プロローグ
「──断る」
目前に広がる海は、夜の闇に染まっていた。その波間には、近くで回る観覧車の虹色の光りが揺れている。
それを欄干から眺めながら、岳はそう口にした。聞くものが聞けば、冷たくも聞こえるだろう。
言葉を受けた男は、浅くため息をつく。本格的な冬の到来にはまだ早いが、それでも吐く息はわずかに白い。
「そう言われるとは思ったが…。岳がこっちと距離を取っているのは十分わかっている。──が、今回は他に頼める奴がいなくてな…。適任だと思ったんだ」
「他を当たれ」
岳はにべもない。
「──わかった。仕方ない…」
男は肩を落とすと、来た道を戻りかけた。その気落ちした背中へ、
「すまない。──楠」
そう声をかける。すると、分かっているとばかり、男は半身振り返って、微かに苦笑して見せるとその場を後にした。
残された岳もまた、深いため息を漏らす。
縁を切ったつもりでも、どうしても関わってくる。まるっきり関係なし、ではいられないのだ。過去をすべてリセットする方法などないのだから。
「…付き合っていくしか、ないんだろうな」
そうしていくほか、道はない。
どうせなら、大和を連れて、どこか遠く、誰も知らない場所へ姿を消してしまいたいと、そう強く願った。




