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Take On Me 5  作者: マン太


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20.大切な人

 岳は旧校舎前まで来ると、手にした端末を再度確認した。大和の居場所を示すアイコンは、校内の外れ、旧校舎内で止まったままになっている。

 が、最新式で精度もいい。ある程度、止まった場所の特定はできていた。旧校舎内──たぶん一階だ──の教室のどこかにいるはず。地図と照らし合わせればそこまで特定できた。


 ──いったい、どこに?


 旧校舎の外側はシートに覆われていて、パッと見、中の様子をうかがう事は出来ない。その脇には、足場組みに使って余ったらしいパイプが、雑然と積まれていた。

 唯一覆われていない入口に立って、中を見渡す。校舎内にはシートの隙間から月明かりが差し込み、青白い光が所々廊下を照らしていた。その中を、持ってきたライトで照らしながら進む。一歩踏み出すごとに、軋む音が大きく響いた。

 その後、朱莉の友人らの動向を探ると、一人の生徒の行方が分からなくなっていた。

 (なつめ)陽菜。朱莉が可愛がっている後輩だ。楠が調べた所によると、習い事のバレエのレッスンをすっぽかし、姿を消したらしい。レッスンをサボったのは初めてだという。親は大慌てで連絡を取ろうとしているが、全く取れない状態らしい。


 ──怪しいな。


 今回の大和の行方不明の件に、陽菜が関わっているのかは分からない。だが、同時期に行方を眩ましたのは、偶然とは思えなかった。

 出入口から入って暫く進むと、埃をうっすら被った床板の上に、真新しい足跡を見つけた。最近、人の出入りがあったのがうかがえる。

 それは、先へと続いていた。行き先はどうやら奥の教室らしい。跡を辿る様に奥へと向かった。

 辿り着いた教室の引戸は横に開いたまま。中へ入ると、理科の教室だったことが窺えた。奥に鉄製のドアがある。準備室だろうか。足跡はその辺りが一番多い。

 鉄製のドアの前まで来ると、ドアノブに手をかけてみた。が、鍵がかかっているのか、途中で止まってしまい、回ることはなかった。仕方なく、指の背で軽くノックしてみる。

 すると、ガンガンと激しく向こう側から叩かれた。


「──大和?」


 声は分厚い扉に遮られているが、大和に間違いないと感じた。叩く音は続く。

 開けるためには鍵を開けねばならないが、今から楠を通して学校関係者に鍵のありかを聞き出していては、いつになるか分からない。

 岳は咄嗟に周囲を見回し、ドアノブを破壊できる道具を探った。がらんとした教室内には、古い机や棚があるくらい。と、そこでここに入ってくる前の玄関先に、鉄製のパイプが積み上げられていたのを思い出す。


 ──あれなら、いけるか。


「大和、待ってろ。すぐに開けるから!」


 聞こえないと分かっていても、声を張り上げずにはいられない。踵を返し、パイプを取りに行く。手頃な長さのものを一つ拝借すると、再び鉄扉の前まできた。

 深呼吸した後、パイプをノブ目掛けて打ち下ろす。この程度のことなら苦もない。派手な音と共に、ノブが弾き飛ばされ床に転がった。これで、内側から押せば開くはずだ。肩で息をし、


「大和!」


 そう呼べば、


「──岳?」


 ギギッと重い鉄扉が内側に開いて、隙間からひょっと見慣れた薄茶の髪と、クリクリとした目がのぞく。


「──大和…」


 肩の力が抜けた。


「岳…。よかったぁ…」


 へにゃと表情を崩した大和が、ホッと息を漏らすと、そこへしゃがみ込みかけた。岳はとっさに腕を伸ばし、そんな大和を引き寄せると、強く抱きしめる。大和からは日向の匂いがした。


「──岳、ごめん…」


「怪我は?」


「どこにも…。って、心配したろ?」


「無事ならいい…」


 さらにぎゅっと抱き締める。大和も岳の腕に頬を埋めていたが、ハッとして顔を上げ、


「って、陽菜は? あいつ、止めないとヤバい! 俺を閉じ込めたのは、陽菜なんだ。あいつ、普通の状態じゃなかった…。放っておくと、なにをしでかすか──」


 となると、やはり犯人は──。


「楠に連絡して、朱莉の周囲を警戒した方が良さそうだな。棗陽菜は、行方が分からなくなっているそうだ」


「…陽菜。犯人──なんだよな…」


 大和は肩を落とす。その頭をポンと軽く叩くと。


「──今はとにかく、ここを出よう。楠にすぐ連絡だ」


「うん…」


 そうして、話していれば、床の軋む音に二人して振り返る。そこには、見覚えのある生徒が一人、立っていた。



 湊は最後に大和と別れた場所、体育館裏の倉庫近くへ向かった。その途中、隣にある旧校舎の一階、奥の教室から明かりが漏れているのに気がついて足を止める。普段、ひと気のない場所だ。

 

 ──もしかして。


 大和がいるかもしれない。

 いないにしても、夜に明かりが灯る様な場所ではない。確かめる価値はあった。急いで旧校舎へと向かう。

 到着すると、シートに覆われていない入口から中へと入った。しんとしているが、どこか人の気配がする。先ほど明かりの漏れていた奥へと目を向ければ、廊下の奥の教室辺りから、やはり明かりが漏れていた。


 ──誰だろう。


 足音を忍ばせるようにして奥へと向かい、開け放たれていた扉から、教室の中を覗き込んだ。どうやら、明かりは手にしたライトのものらしい。教室の奥、その明かりに照らし出されていたのは。


 ──大和と──あれは…。


 一人の人物に思い当たる。もう一歩、そう思い踏み出した所で、床が軋んだ音を立てた。そこで、こちらに気づいた大和と、もう一人の人物──男が振り返る。湊の予測は当たった。


「──湊?」


 大和は男の腕の中から身体を起こすと、目を凝らすようにしてこちらに顔を向けてきた。


「大和…」


「どうしてここに?」


「さっき、楠さんから連絡があって、行方不明だって…。だから探しに来たんだ。最後に別れた場所に、何か手がかりがあるかもって──」


「ごめん、心配かけたな? 俺は大丈夫だ」


 大和は胸を張るようにして、にこりと笑む。と、傍らにいた人物が大和に耳打ちした。


「──大和、俺は楠に連絡を入れてくる」


「ん、分かった」


 大和の肩を軽く叩くと端末を手に、教室を出て廊下へと向かった。すれ違いざま、男と目が合う。山小屋にいたスタッフ、鷗澤岳だ。


 ──やっぱり、大和とは知り合いだったんだ。


 いや。先ほど見た光景は、ただの知り合いにしては、親密過ぎた。


「大和…。何があったんだ?」


「それが──陽菜が怪しい奴を見かけたって言ってさ。ここまで一緒に追って来たんだ。──けど、逆に陽菜にここの準備室に閉じ込められて…」


「それって──」


「陽菜が…今回の件に関係していると思う…。て言うか、もしかしたら──」


「陽菜が犯人、ってことだろ? あいつ…」


 前髪をぐしゃりとかきあげる。いつも、陽菜は思い詰めた顔をしていた。それが、こんなことになるとは。


「──と言うことで、だ。取り敢えず、湊は寮に戻れ。後は俺たちに任せろ」


「てかさ。色々聞きたいこと、あるんだけど…」


「うん。だよな?」


 大和は引きつった笑みを浮かべる。


「──けど、今は止めとく。全部、終わったら聞かせてくれるって約束だもんな?」


「おう…」


「でも、一つだけ。──さっきのあいつ…。大和の大切に思ってる奴?」


 大和は神妙な顔つきになって、


「…そうだ」


 そう答える。


「──わかった」


 それだけ聞いて、その場を後にした。


 ──なんだ。やっぱり、そうなんじゃないか。


 大和には、想う相手がいる──。

 その事実に、やり場のない怒りと悲しみが湧く。薄々勘づいていたとは言え、やはり突きつけられると辛い。

 廊下に出ると、すぐ脇の壁に鷗澤岳が立っていた。楠への連絡は済んだらしい。人影に驚いて立ち止まる。


「……」


 思わず睨み付けたが、今はそれだけ。言うことはない。すぐに歩きだそうとすれば、


「大和を手放すつもりはない…」


 低い、落ち着いた声音。


「…頭には、入れておきます」


 それだけ言い残して、寮へと戻った。



 その後、楠によって陽菜が捕えられ、両親に引き渡されたと知った。

 俺を閉じ込めた準備室の鍵は、父親の会社から盗み出したらしい。勿論、本人が忍び込めばバレる。適当な理由をつけて、顔見知りの社員を上手く騙し、手に入れたのだとか。

 閉じ込めたその足で、朱莉を呼び出し、襲いかかった。それを楠がすんでのところで防ぎ、事なきを得たと言うことだった。

 兎に角、朱莉に何事もなく済んで良かった。これでこの件は一件落着、なのだろう。


 その日の夜、部屋に戻ってようやくひと息つくことができた。

 先にベッドに入って本を読んでいた岳の隣に座って、その腕に寄りかかる。岳は読んでいた本を閉じ脇においた。すぐに閉じたのを見ると、俺を待つのに、手持ち無沙汰で読んでいたのがうかがえる。


「陽菜…。朱莉が好きなんだって、言ってた…」


「そうか」


「──なんで…そうなっちゃうんだろうな? 朱莉が…好きなのに、どうして…」


「自分しか見ていないからだ」


「……」


 顔を上げ岳の横顔を見つめる。岳は視線を落としたまま。


「自分のことしか考えていないから、ああいったことができるんだ。好いた相手の幸せなんて、ひとつも考えていない。──今後、考えを改められないなら、幸せにはなれないだろうな…」


「…気付ける、かな?」


「どうだろうな。本人次第だろう」


 気がつけるかどうか、それが今後の陽菜の生き方を左右する。俺は外に出ていた岳の手を取って握りしめると、


「…岳。今回のこと、色々、心配かけてごめんな。いつも助けてもらって、感謝してる。閉じ込められた時、さすがに無理だと思ったんだ。──でも、来てくれた」


「必ず守るって、約束しただろ?」


「な、どうして俺があそこにいるって、分かったんだ?」


「──色々な。奥の手があるんだ」


 そう言って意味深な笑みを浮かべて見せたが、答えてはくれない。話すつもりはないのだろう。

 ま、それはそれでいい。岳のお陰で助かったのには、間違いない。


「…ふーん、分かった。とにかく、ありがとうな? 岳がいなかったら、今もあの部屋に閉じ込められたまんまだ…」


「当たり前の事をしてるだけだ。──大和を守るのは、俺の仕事だ。誰にも渡さない…」


 握っていた手の指先が絡み、岳のもとへ引き寄せられる。


 ──誰にも──。


 暗に湊の事を指しているのだろうが、それ以外のどんな相手だろうと──そう、言外に感じた。


「岳以外の、誰かの所になんて、行かない…」


 腕に頭を擦り寄せれば、


「──大和…」


 かけられた声に顔を上げれば、微笑んだ岳がキスを落としてくる。優しい、包み込む様なキスだ。久しぶりに岳に触れた気がした。





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