20.大切な人
岳は旧校舎前まで来ると、手にした端末を再度確認した。大和の居場所を示すアイコンは、校内の外れ、旧校舎内で止まったままになっている。
が、最新式で精度もいい。ある程度、止まった場所の特定はできていた。旧校舎内──たぶん一階だ──の教室のどこかにいるはず。地図と照らし合わせればそこまで特定できた。
──いったい、どこに?
旧校舎の外側はシートに覆われていて、パッと見、中の様子をうかがう事は出来ない。その脇には、足場組みに使って余ったらしいパイプが、雑然と積まれていた。
唯一覆われていない入口に立って、中を見渡す。校舎内にはシートの隙間から月明かりが差し込み、青白い光が所々廊下を照らしていた。その中を、持ってきたライトで照らしながら進む。一歩踏み出すごとに、軋む音が大きく響いた。
その後、朱莉の友人らの動向を探ると、一人の生徒の行方が分からなくなっていた。
棗陽菜。朱莉が可愛がっている後輩だ。楠が調べた所によると、習い事のバレエのレッスンをすっぽかし、姿を消したらしい。レッスンをサボったのは初めてだという。親は大慌てで連絡を取ろうとしているが、全く取れない状態らしい。
──怪しいな。
今回の大和の行方不明の件に、陽菜が関わっているのかは分からない。だが、同時期に行方を眩ましたのは、偶然とは思えなかった。
出入口から入って暫く進むと、埃をうっすら被った床板の上に、真新しい足跡を見つけた。最近、人の出入りがあったのがうかがえる。
それは、先へと続いていた。行き先はどうやら奥の教室らしい。跡を辿る様に奥へと向かった。
辿り着いた教室の引戸は横に開いたまま。中へ入ると、理科の教室だったことが窺えた。奥に鉄製のドアがある。準備室だろうか。足跡はその辺りが一番多い。
鉄製のドアの前まで来ると、ドアノブに手をかけてみた。が、鍵がかかっているのか、途中で止まってしまい、回ることはなかった。仕方なく、指の背で軽くノックしてみる。
すると、ガンガンと激しく向こう側から叩かれた。
「──大和?」
声は分厚い扉に遮られているが、大和に間違いないと感じた。叩く音は続く。
開けるためには鍵を開けねばならないが、今から楠を通して学校関係者に鍵のありかを聞き出していては、いつになるか分からない。
岳は咄嗟に周囲を見回し、ドアノブを破壊できる道具を探った。がらんとした教室内には、古い机や棚があるくらい。と、そこでここに入ってくる前の玄関先に、鉄製のパイプが積み上げられていたのを思い出す。
──あれなら、いけるか。
「大和、待ってろ。すぐに開けるから!」
聞こえないと分かっていても、声を張り上げずにはいられない。踵を返し、パイプを取りに行く。手頃な長さのものを一つ拝借すると、再び鉄扉の前まできた。
深呼吸した後、パイプをノブ目掛けて打ち下ろす。この程度のことなら苦もない。派手な音と共に、ノブが弾き飛ばされ床に転がった。これで、内側から押せば開くはずだ。肩で息をし、
「大和!」
そう呼べば、
「──岳?」
ギギッと重い鉄扉が内側に開いて、隙間からひょっと見慣れた薄茶の髪と、クリクリとした目がのぞく。
「──大和…」
肩の力が抜けた。
「岳…。よかったぁ…」
へにゃと表情を崩した大和が、ホッと息を漏らすと、そこへしゃがみ込みかけた。岳はとっさに腕を伸ばし、そんな大和を引き寄せると、強く抱きしめる。大和からは日向の匂いがした。
「──岳、ごめん…」
「怪我は?」
「どこにも…。って、心配したろ?」
「無事ならいい…」
さらにぎゅっと抱き締める。大和も岳の腕に頬を埋めていたが、ハッとして顔を上げ、
「って、陽菜は? あいつ、止めないとヤバい! 俺を閉じ込めたのは、陽菜なんだ。あいつ、普通の状態じゃなかった…。放っておくと、なにをしでかすか──」
となると、やはり犯人は──。
「楠に連絡して、朱莉の周囲を警戒した方が良さそうだな。棗陽菜は、行方が分からなくなっているそうだ」
「…陽菜。犯人──なんだよな…」
大和は肩を落とす。その頭をポンと軽く叩くと。
「──今はとにかく、ここを出よう。楠にすぐ連絡だ」
「うん…」
そうして、話していれば、床の軋む音に二人して振り返る。そこには、見覚えのある生徒が一人、立っていた。
◇
湊は最後に大和と別れた場所、体育館裏の倉庫近くへ向かった。その途中、隣にある旧校舎の一階、奥の教室から明かりが漏れているのに気がついて足を止める。普段、ひと気のない場所だ。
──もしかして。
大和がいるかもしれない。
いないにしても、夜に明かりが灯る様な場所ではない。確かめる価値はあった。急いで旧校舎へと向かう。
到着すると、シートに覆われていない入口から中へと入った。しんとしているが、どこか人の気配がする。先ほど明かりの漏れていた奥へと目を向ければ、廊下の奥の教室辺りから、やはり明かりが漏れていた。
──誰だろう。
足音を忍ばせるようにして奥へと向かい、開け放たれていた扉から、教室の中を覗き込んだ。どうやら、明かりは手にしたライトのものらしい。教室の奥、その明かりに照らし出されていたのは。
──大和と──あれは…。
一人の人物に思い当たる。もう一歩、そう思い踏み出した所で、床が軋んだ音を立てた。そこで、こちらに気づいた大和と、もう一人の人物──男が振り返る。湊の予測は当たった。
「──湊?」
大和は男の腕の中から身体を起こすと、目を凝らすようにしてこちらに顔を向けてきた。
「大和…」
「どうしてここに?」
「さっき、楠さんから連絡があって、行方不明だって…。だから探しに来たんだ。最後に別れた場所に、何か手がかりがあるかもって──」
「ごめん、心配かけたな? 俺は大丈夫だ」
大和は胸を張るようにして、にこりと笑む。と、傍らにいた人物が大和に耳打ちした。
「──大和、俺は楠に連絡を入れてくる」
「ん、分かった」
大和の肩を軽く叩くと端末を手に、教室を出て廊下へと向かった。すれ違いざま、男と目が合う。山小屋にいたスタッフ、鷗澤岳だ。
──やっぱり、大和とは知り合いだったんだ。
いや。先ほど見た光景は、ただの知り合いにしては、親密過ぎた。
「大和…。何があったんだ?」
「それが──陽菜が怪しい奴を見かけたって言ってさ。ここまで一緒に追って来たんだ。──けど、逆に陽菜にここの準備室に閉じ込められて…」
「それって──」
「陽菜が…今回の件に関係していると思う…。て言うか、もしかしたら──」
「陽菜が犯人、ってことだろ? あいつ…」
前髪をぐしゃりとかきあげる。いつも、陽菜は思い詰めた顔をしていた。それが、こんなことになるとは。
「──と言うことで、だ。取り敢えず、湊は寮に戻れ。後は俺たちに任せろ」
「てかさ。色々聞きたいこと、あるんだけど…」
「うん。だよな?」
大和は引きつった笑みを浮かべる。
「──けど、今は止めとく。全部、終わったら聞かせてくれるって約束だもんな?」
「おう…」
「でも、一つだけ。──さっきのあいつ…。大和の大切に思ってる奴?」
大和は神妙な顔つきになって、
「…そうだ」
そう答える。
「──わかった」
それだけ聞いて、その場を後にした。
──なんだ。やっぱり、そうなんじゃないか。
大和には、想う相手がいる──。
その事実に、やり場のない怒りと悲しみが湧く。薄々勘づいていたとは言え、やはり突きつけられると辛い。
廊下に出ると、すぐ脇の壁に鷗澤岳が立っていた。楠への連絡は済んだらしい。人影に驚いて立ち止まる。
「……」
思わず睨み付けたが、今はそれだけ。言うことはない。すぐに歩きだそうとすれば、
「大和を手放すつもりはない…」
低い、落ち着いた声音。
「…頭には、入れておきます」
それだけ言い残して、寮へと戻った。
◇
その後、楠によって陽菜が捕えられ、両親に引き渡されたと知った。
俺を閉じ込めた準備室の鍵は、父親の会社から盗み出したらしい。勿論、本人が忍び込めばバレる。適当な理由をつけて、顔見知りの社員を上手く騙し、手に入れたのだとか。
閉じ込めたその足で、朱莉を呼び出し、襲いかかった。それを楠がすんでのところで防ぎ、事なきを得たと言うことだった。
兎に角、朱莉に何事もなく済んで良かった。これでこの件は一件落着、なのだろう。
その日の夜、部屋に戻ってようやくひと息つくことができた。
先にベッドに入って本を読んでいた岳の隣に座って、その腕に寄りかかる。岳は読んでいた本を閉じ脇においた。すぐに閉じたのを見ると、俺を待つのに、手持ち無沙汰で読んでいたのがうかがえる。
「陽菜…。朱莉が好きなんだって、言ってた…」
「そうか」
「──なんで…そうなっちゃうんだろうな? 朱莉が…好きなのに、どうして…」
「自分しか見ていないからだ」
「……」
顔を上げ岳の横顔を見つめる。岳は視線を落としたまま。
「自分のことしか考えていないから、ああいったことができるんだ。好いた相手の幸せなんて、ひとつも考えていない。──今後、考えを改められないなら、幸せにはなれないだろうな…」
「…気付ける、かな?」
「どうだろうな。本人次第だろう」
気がつけるかどうか、それが今後の陽菜の生き方を左右する。俺は外に出ていた岳の手を取って握りしめると、
「…岳。今回のこと、色々、心配かけてごめんな。いつも助けてもらって、感謝してる。閉じ込められた時、さすがに無理だと思ったんだ。──でも、来てくれた」
「必ず守るって、約束しただろ?」
「な、どうして俺があそこにいるって、分かったんだ?」
「──色々な。奥の手があるんだ」
そう言って意味深な笑みを浮かべて見せたが、答えてはくれない。話すつもりはないのだろう。
ま、それはそれでいい。岳のお陰で助かったのには、間違いない。
「…ふーん、分かった。とにかく、ありがとうな? 岳がいなかったら、今もあの部屋に閉じ込められたまんまだ…」
「当たり前の事をしてるだけだ。──大和を守るのは、俺の仕事だ。誰にも渡さない…」
握っていた手の指先が絡み、岳のもとへ引き寄せられる。
──誰にも──。
暗に湊の事を指しているのだろうが、それ以外のどんな相手だろうと──そう、言外に感じた。
「岳以外の、誰かの所になんて、行かない…」
腕に頭を擦り寄せれば、
「──大和…」
かけられた声に顔を上げれば、微笑んだ岳がキスを落としてくる。優しい、包み込む様なキスだ。久しぶりに岳に触れた気がした。




