その後 1.セルフポートレート
その日、頼まれた撮影に、岳は全く乗り気でなかった。いや、岳はプロだ。それを表には出さないし、作品にもそれを反映はさせない。──ちょっと、力を抜くくらいだ。
そんなことは滅多にない。いつか撮ったモデルの、ラルフ海斗にでさえ、手を抜かなかった。
──けれど。
「よろしくお願いします──」
今日は、以前の事務所に併設されたスタジオでの撮影だ。そこを訪れて、四十代くらいの女性マネージャーと共に深々と丁寧に頭を下げて見せたのは、佐々木湊。
これから売り出すにあたって、新たにセルフポートレートを撮り直したいのだとか。そして、岳を指名してきたのだ。
「──こちらこそ。よろしく」
嫌な予感はしていた。いつかこんな日が来るのでは、と。湊はうっすらと笑みを浮かべて見せた。
撮影は順調に進む。しかし、ある程度撮り終わった所で。
「ちょっといいですか?」
湊から声をかけてきた。
「なんでしょう?」
「──皆、無難には撮れているんですけど…。なんか、思っていたのと違うっていうか…」
と、それを聞き付けたマネージャーが、
「なに言ってるの? 全然、十分じゃないの。すみません、この子、まだ分かってなくて──」
慌てて湊の頭を下げさせようとするが、
「いえ。──どうしてそう思うんだ?」
それを制して、先を促す。すると、首を傾げながら、
「前に──モデルの海斗を撮ったの、見たことがあったんです。あれ、凄く格好よかった…。あれの印象が強くって。だから、比べると──」
ああ、と口に出したあと、岳は笑みを浮かべながら。
「確かに、無難なできだ。が、あの時とは被写体が違う──」
すると、その言葉に湊がまな尻を吊り上げた。
「──と言っては、失礼だな。どんな相手でも、同じように撮れないとプロじゃない。けれど、ラルフは別だ。元々、積んできた経験が並大抵じゃない。俺はそれを更に引き出した。が、君にはまだ引き出せる程の蓄えがない。──これがいいところだと思うが…」
「わかってます…。けど、それもどうにかするのがプロじゃないんですか? この程度だって、諦めるんですか?」
喰ってかかる湊に岳は笑う。
「──いい度胸だ」
「す、すみませんっ! いつもはこんな事、言うような子じゃないんですけど。今回だって無理を言って、予定を入れさせてもらったのに…。ほら、湊、謝って!」
マネージャーは顔を真っ青にさせ、必死に謝罪を湊に促す。
「いえ。お気になさらず。──わかった。じゃあ、全部撮り直す。ラルフと同じように撮る。…容赦しない。──そのつもりで」
ええっ! とマネージャーは声を上げたが、
「いいですよ? 受けて立ちます…」
そうして、撮影が始まった。
結局、撮影は押しに押しまくり。
終わったのは日付も変わる頃。撮影を始めたのが午前中。昼前には、終えるはずだったのだ。他に急ぎの予定が入っていなかったのが幸いだった。
「──これで終了です。撮ったものは、まとめ直してまた後日、確認してもらいます」
アシスタントがマネージャーに説明している。少し離れた所で、テーブルの上に腰を預け、休憩も兼ねて撮ったデータを見直していれば、
「…ありがとうございました」
湊が声をかけてきた。すぐに控え室に戻り、帰るものと思っていたのだが。
「お疲れ。──プロ扱いは、大変だったろ?」
「まあ、そうですね…」
自分から動けない分、岳から色々注文を出した。引き出しがないから、それに対応するのは大変だっただろう。岳も理解しやすいように、事細かに指示を出した。それでも音を上げずついてきた根性は褒めるべきだろう。
「よくついてきたな? これから、もっと大変な現場に、幾らでも出くわすだろう。そういうときは、我を張らず素直に従って動くといい。──そうすれば、いつか自分の引き出しの中も一杯になるさ」
「──はい。あの…」
「なんだ? 帰らないのか? マネージャーが待ってるぞ」
湊の後ろに、心配そうな顔をしたマネージャーが控えている。
「プロのあなたは尊敬します。言う通りだって思います…。けど──大和の事とは、別ですから。──じゃ」
身を翻すと、マネージャーのもとに戻って行った。
──まったく。
大和はよくよく、面倒な奴にモテるらしい。しかも、皆、油断ならない手合いばかりだ。
「それも、仕方ない──か」
大和が魅力的な人物なのだから仕方ない。卑屈で、根性のネジ曲がった、陰険な人物だったら、誰も見向きもしないだろう。それは、岳も同じだ。そんな大和だったら、鼻にもかけないだろう。
太陽の様に、眩しく目に映る存在だから、無視を決め込む事など出来ないのだ。
「…せいぜい、気張っていかないとな」
去っていく湊の背を見送った所で、携帯端末が着信を知らせる。大和からだった。通信アプリにメッセージとスタンプが踊る。
『ふてね』
コツメカワウソが眠るスタンプのあと、送られてきた画像に思わず噴き出した。
大和が岳の枕を抱きかかえ、こちらに背を向け寝ている。その手前、写り込んでいるサイドテーブルの上には、ワイン、ウィスキー、日本酒の一升瓶の空き瓶に、缶ビールの空き缶が置かれていた。おまけに空になった、柿ピーの袋もある。
もちろん、大和はこんな大量に飲まないし、大体一人酒などした試しがない。おおかた、家にあった空き瓶、空き缶をかき集めたのだろう。
要するに、こんな気持ちだと訴えたいのだ。
よくここまで綺麗に撮れたものだと思う。相当、時間をかけ何度も撮り直しをしたことだろう。そんな大和の姿を想像し、また笑みがこぼれる。こんな、セルフポートレートもあるのだ。
聞き付けたアシスタントが小首を傾げる。
「どうかされたんですか?」
すぐに帰る、と、メッセージを返すと大和からは、ハートマーク付きのコツメカワウソが送られて来た。
「──いや。さて、さっさと片付けて帰るとしよう」
端末をテーブルに置いて、急いで片付け作業に取りかかった。温かいあの場所に帰るために。
ー了ー




