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Take On Me 5  作者: マン太


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20/24

18.理由

 倉庫近くにある木造の旧校舎は、周囲をシートに覆われたまま放置されている。当分、解体作業は始まらない様に見えた。


「こっちです…」


 陽菜に続いてシートに覆われていない出入口から校舎の中に入る。黒く変色した板張りの床には、うっすらと埃が積もっていた。一歩進むごとに木の床が軋む音を立て、古さを示している。

 陽菜はいくつかの教室前を通り過ぎ、ドアが開いたままの教室の一つへと入った。どうやら昔は理科教室だったらしい。黒光りする実験用のテーブルに、戸棚には古びたフラスコや割れたシャーレが残っている。埃臭い空気に停滞した時間を感じた。


「──で、どこに行った?」


「そこの、奥のドアの向こうです…。たぶん…」


 確かに奥まった場所にドアが一つあった。

 

「わかった。陽菜はここまででいい。帰っていいぞ」


「でも…!」


「何かあったら危ない。それに、習い事があるんだろ? もうここまでで十分だ。帰って大丈夫だから──」


「…はい」


 心配げな顔に見送られながら、扉のドアノブに手をかけそっと引いた。

 元々、少しだけ開いていた扉は、音もなく開く。鉄扉で重い。開いた先は階段になっていて、暗くて先が見えなかった。半地下らしい。

 犯人の存在を確認したら、楠と心配しているであろう岳に連絡を入れようと思った。ことに岳には、早めに連絡を入れないと、何かあったと思われてしまう。


 ──明かりが欲しいな。


 階段を端末のライト機能で辺りを照らしながら下りる。今は倉庫になっているようで、雑多な物が置かれていた。使われていない木製の棚、机、椅子。

 小さな洗面台の隣にドアがある。トイレだろうか。もしかして、教員の準備室を兼ねていたのかもしれない。

 とにかく、しんとしたそこに人の気配はなかった。


 ──いったい、どこに犯人が?


 もっと奥かと進みかけたところで、


「──大和先輩は、朱莉先輩のこと、本当に好きなんですか?」


「え…?」


 突然の問いかけに、立ち止まって振り返る。陽菜の声だ。帰っていなかったらしい。外から入り込む光が眩しくて、階段の上に佇む陽菜の顔が見えない。


「私…。…朱莉先輩のこと、好きなんです。──だから、転校して欲しくないんです…」


「…陽菜?」


「これに懲りて、もう、朱莉先輩のこと、諦めて下さい…!」


「え? って、懲りるって、陽菜──」


 問いかけた所で、突然、重い音を立て、扉が閉ざされた。いっきに室内が闇に包まれる。手にした端末のライトが頼りなげに光った。続いてガチャリと音がする。


「──陽菜?」


 慌てて端末をポケットに突っ込み、階段を駆け上がって、ドアノブを掴み鉄扉を目一杯の力で押すが、びくともしない。どうやら、外から鍵をかけられたらしい。


「陽菜、陽菜! ちょっと待てって! 話し、聞けって!」

 

 重い鉄扉を拳で何度も叩くが、向こうの声は何も聞こえない。たぶん、こちらの声も聞こえていないだろう。虚しく扉を叩く音が響くだけ。

 いったい、なにが起こったのか。閉じ込められたことは確かだ。


 ──朱莉が好きって、言ったな。


 じゃあ、朱莉の傍にいて、その情報を流していたのは──。


「…陽菜…か」


 早速、食いついてきたのは、良かったが、それが陽菜だったとは。迂闊だった。先ほどの様子だと、かなり思い詰めている。あまりいい状態とは言えなかった。俺をここへ閉じ込めたくらいだ。なにを仕出かすか分からない。次はきっと朱莉を狙うだろう。


 ──すぐに楠さんに連絡しないと。


 ポケットに突っ込んでいた端末を取り出すが、


「──あ?」


 アンテナマークが一本も立っていなかった。立っていないどころか、圏外になっている。


 ──そんなことって、あるか?


 呆然とする。仕方なく端末を持ったまま、部屋の中をあちこち動き回るが──。


「ダメだ…」


 端末を手に肩を落とす。これでは、連絡もつかない。耳に付けられたピアスがキラリと光る。唯一、岳が助けだったが、まさか俺が旧校舎に閉じ込められているとは、思いもよらないだろう。それでも、いつか気付くとは思うが、今すぐとは行かないはず。


 ──どうしたらいい? どうしたら──。


 幾ら焦っても、何も思い付かない。ドアは鉄扉で、力で開くような代物ではなかった。窓はないのかと見て回ったが、半地下の為か、窓は全くなく、僅かに通風口があるくらい。部屋中、見渡しても、出口一つなかった。


 ──このままじゃ…。


 朱莉を助けるどころか、自分が抜け出す事もできない。陽菜の言葉から、きっといつかは開けてくれるのだろうが、それがいつになるのか分からない。

 無力な自分にイラついて、扉を拳でもう一度、叩いた。辺りには、虚しく鉄扉の音が響いただけだった。



 岳はいつも来るはずの、大和からの定時連絡がないのに苛立っていた。朱莉の外出がない限り、遅くとも十七時には連絡が入る。それが、十七時を過ぎても入らない。放課後に用事があると聞いてはいなかった。


「岳さん、どうしたんですか? さっきから端末とにらめっこして…」


 事務所にいたスタッフが、不思議そうに尋ねてくる。デスクの椅子に座り、手にした端末をじっと見つめていたのだ。それは尋ねもするだろう。仕事中、そんなことは滅多にない。


「…なんでもない」


 そう答えつつ、内心では心配と不安とが渦巻いていた。


 ──なにかあったのか…。


 連絡を入れるのは、この件を受けた時の約束だった。なければなにかあったと判断すると伝えてある。だから大和はきっちり欠かさず、連絡を入れてきていたのだ。忘れるはずがない。


 ──いったいどこに。


 電話もメールも、通信アプリも繋がらない。岳はすぐさま、専用のアプリを起動して、大和の位置を確認した。

 実は大和へ贈ったピアスには、GPSが仕込んである。そのため、大和の位置情報は常時、岳の端末で確認できた。それは校内のとある一点で止まったまま。そこで途切れている。


 ──これは、何かあったな。


 しかも、大和が自分で連絡できない状況にある、ということを示している。


「楠に連絡を取るか…」


 楠から連絡がないと言うことは、朱莉に何かがあったわけではなさそうだ。

 岳はスタッフに早退を告げて、車に乗り込む。取り敢えず、GPSが止まった場所へ向かうつもりだった。楠に連絡を入れるとワンコールですぐに出る。


『──なにかあったか?』


「楠、朱莉は今どうしている?」


 岳はシートベルトを締めながら尋ねる。


『いま、迎えの車で家に向かっている途中だ』


 それなら安心だと思った。


「実は…大和と連絡がつかない。大和とつるんでる湊と連絡は取れるか? 今日、大和といつどこで別れたのか知りたい。それと──朱莉と仲のいい生徒の動向も…。例の件で、誰か動いたのかもしれない」


『──わかった。直ぐに確認する』


 楠は素早く応じた。偽情報に踊らされた誰かが、焦って行動を起こした可能性が高い。情報を流して、すぐに動いたことになる。まだそこまで情報は流れていないはず。知ったばかり、かなり近い人間と言うことになる。


 ──湊でないなら。


 通話を終えた岳は、一息ついた。我知らず、ハンドルを握る手に力がこもる。


 ──大和。


 その無事を強く願った。



 十八時を過ぎた頃、朱莉の端末が通知の着信を知らせた。見れば短いメッセージと可愛いウサギのスタンプが躍っている。


「──陽菜?」


 そこには、話したいことがあるから、近くの公園に来て欲しいとあった。誰にも聞かれたくないから、できれば一人で、と。

 そこは鴻三の家から、すぐ目と鼻の先の公園だった。それなら、危ないことはない。勝手口から出れば人目につくこともなかった。一人で抜け出すことも簡単だ。


「──けど、なんだろ?」


 話したいこと。陽菜はこの時間はまだ習い事の最中のはず。今日はバレエの日だった。

 本当は食べたいものもあるだろうに、厳しい食事制限をしていて、年の割にかなり痩せている。バレエをやるものは皆こんなものだからと陽菜は笑ったが、その笑みがどこか固く、辛そうだった。

 陽菜はいつもそうだ。どの習い事も楽しそうには見えない。

 筋がいいからか、皆無難にこなしてしまうが、どれも、心から熱中している様には見えなかった。やらされている感が強いのだ。

 本当は甘いものに目がなくて、普通の女子高生と同じように、好きなものを食べて、好きなものを身に着けて、今どきの事をしたいのに、母親が厳しく躾けていて、それを許さないのだ。

 母親曰く、今は辛くても、後できっとそうした方が後悔がないから、らしい。何もかも、両親の言うまま。本人もその方が楽なのか、すっかり自分で考える──という気力をなくしている。


 ──なんだろ。それ。


 朱莉は思う。先に人生を生きて分かっているからと言って、子どもがやりたいことを、先に摘んでしまうのはどうかと思う。

 失敗する、危険だからと理由をつけて、全て遠ざけてしまえば、強くなる術をなくすし、やりたいことが出来ないストレスが溜まるだけだ。

 間違っても、危ない目にあっても、それが自分の選んだ道なら、きっと自分で受け止めるだろう。

 けれど、人に言われる通りに生きる事を選択していたなら、なにかあった時、きっと他人のせいにする。自分がそれさえも、選択したのに、だ。

 陽菜もそうだ。自分を押さえ込んで、言う通りに生きて。その方が楽だし、考えなくていい。

 それも自分の選択なのだと、分かって受け入れているならいいが、見ている限りそうではない。

 なにか切っ掛けがあれば、溜まったストレスや怒りの矛先は、親や他の人間へと向かうだろう。


 ──陽菜は、少し勇気を出せばいいんだ。


 そうすれば、心から楽しめて、年相応の笑顔を見せることができるはず。何の話かは分からないが、ついでだから言ってやろうと思った。

 自分らしく生きろ、と。



『突然、すまないな。佐々木くん。いつも朱莉が世話になってる』


「いえ…」


 朱莉から楠の事は聞いている。祖父や母親の昔からの知人で、今回の嫌がらせの件でも、対応してもらっているのだと。何かあれば、彼に相談しろと言われていた。

 朱莉は知人としか言わなかったが、朱莉の母親の実家が、その筋の関係者だと知っていた。いつか、朱莉自身が教えてくれたのだ。となると、楠もその筋のものと言うことになるだろう。

 その、楠からの突然の連絡に戸惑う。が、次の言葉に納得した。


『──ところで早速だが、宮本大和くんの事で、聞きたいことがあるんだ』


「大和のことで?」

 

『大和くんと連絡がつかなくなっている…。最後に会ったのはどこで、何時ごろ別れたのか知りたいんだ。その時の様子もな』


 連絡がつかない、の言葉に嫌な汗が手に滲んだ。湊は逡巡しながら、


「いつも溜まり場にしてる、倉庫が最後です…。大和と朱莉が転校するって言うから、陽菜はかなり動揺しましたけど…。でも、大和はいつもと変わりませんでした。──大和、大丈夫なんですか? 朱莉の件が絡んでるんですか?」


 畳み掛けるように質問するが、


『──分からない。とにかく大和くんを見つけるのが先だ。今、心当たりを家族が探っている。君は寮にいるのか?」


「はい…」


「ならそこで待機していてくれ。下手に動き回るな? また分かり次第連絡する」


「分かりました…」


 そこで通話が切れた。


 ──動くなって言ったって。


 湊は手にした端末を見つめる。最後に別れた倉庫はすぐ傍だ。もしかして、行けばなにか手掛かりを見つける事が出来るかも知れない。


 ──知らん顔はできない。


 大切に思う大和に何かがあったのだ。自分が駆けつけねばと思う。とにかく、最後に別れた倉庫に行ってみようと思った。

 湊は部屋着のスウェットにパーカーを羽織ると、すぐに寮の部屋をでる。


「あれ? 湊、夕飯は?」


 出かける仕度の湊に、寮生が声をかけてくる。これから夕食の時間だ。いつもなら、皆とわいわい言いながら食堂に向かう所だが。


「ちょっと用事できた! 点呼までにもどらなかったら、適当に返事よろしく!」


「あ! おい、湊──」


 呼び止める声を背に、湊は寮を飛び出した。




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