表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Take On Me 5  作者: マン太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/24

10.辞書

 次の日、徒歩と電車で高校に向かうと、校門前で湊に出会った。眠いのか瞼が落ち気味だ。セットしたはずの髪が、いつもより決まっていない気がする。


「…はよ。大和」


「おはよう。湊」


 本来なら『先輩』をつけるべきなのだが、湊はそれももういいやと諦め、敬称をつけなくともいいと言った。ため口も許可したのだ。今更、必要ないと判断したのだろう。

 湊は俺を上から下まで見たあと、


「──電車? ああ、昨日、自転車置いてったからか…」


「そ。湊は寮だから近くていいな?」


 並んで校舎へと向かう。傍らを生徒が話しながら、または足早にかけていく。

 この高校の芸能コースはその筋で有名らしく、人気もあって遠方からでも生徒が集まってくる。普通に通学すれば、小一時間かかる者もいて、家を出て寮で暮らす者も多い。湊もその一人で、実家は隣県の海沿いという事だった。

 湊はなんとか保っていた髪を、更に乱雑にかきあげながら、


「近いけど、自由がないって。昨日だって、レッスンだからって言ったから許可が下りたけど、いつもは午後六時門限だからさ。朱莉はいいよなぁ。どれだけ遅くなったって、平気だろ?」


「──まあな。けど、それはそれで…。まだ高校生なのに、あんまり遅くまで出歩くのはどうかと思うぞ」


 しかも、朱莉は黙っていれば可愛い。流石、俳優を目指すだけあって、その辺のアイドルと肩を並べる程だ。幾らお供がつくとはいえ、そんなひと目を惹く容姿で、夜半に出歩くのは、如何なものかと思う。そんな俺を面白そうに見つめたあと、


「…大和、時々、言うこと爺ちゃんだな?」


「爺ちゃんじゃない。大人と言ってくれ」


「大人、ねぇ…」


 湊はしげしげと俺を見つめたあと。


「なんかさ。大和って年下の癖に、どっか落ち着いてんだよなぁ…」


 ドキリとする。


 ──バレたのか?


 二十三才が化けているのだ。やはり、不自然な所があるのかと、一瞬、固まったあと、恐る恐る傍らの湊を見上げる。


「そんなこと、ないだろ? 俺はれっきとした高校二年生だぞ」


 セリフが浮く。胸を張ってみるが、言葉とは裏腹に、イヤな汗が背中を流れ落ちていく。顔は引きつっていたに違いない。


「そうなんだけどさ…。俺──」


 湊が言いにくそうに、何か口にしかけた所で、頭上で音を聞いた気がした。ハッとして顔を上げれば、黒い何かが落ちてくるところ。


「! あぶな──っ!」


 咄嗟に湊を押し倒し、その頭をかばう様に覆い被さった。と、同時に、先ほどまで立っていた場所に、何かが重い音を立てて落ちる。


「──?」


 身体を起こすと、俺と湊の横、頭上やや右上のアスファルトに一冊の本らしきものが落ちていた。高い所から落とされたせいで、衝撃で背表紙が外れ、数ページが風に舞っている。

 よくよく見れば、それは分厚い辞書で、ページが黄ばんで表紙の角も丸く削れていた。古いものだと見て取れる。


 ──なんで、こんなもんが……。


 すぐに落ちてきた方向、校舎上部を見上げた。丁度、四階建ての校舎横の道を歩いていた所。素早く見渡したが、窓は開いているものの、どの窓にも人影はなかった。

 あっけにとられた湊は、俺の下敷きになって地面に尻もちをついたまま。


「…なんで、辞書?」


「わざと、だろ。これは…」


 いたずらにしてはたちが悪い。避けなければ身体のどこかに当たってケガをしていたはずだ。運悪く、頭にでも当たれば、どうなっていたか。

 文庫本程度ならいざ知らず──それでも痛いだろうが──こんな分厚く重い辞書が当たれば、無傷ではいられない。


「──大和への嫌がらせ、か?」


「…ほかに思い当たらない。湊が狙いじゃないだろ」


 俺は湊の肩を軽く叩いたあと、立ち上がって辞書を拾い上げた。さらに数枚が風で飛ばされる。


「ものを大事にしないのは、いただけないな…」


 辞書は知識を広げるためのものであって、ひとにぶつけるためのものではない。湊は座ったまま、黙って見つめていたが。


「…朱莉の彼氏、だからか?」


「だな。──どんな思いがあるにせよ、これはイタズラじゃ済まされないな…」


 辞書についた埃を払い、丁寧に閉じると、風に舞った数枚も拾い集めた。背表紙にはかなり古びた番号の振られたシールが貼られている。図書館の所蔵となっていた。


「──あとで、図書館で聞いてみよう。持ち出した人間が分かるかもしれない」


「どうだろうな。勝手に持ち出していれば、誰かなんてわかんない…」


「それでも、一応な?」


 俺は片手に持った辞書を軽く振って見せた。



「ええと…。それはもう、廃棄にしたもので…」


 昼休み、体育館裏の倉庫に集まると言う湊に朱莉を任せると、校舎二階にある図書館へと向かった。陽菜は他に予定があって来られないらしい。

 図書館の係をしていた眼鏡の女子生徒に尋ねると、パソコン端末片手に番号を検索し、そう口にした。廃棄する本は一塊にして、図書館の出入り口のケースに入れている。そこから失敬されたものらしい。


「あそこに置いてあれば、誰でも持っていっていいんです。だから、誰が持っていったかは、分からなくて…。一応、声はかけるように、お願いはしているんですが…」


「そっか、わかった。ありがとう」


「いいえ…」


 辞書を置いて、図書館を後にする。辞書は生徒が預かってくれた。あとで生徒が直して、またケースにいれておくと言う。背表紙が外れているが、紙面は綺麗だ。読むのに問題はない。

 犯人は分からずじまいだ。けれど。


 ──とうとう、行動に出たな。


 あれだけあからさまにべたべたしているのだ。相当、イライラしていたに違いない。

 しかし、脅しにしてはかなり攻撃的だ。今まで耳にしていた嫌がらせとは明らかに違う。相手にケガをさせても構わないと思っている節があった。そんなことになれば、大ごとになるだろうに、気にしていない、と言う事だ。


 ──下手をすれば、逮捕だってありえるのに。


 理性の働かない、感情任せの行動だとうかがえる。あとさき考えない、子どもがやりそうなことだった。


 ──とにかく、これで見つけやすくなったな。


 動けば尻尾も掴みやすい。俺は意気揚々と、朱莉と湊がいる体育館裏の倉庫へと戻った。──が、待っていた朱莉と湊の表情は重い。


「──なあ、今朝の、先生には言ったのか?」


 俺の顔を見た途端、湊が尋ねてくる。今朝の件は、取り敢えず楠と担任の福田には伝えてあった。


「ああ、うん。伝えてある…」


 何かあれば、楠やこの件を知っている者に、報告するように言われている。これは、朱莉も承知しているはずだ。その朱莉はうつむき加減で、手元を見つめている。


「なら、いいけど…。今さっき、またメッセージがあたって。な? 朱莉」


「なんだって?」


「…別れろって、それだけ…」


 朱莉の面持ちは暗い。湊は顔をしかめると、


「おまえ、これからもきっと狙われるぞ? 今、朱莉にも話したんだけど、学校休んだらどうだ?」


 俺は咄嗟に朱莉の横顔を見た。


「そんなわけにはいかないって。俺は朱莉を守るために来たんだぞ? その俺が逃げたらダメだろ。ここにきた意味がない」


「そうは言ったって、今朝みたいな事があれば、下手したら大怪我だってする。犯人は朱莉を傷つけることはないんだ。おまえがいなくたって大丈夫だって。今までも、それでなんとかなってたんだし…」


「でも、犯人を見つけなきゃ、これは終わらない。朱莉は、ずっと見張られたまま、自由にできないんだぞ? そんなのおかしいだろ? ──心配はありがたいけれど、俺は大丈夫だ」


 すると、湊はぐっと唇を噛み締めたあと、


「大丈夫じゃない! 大怪我負ったらどうすんだよ!」


 珍しく、声を荒げた。


「大丈夫だって言ってる!」


 俺も負けじと声を張る。互いに眉間にシワを寄せ睨みあった。と、そこで予鈴が鳴る。仕方なく睨みあいを止めると、


「──とにかく、今まで通りでいくからな」


「勝手にしろっ」


 湊はそう言い捨て先に出ていった。その背を見送ったあと、朱莉を振り返って、


「朱莉、湊はああ言ってるけど、俺は降りるつもりはないからな?」


「うん…」


 俺たちの間に挟まれた朱莉は、何か考え込む様にして、その後は押し黙っていた。

 その日の放課後は、特に集まる事もなく、朱莉は帰宅し、俺も帰途に就く。湊はその日、帰るまで顔を見せなかった。



「──で、なにがあったって?」


 夜遅く、仕事を終えた岳がリビングに入ってきた。

 楠へ朝の件を連絡した際、岳へは楠から連絡すると言っていた。ただ、詳しいことは何も話していないらしい。岳からは折り返し、高校から帰ってきたら話を聞くと連絡があった。だから、詳しいことはなにも知らない。

 今日は真琴も亜貴もいて、皆で先に夕食を食べ終えていた。その後、ソファでくつろいでいた二人に、先に今日あった出来事を話していたのだ。

 岳の夕食準備のため、キッチンに立って、鍋の野菜だけシチューを温めながら──これは先に多めのバターで野菜を軽く炒め、鍋に蓋をして蒸した後、小麦粉を入れ炒め、牛乳でのばしたものだ。優しい味がする、の典型だ──返事をする。


「──うん。空から辞書が降ってきたって話」


「辞書…?」


 岳が怪訝な顔をする。


「そう。多分、教室から投げたんだと思うんだけどさ。急いで見上げたけど、誰の姿もなくってな…」


「──てか、もうやめなよ。大和。危ないよ」


 ソファから亜貴が身を乗り出すようにして、声を荒げる。湊と同じ反応だ。


「当たっていたら一大事だ。怪我がなかったのが幸いだが…」


 真琴も表情を曇らせた。


「けど、まだ犯人が誰なのかわかってないし…。捕まえるのは無理でも、誰なのか、見当はつけないと…」


 中途半端で投げ出すつもりはなかった。

 食卓に着いた岳の前に、温めた深めの皿にもったシチューを置く。それだけでは足りないから、鶏もも肉の塩焼きも追加してあった。

 こちらは皮目を下にして、フライパンでじっくり焼いてぱりぱりにした、見た目にも食欲をそそる逸品だ。パンかごはんを選択できたが、岳はいつもごはんだ。

 最後にてんこ盛りにご飯を盛って、傍らに置く。他にはレタスとトマト、きゅうりのサラダ、大根の漬物がつく。


「──その後は?」


 岳が先を促した。俺は食後のお茶の準備をしながら、


「朱莉あてにメッセージがあったくらいだ。別れろって」


「別れなければ、またあるっていうことだな…」


「だと思う…」


 俺は岳の顔色を窺った。しかし、そこからは何も読み取ることができない。それが余計に岳の今の思いを表している様だ。岳は、言葉を続ける。


「このまま、大和に目が向けられている間は、他に害は及ばない。──そこは安心していいだろう」


「うん…」


「この計画、最後までやり切るんだな?」


 その思いは変わらない。俺は大きく頷くと、


「──やる」


「…だったら、これからは、どんな時でもぜったいに一人にはなるな。誰か人目がある状態でいろ。──そうすれば、何かあってもすぐに対処ができる」


「わかった」


「──ちょっと待ってよ。なにかって、怪我とか、そう言うこと?」


 亜貴が割って入る。岳は当然とばかりに頷くと、


「ほかに何がある? 相手は大和を朱莉から引き離そうと、できるだけ怖がらせようとするだろう。怪我もかまわないってところだろうな。──だから、なにか不測の事態があっても、側に人がいれば直ぐに助けてもらえる、そう言ったんだ」


「そんな、危険な目にあって…。兄さん、それでいいわけ?」


 亜貴は食って掛かるが、俺は止めに入った。


「──いいんだ。これは俺がわかった上で引き受けたことなんだ。それに、岳だって十分理解した上で、最善の方法を口にしたまでで──」


「それで、大和に取り返しのない事が起こったらどうするんだよ? 兄さんがやめろって言えば、大和はやめるだろ? なんで言わないんだよ」


「──言わないな」


「どうして?」


 亜貴の問いかけに、岳は皿にスプーンをいれ、残り最後の一口を口に運ぶと。


「大和は──俺の所有物じゃない。大和には大和の人生がある。俺が危険な仕事を引き受けた時も、大和はすべて理解した上でとめなかった。──それは、大和もそう思っていたからだ。例え危険があると分かっていても、それを選んだ俺を尊重した。──だから、俺も同じように大和を尊重する。好きな様にやらせるんだ」


「そんなの──っ!」


「亜貴、もうやめておけ。これは、二人の間のことだ。俺たちが口出しすることじゃない」


 真琴が見かねて声をかけてきた。確かにその通りで。決めるのは俺と岳だ。亜貴は言いかけた言葉を飲み込むと、


「…俺は、大和が傷つくのを見たくないだけだ」


「ありがとうな、亜貴。そう思ってくれるの、嬉しいよ。…けど、決めたことなんだ。犯人が見つかるまで、やめるつもりはない。──ごめんな? ちゃんと気をつける。な?」


「……大和のバカ」


「ごめんて」


 俺は岳にお茶を出すと、そのままソファに移って、頬を膨らます亜貴の隣に座り、その頭をぽんぽんと軽く叩いた。さらさらした髪が手に心地いい。


「確かにタケの言う通り、ひと目のある場所にいた方が賢明だな。些細な事でもいいから、今後も報告は忘れないように。──特に岳にはな?」


「…うん。わかった」


 俺は黙ってお茶を口にする岳に目を向けた。岳はあまりに怒りが頂点に達すると、黙る癖がある。黙って無表情になるのだ。

 今がそれだ。怒っているのは、俺に対してではなく、犯人に対してだ。それに──たぶん、自分自身に対しても。大切に思う相手を、守りきれない事の不甲斐なさ。


 ──俺だって、同じだ。


 岳がヤクザの世界に戻った時も、ネパールの高山(こうざん)で行方不明となった時も。


 ──他にも沢山。


 岳が危険な目に遭っていると分かっていても、守ることが出来なくて。やれることがほんの僅かで。自分の力の無さを、痛感した。


 ──あの時の俺と、一緒だ。


 岳の思いがわかるから、余計に早く犯人を捕まえ、この件を終わらせたかった。



 寝る段になって、俺はベッドに横になった岳の傍らに正座した。謝ろうと思ったのだ。──が。


「…大和、いい」


「けど…」


「いいんだ。──いいから、寝よう」


 そう言うと、俺の腕を引いて、無理やり布団の中に引き入れた。そのまま抱き締めると、髪に頬を埋めてくる。そうすることで、自分の中にあふれる思いを無理やり、押しとどめているように思えた。


 ──俺のために、自分を抑えて。


 そう思うと、目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとした。俺はぎゅっとその胸元を掴んで、


「岳…。ごめん。──大好きだ…」


 そう口にする。岳の動きが一瞬止まって、また抱きしめてきた。


 ──岳、ありがとう。


 今の俺に言えるのは、それだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ