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魔王軍の運用保守プロジェクト ~勇者(バグ)の過負荷攻撃から世界(システム)を守る辺境の中間管理職~  作者: AItak
新世界(Ver2.0)でも、俺たちの残業は終わらない

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第26話 世界の配線は、全部繋がっている


 神が予告したアルゲリア新世界の絶対的な完全フォーマットまでのカウントダウン。

 王宮地下最下層のトラブルシューティング部門に浮かび上がった巨大な赤いタイマーは、情け容赦なく無機質な数字を減らし続けていた。


 『48:15:20』


 死の宣告とも言える七十二時間のデスマーチが開始されてから、既に丸一日以上が経過していた。

 この薄暗くカビ臭い地下室の床は、今や足の踏み場もないほどに散乱した大量の空のコーヒーカップ、そしてドレインが王国の財務予算に物を言わせて市場から限界まで買い占めた超濃縮魔力回復ポーションの特大でダサい緑色の空き瓶群で完全に埋め尽くされていた。


 普通の人間や魔物ならとうに精神的・肉体的な疲労で倒れている激務だ。

 だがこの場にいるインフラ担当の魔物たちに疲労の色は全く見えない。いや、むしろ逆だった。

 彼らは全員、限界を通り越した先の異常なランナーズ・ハイ状態に突入しており、何かの麻薬でもキメたように目をギラギラと輝かせていたのだ。


 「ウェェェーイ! 第二百五十四次バグウェーブ、南西部砂漠地帯の『サボテンが突然二足歩行してサボテン語を喋りながら町を襲うエラー』、物理演算とテキスト処理の修正コンパイル完了!! 完全に緑色だぜェェ!!」

 「よっしゃァァ!! さすがリーダー! 俺の六番メインケーブル物理差し替えのタイミング、完璧だっただろ!? プラグを抜く前よりも電流が綺麗に流れてるぜ!」

 「バカ言えトカゲ! 俺の特濃冷却液ぶっかけのおかげでサーバーの熱暴走がギリギリ保ってんじゃねえか!! サーバーから焦げた肉の匂いがしてることにヒヤヒヤしてろ!!」


 ドランさんとトカゲの先輩が血走った目で強烈なハイタッチを交わし、狂ったように笑い声を上げる。

 ガルムさんもまた髪をボサボサに振り乱しながら、常人の目には追えないような神速のタイピングで次々とキーボードを叩き直していた。


 「ゴブ太ァ! 燃料が切れたぞ! もっとだ! もっと脳の血管がブチ切れて視界が虹色になるくらい甘くて苦い泥水を持ってこォォい!!」

 「了解ッス!! ポーションと特濃エスプレッソを三対七で割り、隠し味にトロールの栄養ドリンクを限界まで混ぜた、名付けてゴブ太スペシャル・デスマーチエディションッス!! 飲んだら三日は眠れなくなる劇薬、特大マグカップ十杯分一気に用意したッスよ!!」

 「最高だ! すぐに全部置いとけ!!」


 俺が台車に乗せて差し出したもはや飲み物かどうかも分からないドス黒い緑黄色な液体を、ガルムさんはパソコンの画面から一秒たりとも目を離さずに左手で鷲掴みにし、文字通り一気飲みした。


 神様に対する徹底抗戦の異常なデスマーチは最序盤こそ謎のメモリ枯渇などの大きな危機に見舞われたものの、現在に至ってはかつてないほど順調に進んでいた。

 近衛指揮官ザルガンによる王宮上層階の物理封鎖によって、今までのような貴族のわがままな横槍や後からいきなり降ってくるアホな仕様の追加が一切来ない。

 天才・レイナが構築した専用パイプラインのおかげで、世界中を飛び交うエラー通信遅延はゼロ。

 広報のソシアが流した「空の異変は新時代を祝す魔法イルミネーションイベント」というデマ宣伝のおかげで、一般のNPCたちが余計なパニックを起こさずに処理能力を圧迫しない。

 さらに隔離室の分厚い防護ガラスの向こうでは、新勇者HERO-010が未だに「ヒカリアレェェ! ヒカリアレェェェ!!」と奇声を上げながら、俺たちがパイプで送り込むペタバイト級のゴミデータを腕のポリゴンがバグって千切れかけようとも全力で物理粉砕し続けて、見事にシステムの空きメモリをガッツリ確保し続けてくれているのだ。


 全く無能な上流設計書に振り回されない、純粋に目の前のエラーをデバッグするだけの異常な世界。

 それは毎日のように無理難題を振られていたただの現場作業員であるガルムたちにとって、ある種の輝かしい理想郷ですらあった。

 自分のやった修正が即座に世界を良くしていく。コンパイルが通るたびに世界が安定しエラーログが消えていく。その明確な手応えと実感に、彼らの脳内麻薬はドバドバと溢れ続けていた。


 『各部、非常に順調そうね。西の森の川の水が何故か重力に逆らって山へ向かって登り始めたという報告が入っているわ。ネットワーク側のルーティング調整は完了したから、すぐにそっちで本番環境のパラメーターを直接書き換えてちょうだい』

 モニター越しにレイナが優雅にコーヒーカップを傾けながら涼しい顔で直接指示を飛ばす。


 「ハイハイハイ! 承知しましたぜ元魔王軍幹部様! 重力のベクトル変数をマイナスからプラスに反転し水の流体力学演算の変数を再適応! ついでに魚のスポーン位置も修正だ! 喰らえ俺のターミナル・エンターッ!!」

 ガルムさんが叫びながらエンターキーを弾き飛ばすように叩く。

 モニターの中の真っ赤に染まっていた長大で鬱陶しいエラーログが一気に美しい緑色の文字へと書き換わった。


 「はいオッケーイ! 西の森の川の逆流バグ、たったの一分三十秒で完璧に修正完了! 次のバグどんと持ってこォォイ!! 俺のタイピングに限界はねえぞ!!」

 ガルムさんがパイプ椅子の上で威張るようにふんぞり返り、完全な勝利の雄叫びを上げた。

 この恐ろしい勢いとペースでいけば神が絶対的なリミットとして設定した七十二時間までに、全てのエラーを自力の手動作業で潰し切ってシステムを完全にクリーンにすることも決して不可能ではない。

 この時の俺も含め誰もがそう確信しかけていたのだ。


 しかし。

 絶対的な神が作ったシステムの根本的な老朽化は、そんな現場のハイテンションと勢いだけで乗り切れるほど生ぬるいものではなかったのだ。


 タイマーが『35:00:10』を切り残り時間がついに半分を切ったあたりで。

 状況がまるで手のひらを返したように唐突に一変した。


 『ピーーッ!! ピーーッ!! ピーーッ!! ピーーッ!!』


 今までの一度か二度のアラートとは明らかに違う。

 地下室全てに配置されている数百のモニター群が一斉に発狂したような爆音のアラートを鳴らし始めたのだ。

 画面という全ての画面が目を覆いたくなるほどの信じられない量の真っ赤な警告文字で埋め尽くされていく。


 「な、何事だ!? また想定外のゴミデータが溢れたのか!?」

 ドランさんが慌てて冷却液のバルブを二段ひねるが違う。今回はサーバーのメモリ不足や熱暴走の問題ではない。


 「……ち、違うわ。外部ネットワークからの個別エラー報告のトラフィックが突然百倍、いや数百倍以上に膨れ上がったのよ! 私のパイプラインでも捌ききれずに焼き切れそうになっているわ!」

 モニター越しのレイナが初めて余裕を失った顔で血相を変えて叫ぶ。


 「なんだって!? 一体今度は世界のどこで何が起きてるっていうんだ!」

 トカゲの先輩がキーボードを叩いて全体ログを参照した瞬間、その信じられない内容に絶句し顎をガタガタと震わせた。


 「お、おいリーダー! さっきあんたが完璧に修正した西の森の川の逆流バグの直後から……北の果ての遠くにあるドワーフの鉱山町の鍛冶炉が突然全部凍りついて温度が急低下したって報告が来てるぞ!! そ、それだけじゃねえ! 王都の南で降っていた雨が全部腐った毒の沼に変質し、さらに東のダンジョンではスライムが空から雨のように降ってきている!!」


 「……はぁっ!?」


 ガルムさんが目玉を飛び出さんばかりに見開いた。

 「ふざけるな! 西の森の水流処理と北の町の鍛冶の火だぞ!? 属性も座標もプログラムの処理ルーチンも何から何まで一切関係ねえコンポーネントの塊じゃねえか! ただ水の方向を直したくらいで何で火の処理や雨の処理が連鎖的にバグりやがるんだ!!」


 ガルムさんが特濃コーヒーをテーブルに置くのも忘れて床にぶちまけ、猛スピードでキーボードを叩き、アルゲリアのシステムの最深層部分、システム基盤の奥底のアーキテクチャ設計図を空中の中央特大モニターへと可視化して引っ張り出した。


 その画面に映し出された信じ難いものを前にして俺たちは全員、息を呑んだ。

 ある者は手に持っていたレンチを落とし、ある者は膝から崩れ落ちて乾いた笑いを漏らした。


 そこに映っていたのは文字通りITシステムにとっての地獄そのものだった。


 本来まともなシステムの設計というものは、機能ごとに綺麗にブロック分けされて独立しているべきものだ。川の水の処理は環境メインブロックで、鍛冶炉の計算は生産サブブロックで。互いに関係ない処理が下手に干渉し合わないように作られるのが初歩中の初歩であり当たり前だ。

 だが空中特大モニターに浮かび上がったアルゲリアの世界構造はそんな常識とは根本からかけ離れていた。


 「……なんだよ、これ。冗談キツいぜ」

 ドランさんが震える太い声で呟いた。


 環境システムのブロックから武器攻撃力計算へのブロックへ。天候のプログラムから魔物のステータス計算式へ。NPCの好感度管理システムからなぜか重力演算モジュールへ。

 全く関係ないはずの機能と機能の間に、無数の強固な赤い糸がまるで蜘蛛の巣のように、いや何百万匹もの悪性の寄生獣が絡み合っているかのようにぐちゃぐちゃに極めて複雑に結びついていたのだ。

 画面はもはや赤い糸の塊で真っ黒に塗りつぶされており、どこが一つの始まりでどこが終わりなのか誰にも分からない完全なカオス状態だった。


 「……これが『究極のスパゲッティコード』だ」

 ガルムさんが喉から空気を絞り出すように掠れた声で言った。

 少し前までのランナーズ・ハイの熱狂は一瞬にして跡形もなく消え失せ、冷たく重い絶望の汗がガルムさんの顎を伝ってボタボタと床に落ちた。


 「オーウェンや歴代のアホで怠惰な設計者どもが根本的なシステムの作り直し作業から逃げまくって、とりあえず今だけ動けばいいやってその場しのぎのパッチを何百年も長年当て続けた代償だよ。……システム全体が本来絶対に繋がっちゃいけない変な形で互いに密結合しちまってる。システムが病的に癒着してるんだ」


 「ど、どういうことッスか……?」俺が恐る恐る頭を抱えながら尋ねる。


 「つまりな、ゴブ太……」

 トカゲの先輩が爪を血が出るほど噛みながら青ざめた顔で説明する。

 「この世界は今全ての機能が一つの巨大な不安定なジェンガみたいになってんだよ。さっきガルムが川の逆流を直すために重力のベクトル変数をいじって正常に戻しただろ? するとそのいじった重力変数をなぜか狂った計算式に流用してしまっていた鍛冶炉の温度演算がおかしくなって凍りついたんだ」


 「なっ……! そんなのデタラメッスよ! どうやって直せばいいんスか!?」

 「……直せない。これが現場を最も苦しめる依存地獄だ。仮に凍りついた鍛冶炉を元に戻そうと数値を単体でいじれば、今度はそれに繋がっている空の星の瞬きが計算エラーでバグるかもしれない。星の修正をすれば今度はスライムのドロップ率がぶっ壊れるかもしれない。……一箇所でも修正れば連鎖的に三つ四つの未知の赤いエラーが確実に全く別の場所から噴き出してくる。そして神の初期化プロセスの中で一つでも致命的なクラッシュを見逃せば、世界はその瞬間に矛盾で落ちて完全停止して俺たちは消え去る」


 あまりの事態に騒がしかった地下室に絶望的な重い冷や水のような沈黙が落ちた。


 「……ふざけんなよ」

 ドランさんが太い拳で机を思い切り叩き割り、叫んだ。

 「これじゃあ俺たちが徹夜して必死こいてバグを直せば直すほど、世界は別の場所から崩壊していくってことじゃねえか!! 根本から全部のコードの関係性を解きほぐさなきゃ直せねえ!! だがたった残り三十数時間でこんな国中の配線をかき集めたような赤い糸を全部解くなんて、物理的に不可能だ!! 絶対に終わらねえ!!」


 モニターの向こう側にいる無敵の四天王たちも今回ばかりは完全に言葉を失っていた。

 どう足掻いても不可能。魔力や人間の手には絶対に負えない領域。

 こんな重度のスパゲッティ状態になったシステムを直す方法はこの世に一つしかない。

 神が最初にはっきりと宣言したように、全てを一回消去して何もない白紙環境から綺麗なバージョンを入れ直し、今の俺たち全員を消すことだけなのだ。


 「……神の野郎は初めからこれを知ってたんだ。だから俺たちインフラ屋の一生懸命なバグ潰しを鼻で笑ってあの空間で許可したんだよ。……どうせ手動のデバッグじゃこのシステム全体を蝕む致命的な癒着は直せずに人間は自滅するだけだからだ」

 トカゲの先輩がその場にへたり込んで両手で顔を覆いすすり泣きのような声を漏らした。

 俺も誰も何も言えなかった。

 絶対に勝てない、どれだけ努力しても覆せない超えられないシステムとしての限界を突きつけられた瞬間だったのだ。


 神の氷のような冷たい嘲笑が、純白の空間でのあの残酷な言葉が俺の耳の奥で生々しく蘇る。

 『汚れた部屋を一度全部捨てて綺麗に再構築するのは最も合理的な判断でしょう?』


 天井のタイマーの数字が無情に減り続ける。

 『34:55:01』


 もはや誰もキーボード一つ叩こうとしない。

 だってやればやるだけ状況は連鎖的に悪化してしまうのだから。俺たちの泥臭い決意だとか生きる意志なんて、神の完璧な計算の中にあるちっぽけなプログラムの無駄な抵抗でしかなかったのだ。

 俺は絶望で視界が涙で滲み、コーヒーの注がれた大量のマグカップを乗せた台車をギュッと抱きしめることしかできなかった。


 その時だった。


 「……クッ」


 完全に静まり返った地下室に。

 低く震えるような声が響いた。

 泣き声ではない。絶望のため息でもない。それは。


 「ふ、ふふっ。クハッ、ハハハハハハハハハハッ!! 傑作だぜ!!」


 我らがリーダー、ガルムさんがただ一人腹を抱えて呼吸もできないほどの大爆笑をし始めたのだ。


 「おお、おいガルム!? お前とうとう連日の徹夜とこの絶望で、頭のメモリがぶっ壊れちまったのか!?」

 ドランさんが本気で心配して止めに入ろうとするが、ガルムさんはその手を荒々しく振り払い、笑い涙を拭いながら真っ赤に染まった巨大なアラート画面と思い切り指差した。


 「馬鹿野郎……ッ! こいつを見ろよ、これが俺たちの生きてる世界だぜ!? 重心を変えたら町の鍛冶炉が凍って鍛冶炉を直したらスライムが空から雨みたいに降ってきて、星が落ちてくるかもしれない!? はははっ、最高に狂ってやがる! クソすぎる!! これだから上流の綺麗な設計書しか読んだことがねえエラい奴らはダメなんだって、現場の俺がずっと言ったんだよ!!」

 「ガルム……? あんた、何を……?」


 ガルムさんはよろけそうになる身体を気合いと根性だけで真っ直ぐに立て直し、両手を再び先ほどまで沈黙していた自分のキーボードの上に力強く叩きつけた。

 その横顔には絶望など微塵もなく。諦めなど一ミリもない。

 世界で一番厄介な知恵の輪を見つけた悪童のような、最高にイカれたシステム屋の笑みが浮かんでいた。


 「いいかお前ら、よく聞けェ!! 何が不可能だ。何が人間の手に負えないだ。勝手に負け犬の顔になって諦めて、甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ!!」

 ガルムさんの咆哮が怯えきっていた俺たちの下層プログラムの魂を直接根元から揺さぶった。


 「この無数の数え切れない赤い糸のバグ地獄……歴代のアホ共が現場に押し付けて当て続けた継ぎ接ぎのパッチ! なんでこんなイビツな繋がり方をしてなんでこんなにぐちゃぐちゃになってるか分かるか!?」

 ガルムさんは血走った目でモニターの忌まわしい赤い糸を睨みつける。


 「設計者が単にサボったからじゃねえ。……過去に致命的なバグが出て世界が崩壊しそうになった本当のピンチの時に、これより前の時代を生き延びた誰かがどうしてもその機能だけは今日中に動かさなきゃならないって、泣きながら徹夜して無理矢理配線を繋げた痕跡だからだ! この赤い糸の一本一本はこのふざけた理不尽な世界で、現場の人間が明日を生き延びるために気合いで繋ぎ止めて乗り越えてきた命綱そのものなんだよ!! 簡単に否定して絶望していいもんじゃねえんだよ!!」


 その言葉にはっと息を呑む音がいくつも重なった。

 システムを破壊する醜く絡み合った依存関係。それはエラーの象徴であると同時に、俺たちの世界が四苦八苦しながらも必死に呼吸を止めずに生きてきた泥臭い歴史の結晶でもあったのだ。


 「お前ら全員、自分が何屋か言ってみろ!!」

 ガルムさんが机を叩いて叫ぶ。


 「お、俺たちは……インフラ屋だ」トカゲの先輩が顔を上げて答える。

 「ああそうだ! 俺たちは小綺麗な机の上で仕事をするインフラ屋だ!! 綺麗な城を一から作る高尚な建築家じゃねえ。泥水に浸かって切れかけた配線を引っ張って繋がってないものを無理矢理繋ぐのが俺たち現場の仕事だろ!!」


 ガルムさんの指が信じられない速度で打鍵され始める。

 パチパチパチパチッ!! という機関銃のような凄まじいタイピング音。それは命の鼓動だった。


 「配線が全部繋がってて絡まってるなら! 一箇所直して三箇所にエラーが波及して壊れるなら!! その連鎖する四箇所全部のコードを、エラーを吐き出す一瞬のコンマ一秒の隙間で俺たち全員で同時に書き換えて再接続してやればいいだけのことだ!!」

 「同時にだぁ!? その四箇所でまた別の場所にエラーが飛んだらどうするんだよ!?」

 「また全部の場所を追っかけて百箇所だろうが千箇所だろうが同時に直す。それだけのことだ!! 俺のタイピング限界についてこい!!」


 もはやITシステムやロジックの正気の沙汰ではなかった。

 アルゴリズムの理屈を超えた純粋な反射神経と根性と異常な執念の領域。


 「神様には絶対に真似できねえ!! 泥水すすってきた俺たち底辺のシステム屋にしかできない、究極の神業ルーティングをあのクソったれな創造主様の特等席まで見せつけてやるんだよ!! 座して消えるくらいなら最後までキーを叩いてあがけェ!!」


 ガルムさんの一切折れない言葉にドランさんがトカゲの先輩が、そして地下室にいる全ての魔物たちの目に再び狂ったような強い執念の炎が宿った。

 誰もが自分の仕事の誇りを本当のプライドを思い出したのだ。


 「……ハッ! 全く最高にイカれたリーダーだぜ! トカゲ、第五ブロック物理遮断の準備だ! ガルムがキーを叩くコンマ五秒だけ俺が回路をぶっ壊して手で直接繋ぎ直してやる!」

 「やってやるよ! スパゲッティコードだか何だか知らねえが全部俺たちの手で美味しく食ってやる!!」


 モニターの向こうの四天王たちも次々に自らのターミナルでサポートの準備を数秒で加速させる。

 俺ももう誰も絶望なんかに負けないと確信しながら、ガルムさんの空になったマグカップに熱々の特濃のコーヒーを満杯に注ぎ足した。


 「行くぞお前ら!! 俺たちの世界の配線は全部俺たちが繋ぎ直す!!」

 ガルムさんは雄叫びを上げながら、神すら見放した絶望的なスパゲッティコードの赤い海へと自らタイピングによる神速のダイブを敢行した。


 頭上の巨大な赤いタイマーが重い音を立てて『29:59:59』を刻む。

 残り時間は三十時間を切った。

 人間の底力と神が作ったシステムの限界。その究極の削り合いとなる血反吐を吐くような文字通りの最終局面が、今ここからトップギアへと加速していく。


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