その後 4.乳酸菌飲料
「──で、結局、許したんだって?」
休日、亜貴はリビングのソファに座り、つまらなさそうに、硝子のコップに入れられた、乳白色の液体を揺らしたあと、残り少なくなった中身を一気に飲み干す。残された氷がカラコロと音を立てた。
「まあ、仕方ない。依頼主の方針だ。──すべて楠に一任していた様だからな」
同じく斜め向かいに座っていた真琴は、グラスの中身に視線を落とした。
大人になってからは、早々飲む機会がなかったもの。乳白色の乳酸菌飲料。岳たちと暮らすようになってからは、定番の飲み物となっていた。
暖かい日は冷たくして。寒い日は温かくして。今は冬も間近な季節なのだが、いつになく暖かい日で、亜貴は氷入り、真琴は冷水で飲む。
これを作ってくれたのは、テラスで風にはためく洗濯物を、必死に取り込んでいる大和だ。真琴にくっついてきた壱輝も一緒に手伝っている。
シーツが身体に絡まって、二人してすったもんだしていた。
壱輝は、真琴から今回の件を聞いて、大笑いした。大和が高校生、というのがツボだったらしい。そうは言いつつも、真琴の端末に収めた隠し撮りを見て、頬を染めたのを見逃さなかったが。
「ねぇ、ここだけの話。磯谷さんの孫って、楠の子どもだって…?」
「…早耳だな?」
「なんで楠に任されたのかって、兄さんに聞いたら、教えてくれた。だって、いくら磯谷さんの孫だからって、傘下の組の頭が護衛につく必要ないじゃん」
「心配だったんだろうな。──が、楠も表にはしていない。娘のほうも、全く知らないらしい。これからも、そのままで行くんだろうな…」
「ふーん。ま、その方が幸せかもね。ヤクザの親なんて、やっぱり持つもんじゃないし」
亜貴は大きく伸びをした。亜貴も苦労した口だ。気持ちはわかるのだろう。
「──親父さん、潔さんは安定しているようだな?」
「うん。何だかんだで、長生きするかも。俺がちゃんと独り立ちするまではって、頑張ってるみたい」
「そうか…」
岳と亜貴の父親、潔は胃ガンを患っていた。手術は無事成功し、自宅で療養する日々を送っている。亜貴が医療の道へ進んだのもその影響があるのかも知れない。
と、そこで玄関のチャイムが鳴り、来客を知らせた。気づいた大和が振り返るが、
「大和、俺が出るからいいよ!」
亜貴はそう言ってから、出るため席を立つ。こちらをちらと見て、
「たぶん、初奈だ…」
そう呟いて、玄関へと向かった。
初奈は昼過ぎまで、学校の友達らと遊びに出ていた。それが終わったら、ここへ顔を出す予定になっていた。
「──やっぱり、初奈だったよ。初奈もこれ飲む?」
キッチンへと向かった亜貴は、冷蔵庫から取り出した乳酸飲料のボトルをかかげる。
「うん…」
上気した頬がうっすらピンクに染まっている。壱輝に似ず、目はぱっちりした二重だ。
最近、ようやくまともに目玉焼きが作れるようになった亜貴が、新しいグラスに乳白色の液体を注いでいる。甲斐甲斐しい。
「初奈は温かいの? それとも、冷たいの?」
「温かいの…」
「了解」
亜貴は液体を入れたコップにお湯をさす。亜貴は面倒見がいい。初奈もすっかり懐いていた。下手したら、亜貴は保育士や教員も向いていたのかも知れない。
なんでもない休日の午後が穏やかに過ぎていく。そこで、リビングのドアが開いた。岳だ。今日は休みなのだが、隣の棟で、仕事を片付けていたらしい。
「──ああ、初奈。こんにちは。よく来たな?」
頬を更に染めた初奈が小さく頭を下げた。岳の事は、嫌いではないのだが、どうしても緊張してしまうらしい。
「兄さんも飲む?」
乳酸飲料のボトルを振って見せるが、
「いや、俺は──」
「岳! 前に飲みたがってたマンゴー味の、飲むだろ?」
大和がテラスのガラス戸から、半身を乗りだし声をかけてくる。
「──ああ、頼む…」
バツが悪そうに返事をした。
「ちょっと待ってろ。──壱輝、あとよろしく! 中に入れといてくれればいいから」
テラスの壱輝に向かって声をかけると、そのままリビングへ上がってキッチンへ向かい、脇の貯蔵庫をごそごそとやりだす。どうやらそこにおいていたらしい。
もちろん、大和に隠すつもりはなく、単に岳に一番に飲んで欲しいから、取っておいたのだろう。──けれど。
「──それは、俺のは断るはずだよねぇ。兄さん、可愛らしい。マンゴーだって」
ニヤリと亜貴が笑う。
「…ほっとけ。大和がおすすめだって言うから、飲みたいって言っただけだ。そしたら…」
岳は大和に目を向ける。貯蔵庫からそれを見つけ出し、あった! と声を上げたところだ。
「兄さんは特別だからねー。ほんっと、相変わらず仲のよろしいことで…」
「岳、冷たいのと、温かいのどっちがいい?」
岳はチラと亜貴と真琴に目を向けたあと、
「…冷たいの」
「了解!」
大和は満面の笑みで返してきた。
その後、仲良くキッチンで話しながら飲んでいる二人を、亜貴と共に眺める。
「──なんか、妬ける」
「まあ、な。が、今に始まった事じゃない」
と、そこへ壱輝が顔を出す。
「あー、喉乾いた。真琴、なにか飲みたい!」
「…わかった。なにがいい?」
すると、亜貴の隣で乳酸飲料を飲む初奈を見て、
「同じやつ。──あ、やっぱ、岳さんが飲んでるのがいい!」
キッチンで飲む、岳のコップの中身に気づいたらしい。
「二番手ならいけるか…。わかった」
真琴はソファから立ち上がって、キッチンへと向かう。そんな真琴と壱輝のやり取りを見ていた亜貴は、
「…ここも、たいがいだけどね」
「なにか言ったか?」
亜貴は肩をすくめると、
「別にぃ…」
そううそぶいた亜貴の傍らでは、初奈が不思議そうな顔をして、亜貴を見つめていた。
真琴にしてみれば、亜貴も初奈に甘い。亜貴もたいがいだと思うのだが──それは、黙っておいた。
開け放たれたテラスへ繋がるガラス戸の向こうには、青空が広がる。
そんな休日の午後の一幕だった。
-了-




