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Take On Me 5  作者: マン太


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18/24

16.自転車

 それから、数日後。自宅で謹慎中だった生徒らが、停学処分となると、朱莉への嫌がらせメッセージも、パタリとなくなった。

 とりあえずの一段落を迎えたはずだったのだが──ある日、それは起こった。


「大和、また自転車置いてったのか?」


 朝、徒歩で来た俺を見つけた湊が、横に並ぶと声をかけてきた。


「そ。朱莉が昨日も買い物行くって…。なんで、女子の買い物って長いんだろうな? しかも、ずっと悩むだろ? 挙句に意見聞いてきて、こっち、って言えば、でもなんか違う、とか言ってまた悩みだすしさ。なんなんだって思うぞ」


「ま、女子はそういうもんでしょ。《《彼氏》》なら、付き合って当然だな? ──な、大和」


 意地の悪い笑顔を浮かべ、俺の肩をぽんと叩く。もう湊は俺と朱莉が付き合っているとは思っていないのだ。


「湊、おはよう」


 二人肩を並べて歩いていれば、背後から遠慮がちな声がかかった。湊につられて共に振り返る。


「よ。おはよ、悠人(ゆうと)


 湊はにこりと笑む。振り返った先、軽くウェーブのかかった黒髪に、眼鏡をかけた青年が立っていた。日焼けはせず色は白いが身長も高く、筋肉もついているからか弱々しさはない。


 ──悠人、悠人…。どっかで聞いた名前だぞ。


 俺が思い出せないでいるのを見ると、湊はああ、と言ったあと笑ってみせ。


「こいつが、例の朱莉の…。ほら、バスケマネしてた時の──」


「あっ! ああ、あの──」


 朱莉の好きな相手。そして、この生徒も。

 悠人と呼ばれた生徒は、逆に俺が何者か、湊から耳打ちされて、サッと顔色を変えた。その表情が固く暗くなる。


「おはよう…。──宮本君、でいいのかな?」


「は、はい…」


 相手は先輩だ。湊の時と違って、口調を改める。それは表情も曇るだろう。好きな相手の彼氏を名乗っているのだから。

 いや、これは嫌がらせをする犯人をつかまえるまでの作戦で、俺は彼氏なんかじゃなく、しかも高校生でもなく──と言えたらいいのだが。


「…じゃあ、俺、先行くな」


 気まずげに悠人がそう言えば、湊もあとを追った。


「あ! 俺も行くって! ──じゃあ、またあとで。大和」


「おう」


 湊はまた昼に顔を見せるつもりだろう。既にそれが当たり前になっている。

 門の前には朱莉が俺を待っていて、悠人は足早にその脇を通り過ぎていく。追い抜きざま、湊が朱莉を気にする素振りをみせたが、朱莉は朱莉でまったくの無関心でいた。


「待たせたな?」


 声をかければ、朱莉は眉間に皺を寄せ、


「もう、犯人つかまったし、これで終わりじゃないの?」


 少し苛立った様子で口にした。


「そのはずなんだけどさ。まだ、真犯人が捕まっていないって言うか…」


「真犯人?」


「そうだ。あの生徒に朱莉の情報を知らせた奴がいるはずだ。じゃないと、逐一、朱莉の行動が分かるわけないだろ?」


「…そうだけど…」


「思い当たる奴はいないんだろ?」


「うん…」


「なら、もう少し警戒したほうがいい。な?」


「…早く、終わらせたい」


 足元を見つめ、小さく口にした。


「そうだな。あと、もうちょっとだ。頑張ろう」


「うん...」


 頷く朱莉の表情は、暗かった。



 一日の授業を終え、いつもの様に朱莉を校門まで送る。俺の仕事は朱莉が校門を出て、車に乗るのを見届けて終わるのだ。


「じゃあ、また明日な?」


「うん…」


 覇気がない。今日は一日そんな感じだった。

 校門を出て少し先に、黒塗りのいかにも──な、いかつい車が停まる。運転するのは玉置ではなく、専任の運転手だった。

 帰りが遅くなると玉置が迎えに来る。夜の方が玉置の時間が自由になるのと、やはり危険度が増す時間帯だからだろう。

 朱莉が車に乗り込み、車が発車する。それを見届けてから自転車置き場に向かった。道沿いに枝を伸ばす桂の葉は、すっかり秋の色だ。落ちた葉が、甘い香りを放つ。


「大和、そこまで一緒に帰ろうぜ」


 自転車のサドルにグローブを置いて、ヘルメットをかぶっていると、湊が声をかけてきた。

 校門の脇にある自転車置場は、下校時に通ることはまずない。俺を見つけて、わざわざ回り道をしたのだろう。


「おう──」


 そのタイミングで、サドルに置いたグローブが落ちそうになった。それを、湊が受け止めてくれる。


「──っと」


「サンキュ。湊は?」


 湊は受け止めたグローブを、手の中で弄びながら、


「今日は、これから仕事」


「仕事って?」


「前にオーディション受けて、通った演劇の顔合わせ──って言っても脇役だけど。でも、主役のライバル役だから、それなりに目立つんだ」


「すっごいなぁ…。絶対、観に行く!」


 演技など出来ない俺には、それだけで特別な存在に思える。湊も朱莉と同じく、俳優の道を目指していた。コースも一緒だ。最近、雑誌のモデルの仕事も入って来ているらしい。

 俺は自転車を引きながら、校門を出て途中まで湊と歩く。緩い下り坂の先には大通りが見えた。交通量が多く、車がひっきりなしに行き交っている。駅はその途中にあって、湊とはそこまでだ。


「大和が観に来るなら、カッコいい所見せないとなぁ。絶対、観にこいよ?」


「おう」


「…それと──さ、例の答えって、やっぱ、全部終わってからだよな?」


「例の…?」


「俺の告白の答えだって」


 湊は少し焦れ気味に口にする。


「ああ、それか…。うん、そのつもりだ」


「──わかった」


 湊は何か言いたそうではあったが、それを口にはしなかった。


「──じゃあ、行くな?」


 これから買い出しもある。自転車のサドルにまたがって、ペダルに足を置きゆっくりこぎだした。


「あ、大和! これ──」


「なに?」


 肩越しに振りかえれば、湊が手にしたグローブを振っていた。湊が持ってくれたのをすっかり忘れていた。


「そこにいてよ。取りに行くから──」


 そういって、ブレーキをかけたのだが──。


「?」


 ハンドルを握れば、キュッとかかるはずのブレーキが利かない。わずかな抵抗はあるものの、そのままズルズルと進んでしまう。坂は始まっていたが、まだ緩い。スピードは速歩き程度だ。今ならまだ間に合う。


 ──なんとか止まらないと。


 視界の先には、車の行き交う大通りが見えていた。このままではそこへ突っ込んでしまう。正直、焦った。


 ──この!


 ゆるゆると進む自転車のハンドルを、無理やり左に切ると、横に並んでいた生け垣に斜めに突っ込んだ。

 バキバキとかガチャンとか、様々な音が入り交じって、自転車は横転し、俺は反動で生け垣に倒れ込む。


「大和!」


「イタタ…」


 顔や手、腿辺りに小枝が刺さった。生け垣にハマってしまい、自力で起き上がれない。ワタワタしていれば、


「大和! 大丈夫か?」


 駆け寄った湊が、車道側から引き上げてくれた。車があまり通らない道路で助かった。


「──ありがとう…。湊、助かった」


「ケガは?」


「ヘルメットしてたし、大したことない」


「ブレーキ、利かなかったのか?」


「うん…。昨日はなんともなかったんだけどな…」


 言いながら自転車を起こそうとすると、湊が先に手を伸ばし起こしてくれた。


「顔も手も血がでてる…。保健室に寄ってこう。俺もついてく」


「大丈夫だ。一人で行ける。湊は大事な仕事、入ってんだろ? 遅れたらまずい」


「ちょっとくらい──」


「ダメだ。そう言うの、初日が一番大事だぞ。それで印象決まるんだからさ。──ほら、行けって」


 起こしてもらった自転車を引き取ると、背を軽く押して湊を促す。


「…わかった。けど、後でちゃんと報告しろよ?」


「おう。ほら、遅れるぞ!」


 追い立てる様にそう言えば、渋々、湊は駅へと向かった。

 それを見送ってから、自転車の具合を見る。ブレーキレバーを引くが、やはりレバーは動くが、ブレーキが利かない。見れば、ブレーキパッドが、両側共に削れていた。


「…溶けた? 」


 そんな訳はない。第一、普通に乗っていて、突然、こんなに削れる訳がなかった。


 ──人為的なものか。


 血のついた顔のまま、大きくため息を吐き出した。



 その後、散々逡巡した挙句、岳に連絡を入れた。


「『自転車でこけた。ケガはたいしたことないけど、自転車がちょっと故障したから、電車で帰る。帰るの少し遅れる。よろしく』っと」


 ブレーキの件は伝えなかった。色々端折ったが、嘘はついていない。その後、自転車を再び駐輪場へ置き、保健室へ向かった。

 岳は心配性だ。どこまで知らせればいいか迷ったが、知らせずに後でわかると、さらに心配に拍車をかけるし、怒るのが分かる。加減が難しい。

 ちなみに、保健医も俺の事情は知っていた。


「あら、血だらけじゃない。何があったの?」


 四十代後半の女性の先生だ。保健室を訪れると、俺の顔を見て開口一番、そう口にした。呆れ顔だ。

 鏡で見てみなさい、と言われ、手渡された手鏡を覗き込めば、確かにかすり傷程度だが、顔の至るところが切れている。


「その、ちょっと自転車でこけて…」


「そうなの? 気を付けないと。ほら、手も切ってるじゃない。見せて」


 素早く傷口を洗い、ガーゼや絆創膏を当てていく。あっという間に、手当ては済んだ。顔が絆創膏だらけだ。


「出血が治まるまでこのままよ? お風呂は時間を遅らせて、顔を洗うときは気をつけて。軽く拭く程度でね?」


「ありがとうございました…」


 と、そこでタイミングよく端末が着信を知らせた。岳からだ。俺は保健室を出ると、目立たない隅に行って応答する。


「岳…?」


『──迎えに来た。校門を出てすぐの所にいる。自転車も修理に出すから持って来いよ』


 岳の車は大型SUVだ。自転車など数台軽く積める。


 ──まだ、仕事中なのに…。


「おう…。ありがとう」


 短いメッセージだが、そこに岳の思いを感じた。俺は急いで校門へと向かった。



「大和、少し時間をもらっていいか?」


 ハンドルを握り前を見つめたまま、岳はそう口にした。


 校門近くに停まった車から降りてきた岳は、俺の様を見るなり、唇を一文字に引き結んだ。あとは何も言わず、引いてきた自転車を黙々と後部ハッチに積み、車に乗り込むと発車する。

 そうしてしばらく無言でいたのだが、冒頭の言葉を口にしたのだ。

 仕事中だったため、ユニフォームの黒のシャツに黒のスラックスのまま。捲った腕にはシルバーの腕時計が光る。サングラスをかけているから、表情はつかめないが、笑っていないことは確かだ。


「…いいよ」


「良かった」


 ちらとこちらに視線を送ったあとは、また無言になって前を見つめた。

 しばらく走らせ、海岸沿いに出ると、近くの駐車場に車を停めた。平日の夕方、浜辺を歩く人影はまばらだ。


「…少し、歩こう」


「うん」


 岳に促され、車を降りると海岸へと降りる階段を下って、砂浜に降りた。砂を踏むと柔らかく足が沈む。

 サングラスを胸元にしまった岳が、手を差し出してきた。その大きな掌を見たあと、視線を上げると、微笑む岳と目が合う。


「へへ…」


 照れ隠しに笑ってみせた。手をつないで歩きだす。

 夕方と言っても、まだ陽が沈むまでは時間がある。沖合いで、パドリングするサーファーが目に入った。波打ち際をしばらく歩いていると、


「…大和」


「うん?」


「前にも言ったけど、俺は──大和のしたいように、させたいと思ってる…」


「うん」


「──でも、怪我をしたり、面倒に巻き込まれるのを目の当たりにすると、揺らぐ」


「…うん」


「その怪我もたいしたものじゃない。けど、怪我の程度が問題じゃないんだ。大和が、傷つくのを見たくない。失なうんじゃないかって、不安になる…。すべてのものから、遠ざけたくなるんだ」


「……」


 岳は更にぎゅっと握る手に力を入れると、


「──いつか、みんながそれぞれの道を見つけて、落ち着いたら。知らない土地で、二人だけで暮らさないか?」


「二人だけ?」


「そう、二人だけだ…」


 振り返った岳の瞳に、哀願の色が浮かぶ。

 滅多に見せないその表情に、否と言う選択はなかった。それに、もとより突っぱねるつもりなどなく。繋いでいた手をぎゅっと握り直すと。


「…いいよ。岳が一緒なら、どこだって行く」


 岳の腕に寄りそった。




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