいだろうか」


「俺は──ぜんぜん...」


 楠は岳へ目を転じると、


「岳もいいか?」


 尋ねる。岳は小さなため息をついたあと、半ば諦めたように。


「…この件を認めたからには、不服はないさ」


 そう答えた。楠はその様子に岳の心中を察したようで、


「…わかった。すまないな、岳」


「気にするな」


 口をへの字に曲げた岳の返答に、苦笑しつつ頷いたあと、


「カリキュラムによって男女が分かれることはないとのことだ。高校にいる間はずっと傍についてもらうことになる。さすがにトイレまでは無理だろうが、様子には気をつけていて欲しい。それと、大和くんに頼むのは警護だ。相手を積極的に捕まえることはしなくていい」


「いいのか?」


 俺は当然、犯人を捕まえるつもりでいたのだが。


「向こうが手を出して来ない限りは必要ない。要は誰がやっているのかそれがわかればいい。あとはこちらで対応する」


「報告だけすればいいってことか?」


「そうだ。──それなら少しは安心だろう?」


 そういって視線だけ岳へ向けた。岳は肩をすくめて見せる。俺は頭をかきつつ、


「そうだなぁ。俺としては捕まえたくなるけど──」


 同じく岳の様子を窺うが、眼差しが険しくなったため、すぐにそれを引っ込めると。


「──やっぱり危ないから、誰か突き止めたら報告だけにする」


「頼んだ。大和くんはとにかく、朱莉に危害が加わらない様にしてくれればいい」


「了解──ってさ、あとは気をつけておくことってあるか?」


 終始俯いたままの朱莉に問えば。


「…べつに」


「──そっか、わかった。じゃあ、来週からよろしくな?」


 言って右手を差し出す。朱莉はその手をチラと見たあと、楠に目を向けた。楠が頷けば、朱莉はおずおずと手を伸ばすと、ようやくその手を握り返してくれた。とは言っても一瞬だが。


「…よろしく、お願いします 」


 力なく握り返したあとサッと手を離す。まるで、触れてはならないものみたいに。ちょっと傷つく。


「それじゃあ、朱莉はここまででいい。あとはこちらで打ち合わせておく」


 朱莉は楠の言葉に小さくこくりと頷くと、部屋を出ていった。



 朱莉が去ったのを確認してから、


「あの、さ。付き合ってる設定って大丈夫なのか? なんか機嫌悪そうだったけど…」


 あの様子だと、気に入らないのだろう。楠は口の端に苦い笑みをうかべ。


「…色々あってな。まあ、今回の件にはそう影響しないと思っている」


「なんだ? 色々って」


「──昔、朱莉の母親と付き合っていた時期があってな。──それで、離婚してから、母親が連絡して来るようになった。何かあるわけじゃないが、色々相談には乗ってる。朱莉は父親っ子でな。計画がどうのより、それが気にくわないんだろう」


「へぇ…。だから余計に機嫌が悪いのか…」


 ここに来るまでの車中での会話を思い出していた。確かに朱莉から見れば、そんな母親とつるむ楠も気に入らないのだろう。あの時、楠が話を終わらせたのには、そんな事情があったのか。岳の言いように含みがあった理由がようやくわかった。


「今回の目的は犯人を捕まえることだ。その辺りのことは朱莉も承知済みだ。多少態度に出ていても気にするな」


「わかった…」


 けれど、あの様子じゃ、彼氏と彼女なんて役回りができるのかどうか。このままだと、友だちにすら見られないかもしれない。

 すると、岳が横あいから、どこか不服そうな表情を浮かべながら、


「彼氏と彼女の設定は、警護の為もあるだろうが、わざと煽って犯人をあぶり出すのが目的なんだろう? あれで上手く行くのか?」


「ああ! そっか…。確かに、朱莉に好意を持ってるなら、彼氏が現れれば焦ってボロを出すかもしれないもんな?」


 楠は膝の上で手を組むと、


「大和くんには申し訳ないが、そのつもりだ。──確かにあのままだと不安はあるな...。朱莉には、よく言って聞かせる。すべて彼女自身の為にやるんだ。そこを突けば納得するだろう」


「──だといいが。おかげで大和は危険に巻き込まれる。ぜひ協力的になってもらって、犯人をさっさとあぶり出して欲しい所だな。おまえだって、組の方が忙しいだろう?」


「そこはどうにか。玉置もよくやっていてくれるからな。だが、この件に長く関わってもいられないのは事実だ。そこは会長も分かってくれている。──すべては大和くんにかかっているわけだ」


「おう! ──けど、どうやって見つけるか…」


 あきらかに悪い奴ならすぐに分かるが、かくれてコソコソしている相手を見つけることは、簡単にはいかないように思えた。腕組みして首をかしげていると。


「わざとらしいくらい、派手に仲良くして見せればいい。休みに恋人でもない相手と会ったくらいで怒る手合いだ。すぐに派手な行動を起こすさ」


 楠はそう言って口の端に苦笑を浮かべるが。


「あー、派手にねぇ…」


 言いながら、岳に目を向けた。生まれてこの方、まともに付き合ったのは岳だけだ。中高生時代、女子とべたべたした記憶がない。クラスメートらとじゃれあうことはあっても、あくまでクラスメートだ。


 ──彼氏彼女でべたべた甘い空気を醸し出す…なんて。


 岳といる時と同じにすればいいのか? でも、それって、岳とだから成立しているわけで。世間一般のべたあまな雰囲気が分からない。唸りつつ悩みだした俺に、岳は苦笑しながら。


「別に特別な事をしなくてもいいさ。とにかく傍にいて話すだけでも、刺激にはなるはずだ。彼女も女優を目指してんなら、それくらいできるだろ? ──なあ、楠」


「ああ。たぶん、朱莉ならやれるだろう。今は気が乗らないだけだ」


 二人でそう言うが、どうも心配でならない。


「まあ、とにかく。傍にいること、朱莉から目を離さないこと、だな?」


「そうだ。よろしく頼んだ」


 楠はそう言って、口元に微かに笑みを浮かべた。


「それと、報酬だが──相応のものは用意するつもりだ」


「報酬って、俺、そんなのもらうつもりは──」


 はなからそのつもりはなかったのだ。慌てて拒否しようとすれば、


「いいからもらっておけ。けじめだ。そうしないと鴻三さんも納得しないだろうし、断れば楠が困る。──受け取っておけ」


 岳にそう言われれば、否とは言えない。


「……わかった」


 俺は渋々頷いた。


 別室にいた鴻三に挨拶したあと、車で送ってもらい帰途についた。再び玉置の運転で、家の前でおろしてもらい別れる。

 玉置は終始機嫌が悪かった。どうやら、この件事態が気に食わないらしい。主である楠をこんなことで使うなと言いたいのだろうとは、岳の談だった。


「俺、できるかな…」


 玄関先で楠らの乗った車のテールランプを見送った後、つい本音を漏らした。

 警護は取り合えず問題ない。高校生のふりも…とりあえず。ただ、彼氏と彼女のふりができるのか。すると岳は俺の背に手を回し、玄関へと向かいながら。


「…教室にいる間は、ただのクラスメートでいいさ。ただ、二人きりの時に手を繋いだり、軽く触れたり、距離をつめればそれなりに見えるだろう?」


「…今みたいに?」


「だな。もちろん、まったくの二人きりの時じゃないぞ? ある程度、人目のある時に、だ。犯人に見せることが肝心だからな?」


「あー、岳相手だったらできるのに…。ふりって、難しいな? やったことないし…。これなら、殴り合いの方がましだって」


「大和らしいな」


 岳は玄関ドアを開け、俺を先に通しながら笑う。すでにリビングの電気は消えていた。今晩は遅くなると伝えてあったから、亜貴は部屋で寝ている時間だ。


「けど、ほんとだって。あいつをやってこい、なら簡単でいいのにな」


 気楽な気持ちでそう言えば、岳が唐突に立ち止まる。


「──大和はヤクザの下っ端じゃない。頼まれてもそんなマネはするな」


「岳…?」


 顔を上げれば、真剣な眼差しの岳がいた。半ば冗談で口にした言葉に、岳の真剣な態度に戸惑う。岳は俺の肩に両手を置くと、自分と向き合うようにしてから、


「大和。おまえは俺と関わったことで、そちらの世界とのつながりができてしまった…。大和がつきあっている連中は、そう悪い部類の人間じゃない」


「…うん」


「──けれど、やはり闇に属するものだ。この俺も含めてだけどな…。闇はどうやっても光にはなれない。闇に関わればそれに染まっていく…」


「……」


 岳は俺を通り越して、遠いどこかを見つめる様に話す。


「俺はできる限り大和を俺の属した世界に関わらせたくないんだ。──だから、今回の件も一度断った。大和が少しずつ、そっちの世界へ引きずり込まれていく様で…。──怖いんだ」


「岳…」


「闇に関わらせないためには、俺とも別れるべきなんだ…。けど、俺はもう大和とは別れるつもりはない。──だから、せめてできる範囲で、遠ざけたいんだ。今回は大和の思いを尊重した。けど、次はない。これきりだ…」


 そう言って、俺の肩を引き寄せ抱きしめる。息ができなくなるくらい、とても強い力で。岳の切実な思いが、そこから伝わってきて。

 俺も腕を回し、大きく広い背中をぎゅっと抱き返す。


「──わかった。ありがとう、岳…。好きにさせてくれて。これきりにする…」


「…ああ」


 岳は暫くそうして俺を抱きしめていた。



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