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Take On Me 5  作者: マン太


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14/24

12.登山

 月末。いよいよドキドキの登山の始まりだ。

 とは言っても、胸をときめかすような何かがある訳ではなく。誰かに狙われている、それを阻止するための、緊張感ある登山、だ。

 いつになく目がぎらつき、ちょっとしたクラスメートの動きにも、敏感になってしまう。


「大和ー。これ、先生から」


 そういって、先を歩いていた生徒が振り返って、教員が配っていた飴を差し出してきた時も、大袈裟なほどビクリと肩を揺らし、生徒の顔を凝視した。かなりやばい奴だ。振り返った生徒も驚く。


「どうした? 大和」


「え? あ、あはは…。いや、ちょっと驚いただけ…」


「にしては、かなりだったけど…。大丈夫? 緊張してる? 山登り、初めてとか?」


「ん? あはは…。そうなんだ。初めてで、ちょっと…」


「大丈夫だって。今日は初心者向けのコース、登ってるから。前に父親と一緒に来たことあったけど、その時もこの道から行ったんだ。他はまだおまえ向きじゃないって言われてさ。ここ楽だよ」


「な、なるほど…」


 俺は額に汗を浮かべ、引きつった笑顔を返す。

 いや。俺がいつも使っていたのは、その上級者むけの道だ。行きも帰りも。

 初めて祐二と一緒に山小屋へ向かった時は、さすがにこの初心者向けの道を行ってくれたが、この道は遠回りで時間がかかる。俺の体力と運動神経の良さを感じ取った祐二は、次から上級向けコースしか使わなくなったのだ。

 つい最近まで働いていた山小屋には、顔見知りだらけだ。祐二には、とにかく俺を見かけても、無視してくれとお願いしてある。顔見知りのスタッフにも同様に。詳しいことは言えないが、重要な任務の為だと。

 ちなみに、その祐二にはすべて話してある。協力を得たいと思ったからだ。すると、頼む前に全面的に協力すると言ってくれた。そうなると、監視の目も増える。スタッフにも、なにか不審な動きがあったら、知らせる様にお願いしてあると言った。


 ──本当、この山で良かったよ。


 朱莉のことばかり集中していたせいで、すっかり教員の説明も、配られたプリントの内容も上の空だったのだ。

 湊に言われて配られたプリントを思い出し、改めて見返した時、祐二がいる山だと知って、大いに驚き。教員の選択に感謝した。

 勝手知ったる山だ。相手が何を仕掛けてくるにしろ、対処はできる山でもある。


 ──それに、今回は。


 先に到着した女子が、山小屋の方を見て、ワーキャー騒いでいた。一塊になって、顔を赤くし盛り上がっている。騒ぐ彼女たちの視線の先には、一人のスタッフがいた。

 朱莉はその集団から少し離れ、そ知らぬ顔をしている。傍らにいた湊は、女子の騒ぐ理由を知って、あきれ顔をしていた。


「あのスタッフ、かっこいいって。マジやばいって!」


「えー、でもちょっと、遊んでそう…」


「そこがいいじゃん。遊ばれたい!」


「なに言ってんのー! 傷つくの嫌って言ってたじゃん」


「えー、でもぉ」


 女子らの注目の的になっているのは。


「お疲れ様」


 あきらかに俺を見て、そう口にした。騒ぐ原因となっていたのは──。


 …岳。


 栗色がかった髪に、すらりとした長身。にこりと笑んだ顔が爽やかだ。爽やかすぎる。

 単に登ってきた客に対して言っている風を装っているが、どうみても俺限定だ。登り口に現れたのは俺一人だったのだから。


「…どうも」


 なるべく素っ気なく、ぺこりと頭を下げてやり過ごす。頬が勝手に熱くなった。

 岳の視線を頬に感じつつ、俺はなるべく目を合わせないようにして、他のクラスメートの後に続いた。岳の視線が追ってくるのがわかる。


 ──ばれるっての。知り合いだって、勘ぐられるっての。


 俺はいち生徒だ。その他大勢が、山小屋で一、二位を争うイケメンスタッフと知り合いでは、おかしいのだ。そう思いながらも、ここに岳がいてくれることが、百万倍嬉しかった。

 俺と湊の計画を聞いたあと、この山へ登山すると知った時、岳は自身も参加すると言った。それが、今回の作戦の条件だったのだ。

 仕事は放っておいていいのかと問えば、二日くらい休んでも差し障りないと言う。引かない岳に、俺はその条件をのんだのだった。


 ──これなら、百人力だ。


 けど、頼り切っていてはいけない。俺を狙ってくるのだ。なんとしても、自身の手で捕まえたかった。


「こんにちは。お疲れさん」


 玄関先に祐二がいて、入ってきた生徒を迎え入れる。最後に入ってきた俺を認めて、ニッと人の悪い笑みを浮かべると。


「お疲れさま。──初心者コースはどうでした?」


「え? …えーと、なんとか。結構、大変でした…」


 周囲の耳を気にしつつ、俺は初心者のふりをして、祐二に言い返す。


 ──ったく。意地が悪いんだから。


「それはそれは。今日はよく休んでくださいね?」


 ムッとして睨むが、祐二は面白そうに笑んだままだった。



 今日は山小屋に一泊し、明日の早朝、頂上への登頂を開始する。

 男子は自由時間となり、女子は入浴時間となった。他の客の邪魔にならないよう、時間で区切られているのだ。有り難いことに、ここは温泉が湧く。ただし、男女入れ替え制のため、ちんたらしていると、入りそびれてしまう。

 朱莉が女子生徒らと一緒に向かったのを見届けてから、俺は今さら読む必要もないガイドブックを手に、玄関わきのロビーのソファに座って周囲の様子を窺っていた。

 祐二は食堂や事務所を行ったり来たりして、忙しそうだ。岳は外で掃除や案内、片付けをしながら、時折こちらの様子を窺っている。

 教員からは、動く時はかならず許可を得て、グループで動くようにと言われていた。そのグループは前もって決められていて、山を登るときもその一塊で行動する。

 ひとグループは五人程で、俺のグループは皆特段、目立つようなタイプではなく、ごく普通の大人しい生徒ばかりだった。


「なあ、ちょっと散策しない? 先生には言ってきたからさ」


 グループの一人が声をかけてきた。その背後に同じグループの生徒がついてきている。


「おう。行こう!」


 朱莉ら女子の入浴が終わるまでには時間がある。天気もいい。夕飯まで散策は楽しいだろう。丁度お花畑も見ごろだ。

 小屋の中は祐二が見ていてくれるから、朱莉が早く風呂から上がって来たとしても、任せておけるだろう。


「なに、散策するの? なら俺も行く」


 偶然──とは言っても、陰で様子を窺っていたに違いない──訪れた湊が声をあげた。一緒に行動して、俺の周囲に目を光らせてくれるのだろう。


「うん、いいよ。な?」


 他の生徒が答える前に、俺は応じた。


「いいですよ。全然、問題ないです」


 リーダーの生徒は笑顔で答える。他の生徒も皆、頷いて同意を示した。このメンバーの中に犯人はいそうになかったが、注意するに越したことはない。が、やはり湊を巻き込むのは、正直、気が引けた。

 返事をした所で、カウンターにいた祐二と一瞬、目が合う。祐二は軽く頷いて見せた。注意しているから、大丈夫だと言う合図だ。なんとも、頼もしい。

 俺は感謝しつつ、目だけで返事を返すと、湊と共に生徒らの後について外に出た。


 日差しが差すように目に飛び込んでくる。空気は澄んで冷えているくらいだが、日差しは高山とあって強い。空は青く、雲は山の端の方に固まっている程度だった。つまり、晴天だ。この分だと、明日もいい天気だろう。風も強くない。


「あっち、行ってみよう」


 一人の生徒が花畑を指さす。湿地となっているそこは、高山特有の小さくても可憐な花が、岩の間に所狭しと咲き乱れていた。

 白と青が多いが、時折赤や黄色も混じる。可憐な花がそよそよと風に揺れるさまは、心を和ませた。つい、自分が狙われているかもしれないことなど、忘れてしまう。


「──どちらに?」


 生徒の一番後ろにいた俺に声がかかる。振り返らずともわかった。岳だ。

 俺の少し先を歩いていた湊も、その声に立ち止まる。ちなみに、湊には俺がここで働いていることや、岳や祐二の存在は知らせていない。知っているのは朱莉だけだ。


「…お花畑へ」


 おずおずと返事を返せば、


「そうですか。──なんなら、案内しましょうか?」


 先頭にいた生徒が驚いて振り返る。


「え! いいんですか?」


「いいですよ。時間があるときは、案内もしているんで。丁度、お客さんも切れた所なんで。──よかったら」


 にこりと笑むと、生徒らはじゃあと頷きあって。


「お願いします…!」


 グループリーダーの生徒が頭を下げた。


「じゃあ、行きましょうか」


 それで、岳の案内で、お花畑を巡ることに決まった。

 岳は俺たちのグループを先導するように、ゆっくりしたペースで木道を歩き、あちこちに咲く草花を紹介していく。

 お花畑は、所々、岩が見えかくれする湿地になっていて、勝手に人が入り込まないよう、木道が設置されていた。

 俺は意識して、一番最後を歩く。湊は俺のすぐ前だ。ほかの生徒はみな、岳の説明に耳を傾けていて、こちらの様子を窺う者はいなかった。


 ──この中には、いないみたいだな…。


 いたとしても、こんな中では、手も出せないだろう。それなりに周囲には人目があるし、第一、今はスタッフが──岳が──傍についている。なにか行動を起こそうにも、できるはずもなかった。

 と、木道の向こうから、登山客の一団が来た。年配の一団で、こんにちはーと声をかけあいながら過ぎていく。俺は避けるため端によった。立ち止まったせいで、湊と少しだけ距離ができる。

 そのあとを、別の男子生徒らが続いた。結構活発な連中が多いグループだ。いつも、つるんでいる。

 生徒らは互いに何かを言いあい、ふざけあいながら、通り過ぎていく。と、すれ違いざま、誰かのリュックが背にぶつかった。


「うおっ!」


 軽く──ではなく、思いの外強く当たり。バランスを崩した俺は、くるりとコマのように反転して木道の上でよろめいた。



「大和!」


 気づいた湊が手を伸ばすが、少し距離を取っていたせいで間に合わない。俺は腕をバタつかせたまま、背後に倒れこんだ。

 倒れたところで、花畑に転がるだけ。荒らしてしまうから心は痛むが、大怪我にはならないはず。湿地のためびしょ濡れにはなるが──。


 ──イヤ、待てよ。


 そう言えば、さっき繁った草花の隣に、岩の頭

がチラッと見えていた気がする。


 ──これで、倒れたら、あの岩にぶち当たるんじゃないのか? かっ?


 ごつっとした岩の頭を思い出すが、今さら血相を変えたところで、間に合わない。せめて受け身を──そう思った俺の腕を、ぐいと掴むものがいた。


 ──あ…?


 恐ろしい勢いで引き戻され、代わりにぽすり、と温かなものに包まれる。


「──大丈夫か?」


 馴染んだ香り。顔を上げると岳が見下ろしていた。収まったのは、岳の腕の中。花畑に背後から転がることは免れた。

 すぐに反応して、駆け寄ってくれたらしい。見れば、岳は右足を木道に、左足を湿原に覗く岩にかけていた。木道の外から俺を支えてくれたのだ。恐ろしいほどの反射神経。


「だ、大丈夫……です…」


「よかった。滑りやすいから、気をつけるように」


「う──はい…」


 岳に起こされ、再び木道に立つと、湊が駆け寄ってきた。


「大和、ごめん。間に合わなかった…」


 湊が情けない顔をして、謝ってくる。


「いいって。俺がうっかりしてただけだって」


 他の生徒らも大丈夫かと気遣ってくれる。俺が足を滑らせた、と思っているらしい。が、確かに押された感触はあった。

 俺にぶつかったであろう別グループの生徒は、やや離れた所でこちらの様子を見ていたが、俺が無事と分かると、そそくさとそこを後にした。

 連中の誰のザックとぶつかったかは分からない。突然のことだったからだ。が、誰も謝って来ない所を見ると、ぶつかったのに気付かなかったのか。


 ──それとも──。

 

 俺は、去って行く生徒らの背を見つめた。



 そのまま、何事もなかったように案内は続き──とは言っても、湊ががっちり俺の背後につき、岳も一段とこちらに気を配っているのが分かったが──山小屋に戻った所で、女子が風呂を終えて出て来た。気がつけば、岳はいつの間にかいなくなっている。


「温泉、良かったよ」


 朱莉は頬を上気させ、肩にタオルをかけたまま、声をかけてきた。ジャージ姿だが、他の女子生徒よりひときわ目立つ。


「そうか。良かったな」


 登山靴の紐をほどきながら答える。湊も同じく靴を脱ぎながら、眉間にしわをよせると、耳打ちしてきた。


「…さっきのさ、ぶつかったろ。偶然か?」


「偶然だろ…」


 若干、怪しいが。


「なに? なにかあったの?」


 ヒソヒソ話に、朱莉が不審な顔をして尋ねてくる。俺は笑顔を作って、何でもないふうを装った。


「木道でちょっと転びそうになっただけだ。木道、狭いし滑るからな?」


「…けどさ」


 湊は納得がいかない様子だった。俺は遮るように。


「はっきりそうと分からない限り、疑えない。さて、俺もお風呂行かないと。けど──」


 朱莉を振り返る。一人、放ってはおけない。夕食も近くなり、流石に祐二は忙しい様で、俺が山小屋に帰ってきたのを見届けてから、奥へ引っ込んでいた。俺の心配に気づいた朱莉は、


「私は先生のとこ行ってるから。入ってきなよ」


 大丈夫と笑った。女性の教師が他の生徒と話しながら、丁度、通りかかる。そこにくっついていれば、安全だろう。


「──じゃ、行ってくる」


 何はともあれ、風呂の時間は逃せない。汗を流さねば疲れも取れなかった。朱莉の言葉に甘える事にする。するとすかさず湊が、


「俺も一緒に行く」


「って、なんで?」


 補助員の三年は、教員の時間と同じはずだった。


「いいから、いいから。俺も早くさっぱりしたいし、な?」


 そう言って俺の背中を押すようにして、後に続いた。



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