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Take On Me 5  作者: マン太


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13.入浴

「なにかあったんですか?」


 岳が案内を終えて、事務所に戻って来ると、待ち構えていた祐二が声をかけてきた。頭に山小屋で販売している手ぬぐいを巻き、デニム地のエプロンを身につけた姿は、すっかり山小屋の主だ。岳は背後を振り返りつつ。


「木道で大和が転びかけたんだ。…誰かのザックとぶつかった様にも見えたけれど──」


「そうじゃない?」


「どうだろうな…。けど、すれ違った奴らの態度が怪しかったな。同じクラスの連中だ」


「例の件に関わってるって事ですか?」


「そうだ。大和に後で何があったか聞く。連中の顔は覚えた。何かしらあっても、対応はできる…」


「もしかして──ちょっとやんちゃな感じの?」


「ああ、そうだ。どこにでもいる、連中だけどな…。──何か気になることがあったのか?」


 祐二は腕組みしながら、


「なんとなく、周りの様子をチラチラ気にしてる風はあったんですよね。大和達が出ていってすぐ、追うように出ていったから、不思議な感じはしたんですけど…。俺も注意して見ておきます」


「頼んだ。──大和は?」


「風呂です。三年生の生徒も一緒に行きましたけど?」


「湊ってやつだろ? 背の高いちょっと派手な感じの…」


「そうです。──知ってるんですか?」


「大和から聞いてる…。今回の件に前から関わっていたみたいでな。依頼主の朱莉の友人らしい」


「へぇ。…彼氏ってわけじゃないんですね?」


「らしいな。──俺も行ってくる。脱衣所の掃除がてら」


「見張り、ですか?」


「そうだ。一番無防備になるからな? 三年坊主だけじゃ心配だ」


「…ていうか。その、三年坊主が気になるんじゃありません? けっこう、仲良くしてましたもんね?」


 ニヤニヤ笑いを浮かべる祐二を睨み付けると、


「お前もたいがいだな? 言ってろ…」


「はは。図星! ──お気をつけて。掃除よろしくお願いします」


「了解…」


 祐二の声に片手を上げて見せ、岳は浴室へと向かった。



 俺たち男子の入浴に与えられた時間は四十分。二十人も入れば洗い場はいっぱいで。出遅れた俺と湊は、脱衣所のベンチに腰を下ろし、湯気に曇るガラス越しに、見るとはなしに洗い場の様子を眺めていた。さっきの連中も騒ぎながら、身体を洗っている。


 ──この中に犯人がいる。


 もしかしたら、さっきの連中かもしれない。そう思うと、今更ながら緊張する。


「──俺、いるから」


 それを知ってか、湊は耳打ちしてきた。俺は笑みを浮かべると、


「ありがとうな。だから一緒に来てくれたんだろ? 本当は別時間なのに…」


「いいよ。どうせ入るんだし。もうちょっと待とう」


「うん」


 再び洗い場に目を向けていれば、湊が自身の手元を見つめながら、言い辛そうに口を開いた。


「…俺さ。大和に言ってないこと、あるんだ」


「なんだ? 急に改まって」


「知ってる奴は知ってるんだけど。──俺、同性の、しかも年上にしか興味ないんだ」


「…ん?」


「朱莉とよく一緒にいるから、付き合ってるのかって思われることもあるけど…。まったくそっちに興味なしなんだよな」


「そうなのか…」


 そう言えば、以前、朱莉と陽菜が湊に関して口を噤んだことがあった。それがこれだったのか。手元に目を落としていた湊は、こちらへ顔を向ける。その目は見開かれていた。


「──驚かないのか?」


「え? 俺が? ──別に…。だからって何かおかしい訳じゃねぇし。好きになるのは、普通のことだし──って、俺は思う」


 だって、俺の好きになった相手は、同性の岳だ。岳だから、好きになった。元々、興味の対象は異性だったと思う。同性だからって訳じゃない。けれど、人が人を好きになった──そこは、性別に関わらず一緒だ。何もおかしい事じゃない。


「へぇ…。大和、そう言うの偏見ないんだ?」


「偏見って、だって、人が人を好きになるってのは、当たり前のことだろ? たまたま同性だったってだけで…。気持ちが純粋なら、別にいいんじゃないのか?」


「ふーん…」


 湊がニヤニヤしてこちらを見下ろしてくる。


 ──なんだよ? 何が言いたいんだよ?


 と、そこへ唐突に脱衣所の出入り口が開いた。


「──失礼します。掃除に入ります」


 モップを手に現れたのは──。


「た─…!」


「た?」


 思わず名前を呼びそうになって、あわてて噤む。湊が不審げな目を向けてきた。

 岳はエプロン姿でスタッフよろしく、腕まくりし、恰好だけは違和感がない。ただ、容姿が浮いてはいる。ただのスタッフには惜しいくらいだ。そうして何食わぬ顔でにこりと笑むと。


「──ああ、さっきの。本当に怪我は大丈夫でしたか?」


「ええっと。はいっ! どこも、怪我もなく…」


「良かった…。何かあればすぐ言ってくださいね? 簡単な手当なら出来ますから」


「あ、ありがとう、ございます…」


 しどろもどろになる俺とは反対に、そのまま、岳は掃除を始めた。モップの先には髪や埃をからめとる不織布がついている。それを使って丁寧に端からかけ始めた。それを湊は眺めながら。


「…あのスタッフ。女子が騒いでた奴だな」


「そ、そうだっけ?」


「確かに、カッコいいけど──」


 俺はドキリとして湊を見た。今、さっき、年上の同性しか興味がないと告白されたばかり。


 ──ま、まさか? 


 おまえもかと目を剥いて見れば、湊はくすりと笑って。


「俺はタイプじゃない。──だって、自分よりカッコいいって、嫌だろ?」


「な、なんだよ。その理由…」


「だって、一緒に並んだら、俺が霞むもん。──てか、俺、顔は大事じゃないから」


「なんだよ? 中身だって言うのか?」


「うーん…。てか、味のある顔がいいって言うか…。そうだな──」


 そう言って、湊はこちらをじっと見つめると。


「…大和の顔、結構、タイプなんだよなぁ」


「へ?」


「けど、年下だしなぁ。でも、年上だったら、こういう顔がばっちりタイプなんだけど──」


 そう言って、俺の顎を取って上を向かせ、左から右から眺める。


「こら! 手、放せって!」


 ──岳がいるってのに! 


 手を払いのけようとしたその時。俺と湊の上に影が差す。


「──その下も、掃除してよろしいでしょうか?」


 見れば岳がモップ片手にこちらを微笑んで見下ろしていた。微笑みが──怖い。


「あ、はい…」


 その凄みに気圧されて、湊は俺から手を離し、ベンチから立ち上がった。俺もその下から慌てて身体を起こし、立ち上がろうとすれば、岳が腕を取って立ち上がるのに手を貸してくれる。


「…ありがとう、ございます」


「いいえ。こちらこそ、ご協力、ありがとうございます」


 俺の腕を取った手に、ぐっと力がこもった。


 ──岳。大丈夫だって。


 そうしていれば、入っていた連中が上がってきた。それで一気に洗い場が空く。それを見た湊が。


「じゃ、入ろうぜ」


「お、おう…」


 俺と湊は、素早く準備を整え、岳に見送られながら、浴室へと向かった。



「脱衣所にさっきのスタッフがいる間は、誰か何かしようとしてもできないな?」


「そうだな…」


 湯に浸かりながら、湯気に曇ったガラス戸の向こうに目を向けた。うっすらと岳の長身な背が見える。生徒がいなくなるまで、俺が出てくるまで。脱衣所にいてくれるのかもしれない。


 ──岳にそんなことさせるなんて…。


 申し訳なさが先に立つ。俺の為に仕事も休み、山の上まで来て、スタッフの真似までして。そこまでして守ろうとしてくれることに、感謝と同時に後ろめたさも感じる。

 俺の決めたことで、皆に心配をかけ、巻き込んでいる。なんとかして、今回で見つけ出し、終わりにしなければと強く思った。


「なんか…あのスタッフ。ちょっと怖いんだけど…。笑ってんのに、目が笑ってないって言うか…」


 湊もガラス越しの岳を見つめながら、そう口にした。


「そ、そうか? 気のせいだろ?」


 頬を汗が伝う。それがただの汗なのか冷や汗なのか。俺は引きつり笑いを浮かべつつ、湯に肩まで浸かった。湊はそんな俺に目を向けながら。


「さっきも言ったけど、俺、基本年上しか興味ないんだよな。──けど、大和はなんか引っかかる…」


「ひ、引っかかる?」


 ひ、の声が上ずったのはご愛敬だ。不穏な空気を感じて、慌てて顎まで浸かっていた身体を起こした。湊は俺の顔をまじまじと見つめながら。


「気になるってこと。…今まで、年下相手にそういうの、感じたことなかったんだけどさ」


「き、気のせいだろ? 俺がちょっと老けてるから、そんな気がするだけで──」


「大和は、そういうの、気にしないって言ったろ? ──ならさ、付き合ってみない?」


「──は?」


「は? じゃないって。すっかり忘れてんだろうけど、俺、先輩だから。先輩にその態度はないだろ? だいたい、意を決して告白してるってのに…」


「告、白…」


 その言葉の意味を頭の中で反芻する。ここで湊が言っているのは、罪の告白ではない。

 湊は知らない。俺が年上だと言う事を。だから、彼が感じた思いは、間違ってはいないのだが──だからと言って、答える事は出来なかった。


「軽い気持ちでいいからさ。無理ならそこでお終いでいいよ。──けど、絶対、お終いになんてさせない自信はある…。どう?」


「ど、どどどどうって、だなっ! そんな簡単に返事出来るか! だいたい、こんな、風呂場で告白すんなよ! ぜんっぜん、真剣に受け取れないって」


「なら、風呂から上がって、星空でも眺めながら告白でいい? 寝るまでに時間あるだろ? ──案外、ロマンチストなんだな?」


 俺は言いながら迫ってくる、湊の肩を押し返すと。


「ちょーっとまて。俺は確かに、そう言ったことに偏見はないけどだな。忘れているようだけれど、俺は朱莉という彼女がだな──」


「うそだろ? あれ」


「…なんで、そう思う?」


「だって、朱莉は別に好きな奴いるの、知ってるから。隠してるつもりだろうけど、俺には丸わかり。あいつが好きなの、俺の友だちだから」


「と、友だち? 誰だよ…」


 初耳だ。しかし、湊は当然と言う顔をすると話し出す。


「俺が幼稚園の時から一緒のやつ。バスケ部所属の岡田(おかだ)悠人(ゆうと)。朱莉が前に、バスケット部のマネージャーやってた時に知り合ってさ。結構いい感じだった…」


「でも、終わったんじゃないのか?」


「まさか。──ま、いろいろあって、距離置いちゃっているみたいだけど…。俺は今でもお互い好きあってるって思ってる」


「そう、なのか…」


 朱莉にそんな過去があったとは。まったく知らなかった。が、あの朱莉がそんなプライベートなことを自分に話すはずもなく。


「わざとらしくがっかりすんなよ。ちっとも朱莉のこと好きじゃないくせに。見てれば分かるって。彼氏って言うより──犬? 番犬? 忠犬? おまえらの関係って、そんな風に見えるな」


 当たらずとも遠からず。確かに番犬だ。ただ、主人に懐いているわけではない。


「だから。俺と付き合えるだろ?」


 気が付けば、湊の顔がすぐそこにあった。


「こう見えても、結構、モテるんだけど。男にも女にも。大和だって、少しはカッコいいって思っただろ?」


「お、思ったっ。思ったけど、それとこれとは、別!」


 そういって、にじり寄ってくる。俺はそれにあわせてじりじりと後退する。


「なんだよ。さっきの言葉は嘘かよ?」


「嘘じゃねぇ! けど、俺には──!」


「俺には、朱莉がいる──とか今さら言うなよ? 信じてないから」


 後ずさる背中に、浴室のタイルがあたる。これ以上は後退できない。が、湊はずんずんと近づいて、そのタイルに片手をついた。襲わんばかりだ。


 ──くそ、どうやって切り抜けるか。


 そうは言っても相手は生徒だ。あまり無体なことはできない。


「とりあえず、外だ。外に出てから、落ち着いて話そう──」


「今さら逃げんなよ…」


 湊が俺の顎に手をかける。これが、危機一髪、と言う奴か。背に当たったタイルが、ヒヤリと冷たく感じた。


 

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