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Take On Me 5  作者: マン太


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3/4

1.依頼

「ストーカー?」


 そう口にしてから、飲んでいたカフェオレが、変な場所に入り込んでむせそうになった。慌てて胸を叩きながら、手にしていたカップを置くと、正面に座る鴻三(こうぞう)を見返す。

 クリーム色のパナマ帽を脇に置いた鴻三は、淡いブルーのシャツに同じくクリーム色のベスト、白のパンツ姿。かなりのお洒落だ。ダンディな空気が駄々もれ溢れまくっている。

 対して俺は、(たける)に選んでもらったロゴ入りのグレーのパーカーに、ゆったり目のブルーのストレートジーンズ。

 その日、定期的に開かれる磯谷(いそや)鴻三とのデートならぬ、お茶会で訪れた先の喫茶店でのことだ。

 鴻三は、某その筋の組織の会長なのだが、半ば隠居していると言っても過言ではない。俺のパートナーである岳が関わった件で、知り合いとなって今に至る。

 その鴻三の隣には、孫だと言う女子高校生が座っていた。両脇にはショッピングバッグが山の様に積まれていて、可愛らしいロゴから、女性ものの衣類や雑貨らしいことが窺える。

 ひとりでの買い物は危ないからと、ちょうど出かける予定だった鴻三とセットで、家を出たのだと言う。さすがに買い物には、他の護衛が付き合ったらしい。

 彼女は鴻三の娘の子どもなのだが、その娘が最近離婚したため、仕事が落ち着くまで、鴻三の家に預けられ、そこから高校へ通っているのだと言う。母親は仕事で忙しく、面倒を見ていられないのだとか。


「そうなんだ、大和(やまと)くん。──朱莉(あかり)、そうだろう?」


「…べつに。ストーカーって程じゃ。付きまとわれてないし…」


 鴻三の問いかけに、朱莉は鮮やかなグリーンの炭酸に浮かぶ、溶けかかったアイスクリームを、ストローでつつきながら答える。

 どうやって染めたのかと思うほど、自然とはかけはなれた真っ赤なサクランボは、すでに種になってグラスの脇、コースターの上にちょこんと柄と共に置かれていた。


「母親──わしの娘が言うには、相手は朱莉の行動を監視していて、特定の誰かと親しくすると、悪意のあるメッセージが送られてくるらしい。親しくなった相手に対しての嫌がらせもある。┈─そうだろう?」


「うん……」


 朱莉は、目を伏せ返事をする。長い睫が揺れた。


「今の所はそれくらいだ。警察に相談するほどではないんだが、なにかあってもいけない。母親が忙しいのもあるが、そういうわけもあって、今、わしの所で預かっている、と言うわけだ」


「はぁ。なるほど…」


 確かに鴻三の孫、朱莉はかわいらしい容姿だ。

 瞳は黒目勝ちでぱっちりとしていて、伏せる睫毛がアイラインを黒く縁取る。艶めく髪は真っすぐストレートで、背中の中ほどまであった。ストローを掴む指先は薄いピンク色。唇も頬も化粧もしてないだろうに、うっすらピンク色をしていた。

 が、となると、嫌がらせの相手と言うのは。


「──同じ学校の奴に?」


 朱莉に問い返せば。ちらとこちらを見やると、また手元に視線を戻し。


「…そう」


 ぶすっとしたまま答える。鴻三に伴われてきた時から、ずっとこんな調子だ。恥ずかしがっている、と言うわけではないらしい。


「ふーん…。けど、それじゃ、高校ではどうしてるんだ? こうやって周りに警護をつけるわけにも行かないだろうし…」


 俺はさりげなく、周囲に目を転じた。

 鴻三の周囲には、いつも適度に距離を保って、護衛が付いている。それも複数人。ぱっと見、それと分からないように潜んでいるから、気付かず通り過ぎてしまうこともある。ヤクザの大親分ともなると、これくらい普通なのだろう。

 しかし、外はこうして守ってくれるものがいるからいいが、高校の中はそうはいかない。授業中までびったり護衛に張り付く訳にはいかないし、だいたい、そんな許可など下りないだろう。鴻三が会話を引き取って。


「それで困っているんだ。事情を話して、気を配ってもらっている上級生や友だちはいるようだが、それにも限界がある。それに何かあって、その子たちが巻き込まれて怪我をしてもな…」


「確かになぁ…。素人じゃ限界、あるもんな。──その犯人の目星はついているんですか?」


「それが、わからなくてな…。目星もつかない状況だ」


「そうなんですか…」


 朱莉のことが好きすぎて、行きすぎた行動をしてしまっているのだろう。何か起きないうちに、捕まえるべきだ。朱莉のためにも、その生徒のためにも。が、一番手っ取り早いのは。


「いっそのこと、転校すればいいんじゃねーの?」


 そうすれば、さすがに相手も諦めるだろう。俺は朱莉に向かってそう口にしたが。


「…ざけんな」


「…?」


 今、かわいくない声を聞いた気がする。


「──孫の朱莉は元気が良くてな。どうやら活発なのは母親似らしい。離婚した父親はごく普通のサラリーマンで、大人しい男だったんだが…」


 鴻三が続ける。すると、朱莉はそれまで手にしていた緑の炭酸水を、ずずっと一気にストローで吸い上げ、きっとこちらを睨みつけると。


「ママと同じこと、言わないでよ。私がどれだけ本気か、わかっていないくせに…」


「本気…?」


「朱莉は高校で、芸能コースを選択しているんだよ」


 鴻三がフォローを入れた。


「…芸能人、目指してるのか?」


「女優…」


 つっけんどんにそう言い放つ。どれほど本気かわからないが、とにかく、気を悪くする程度には本気らしい。ふうと俺は息をつくと。


「…どんだけ本気かは知らねぇけど。初対面の相手に、その態度はどうかと思うぞ。上目指すなら、ちゃんとした態度、身につけた方がいいって。──それに、本気だったらどんな状況だって、目指せるんじゃないのか? 今いる場所だけってことはないと思うけどな」


「……」


 ぎっと睨んでくる。うぜぇとその目が語っていた。が、さっきと違って言葉には出さなかった。


 ──なんだか、デジャブ。どうも、俺の周りにはこんな奴が多いぞっと。亜貴(あき)に始まり、壱輝(いつき)。──大希(ひろき)は──違うか?


「それで…、鴻三さんはどうしたいんですか?」


「それなんだが──」


 鴻三は、テーブルに置いていた手を組み直した。



 鴻三はとある提案をしてきた。それを聞いた時、一番初めに岳の顔が思い浮かんだ。

 俺一人だったら即、応じただろう。けれど、今はひとり身というわけではない。俺にはれっきとしたパートナーがいるのだ。その意見も聞かねば、簡単には答えられなかった。その旨を伝えてから、


「すみません。即答できなくて…」


 深々と頭を下げると、鴻三は頷き。


「確かにその通りだ。これには岳の同意が必要だな。…前にも釘を刺されている。大和くんをこちら側へ巻き込むなとな」


「すみません…」


「なに、謝ることじゃない。当たり前のことだ」


 そこで、すっと朱莉が席を立つ。


「…わたし、トイレ」


 長い髪を翻し去っていく、その背を見送りつつ。


「──実際、どんな状況なんですか?」


「…あまりよくはない。朱莉にはメッセージのみだが、相手へは嫌がらせがエスカレートしている。上履きにカッターの刃が入っていたり、運動着が切られていることもしばしばだ。──だが、犯人が分からない…。だいたい、分かったとしても、高校生相手に手荒なマネはできないしな。だから対処に困っているんだよ」


「それでさっきの提案、ですか…」


「他に思いつくいい手がなくてな…。岳が距離を取ろうとしているのはよく分かっている。きみを関わらせたくはなかったんだが…」


「──いや。今回の件は、岳の過去とは関係ないですから。そこは気にしなくても大丈夫です…。とにかく、岳に相談してみます」


 前とは違って、危険なヤクザ絡みではないのだ。鴻三は目を細めると。


「すまないな」


「いいえ。──っと、俺もちょっとトイレへ」


 俺が席を立つと、さわと動いたものがいた。植木の陰の席に座る、眼鏡をかけたサラリーマンだ。


 ──ははん、あれが今日の護衛だな。


 他にも店内に数名いる。外にもきっと数名。どうみても、その辺のサラリーマンか、スマホに夢中な若者にしか見えない。なかなかの変装技術だ。

 トイレに向かうと、その途中の通路に朱莉がいた。手にした端末を睨んで動かない。というか、表情が固まっていた。その様子を怪訝に思う。


「どうした? なにかあったのか?」


 咄嗟に画面をのぞき込もうとすれば、


「関係ない…」


 そう言って、端末を握り締め背後に隠してしまう。


「余計に怪しいっての。なんかへんなの送られてきたのか? …さっき、鴻三さんに聞いた」


 すると、朱莉は視線を落とし俯くと。


「べつに…」


「──どれ」


 だらんと横に伸ばされた手に握られた、朱莉の端末機を取り上げ、開いたままの画面を見る。朱莉は抵抗しなかった。そこには、


「なになに、『男と会うとか、許せない』…って、こえーだろ。これ。今日、俺たちと会ってるの知ってるって事だろ?」


「…どうせ、いつものことだもん…」


 伏せた睫毛が微かに震えていた。どんなに強がってもまだ子どもだ。怖いのは当たり前で。俺は端末を朱莉に返すと。


「…どうせで済ませるなって。──わかった。とりあえず、先に戻ってろ」


「…うん」


 朱莉は素直に席へと戻って行った。

 これは──見て見ぬふりはできない、そう思った。



 帰宅後、夕飯の支度を終えた所で、岳が隣の棟にある事務所兼スタジオでの仕事を終え戻ってきた。それを玄関に出て出迎える。いつものやり取りだ。

 岳の出で立ちは、黒のジャケットに白いシャツ。下は黒のスラックス。黒シャツの時もある。全て、ユニフォームだ。ユニフォームなのに、決まって見えるのは、やはりもとが岳だからか。

 

「お疲れさん。今日は早かったな?」


「ああ、予約の客のキャンセルがあってな。急な予定が入って、日を変えたいって──」


 そう言って、揃えておいた岳専用のふかふかタオル地スリッパに足を通すと、こちらを見て。


「──なにか、隠し事か?」


「え?」


 岳はふっと笑むと。


「顔が引きつってる…。っとうに、分かりやすいな。大和は──」


 ピンと俺の頬を指先で軽く弾いてから、廊下を通って隣の棟の二階にある自室へと向かう。

 俺と岳の部屋は、二階建ての洋館の母屋の隣の棟にあるのだ。廊下で繋がっていて、いつでも行き来できる。

 岳の勤めるフォトスタジオは、その階下にあった。以前、社長の許可を得て、事務所兼スタジオをこちらに移したのだ。


「なんでわかったんだ?」


 俺は獲物を追う猫のごとく、小走りになって、岳のあとを追った。


「ずっと一緒にいるんだ。いい加減、わかるさ。──で、何を隠してる?」


 自室のクローゼットの前でジャケットを脱ぎながら尋ねてくる。あとで話そうかと思っていたのだが、バレてしまえば仕方ない。俺は岳の脱いだジャケットを受け取りながら、上目遣いで見上げると。


「──その…実は、鴻三さんに、頼まれたことがあって…」


「頼まれた?」


 岳のまとう空気が一瞬で、ぴりっとしたものに変化した。俺はジャケットをクローゼットにかけると、岳を振り返る。


「…その、さ。孫に朱莉って、女子高生がいるんだけど、高校で嫌がらせにあってるって言うんだ。話を聞いているうちに大変だなって思ってさ…。そしたら、高校内での護衛を探しているって…」


「それで……?」


「俺に、その護衛をしてもらえないかって…」


「──護衛、か…」


「その、色々あたったらしいんだけど、信頼がおけて、高校生に変装できる奴が他に思い当たらなかったって。俺なら山の仕事も終わったし、時間ならあるし…」


 今年も岳の大学時代の後輩、祐二が管理する山小屋を手伝っていた。それが終わり、つい先週戻って来たばかり。

 まだ、閉山まで期間はあったが、忙しいピークは過ぎたからと、下山を許してくれたのだ。


「それで──受けたのか?」


 ため息交じりに岳が問い返してくる。これは、納得がいっていない証拠だ。


「…うん…。なんか、その朱莉って子、強がってはいたんだけど、結構、怯えててさ。友だちに気をつけてもらっているようだけど、確かに高校生じゃ、守り切れないだろうし…」


 俺はそこで、ガバと頭を下げた。


「──ごめん! 勝手に受けて…。本当は…岳に相談してからって、思ったんだ。いったん、保留にして…。──けど、途中で朱莉の端末に嫌がらせしてるやつからメッセージが入って…。なんか、それ見たら放っておけなくて…」


 と、下げた頭に岳がぽんと手をおいてきた。大きな手が髪をくしゃくしゃにする。


「頭なんか下げるな…。悪いことをしたわけじゃない」


「けど──」


 僅かに顔を上げて、岳に目を向けた。そこには、優しい眼差しの岳がいる。


「大和は、その子の為に何とかしてやりたいと思ったんだろう? 大和がしたいと思ったことを、邪魔するつもりはない」


「岳…」


 岳はそのままベッドサイドに腰を下ろした。どこか疲れた様子の横顔に、いたたまれなくなって、その隣に腰かける。岳は前髪を乱雑にかき上げたあと。


「…その話、少し前に楠から聞いていた。──断ったんだ」


「断った?」


「そうだ。大和を危険にはさらしたくない。──けど、当の本人が受けたのなら仕方ない」


「…ごめん、岳」


 ──岳が断った依頼を受けるなんて……。


 肩を落とせば、岳は手を伸ばして、頭を撫でてくる。


「…気にするな。俺はお前の意思を尊重する。その上で、俺は全力で大和を守るだけだ」


「ありがとう…。岳」


 すると、岳はそのまま俺を抱き寄せ、腕の中に閉じ込めると。


「──無茶だけは、するなよ?」


「おう…」


 岳の胸に頬を埋めた。



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