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魔王軍の運用保守プロジェクト ~勇者(バグ)の過負荷攻撃から世界(システム)を守る辺境の中間管理職~  作者: AItak
世界(システム)は今日も限界稼働中

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第6話 勇者パーティ、分裂。これはチャンスか、罠か


 世界終了まで、あと87日と9時間。

 魔界における、土曜日の早朝。爽やかな朝露に濡れた木々の葉が、朝日を反射して輝いている……らしい。第七ダンジョン管理室モニタールームには窓がないため、ガルム・フォン・アッシュにとってはただの「光の届かない牢獄での目覚め」でしかなかった。


 「……っ痛」

 ガルムは自分の執務机の下から、ごきりと嫌な音を立てて這い出した。

 わずか1時間。夜間バッチ処理とダンジョン増設工事という地獄のマルチタスクを終えた後、彼に許された仮眠時間である。石の床からの強烈な冷気が背骨を貫き、内臓の配置がズレたような鈍痛に顔をしかめる。しかしそれよりも深刻なのは、手ぐしで撫でた頭頂部からスルリと抜け落ちた、数本の黒毛であった。

 三十代の毛根というものは、一度死滅すると魔法でも再生が極めて困難になるシステム設計(仕様)となっている。ガルムは哀愁と共に抜け毛を見つめ、そっとゴミ箱のなかに葬った。


 「おはようございます、PLさん!」

 部屋の隅で、無駄に元気な声が響いた。同じく徹夜明けのはずの新人ゴブリン、ゴブ太である。

 「コーヒー淹れました! 今日は豆を2倍にして、お湯を半分にしてみました!」

 「……それはもはや、泥か何かではないのか」


 ガルムは泥のような漆黒の液体を受け取り、一口すすった。強烈なカフェインと苦味が、痺れた脳髄を強制的に再起動ハードリブートさせる。

 痛むこめかみを押さえながら、ガルムは部屋の中央にあるメインモニターへ目を向けた。


 昨夜、死ぬ思いで増設した第三層の隠しフロアエリア。

 勇者バグの進行を数日間は遅延させるために作った、迷路のような複雑な構造のモジュールだ。モニターの中央には、勇者パーティの現在地を示す「巨大な赤い光点」が一つ、ゆっくりと点滅しながら進んでいた。


 よし。トラップも機能しているし、モンスターの配置率も正常だ。これで週明けまでは……。


 ガルムが安堵の息を吐き出そうとした、その瞬間だった。


 ピッ……ピピピッ!

 トラッキングシステムが、鋭い警告音を鳴らした。

 メインモニターに映っていた一つの赤い光点が、まるで水滴が弾けるように、唐突に四つの小さな光点へと分裂したのだ。


 「な……んだ?」

 ガルムのコーヒーカップを持つ手が、ピタリと止まる。


 光点はそれぞれが完全に独立した動きを見せ始め、隠しフロアの四方向に伸びる別々の通路へと猛スピードで散開していった。

 「ああっ!? PLさん! 勇者たちがバラバラになりましたよ!」

 ゴブ太がモニターにへばりついて叫んだ。

 「やりましたね! 敵の戦力が4分割されました! これなら各ルートに仕掛けたトラップで、1人ずつ各個撃破できちゃいますよ!」


 純粋なRPGのセオリーで言えば、ゴブ太の言う通りだ。強敵の分散は、各個撃破の絶好の機会である。

 しかし、システム管理者(サーバー保守担当)であるガルムの顔面は、ゴブ太の言葉とは裏腹に、まるで死蝋のように白く染まっていった。


 「……違うッ!」

 ガルムの吠えるような悲鳴が、部屋の空気をビリッと震わせた。

 「機会チャンスなんかじゃない! これは致死量のトラフィック増大(罠)だ!!」

 「えっ? トラフィック?」

 「いいかゴブ太。あいつらは『一つの重いプロセス』だった。それが今、四つの独立した並列マルチスレッド(並列処理)に分岐したんだぞ!」


 ガルムは血走った目で、モニターのシステム負荷メーターを指差した。

 そこには、これまで安定していたサーバーのCPU稼働率が、異常な角度で急上昇していくグラフが描画されていた。


 システム視座での現実は、極めて残酷だ。

 4人のプレイヤーキャラクターが「パーティ」という一つの枠組みに収まっている間、システムが行う位置座標の計算、視界の描画、コリジョン(衝突判定)の処理は、おおむね1人分の負荷に少しばかり毛が生えた程度で済んでいた。

 しかし、彼らがバラバラに別の座標で動くということは。


 「コリジョン計算が4倍! オブジェクトの動的描画が4倍! イベントトラッキング関数が4カ所で同時に発火ッ! 第七ダンジョンの限られたサーバーリソース(メモリ)が、悪意ある分散型攻撃(DDOS)を受けているのと同じ状態なんだよ!!」


 ガルムの絶叫に応えるように、大魔導コアがギャリギャリギャリッ!という、研磨機に砂利を放り込んだような異音を立て始めた。


 「な、なんでバラバラになっちゃったんでしょうか!? トラップに引っかかったんですか!?」

 「馬鹿め、盗聴ログ(音声リプレイ)を引け! あいつら、そもそもプレイヤーですらない、ナラティブエンジンが勝手に動かしてる自動操縦バグだぞ!」


 ガルムの指示で、直前のフロアの隠しマイクから拾った音声データが再生される。

 そこに記録されていたのは、実に古典的で、かつ醜悪な人間の争いだった。


 だから言ったじゃない! あの宝箱を開けたらトラップが作動するって! なのにアンタ、中の「聖剣の欠片」を自分一人で独占しようとするから!

 女性の声。王宮魔導士のエリアだ。

 うるせえ! 俺が勇者なんだから、一番いいアイテムを取るのは当然だろうが! お前ら後衛は俺の陰に隠れてるだけで経験値もらえてるんだから文句言うな!

 金髪の勇者、アレンの傍若無人な怒鳴り声。

 ……アレン殿。その言い回しは看過できませんな。我々が回復と防御を担わねば、貴方はすでに三度は死んでいましたよ。

 冷ややかな僧侶セシルの声。

 もう限界だ。俺は降りる。こんなガキのお守りのために傭兵やってんじゃねえんだよ!

 吐き捨てるような戦士ガロンの声。


 ああそうかい! じゃあ勝手にしろ! 俺一人で魔王でも何でも倒してやるよ!


 ドンッ、という重い足音が4方向に別れていく音で、音声ログは途切れた。


 「……」

 管理室に、気まずすぎる沈黙が数秒間だけ流れた。


 「……内輪もめ、ですか」

 「物語ナラティブエンジンの予期せぬ挙動だ。ドラマ性を高めるための『キャラクターの葛藤』というフラグが、最悪のエラーを吐き出しやがった」

 ガルムはこめかみを強く揉み込んだ。

 勇者はシステムを壊すバグだが、それに随伴する仲間たちもまた、システムから多大な上位権限バフを与えられた「高負荷なオブジェクト」の塊であることに変わりはない。


 ドォン、ドォォン!

 モニター越しに、地鳴りのような爆発音が管理室まで響いてきた。


 警告。魔法使いエリア、第三層北区画にて「メテオ・スウォーム(特大範囲魔法)」を発動。対象モンスター数ゼロ。

 警告。戦士ガロン、第三層南区画にて「グランド・クロス(広範囲物理破壊)」を発動。対象モンスター数ゼロ。


 「あいつら……イライラにかまけて、敵もいない空き部屋で無駄に重いスキルを乱発しやがって……!」

 ガルムの胃の粘膜が、強酸を浴びたようにチリチリと焼け焦げる感覚がした。

 怒りに任せた八つ当たり。それ自体は人間の感情として理解できる。だが、そのエフェクトを物理的に描画レンダリングし、破壊された壁のテクスチャを瞬時に修復バックアップパッチしているのは、第七ダンジョンの大魔導コアなのだ。


 ジジッ……ジジジジッ。

 ついに、処理限界(メモリ上限)を超えた大魔導コアが悲鳴を上げた。

 モニターに映る隠しフロアの映像が、乱れ始める。壁の石畳のテクスチャが市松模様(デフォルト素材)に剥がれ落ち、空中に浮いた石ころが落ちてこない重力異常(物理エンジンの処理落ちバグ)が発生し始めた。


 「PLさん! ダンジョンの壁がピンクと黒のチェック柄になってます! これヤバいですよね!?」

 「モジュールがクラッシュする一歩手前だ!!」

 ガルムは血の滲むようなタイピングを開始した。

 指先が、昨日の夜間バッチの時と同じように摩擦で発熱する。


 「強制的にあいつらを合流マージさせるしかない! 4輪のバグを1カ所にまとめて、無理やり一つのプロセスに圧縮するッ!」

 「どうやってですか!? 説得しに行きます!?」

 「システム管理者が客の喧嘩の仲裁なんかするか! ルーティング(物理経路)で強制誘導するんだよ!」


 ガルムは魔法陣のコードを書き換え、隠しフロアの構造を大急ぎでダイナミック(動的)に改変し始めた。

 勇者アレンが進むルート以外の、エリア、セシル、ガロンが向かっている3つのルートのすべての扉に対し、「岩盤崩落のギミック」という名目の開かずの扉バグを連続で発生させる。進路を完全に物理封鎖し、彼らを一つの巨大な広間へと向かう「一方通行の動線」へと強制的に押し込んだ。


 「まだだッ! 合流しただけじゃ、またすぐに散開する。そこにシステム的な縛り(ロック)をかけろ!」

 ガルムの右眼球の毛細血管がプツンと鳴った。だが彼は止まらない。

 広間の出口に、新たな扉を即席でコーディングする。


 同期バリアギミック:四つの魔法陣に同時に同質量の生命体プレイヤーが乗らない限り、永遠に開かない堅牢な扉。


 タァァァンッ!!

 ガルムが狂気を帯びたエンターキーの打鍵を決めると同時に、モニターの中で、四つの赤い光点が、広間の中央でピタリと重なり合った。


 ……チッ。行き止まりかよ。なんだこの四つの丸い石板は。

 ……あら、アレンに文句を言って去っていった傭兵さんも、結局ここまでしか来られなかったのね。

 ふぐぅ……ッ! な、なんだとこの女!


 再び音声ログから、ギスギスした声が聞こえてくる。

 だが、彼らは前に進むため、渋々ながらも「四つの魔法陣スイッチ」の上にそれぞれ足を乗せた。


 ゴゴゴゴゴ……。

 重厚な音を立てて、広間の扉が開く。

 ……まあいい。ここは協力して進むしかないようだな。

 フン。別にアンタらのためじゃないから。


 モニター上の四つの赤い光点に、システムが「パーティタグ」を再付与した。

 四つの独立したマルチスレッドが、再び「一つのプロセス」へと結合マージされた瞬間だった。


 シューゥゥ……。

 大魔導コアの異音が止み、異常な角度で跳ね上がっていた負荷メーターのグラフが、スッと安全水域まで下降していく。ピンクと黒のチェック柄になっていた壁も、元の冷たい石造りのテクスチャへと再描画された。


 「……」

 ガルムは、背もたれに全体重を預けて天を仰いだ。

 「……終わった……圧縮、完了……」


 「やりましたねPLさん! 危機脱出です!!」

 ゴブ太が万歳をして跳ね回っている。


 だがガルムの口から出たのは、深い、深すぎるため息と、限界を迎えた胃粘膜からの逆流(胃酸)の気配だった。

 「……勇者という理不尽な害悪。……頼むから、内部の人間関係くらい自分でマネジメントしてくれ」


 誰の耳にも届かない切実な願いは、土曜日の朝の空気に虚しく溶けていった。

 休息はない。合流した勇者パーティは、そのまま怒り任せに進軍を続けているのだから。


 モニターの片隅。

 世界終了のカウントダウンが、少しの情けも容赦もなく時を刻んでいる。


 世界終了まで:87日と4時間。


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