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Take On Me 5  作者: マン太


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2.報告

「なに、それ。引き受けたの?」


 夕食後、話を聞き終えた亜貴が、憤怒の表情で声を荒らげる。お不動さんも顔負けの勢いだ。

 その後、鴻三へ正式に依頼を受けると連絡したところ、いたく喜んだのだが、一方で岳にはすまないとしきりに口にした。岳の思いを十分に分かっているからだろう。あとから楠を通じて、今後の詳細な説明をすると伝えてきた。

 俺は皆が食べ終わった食器をシンクに運びながら、


「まあな。俺が高校生って、どうかと思うけど──」 


「そこじゃないよっ。なんでそんなの引き受けたんだよ。危ないじゃないか! 今どきの奴らって、加減知らないし、平気で酷いことする奴もいるし…。兄さん、なんで許したの?」


 亜貴は食ってかかる。岳は俺が運んできた食器を食洗器に入れたあと、入りきらない鍋を洗いだしていた。スポンジを手に岳は、


「大和がやると決めたんだ。──反対はしない」


「信じられないよ、それ。だってあきらかに危ないじゃないか。その子と関われば、大和だってとばっちりを受けるかもしれないのに…。何かあったらどうするの? その子には悪いけど、俺は絶対反対!」


 亜貴は腕を組んで、唇を固く引き結ぶ。最近、男振りも増した亜貴は、そんな表情もカッコよく目に映る。やはり、岳の弟。血は争えないのだ。

 すると、それまで黙って聞いていた真琴が。


「──が、もう決定事項だ。そうなんだろう?」


 真琴の問いかけに、俺はおずおずと頷く。


「…うん」


「なら、色々言っても始まらない。不測の事態に備えて、準備万端にすることが重要だな」


 真琴は自身が仕事場近くに借りたマンションと、俺たちと一緒に住むこの家とを行き来している。週末の今日はこちらで泊まる日だ。仕事が忙しくなると、あちらで過ごす時間が増える。

 そうなると少々寂しいが、あちらにいる時は、頻繁に壱輝(いつき)が訪れているらしい。初奈(はな)も引き連れてくる時もあれば、一人の時も。

 壱輝と初奈は、岳の大学時代、所属していた山岳部の先輩、シングルファザーの円堂(えんどう)嵩志(たかし)の子どもらだ。壱輝が高校二年、初奈が小学六年生。一時期、預かったのが縁で、すっかり我が家の一員になっている。

 その壱輝が、真琴の借りているマンションに入り浸っているのだ。仕事で疲れて帰ってきても、その相手をするのは大変だろうと思われるが、本人はそれが逆に癒しになっているらしく。

 壱輝のくだらない高校での出来事を聞いたり、そんなことで? と言う事で悩む壱輝を見ているのは面白いらしい。

 ちなみに、父親の放任主義は相変わらずで、その度に亜貴が怒っていた。壱輝はいいが、初奈が可哀そうだと。まだ幼いのだ。それで、寂しくないようにと、こちらの家にも遊びに来させている。

 皆、それぞれ、なんとかなってきているのが嬉しかった。ことに真琴が楽しそうにしているのが嬉しい。


「でも、準備ってどうするの? だって、高校に入るんでしょ? 誰も側についていられないじゃないか」


 亜貴の怒りは収まらない。もっともだ。仮に岳や真琴が傍につこうとしても、どうやっても高校生には化けられない。

 と言うか、俺の高校潜入も、かなり厳しいのでは? と思うのだが。


「いろいろ手はある。──だろ? タケ」


 真琴の言葉に一瞬、洗物の手を止めたが、また洗い出すと。


「考えてはいる。…また追々な」


「ふーん…」


 ──いったい、どんな手だろう? 


 俺は腕を組むと、


「でもさ。相手は高校生だし、亜貴の言うような奴がいたとしても、ヤクザ連中とは違うだろうし。そこまで心配は──」


「甘い! 大和は今の高校生を知らないから…」


 一番、そこに近かった亜貴がそう口にするが。


「けど俺、かなりやれるようになったぞ? 藤にもだいぶ鍛えて貰ってるしな。その辺の高校生の一人や二人、飛びかかってきた所で──」


 すると、亜貴は腰に手を当て、


「今どき、どこかのヤンキー漫画みたいに、タイマンで体育裏で殴り合いなんてないよ。てか、あり得ないって。今はもっと、陰険なやり方するって」


「そ、そうなのか…? こう、呼び出し食らって、河原で勝負──とか? ないのか?」


「ないね、そんなの。いつの時代だよ!」


「…そうか」


 ──今どきって、どんなだろう? 


 ちょっと不安にもなる。そこへ真琴が、亜貴の怒りを宥めるためか、話題を逸らすように。


「けど、高校生か…。制服やそのほかの必要なものはどうなっているんだ? 大和」


「ああ、それ。鴻三さんが全部もつって、この前、楠さんの部下の人が持ってきてた。な? 岳」


「ああ。楠のとこの玉置が持ってきた。制服もジャージもカバンも靴も、教科書の類も一揃え。ちゃんと替えもある。足りないものがあれば、また用意するって言ってな…」


「あとで着てみないとな…。サイズ、合うかな? てか、高校生に見えるのか? 俺…」


 不安しかない。と、真琴と亜貴は顔を見合わせてから、こちらを振り返り。


「…多分」


「…大丈夫だろう」


 口を揃えてオーケーを出す。すると真琴が眼鏡のブリッジを押し上げながら。


「──せっかくだ。あとで着た所を見せてくれないか? 皆で見て判断しよう。そこがだめなら、潜入も無理だろうしな」


 真琴がニコリと笑んで薦めてくる。亜貴も畳み掛けるように。


「そうだよ。そこが厳しかったら、絶対、無理だもん!」


 二人がかりで言われれば、応えない訳にはいかない。ぐっと手を握りしめると、ガッツポーズを作って。


「うっし、わかった! あとで着るから見て感想言ってくれ!」


 すると、それまで黙っていた岳がため息交じりにぼそりと、


「…余計な事を」


 小さく呟いた。聞き逃した俺は、岳を振り返る。


「なんだ? なんて?」


「なんでもない…。──真琴、覚えてろよ」


「ふん。ひとり占めはさせないさ」


 真琴が微笑んで見せた。


「そうそう。兄さんだけ楽しもうなんて、許さないもん」


 亜貴も割って入る。なんだか話が見えないが。


「ま、通い出せば、嫌でも見ることになると思うけどさ。とにかく、これがすんだら着替えてくるから、遠慮ない感想よろしく!」


「ああ」


「もちろん!」


 真琴と亜貴がにこにこ顔で返事をする。それとは正反対に、岳は終始口をへの字に曲げムスッとしていた。



 食器を片付けると、早々自室に戻って、いざ、玉置が持ってきた制服をベッドの上に広げてみた。

 目に眩しい真っ白なシャツ。胸に金のエンブレム、襟に金の刺繍が入ったいかにも高級そうな仕様の濃紺のブレザー。同じく、校章の入ったネクタイ、グレーチェックのパンツ。あとはこれにぴかぴかの茶色のローファーがついた。

 汚れてもいいようにと、予備にもうひと揃えある。シャツに至っては、消耗品だからと、数枚予備がつけられていた。全てサイズを聞いて用意してくれたものだ。


 ──確かに、サイズはあっていそうだけど…。


 全てが目に眩しい。すでに二十三歳となる。高校を卒業してかれこれ五年。これらに袖を通すのは、おこがましい気もした。


 ──さて、違和感はあるのか、ないのか……。


 糊の利いた、まっさらなシャツを手に取る。よくドラマでいい歳の俳優が、高校生役をやるが、要はあれと同じだと思えばいいのだ。が、実際本物に混じれば、絶対に浮く。

 しかし、鴻三や楠は俺が適任だと判断した様で。それは、違和感がないと認めているという事だ。


 ──ほんとうかなぁ? ぜったい朱莉が見たら、マジありえねぇとか言いそうだ…。


 俺は恐る恐る、腕を通し着心地を確かめる。袖をピンと伸ばすと、過去の記憶が僅かに蘇ってきた。毎朝、慌てて洗って干したままの、しわくちゃなシャツを着て飛び出していったのを思い出す。


 ──懐かしいな。


 あの頃は、毎日生きるのに必死だった。岳と出会った今ではいい思い出だ。

 そうしてパンツを履き、ネクタイを結ぶとブレザーを羽織った。丁度そのタイミングで、岳が部屋を訪れる。


「──入るぞ。もう着たのか?」


「お、おう…。どうだ?」


 俺はブレザーの前のボタンをひとつだけ留め、岳を振り返った。そうして照れ隠しに腕を広げて笑うと。


「ってかさ。まるで七五三? やっぱ、浮くよなー」


「……」


 岳は無言になってそこに立ち尽くしていた。やや目を見開いている。口も──僅かに開いているか?


「──岳?」


「…たくない…」


「ん? なんだ?」


「──見せたくないって、言ったんだ…」


「どうして? …見せられないほど、悲しい出来か…?」


 流石にそれは落ち込む。引き受けておいて、やはり制服が似合わないからやめる、とは言い辛い。しかし、岳は大仰なため息をついた後、頭をガクリと落とし、額に手をあて。


「その反対だ。──ったく、あいつら分かってて…」


「反対って…おかしくないって事か?」


「そうだ…。おかしくはない…。と言うか、それがお前にとって誉め言葉になるとは思わないけど──俺の見た限り、充分高校生でも通るだろうな」


「よかったぁ…。受けたのに、似合いませんでしたってのも──岳?」


 安堵に胸を撫でおろす俺を、岳は感慨深げな眼差しをして、黙って見つめている。


「どした?」


「…大和の高校時代は、そんな感じだったんだと思ってな」


「そうだなぁー。たぶん…。うちはブレザーじゃなくて、高校も学ランだったけどな。岳は?」


「ブレザーだ。だいたい、みんな着崩してたけどな。今度、潜入する高校も私立だが、厳しくはないそうだ。薄化粧もピアスもツーブロックも、男子のロングも許可だそうだ。流石に髭はらしくないとだめらしいが」


「良く調べたな?」


 岳は歩み寄ると、俺の腰をだき抱え。


「当たり前だ。もっと色々調べた。とは言っても、楠からの情報が半分だけどな…」


 見下ろしてくる岳を、すまなそうに見上げると。


「…今度のこと、本当にごめんな? 余計な心配かけることになって…」


「気にするな。…俺の心配性は今に始まった事じゃない」


「無茶は、しないからさ」


「当たり前だ。──とは言っても、大和は止められないからな…。真琴じゃないが、手は考えてる。直接は傍にいられないけれど…」


「なんだ?」


「おいおい、な」


 先程と同じ言葉を繰り返して微笑むと、額にキスを落としてきた。


「──さて。嫌だが向こうで待ってる奴らに見せに行くか…。亜貴が一番高校生に近いから、参考にはなるだろ」


「てかさ。ほんっとうに、違和感ないのか? 高校生だぞ?」


「とはいっても、おまえだってまだ卒業して数年だろ? 俺や真琴が変装するんじゃ無理だが、大和ならギリオーケーだろ。…にしても、やっぱり見せたくないな…」


「なんだよ。どうせここから通うんだ。朝夕、顔合わせれば、そのときには見られるし…」


「──あいつらの、にやけ顔が思い浮かぶな…」


 岳はぼやきながら、俺と共に隣の棟にあるリビングへと向かった。



 そうして、リビングのドアを開け、飛び込む様にして、


「ジャーン!」


 腕を広げて中へと入ると、くるりと一回転して見せた。


「──どうだ? やっぱり、浮くだろ? 岳は大丈夫だって言ったけど…」


 おどけて見せたのは、照れ隠しだ。こわごわ、順繰り二人の顔を見ていく。

 亜貴はぽかんと口を開け、呆気にとられたよう。真琴も僅かに目を見開いている。二人に言えることは時が止まったように固まっている、と言う事だ。


 ──やっぱり、厳しいか…。


「…だよな? やっぱ高校生には──見えない、よな?」


 すると真琴が視線をそらしながら。


「…いや。かなり──かわ…」


「かわ?」


「──なんでもない。俺から見て、おかしい所はないと思うが…」


 同意を求めるように真琴は亜貴へ視線を向ける。亜貴は初めこそぽかんとしていたが、直ぐに満面の笑みを浮かべ。


「大丈夫! 大和、かわいい!」


 そう言って飛びつくように抱きついてきた。ぎゅっとハグされて、腕の持って行きように困ってあわわとなる。久しぶりに亜貴に抱きつかれた気がした。


「おい、亜貴!」


「だってぇ、可愛すぎ! 大和の現役時代、見たかったぁ」


 ぐりぐりと頭に頬を寄せてくる。


 ──てか、亜貴、結構力強くなったな…。


 抱きつく腕に、以前のようなか弱さがない。大学で弓道も続けている。身体も大人に成長しつつある。


 ──そう言えば、胸板も厚くなった気が──。


「おい。亜貴……」


 若干、どすの利いた声音が響いたかと思えば、俺の首根っこを岳がぐいと引いて、自分の元へと引き寄せた。亜貴はむすっとして。


「なんだよ、ケチ。ちょっとハグしただけじゃん」


「ケチとか、そう言う問題じゃない。俺の大和だ」


 バチバチと兄弟の間で火花が散る。


「待てって。ったく、相変わらず…。ちょっとスキンシップしただけだって。ほら、岳。下がって下がって」


 岳を押さえるようにして、亜貴と距離を取らせる。どうも、この件で岳はデリケートと言うか、敏感になっている様で。身体の一部分が、威嚇する猫の様に、いつも逆立っている感じだ。


「…分かってる。本気じゃない」


「うん、そうだろうとも。──で、俺、高校生に見えるってことでオーケー?」


「そうだな。俺の目からはそう見える」


 真琴は苦笑交じりにそう答えた。亜貴も腕組みしつつ。


「いいんじゃない? 大和は小柄だし、童顔だし。にしても、よく中に入り込めるね? 手を回してくれたの?」


「うん。その辺りは鴻三さんが校長と知り合いみたいでさ。一時的な転校生として、受け入れてくれるって事で」


「フーン…。──て、授業、受けるんだ?」


「ま、まあな…。側を離れられないし、それが仕事だし…」


「分からないことあったら聞いてよ? 俺が一番、高校生に近いんだからさ」


「そうだな、何か分からないことがあれば、な?」


 岳がまた何か口にしそうになったのを、慌てて手で制すると、その背を押しながら。


「じゃ、着替えてくるな。真琴さんも亜貴も、意見ありがとな?」


 岳と共に早々にリビングを後にした。



「岳、大丈夫か?」


 部屋に戻って制服を脱ぎ、もとのラフなスウェットに着替えると、ベッドサイドに頭を垂れて座る岳に声をかけた。


「……わからない」


「岳?」


 どうしたのかと、すぐにその傍らに歩み寄る。


「さっきまでは大丈夫だと思ったのに…。制服姿の大和を見た時、やっぱり、無理な気がしてきた…」


「どうしてだ? なにかまずかったか?」


「──やなんだ…」


「へ?」


 岳は膝に頬杖をつき、視線をそむける。


「大和のそんな可愛い姿、他の誰かに見せるなんて──嫌なんだ…」


 岳の頬がみるみる赤く染まる。自分でも子どもじみていると思ったのだろう。けれど。


「たーけーるっ!」


 俺は腕を広げ、がばと岳に抱きつく。勢いで岳は俺ごとベッドに仰向けに倒れこんだ。


「っ! なんだ? 急に──」


「かわいい! 岳! すっげー、かわいい!」


 可愛いの大安売りだ。


「……ったく。おまえにそう言われる日がくるなんてな…」


 岳は腕で顔を隠す。俺は岳の胸の上で肘をつくと。


「そういう、岳も大好きだって。──だから、変な焼きもち妬くなよ? 俺は岳しか見てない。な?」


 つんと、その鼻先をつついてやった。


「……」


 岳は唇を引き結び、じっとこちらを見つめていたが。


「…かわいいのは、おまえだろ?」


「そっか?」


 岳は手を伸ばし、俺の頬に触れてくると、そのままキスしてきた。軽く触れる程度の、だが。


「…大和は、俺のだ──」


「ふふ、かわいいのな? 岳」


「言ってろ」


 言い終わらないうちに、身体をゴロンと反転させられ、岳が上になる。こうなると、抵抗は無駄となる。ま、抵抗はしないのだけど。


「大和は…誰にもやらない…」


 そう口にした岳は、いつになく真剣な眼差しで。続いて落ちてきたキスが、その熱い思いを伝えるよう。

 長い、骨ばった指先が頬をささえ、さらにキスが深くなる。好きだと、誰にも渡さないと、その思いが伝わって来る。


 ──そんなに必死にならなくたって、俺は岳しかいないのに──。


「ふ…っ…」


「大和…、好きだ…」


 その吐息が唇にふれるくらい間近で囁く。

 俺も、そう答える間もなく次のキスが言葉を奪っていった。


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