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Take On Me 5  作者: マン太


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エピローグ

 霧の立ち込める深い森の中に、鳥の(さえず)る声だけが響く。時折そこへ、鹿やムース、夜になると狼の声も混じった。隣家にも、広がる森を越えねば行きつかない。まさしく、二人だけの世界だ。


「大和、鹿肉貰ってきた。パックしてあるから冷凍でいける」


 外出先から戻ってきた岳が、腕にひと抱えもある段ボール箱を、慎重にテーブルの上に置く。


「了解! うわ、沢山もらったなぁ」


 ぎっしり箱に詰め込まれた大きな袋の中に、新鮮な赤身の肉が、それぞれパウチされて入っている。血抜きも終えて、いつでも食べられる状態になっていた。

 鹿肉のシチューもいいし、カレーもいける。焼き過ぎは固くなるから、時間をかけて柔らかくする調理が合っていた。

 ホクホクしながら、冷凍庫にそれを収納する。冷凍庫には、ほかにもクマや猪の肉が貯められていた。ワイルドな品揃えだ。

 あれから四年。亜貴の大学卒業と同時に、住み慣れた家を出て、この北に近い国へと来た。住んでいるこの街は、自然豊かで住むにはいい環境だった。

 岳は国立公園のガイドの仕事を見つけ、写真の仕事と他にもいくつか掛け持ちしながら、生活を送っている。

 俺はまだ言葉が上手く話せない為、家事が主となっているが、慣れれば仕事を見つけたいと思っていた。

 岳は働かなくてもいいと言ってくれるが、買い物はいつもジェスチャーと、カタコト英語がほとんど。何かした方が、言葉にも環境にももっと慣れるだろう。

 

「そう言えば、さっき、ムースが来てたぞ? 角、立派だよなぁ…」


「不用意に近付くなよ? 見るなら遠くでな」


「おう! 気を付ける」


 野生動物は、ある程度、距離を保つのが基本だ。ここは彼らの生活圏内でもある。お邪魔しているのは俺たちのほうで、彼らを驚かさないよう、生き方をなるべく変えさせないよう、ともに生きるためには工夫が必要だった。


「真琴さん、壱輝と暮らしだしたって? さっき、亜貴から連絡があってさ」


「らしいな。俺の所にも連絡があった。──まあ、今更だけどな…」


 岳は玄関先でジャケットを脱ぎ、フックにかけると、重いブーツも脱いで、部屋履きにかえていた。幾ら外国に来たとは言え、土足で部屋に上がるのには慣れない。

 俺たちが今住む家は、もともと岳が前に勤めていた写真スタジオの社長の友人が持っていたもので。借り主を探していた所へ、岳の話が舞い込み、借りないかと言われたのだ。

 中古と言えどもしっかりとした建付けで、傷みも少ない。すぐに応じて、ここでの生活を始めたのだ。それまで半年ほどは、街の方にアパートを借りて住んでいた。


「なんにせよ、幸せそうで良かった」


 仲がいいなとは思っていたが、まさかくっつくとは思っていなかった。しかし、岳は薄々感づいていたようで。


「あれだけべたべたしてて、ばれないと思ってたのが笑えたな。大和は騙せても、俺は無理だって。これでライバルが減って願ったり叶ったりだ。けど、亜貴はまだまだだな…。大学病院の方が忙しいようだし。当分、そういう浮いた話はないだろうな…」


「うーん、まあな。──てか、初奈の面倒はほとんど、亜貴が見てるってな? 真琴さんとこじゃ、居づらいだろうし…。家に引っ越してくるって?」


「ああ、部屋数は十分ある。あの家も人が減ったからな…。けど、俺たちの使っていた部屋はまだ残しておくって言ってたぞ」


「そうだなぁ。当分は帰らないだろうけど、なくなると寂しいし、帰る場所も欲しいもんな?」


「そうだな。いつかまた、帰る時も来るだろう…」


 岳は荷物を片付ける俺の傍らで、二人分のコーヒーを淹れ出す。豆の入った缶を開けると、いい香りが漂った。


「てか、年一では帰ってるけどな?」


「…あいつらが心配するからな。帰れるときに帰ってるだけだ」


 決まり悪そうに答えるが、岳もまた、家族友人が心配なのだ。お互い、そう頻繁には行き来できない。機会があれば、なるべく帰るようにしていた。

 岳は淹れたてのコーヒーをテーブルに置いた。それを合図にイスに座る。岳も向かいへと座った。


「そう言えばさ。湊、この前、出た映画があたって、新人賞とったって連絡あったぞ?」


 送られてきたメッセージには、嬉々とした様子が伝わってきていた。やはり嬉しいだろう。


「…ああ。そう言えば、ニュースになってたな…」


 岳はムスッとした表情で答える。


「朱莉も主は舞台みたいだけど、時々、ドラマや映画に出てるみたいだし。知ってる奴が人気がでて頑張ってるって、嬉しいな?」


「まあな…。俺にはどうでもいいことだけどな」


「岳?」


 岳はコーヒーの、湯気の向こうで微笑むと、


「──大和がいれば、それでいい」


 ふわりと岳の温もりに包まれる。とても温かく、優しい温もりだ。頬が勝手に熱くなった。

 未だに岳のストレート攻撃には慣れていない。いや、カーブもフォークもすべて打ち取れてはいないのだが。俺は赤くなった頬を自覚しつつ、コーヒーに口をつけながら、


「…っとに。それ、俺の反応見て、楽しんでるだけだろ?」


「どうかな? 本当の事を言ってるだけだ。──大和は?」


「そんなの──岳がいれば、十分だってのっ」


 言った傍から、頬がまた熱くなって、岳が笑った。


 どんな場所にいても、どんな状況にあっても。例え、時が二人を分かつとしても──。


 岳が俺といたという事実はなくならない。与えてくれた時間は、誰にも奪われることはない。

 この先何が起こるとしても、今はただ、この瞬間瞬間を、大事に過ごしたかった。大切な人と、笑い合えるこの時間を。


 ──岳、ありがとう。


 外では鳥がまた賑やかに囀り出している。庭では、忘れな草が淡い水色の花弁を揺らしていた。穏やかな日々。

 相変わらず俺をからかって楽しむ岳に、心の中でそっと感謝した。



─了─

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