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Take On Me 5  作者: マン太


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10/24

8.放課後

「今日の放課後、行くとこあるから」


 昼休み、後輩の陽菜も交え、仲良く中庭のベンチで弁当を広げていれば──朱莉のは俺が作った。自分の分をつくるついでだ──朱莉が卵焼きを、一口分切り取って口に放り込んだあと、そう告げた。


「どこに?」


「べつに…。ちょっとブラブラしたいだけ」


「俺もついてくからな」


 警護について二週間。俺という『彼氏』の出現により、事態が急変するかと思いきや、悪意あるメッセージは送られてくるものの、何かしらの行動は起こされず、それらしい人物も今のところ見つかっていなかった。

 が、嫌がらせメッセージが続くなか、ひとりで出歩かせる事などできない。それに、当初の約束でもある。ふと、亜貴と出会った頃を思い出した。あの時も、勝手に飛び出した亜貴に、ついて行ったんだっけ。


「はぁ?」

 

 朱莉は不満顔だ。


「だって、彼氏だろ? 当然じゃん」


「…勝手にすれば」


 そのやり取りを隣で、はらはらした様子で眺めていた陽菜は。


「…朱莉先輩、本当に大和先輩と付き合ってるんですか? …人目がある時は、すっごいべた甘なカップルなんですけど…」


 かなり疑っている。それもそうだろう。確かに人目があるときは、手を繋いだり肩を寄せ合っていたり。いわゆる、バカップルだ。

 が、恥ずかしながら、俺から行動には移せていない。どうも、演技とは言え、人前でイチャイチャすることに慣れていないのだ。

 奥手な俺を見かねた朱莉が、持ち前の演技力を発揮して、彼女を演じてくれているおかげで、俺もそれに乗って、それなりに彼氏になり切ることが──たぶん、できている。

 が、こうして知っている者の前になると、途端に、素の朱莉が出てきて、疑いの眼差しで見られることになるのだ。湊も相変わらず、二人の仲を疑っている。


「も、もちろん、付き合ってるって。これは、仲がいいから、こうなるってだけで…」


 俺がしどろもどろになって答えれば、


「そうだよ。こいつ、私のこと本当に好きだから。なんでも言うなり。犬なの。下僕」


「は? なんだよ、それ──」


 言い返しかければ、朱莉がキッときつい眼差しを向けてきた。そこで慌てて口をつぐむ。ここで反論すれば、更に疑いの眼差しを向けられることになる。


「下僕…。それって、もはや彼氏じゃないんじゃ…」


 陽菜は同情の眼差しを俺に向けながら、朱莉の様子を窺う。朱莉は半分にカットした、鶏唐揚げ生姜味を口に放り込み、


「──私たちはこれでいいの。──で、今日、陽菜は来る? ピアノの日?」


「はい、そうなんです…。私も行きたいんですけど…」


「もともと陽菜は習い事、多いし。ピアノの他になんだっけ?」


「…クラシックバレエとヒップホップダンス。あとは…日舞にボイストレーニング、乗馬にお華にお抹茶…。その間に塾もあるし…」


「すごいな? 休む時間、あるのか?」


 思わず口を挟んでしまう。


「寝る前に少し…」


「あんたって、ほんっと親の言うなりだよね? それで苦しくない?」


 自由奔放に育っていそうな朱莉は、呆れた様に声をあげた。


「…でも……、喜んでくれるし…」


「陽菜が楽しくなかったら、やめちゃえばいいのに。どうせなら、自分のためにやりなよ。誰かの為って、私なら途中でいやになっちゃうな」


 至極もっともなことを口にした。人に言われてやるのではなく、自分がどうしたいか、が基本にあるのだろう。

 陽菜は手元の弁当箱に視線を落とす。きっちりと詰められたサンドイッチは、まるで売り物の様に美しい配色だ。弁当の時は、家で雇っている家政婦が作ってくれるらしい。

 父親は建設会社を営む。母親は資産家の娘。それを聞いただけで、お嬢様なのだと伺えた。山のようにある習い事も金がかかっているはず。

 陽菜の親は自身のこどもにかなり手をかけ、その将来に期待しているのだろう。俺の高校生時代とは比べものにならない。


「…いいんです。私はこれで…。そこまで、嫌なわけじゃないし……」


 言いながらも、陽菜の目は暗くよどむ。思いは別にあるのかもしれない。


「ま、陽菜がそれでいいなら、何も言わないけど。あんまり、我慢するのもよくないよ?」


「はい…」


 朱莉の言葉に、最後は笑って見せた。



 その後、放課後になると、朱莉はさっさと校門を出て、待っていた車に乗り込む。俺も慌ててその後に続いた。

 外出の件はすでに楠や運転手には伝えてある。勿論、岳にも。流石に玉置は忙しい身とあって、迎えには来なかった。代わりに運転席に座るのは、きちんと雇われた、運転専門のドライバーだった。

 護衛には、以前は楠の所の若衆がついたらしいが、これがかなりいかつく、また年齢も朱莉と離れているため、はた目から見ると、かなり怪しく映ったらしい。それで幾度か職務質問を受けたこともあるのだとか。まだ、俺がついた方がましだろう。

 鴻三に言われたのか、朱莉も危ない場所にはいかないと約束してくれていた。

 そうして、今回朱莉が行った場所は、朱莉と同年齢層を対象にした洋服のセレクトショップに、ピンク色のファンシーなキャラクターが踊る雑貨店に、派手なデコレーションのクレープ店…その他数店舗。全てキラキラとした場所にしか行かなかった。

 態度はかなり荒れているが、好みは年相応だ。

 今も周りは女子しかいない、店内、全てピンク色か? と思うほど、パステルカラー一色のカフェでお茶をしている。

 俺はカフェオレ。朱莉はピンク色の液体にどっさりクリームとイチゴ、フランボワーズ、オレンジが乗せられ、チョコレートがかけられた、ドロドロとした飲み物を口にしている。

 あとでメニューを確認すると、どうやら中身はイチゴとブルーベリーのスムージーだったらしい。

 朱莉は熱心に手に持ったスマホを見つめながら、器用にクリームをすくい、口のなかへ放り込む。まるで人形のようにその動作を繰り返しているから、思わず噴き出してしまった。


「…なに?」


 怪訝そうな視線をむけてくる。


「いや。見るか、飲むか、どっちかってわけじゃないんだって思ってさ。よくこぼさないよな?」


「べつに…。いつもこうだし。てかさ、あんた、つまらなくないわけ? いくら警護だからって、こんな店にまでついてきて…」


「仕事って言えばそれまでだけど。面白いよ? はじめてばっかりでさ。俺の高校生時代なんて、バイトしかしてなかったし」


 ぐるりと周囲を見渡す。


「バイト? なんで? 買いたいもんでもあったの?」


「いや。生活費を稼いでたんだ。母さんは中学のときに亡くなったし、父親は飲んだくれて遊び惚けていたし。生きるのに精一杯。だから、こういうの、楽しいなって。二度目の高校生エンジョイしてるみたいでさ」


 言いながら、カフェオレを口にする。高校生に扮して、ピンク色の世界に染まるのも悪くない。


「……」


 朱莉はなにも言わず、ただじっとこちらを見ている。


「あ! てか、同情とかすんなよ? そういうつもりで話したわけじゃねぇし。ただ、つまらなくないって言いたかっただけでさ」


「…べつに、そんなふうに思わないけど…。あんたも苦労してるんだ? もっと軽く生きてきた奴かと思った」


「今はすっかり軽く生きてるぞ? なんせ、でっかい船に乗ってるようなもんだからさ」


「…あの、前にお爺ちゃん家に一緒についてきた奴?」


「奴じゃなくて、岳、な? おかげで何の不安もなくいられる。岳はでっかいからなぁ」


「…ただの怖い奴じゃん」


「そうか?」


「私はあんなの、彼氏に欲しくない」


 きっぱり言い切ると、またスマホに目を落とした。珍しい。大抵は、モデルみたい~とか言って、あんな彼氏が欲しい~とか、なるのだが。

 画面に目を落とした朱莉は、ちっと舌打ちする。


「なんだ?」


「…メッセージ。いつものだけど…」


「見ていいか?」


「うん…」


 朱莉は嫌なものでも渡すように、スマホをこちらに差し出してきた。ずらりと並んだコメント欄の一番下にあるのは、


『なに、デートしてんの? 許せない』


「──ほんと、一方的だな」


 コメントを読み終え、画面から目を離し、朱莉を見る。朱莉は二の腕をさするようにして。


「…それって。どっかで見てるって事でしょ? …怖いんだけど」


「まあ、そうなるな…。実際、見てるのかってのはわからないけど。どこからか、朱莉の予定を知ったってのもあるだろうし」


「でも、今日出かけるの知ってるのって、陽菜くらいだよ。あとは湊先輩と友だち数人くらいだもん」


「友だち、か…。皆信用できる奴らなのか?」


「一応。てか、私にそんなことする理由ないって。皆それなりに楽しんでるし。ねたんだりとか恨んだりとか、そういう感じないよ」


「そうか…」


 内心は分からない。人は見た目に依らないのだと、今までの経験で少しは学んできた。しかし、朱莉にはまだそんな経験は少ないのだろう。裏切られた経験もなければ、そんな風に人を疑ったりはしないはず。


 ──これから、だもんな。


 朱莉はまだ十七歳。何もかもがこれからだ。かく言う俺だって、まだまだ学ぶことは多い。


「とりあえず、今の所はこういったコメントだけなんだな?」


「…うん」


 どこか歯切れが悪い。しかし、それ以上、何か口にするつもりはないのか、黙りこくって返されたスマホの画面を見つめていた。こうなると、無理に聞き出そうとしても話すことはないだろう。


「──わかった。けど、なにかあったら、どんな小さいことでもいいから言えよ? 連絡くれていいから」


「…わかってる」


 連絡先の交換はしてある。朱莉がどこまで信頼しているかわからないが、俺はすぐに対応するつもりだ。

 と、そこへ朱莉のスマホが音を立てる。メッセージの着信音だ。朱莉はすぐに確認すると、パッと表情が明るくなった。


「──湊先輩、近くでカラオケしてるって。合流する? って。やった! 行こ!」


「あ! おい、まだ帰らないのかよ」


「なんで? まだきたばっかじゃん」


「きたばっかって、もう二時間も経ってる──」


「夜帰ったって平気だもん。ついてくるならどうぞ」


「あ、おい! 行くって! ったく」


 亜貴とのやり取りを思いだし、デジャブを感じる。俺はさっさとレジで会計を済ませる朱莉のあとを追った。



 朱莉との外出は、亜貴の時とは違い、危険な奴らと出会うことはなかった──が。


「おい! 大和も歌えって。さっきから飲んでばっかじゃん」


「…俺はいい」


 そう言って、残り少なくなったアイスコーヒーを、氷ごとすする。氷がカラカラと音を立てた。湊がそんな俺の鼻先に、グイグイとマイクをつきつけてくる。

 ある意味、危険だ。と言うか、面倒だ。

 湊のいたカラオケ店は確かに歩いてすぐの場所だった。どんどん先をいく朱莉を見失いそうになった所で、店に到着したのだ。

 部屋には湊ひとり。トレーニングの一環で、よく一人カラオケをするのだと言う。

 そんな歌い慣れた湊にたいして、俺が今までカラオケに行ったのは数えるほど。片手の指で足りるほどだ。高校生時代はもちろん、岳達と出会ってからも。

 岳も真琴も好んで行くタイプではないから、あえて行くことはなかった。岳も真琴も誘えば付き合ってくれただろうが、わざわざそこまでするほど、カラオケをしたいと思ったこともなかったのだ。

 俺のそのわずかな機会はすべて、亜貴に引きずられて行ったものだ。けれど結局、亜貴がずっと歌い、俺は岳の迎えが来るまで、または亜貴が飽きるまで、ひたすらジュースと冷えてくたっとなったフライドポテトをかじっていたにすぎない。

 もちろん、日本人ボーカルの曲は聴く。気に入っているバンドもいる。けれど、それが自分が歌う事には繋がらないのだ。たぶん、聴いているのが好きなのだと思う。俺のへたくそな歌より、その当人の歌で楽しみたいのだ。

 とかなんとか言って、実際は歌に自信がないだけなのだとは、ここだけの秘密だ。


「つまんねー奴。せっかく来たのに歌わねぇって」


 朱莉もこの湊も、芸能コースだ。歌唱力は人並み以上にある。それくらいできて当然なのだ。


「俺はいいから、好きなだけ歌えよ…」


「ったく。ノリわりぃの。じゃあさ、これなら歌えるだろ?」


 そう言って、さっさと曲を入れてしまう。イントロを聞いただけで、よく耳にする曲だとわかった。昔流行った曲のカバー曲。親世代が一番よく知っているだろう曲だ。

 湊はニッと笑みを浮かべると。


「一緒に歌おうって!」


「って、待てって──」


 が、湊はがっしりと肩を組み、俺が逃げ出さないように捕まえると、マイクを二人の顔に近づけて歌いだした。歌いながら、こちらを見てくる。その目が歌え! と言っていた。


 ──しかたない。


 この年齢の連中なら、ノリよく歌うのが普通なのだろう。俺はもうどうにでもなれ、と、記憶にある音程を思い浮かべながら口を開いた。

 音楽の時間の生徒よろしく、ただただ音程だけに気をつけながら歌い終えれば。


「──なんだ、上手いじゃん」


 そういって、湊は感心したように見返してくる。


「…上手い?」


 聞き返せば、湊の隣で次の次の選曲に悩んでいた朱莉も。


「ちゃんと音程取れてるよ」


 選択画面から目を反らさず続けた。


「そ、そうか…?」


「もちろん、俺たちレベルじゃないけど、素直な歌い方がまるだな? 声もよく通るし、朱莉の言う通り、音程も取れてる。レッスン受ければいい線行くんじゃないの?」


「まじか…」


「マジマジ。じゃ、調子に乗って、もう一曲──」


「って、もう無理! 無理だって! 俺は聞いている方が──」


「なにいってんの。試しにこっちも歌ってみよ。さっきのが行けるんならこれもいけるって」


「ムーリー!」


 が、結局押し切られ、その後、数曲歌う羽目になった。



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