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Take On Me 5  作者: マン太


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19.結末

 朱莉は目立たないよう、黒のタートルネックに濃紺のジーンズを履いて、こっそり勝手口を使って外へと抜け出した。

 辺りはすっかり陽が落ち夕闇に包まれている。勝手口の街灯は切っておいた。誰も朱莉の外出に気づいていない。作戦は成功したようだ。

 外出にはいつも鴻三の護衛がついてきていた。彼らにとって、朱莉につくことも仕事の内なのだが、明らかに不服なのは見て取れた。

 たまに送迎もする玉置がいい例だ。こんな小娘に付き合っていられるかと、あからさまに顔に出ている。それでも鴻三の命令に背くことなく、なにかあってはいけないと、ぴったり張りつくのだ。


 ──かわいそうな人たち。


 鴻三のいる世界はよくわからないが、嫌なことも嫌と言えない世界など、朱莉には考えられなかった。朱莉は母親の放任主義に感謝している。

 その母親は最近、好きな相手ができたらしく、その人物が鴻三の家に来る時だけここに訪れ、なにやら話し込んでいた。

 相手は鴻三と同じ世界に住む、楠という男だ。昔、付き合ったこともあるらしい。けれど、この世界が嫌で楠とは別れ、平凡な相手をみつけ結婚し朱莉を生んだ。

 が、そこまで気持ちがなかったせいか、数年後に別居した末離婚し、今に至る。結局、楠を忘れられなかったのだろう。

 楠はそんな母に冷たいらしい。楠と会ったあと、母はいつも自分に愚痴った。昔はもっと優しかったのに、と。

 親の恋愛事情など、どうでもいいが、迷惑だけはかけて欲しくなかった。


 ──私はお父さんのこと、嫌いじゃなかったし。


 ぱっとしない中年のサラリーマンだったが、それで何の不服もなかった。いつも朱莉の話し相手になってくれたし、ともすると、家事もおろそかになる母のフォローをし、朱莉の身支度を手伝ってくれてもいた。いい父親だったのだ。

 男として魅力がない、それが離婚の理由らしいが、結婚にそれを求めるのがどうかしていると思う。恋愛と結婚は違うのだ。

 結婚はもっと現実的だ。いつまでも、相手に夢みたいに理想を求めてどうするのだ。共に生きると言う事は、綺麗ごとでは済まされない。


「朱莉はまだ高校生の癖に、なんか達観してるよな?」


 みずから年上の同性にしか興味が湧かないと宣言している湊に、そう言われたことがある。

 ヤクザの祖父を持つ、その環境がそうさせたのかもしれない。湊も生きる上で苦労したこともあっただろう。なんとなく、似た空気を感じて、湊とは意気投合した。

 もともとは岡田悠人の友人だった。バスケ部のマネージャーをしていた時に、悠人を介して知り合ったのだ。

 悠人はすらりと身長も高く、ずんぐりとした父とは似ても似つかないのだが、どこか雰囲気が似ていた。だから惹かれたのかもしれない。眼鏡をかけ、朗らかに笑う。スポーツマン然としていないのも良かった。


 ──この人となら未来が描ける。


 そう思ったのだ。一緒に過ごす時間が増えるうち、お互いに好意を持つようになり。

 なのにあの自転車事故。悠人はせっかくのレギュラーも外され、怪我の治療を余儀なくされた。

 もう三年だ。例え怪我が治ったとしても、試合には出られない。結局、大好きなバスケの道を諦め、バスケットとは関係のない大学への受験を決め、別の進路に向かって歩みだしていた。

 朱莉はあれ以来、悠人とは距離を置いている。自分の所為で悠人が進むべき道を閉ざされたのだ。たとえ、朱莉は悪くないと言われても、素直にそう思えなかった。


 ──あれは、私の所為だ。


 自転車に細工され、ブレーキが利かなかった。今回の大和と同じ。もちろん、そんなことをした人物が悪いに決まっている。けれど、朱莉と関わらなければ起きなかったことでもある。


 ──私はこのままだと、好きな人にも好きと言えない。


 転校の件は、犯人をあぶりだすためのでまかせではあるが、もし、このまま犯人が捕まらなかったら、それもいいかと思い始めていた。

 女優になる夢だって、諦めることはない。少し道を変えるだけで、自分の意思が固ければ、幾らだって道はある。能天気にそう言ってのけた大和の顔が浮かぶ。それで少し気が楽になった。



 そんなことを考えながら歩いているうち、公園に到着した。いくつかある街灯の下、ベンチに座った陽菜の姿が、ぽっかり浮かんでいる。

 白のカットソーに膝上のベージュのグレンチェックのミニスカート、上着にフワリと白いカーディガンを羽織っていた。まだ朱莉の到着には気付いていないようだ。うつむき、思い詰めるような気配がうかがえる。


 ──どうしたんだろう?


 いつもより、深刻そうだった。


「朱莉先輩…?」


 近づいた所で、ようやく気づいた陽菜が顔を上げる。


「陽菜…」


「あの、急に呼び出してごめんなさい! 一人で外出、させちゃいけないのに...。──でも、どうしても、話したいことがあって...」


 立ち上がった陽菜は、必死な様子だ。何か切羽詰まった事情があるのだろう。


「いいよ、大丈夫。少しくらい平気」


「あ、ありがとう、ございます!」


 パッと陽菜の表情が明るくなった。朱莉は先ほどまで陽菜が座っていたベンチに腰掛ける。促されるように陽菜も隣にぺたんと座った。

 陽菜は暫く膝の上で手を握り締め、視線を落としていた。口を開くまで辛抱強く待っていると、ようやく気持ちを決めたのか顔を上げる。


「朱莉先輩…。私──やっぱり、先輩に転校して欲しくないんです…!」


「…陽菜。でも、それは──」


 偽情報ではあるが、大和らと犯人を捕まえるために決めたことだ。それを守って、半ば決まり文句となったそれを伝えようとすれば、


「私…先輩のこと、ずっと好きでした!」


「──好きって…?」


 突然の告白に、朱莉は戸惑った。陽菜は必死だ。


「気持ち悪いって、思うかもしれないですけど…。でも、ずっと──初めて先輩を見たときから、大好きだったんです! 恋愛の、対象として…。──だから、どこかに行って欲しくないんですっ!」


「……」


 朱莉は目を見開く。驚いたが気持ち悪いとは思わない。けれど、自分の心のどこに問いかけてみても、陽菜の思いに応えるのは無理だと返ってきた。

 陽菜はあくまでかわいい後輩だ。友人のひとりで。それに、朱莉の恋愛対象は異性で、どうやっても同性の陽菜は恋愛の対象にはならなかった。


「陽菜…。陽菜がそんな風に思っていたの、気付かなかった。正直驚いてる…」


「……」


「陽菜のこと、大事な数少ない友達のひとりだと思ってる。──けど、そういう対象には…ならない。気持ちは嬉しいけど…。ごめん…」


 重い空気が漂う。タイミングがいいのか悪いのか、端末が着信を知らせた。表示を見れば、楠からだった。抜け出したのがバレたのだろう。


「…ちょっと、ごめん」


 断りを入れて、陽菜から少し遠ざかる様にして背を向け、応答する。


「…なに?」


『今どこにいる?』


「──近所の公園…」


『誰かと一緒か?』


「陽菜と──」


 すると言い終わらないうちに、


『朱莉、今すぐそこから離れろ。公園の正面入口へ向かえ。 理由は後で話す。今、車で到着する──』


「待ってよ!  意味わかんな──」


『いいから、走れ!』


「…楠?」


 いつになく厳しい口調に、朱莉は怪訝な表情を作った。と、背後で砂利を踏む音がした。


「──朱莉先輩…。私から、逃げるんですか?」


「…え」


 すぐ背後に陽菜の声が聞こえた。



「──陽菜?」


 驚いて振り返れば、後ろに暗い表情の陽菜が立っていた。息が触れるほど距離が近く、ぎょっとする。

 どこからか、カチカチカチと聞いた覚えのある金属音がした。何の音だっただろうと思いながら音の出どころを探れば、それが陽菜のダランと下げた、右手の手元からだと知れた。


「どこにも──行かせないっ…! 先輩はっ、私だけのものなんだからっ!」


 悲痛な声と同時に、陽菜の白い手が振り上げられる。あっと思った時には、鋭い切っ先が向かってきていた。さっきの音はカッターの刃を繰り出す音だったのだ。


「やっ!」


 とっさに腕で顔を覆い、背けるようにのけぞった──そこへ、黒い影が躍り出る。


「バカなマネは止せ!」


「痛いっ! 離してっ!」


 低い男の声と陽菜の必死の叫びが重なる。恐る恐る目を開ければ、朱莉の前に黒い大きな背が見えた。陽菜はその向こうに隠れ見えない。広い背中は楠だ。


「朱莉、車に乗れ」


「え…」


 顎をしゃくって見せた先、黒塗りのセダンが見える。楠が移動に使う車だ。これでここまで来たのだろう。


「早く!」


「…っ」


 状況を理解するのに時間がかかった。戸惑っていれば、鋭い声が発せられ、我に返ると弾かれたように言われた通り車へと駆ける。


 ──どうして、楠が。


 車にたどり着き、後部ドアへ手をかけ中へ入れば、運転席に玉置がいた。


「──大丈夫ですか?」


「……うん」


 問いかけになんとか頷くが、心臓がバクバク言っていて、緊張が解けない。起こった事にショックを受けて、うまく整理がつかなかった。玉置はハンドルに腕を預けながら。


「楠さんに感謝して下さいよ。岳さんから連絡受けて、全部放り出してすぐに探しに出たんですから。──でなきゃ、今頃どうなってたか…」


 玉置の視線は、公園内に向けられる。その先には、街灯に照らされる陽菜と楠の姿があった。



 楠は背後に控えていた部下から端末を受け取った。それを確認しながら。


「朱莉に襲いかかった所から、すべて録画してある。街灯の下にいたから顔もよく映っているな。──これを証拠にこのまま、警察に突き出してもかまわない」


「…っ」


 楠に腕を掴まれ、身動きの取れなくなっていた陽菜は、その言葉に唇を噛み締めた。手にしていたカッターは既に地面に落ち、蹴り飛ばされたあと、部下が押収していた。


「──けれど、それは困るだろう? だから、代わりに親を呼んでおいた」


 ビクリと陽菜の肩が揺れる。


「じきにここへ来る…。両親には、粗方話した。が、信じきれていないようでな。──この動画を観てもらう」


「いや! いや! やめてよっ! 」


「…無理だな。朱莉の手前、警察を呼ばないだけだ。本来なら、逮捕されてもおかしくない。──これで済むだけ感謝しろ」


「──いや…。嫌だってばっ…」


「おまえは親と向き合う必要がある。湊から親の言うなりだと聞いた。ひとを脅す前に、自分と向き合う勇気を出すんだな…」


 言い終えた所で、


「陽菜!」


 公園の入口には、髪を振り乱した四十代半ばの女性と、恰幅のいい中年の男が立っていた。男の顔は強張っている。陽菜の両親だ。

 父親の持つ建設会社は、以前、岳の父親の鷗澤組の傘下にあった。今は楠が引き継ぎ管理しているが、その上には磯谷がいた。そのお陰で話は早かった。父親にすべて話し、引き取ってもらう事にしたのだ。

 電話をした際、父親は自身の娘が磯谷の娘に危害を加えていたと知って、ただひたすら謝った。自分の主に楯突いたのだ。下手をすれば会社を潰される可能性もある。それくらいで済めばいい方で、家族共々、悲惨な状況に追い詰められてもおかしくなかった。

 が、元々磯谷は事を大きくするつもりはなかった。そのため、楠が相談すれば、取り敢えず今回は親に任せる、ということで落ち着いたのだ。


 ──運がいい。


 母親はオロオロとし、父親はどうしてそんなことをしたと娘に詰め寄っている。当人は顔を青ざめさせて俯くばかりだ。

 磯谷が現役だったら、こうはいかなかっただろう。楠がまだ鷗澤で養われていた幼い頃、磯谷は容赦ないことで有名だったのだ。

 それは、岳が鷗澤組にいた頃とよく似ていた。大和と出会う前だ。だから、磯谷は自分と似ている岳を、手元に置いておきたいのだろう。岳の意思に関わらず。


 ──岳の弱みを、磯谷さんは分かっているからな。


 今頃、顔を合わせているだろう、二人を思った。




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