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Take On Me 5  作者: マン太


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13/24

11.棚

 次の日の午前中、体育の時間のあと、それは起こった。

 サッカーの授業が終わり、道具係だった俺は、他の用具を運ぶクラスメートと共に、ネットに詰めたサッカーボールを、サンタクロースよろしく背負い、倉庫へと向かっていた。


「よっと──」


 歩く度に、背中のボールがポンポン、ポコポコ跳ねる。朱莉は他の生徒らとともに、教師と談笑していた。その間に帰って来れば問題ない。サッカーボールの片付けなどあっという間だ。

 校庭の隅にある倉庫に辿り着くと、中を覗く。埃臭い倉庫内は、空気が動かずシンとしていた。キョロキョロ見回しながら、


「えーと、これ、どこに?」


「そこの、奥の鉄カゴの中だよ」


 もう一人の生徒は、練習に使ったポールを壁に立てかけているところ。生徒が顔を向けた先、奥に鉄かごを見つけ、そこへと向かった。

 両側には背丈を越えるスチール製の棚があって、雑多なものが積まれている。積み重なったグローブに野球ボールの入ったかごに、テニスボールにバドミントンのシャトル。それぞれ、バットやラケットは、壁際に立て掛けられていた。

 背負っていたネットごと、目の前のカゴにボールを放り込む。軽く跳ねながら、鉄カゴに収まった。


「さてっと。これで終了──」


 くるっと、向き直ったところで、棚の向こうでガタと物音がした。例えるなら、ものがずれた様な音。


 ──なんだ?


 何の音だろうと首をかしげたところで、突然、軋んだ音と共に、目の前の棚がこちら側に倒れ込んできたのだ。


「っ!」


 声を上げる間もない。先にグローブらが降ってきて、あとはスチール製の棚が迫る。スローモーションになって見えるから不思議だ。咄嗟に身を屈め、腕で頭を守るのが、精一杯。

 鼓膜を破るような騒音とともに、土埃が舞って、棚の動きは漸く止まった。


「大和! 先生、大和が──!」


 派手な音にすぐに教員が駆けつける。続いて数人の男子生徒も飛び込んできた。


「大丈夫か?」


「…はい。大丈夫っす」


 身体には、古びたグローブやバレー用の網が被さっていた。埃っぽい臭いが鼻先を掠める。

 ありがたいことに、背が高い棚は、向かいの棚に引っかかり、落ちてきたのは小道具ばかりだった。スチール製の棚が当たることはなかったのだ。

 なんとか小道具をかき分け、僅かな隙間から身体を抜く。


「宮本、怪我は?」


「──大丈夫です…。たぶん」


 教師はすぐに俺を引きあげ、立たせると怪我がないか尋ねてくる。傷むところはなかった。転んだ時に少し手のひらをすりむいたくらい。教師は棚を確かめると、


「──ああ、これは、脚が錆びてたな。これが折れたのか…。しかし、大きな怪我がなくてよかった。一応、保健室に寄っていけ。担任には伝えておくから」


「でも怪我は──」


 朱莉を置いて、側を離れるわけにはいかない。そう言いかけた所に、朱莉が飛び込んできた。


「先生、私が付き添います」


「そうか。じゃあ、棚橋、頼んだ」


「いこう。大和」


「あ、お、おう…」


 腕を組む様にして、引っ張っていく。俺は引きずられる様にして、朱莉とともに保健室へと向かった。



「掠り傷で良かったよ。棚が倒れこんできた時は、どうなるかと──」


 保健室で右手の平の擦り傷を手当してもらい、それを眺めながら、教室へと向かっていれば、


「──ごめんなさい…」


 傍らを歩く朱莉が突然、立ち止まって謝ってきた。驚いて朱莉を振り返る。


「なんで謝る?」


「だって…。私のせいだもん…」


 今まで見たことのない、泣き出しそうな表情に、慌ててその顔を覗き込むようにしながら。


「気にするな! こんなの、大したことじゃねぇって。今までなんかもっと大変な目にあってきたんだ。それに比べたらこの程度、怪我の内にもはいらねぇって」


「…ちがう。怪我だけのことじゃない。全部…私のせいで──」


 俺は朱莉の正面に立って、その両肩に手を置くと。


「朱莉はちっとも悪くない。悪いのは、嫌がらせをする奴だ。そんな奴に負けるな。朱莉が落ち込めば相手の思うつぼだ。──な?」


「……うん」


 鼻を鳴らした朱莉は、少しだけ表情を明るくした。それを見てほっとする。


「とにかく。こんなことは早々にやめさせる。朱莉はそいつに負けないよう、気持ちを強くもて」


「わかった…」


「よし! じゃ、教室に戻ろう。次は──」


「古典…」


「うげ、マジ? あれ、眠くなるんだよなー」


「うそ。大和いつも眠そうじゃん」


 朱莉は最後には、くすりと小さく笑った。



 昼休み、朱莉を教室に残し、その姿を確認できる場所、ベランダの隅に行って、端末の通話ボタンを押した。

 楠に報告した後、今度は自分で岳に連絡したのだ。前と同じ様に、俺が帰るまで詳細が分からないのは良くない。いくら怪我がなかったとは言え、事実の報告だけでは心配もする。


「──岳? 今、大丈夫か?」


『大和どうした? ──何かあったか?』


「うん、実は──」


 そうして、棚の件を話した。岳は暫くの沈黙のあと、念を押すように、


『怪我はないんだな?』


「うん…。右手の手の平に、ちょっとだけ擦り傷が出来たくらいで…」


 言いながら、右手のひらに目を落とす。大振りの絆創膏が貼られたそこは、押せば痛む程度だ。


『──わかった。詳しい話はまた、帰ってきてから聞く。今日はもうひとりになるなよ?』


「うん、わかった。岳──その…」


 心配をかけている。謝らねば、そう思ったのだが、


『──謝ろうと思っているなら、必要ない。大和は悪いことをしている訳じゃない。そんな事は気にしていないで、周囲に向けて十分、気を張ってろ』


 ──岳…。


「──わかった!」


 岳の力強い言葉で、気合いが入る。やる気十分になって、通話を終えた。



「大和…」


 放課後、朱莉と共に帰ろうとすれば、教室の入口に、湊が姿を現した。少ししか間を空けていないのに、久しぶりの気がする。


「──話がある。これからいつもの所、来られるか?」


「行けるけど…」


 朱莉と顔を見合わせたあと、返事をすれば、


「なら、先に行って待ってる…」


 それだけ言うと、プイと背を向け行ってしまった。もう、関わらないつもりかと思ったが、心境の変化があったのだろうか。俺は朱莉に向き直ると、


「──ってことだ。行こっか」


「うん…」


 昨日の湊を知っているだけに、朱莉も半信半疑の様子だった。それでも、またこうして向こうから歩み寄って来てくれたのだ。行かない訳にはいかないだろう。

 帰り支度を整えると、朱莉と共に倉庫へと向かった。



「最初に謝っとく。──ごめん」


 そう言って、朱莉と俺が倉庫に到着した途端、湊は長身の背を折り曲げ、深々と頭を下げた。俺は慌ててその肩に手を掛け、頭を起こさせようとする。


「なんで謝るんだよ! 謝ることなんてないって──」


「…本当は、大和の事が心配なんだ。なのに、勝手にしろなんて、思ってもいないのに…。ごめん。イヤな奴だって、怒ったろ?」


「真剣に心配してくれてるからだろ? ──湊のこと、怒ってなんかいないよ。だから、謝る必要ないって。ほら、頭上げろって」


「──本当に?」


「本当だ。今まで通り、朱莉の相談に乗ってくれ」


 すると、一呼吸おいた後、


「朱莉だけじゃない。──大和のことも、守る」


「へ? 俺?」


 驚いて湊の整った顔を見つめる。思ってもみなかった提案だ。すると、湊はようやく頭を上げ笑うと、


「それ。俺が守るって言ってるのにさ。──ったく、やっぱおまえ、面白いや。──放っておけない…」


 湊の目が悪戯っぽく光った。


「うん?」


「ま、こっちの話。──で、今回のも?」


 いつもの調子に戻った湊は、眉間にしわを寄せ尋ねてくる。陽菜は今日も来ていない。習い事があって、早々に帰宅したのだ。サボるなどあり得ないらしい。俺はうなりつつ。


「…どうだろうな。偶然、錆びた棚が俺が来た時に倒れたって話ではある」


「偶然って、偶然過ぎない?」


 朱莉は怪訝な顔をして見せた。湊も頷くと、


「偶然じゃないって。大和の所から、他の場所は見えてなかったんだろ? 他に誰かがいても、気付かないって」


「まあ、カゴは奥にあったし、棚に囲まれてたからな。物音は聞いたけど...」


 確かに見通しはきかなかった。他に誰かがいたとしても、見えていなかったはず。


「物音? ──やっぱり、誰かが潜んでて、大和が来てから棚を押したんだって。クラスメートなら、大和が片付け当番だってのは前もって分かってるしな…。脚が錆びてたんなら、細工も簡単だろ? やったあとは、人が大勢来ればそれに紛れられるし…」


「──てことは、犯人はクラスの中の奴か?」


「だろ。他のクラスの奴はありえない」


 誰なのか。俺と朱莉のクラスは四十人。女子が十八人で男子が二十二人。棚が倒れたあと、倉庫に駆けつけた中に女子はいなかったから、犯人は男子の中にいる。

 あの時、あとをつけてきた奴がいたのか、それとも先回りして潜んでいたのか。二十二人の全ての行動など把握はしていなかった。


「わかんねぇな…」


 前髪をくしゃくしゃにかき上げる。湊は顎に手を当て、


「けど、これで絞られたってことだな」


「なんとか、尻尾を掴めないかな…」


 すると、湊が何か思い出したのか、ハッとして顔をあげ。


「──近いうちに、二年は登山あったよな?」


「ような気もするけど…?」


 確かそんな通知があった気がする。


「あるよ。今月末…」


 朱莉が答える。すっかり日々に追われ、忘れていた。


「確か…いくつかの山に分かれて、それぞれ登頂をめざすんだよ。危険の少ない、初心者むけのコース」


 湊は頷くと、


「そうそう。──で、経験者の三年生の中で、有志を募って何人か参加するんだ。教員の補助的な役割でさ。そこに俺も立候補する」


「湊が? 何のために?」


「犯人がクラスメートなら、絶好の機会だと思うだろ? また動くはず──で、そこを見張っていた俺が捕まえる。こう見えても、格闘技やってるし、身体は鍛えてる。相手が暴れてもなんとかなるって」


「けど──」


 湊を巻き込むのは気が引けた。やはり彼はまだ未成年。生徒なのだ。俺が守る側になる。しかし、湊はすっかりその気だ。


「大丈夫だって。絶対、捕まえる。山の上じゃ自由行動は少ないし、動ける範囲も限られてる。二十人くらいなら、俺と大和で見張ってればなんとかなるって」


「そうだなぁ…」


 歯切れの悪い俺に、湊は尚も言い募る。


「早く捕まえたいだろ? この機会を逃したら、また先になる。──それでいいのか?」


 確かに、早くこの件を終わらせたいのも事実だ。俺は渋々頷くと。


「──わかった。やろう」


「よし、じゃあ決まりだ。絶対、捕まえてやろうな!」


「おう…」


「朱莉も協力しろよ? お前のためでもあるんだからな」


「…うん」


 気は進まないが、犯人を早く挙げたい今、これ以上の名案はなかった。話はそれで決まった。

 


 が、岳らにこの話をすれば、反対されるのは目に見えている。だからと言って、黙って行動に移すことは、心配してくれている岳たちを思えば、出来るはずもなく。

 家に帰り夕食後、棚の倒れてきた件も含め、湊と立てた計画を岳に話した。亜貴はまだ帰っておらず、真琴は今日は例のマンションだった。

 岳と二人きり。配られたプリントを読み返せば、運のいいことに、登山の行き先は、なんと岳の大学山岳部時代の後輩、祐二の管理する山小屋のある山だったのだ。なんて、偶然。

 選ぶコースによっては上級者向けにもなるが、初心者コースもある。高校生でも問題なかった。

 祐二がいるなら安心できる。事情を話せば、協力してくれるだろう。

 しかし、その前に。


「──って、話なんだけどさ。棚が倒れてきた時、確かに物音も聞いてて…。たぶん、誰かがいたのは確かなんだ。で、あの時、いたのはうちのクラスの奴らだけで...。それで、湊が思い付いたんだ」


「湊──ね。いつも一緒につるんでる奴か…。信用して大丈夫なのか?」


「あいつは…たぶん、信用していい。裏で何かするような奴じゃない」


 今まで湊と接してきたが、人を騙す様な性格には思えなかった。朱莉を陰でいじめて喜ぶ様な奴ではない。岳は特に表情は変えず、


「──そうか」


 そうとだけ口にした。


「湊が言うには、犯人を捕まえる絶好の機会だって言うんだ。確かに、クラスメートの男子の中に犯人がいるなら、動いてくると俺も思う。──それで、そんな話になって…。もともと、周囲には気を配るつもりだったし、いい案じゃないかって思うんだ。ただ、湊を巻き込むのは気が進まないんだけど…」


 ソファに座った岳は、登山の日程の書かれたプリントを前に、腕組みしたままでいたが、


「──いいんじゃないのか? その『湊』も、それなりにできるんだろう? この案で行くなら、力になって貰うしかないだろう…」


「本当に?」


 飛びつく勢いで、岳に迫る。同意が得られるとは思っていなかった。


「けど、条件がある…」


「条件?」


 何かたくらみがある時にする、含みのある笑みを浮かべた岳は、プリントを指で弾き。


「俺も参加する」


「へ?」


 俺はすぐに理解できず、目をくりくりさせて岳を見返した。



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