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魔王軍の運用保守プロジェクト ~勇者(バグ)の過負荷攻撃から世界(システム)を守る辺境の中間管理職~  作者: AItak
新世界(Ver2.0)でも、俺たちの残業は終わらない

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15/30

第15話 仲間集めは終わった。次は俺たちの戦い方を決める


 アルゲリア王宮地下の中心部に位置する、トラブルシューティング部門。その薄暗くカビ臭い執務室には、数日前から明らかに息苦しく、ひどく沈殿した重厚な空気が滞留し続けていた。

 原因は明確だ。技術長(PL)たるガルムが、前回の新人研修中に放った『第三インシデント』という禁忌の言葉。あれ以来、旧魔王軍の第一から第六区画から強制異動させられてきたベテラン技術者たちの間に、目に見えない絶対的な断絶の壁と、過剰な萎縮による個人主義が生まれてしまったのである。


 「……おいドラン、昨日の東門のテクスチャ剥がれバグ、なんでお前一人で解決に行ったんだ」

 自らのデスクで羊皮紙のログ(システムエラーのダンプファイル)に目を細めて通していたガルムが、忌々しげに顔を上げて低い声を出した。

 「俺に通信(トランシーバー魔法)を入れてくれれば、俺の権限でもっと早くパッチを当てられたはずだ。お前一人の魔導レンチの力技で五時間も手作業でポリゴンの隙間を力任せに縫い合わせるなんて、チームとして非効率すぎるだろうが」


 「……別にいいだろ。俺一人の体力リソースを使えば片付く程度の軽微なバグだったんだからよ」

 部屋の隅の木箱に腰掛け、魔導レンチの油汚れをボロ布で黙々と拭いていたドワーフのドランは、ガルムと目を一切合わせようともせず、低くぶっきらぼうな声で答えた。

 彼だけではない。第五ダンジョン出身の蜥蜴人のネットワークエンジニアも、第二区画のダークエルフのセキュリティ担当も、全員がそれぞれのデスクに引きこもり、互いに情報共有することや連携することを極端に避けるようになっていた。彼らの間の会話は、業務連絡の最小限にまで削ぎ落とされている。


 無理もない話だった。彼らは全員、あの凄惨を極めた『第三インシデント』の結末――すなわち、魔王軍のエリート開発チームが一丸となって連携してコアに手を出した結果、大半の人間が物理法則の崩壊に飲み込まれて概念から消去され、責任者であったガルムが全ての罪を被って辺境へ追放された事実を知っているからだ。

 『誰かと深く連携し、巨大なプロジェクトを共に背負えば、万が一の時に責任の連鎖(カスケード障害)に巻き込まれ、自分も一緒に消去デリートされるかもしれない』

 そんな強迫観念とトラウマが、歴戦の彼らに「すべてを一人で背負い込むソロプレイ」を強固に強いていたのである。


 「ほらほら諸君! どうしたんだい朝からこのお通夜みたいな空気は!」

 そんな重苦しい地獄の空気を、一切の空気を読まない(というか読める知能というものがそもそも搭載されていない)底抜けに能天気な声が完全に切り裂いた。

 今日も汚れ一つない純白のテイラーメイドスーツを着こなした特命プロジェクトマネージャーのルシアンが、カビの舞う部屋の中で両手を軽快に叩きながら中央に進み出た。


 「君たちのKPI(パッチ適用率)とベロシティが、ここ数日で急激に落ちているよ! 私がせっかく導入したアジャイルなスクラム開発のフレームワークが、全く機能していないじゃないか! チームにもっと心理的安全性をもたらし、コミュニケーションのハブとしてシナジーを生み出してくれたまえ! さあ、ハグしよう! フラットな関係性の構築だ!」

 「……誰か口から毒霧ポイズン・ブレスを吐ける奴はいねえか。頼むからアイツを黙らせろ」

 ドランがギリッと鋭い牙をむき出しにしてレンチを構えかけたが、ガルムが激しく舌打ちをしてそれを制止した。


 しかし、彼らがルシアンの不毛極まりない横文字の処遇について揉めようとした、まさにその時だった。


 ビィィィィィィィィィィンッ!!!! ギャァァァーーンッ!!!! ビィィィィンッ!!!! ギャァァーンッ!!!!


 執務室の魔導水晶ターミナルから、これまで聞いたこともないような、鼓膜を物理的に破壊しかねないほどの凄まじい絶叫アラートが鳴り響いた。

 常に一つか二つしか点灯しなかったはずの警告エラーランプが、ターミナルの画面全体を埋め尽くすように、異常な速度で『真っ赤な四つの重度フラッシュ』を同時に激しく放ち始めたのである。


 「な、なんだ!? アラートの多重起動(マルチスレッドエラー発生)だと!?」

 ガルムが残っていたコーヒーカップを自ら弾き飛ばし、叩きつけるようにターミナルに激突して飛びついた。

 「ゴブ太!! 現在地の座標とログを読み上げろ! 一文字も漏らすな、今すぐだ!!」


 「は、はい!! あ、あああ……PLさん、ヤバいです! これは完全にヤバすぎます!!」

 ゴブ太が涙目で水晶のパネルを叩く。その緑色の指先がカタカタとひどく震えていた。

 「王都の東西南北、四つのゲート周辺エリアから、同時に『致命的クリティカルエラー』の通報が着信!! 王都全域のサーバー・システムメモリが、一気に枯渇し始めています!!」


 「四箇所同時だと……!? 詳しく言え!」

 「東ゲート! 『王都とスラムを繋ぐ巨大な石の大橋』の当たり判定モデル(大橋のコリジョン)が完全に消失! 商人の馬車や出勤する市民が、次々と見えない底なしの虚無に落下しています!!

 西ゲート! 商業区! NPCである『普通の市民十名』のスケールパラメータ(物理的な大きさ)が計算バグで突然100倍にインフレ膨張! 巨大化した肉の壁が、周囲の建物を物理的に圧し潰そうとして大暴れしています!!

 南ゲート! 天候パーティクル(描画処理)の暴走! 季節設定のバグにより、一部の区画だけにマイナス摂氏200度の絶対零度の巨大吹雪ブリザードの処理が発生! 民家が瞬時に凍りついて瓦解しています!!

 北ゲート! 王室直轄養鶏場! トリガーの無限再帰処理(無限ループエラー)により、ニワトリのオブジェクトが毎秒一万羽のペースで細胞分裂して増殖中! すでに北区画の一帯が、白い羽の膨大なポリゴンによって完全に埋め尽くされそうです!!」


 「…………ッ!!」

 ガルムの顔面から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。

 一つ一つは、バカバカしいが極めて致命的なインフラの欠陥バグだ。だが、それがたった一つの王都のサーバーの中で『四つ並行して同時に』起こったとなれば話は全く別だ。


 「第一次大規模インシデント(複数エリア同時多発バグ)……ッ!」

 ドランが絶望の叫び声を上げた。彼ら魔王軍の歴戦の技術者たちでさえ、新世界(Ver2.0)がリリースされて以来、たった数日でここまでの地獄の底が抜ける事態になるとは予想していなかったのだ。

 これほどの膨大な処理負荷が同時に王都に掛かれば、メモリの許容量スタックを数分で食い潰し、大元の根幹システム……あの絶対に触れてはならない『ディープ・メモリー・コア』が物理的に自壊クラッシュし、王都が文字通り概念ごと宇宙から消滅する。


 「くそっ、待ってろ! 俺が西の巨大市民をレンチで叩き割ってくる!」ドランが叫んだ。「東の落下は蜥蜴野郎! お前がいけ! 南はダークエルフ! 北のニワトリは、ええと、誰か適当に高火力の魔法で燃やせ!」

 「待てドラン俺はネットワーク専門だぞ空間の消失なんざ直しかた知らねえ!」「南の絶対零度なんてファイヤーウォールで防げるか!」「北のニワトリの増殖なんて燃やしたら余計にエフェクト処理が増えて炎と煙でサーバーが落ちる!! 処理落ちの自爆行為だ!!」


 極限のパニックに陥った彼らは、誰も全体の状況を見ようとしなかった。「一人で責任を負わねばならない」というトラウマの呪いに囚われたベテランたちは、それぞれがバラバラの方向へ無策に駆け出そうとして、執務室のドアの前で大渋滞を起こし、醜い言い争いを始めた。


 「君たち落ち着きたまえよ! バグが起きたらまずはチケットを起票して、リスクの言語化とタスクの優先順位を……」

 「うるせええ黙ってろクソ白スーツ!!」


 もう、ダメだ。

 連携の歯車は完全に砕け散っている。四つの致命的エラーは今この瞬間にも王都のメモリ領域をゴリゴリと食い尽くし、水晶ターミナルの警告音は断末魔のように高くひしゃげた音へと変わろうとしていた。

 このままでは、あの日の悲劇――第三インシデントにおけるデータの全消失という絶望が、この新世界でも繰り返されてしまう。


 ドゴォォォォォォォンッ!!!!


 ――その時、張り詰めた冷たい執務室の空気を、耳をつんざくような暴力的な物理破壊音が粉砕した。

 ガルムが、魔導ターミナルの傍らにあった分厚いオーク材のデスクを、怒りの蹴り一発で木っ端微塵に蹴り飛ばしたのである。


 「テメェらいい加減にしろォォォォッ!!!!」

 ガルムの声は、魔王軍時代、最前線のデスマーチで何百人もの気性の荒い技術者を冷酷に統率してきた、あの『最恐のプロジェクトリーダー』の怒号そのものであった。


 「あ……PL……さん」ゴブ太が震え上がる。

 「過去のトラウマにビビって保身に走って、単独行動してんじゃねえぞ三流共!! 魔王軍の時はもっと自分本位に泥臭く連携してただろ!! 責任の連鎖が怖いか!? 自分が消されるのが怖いか!? 舐めるな、お前ら全員が単独で動いてバグを処理しきれなかった時点でリソースが枯渇して、全員仲良く巻き添えでデリート(死ぬ)されるんだよ!! 一人で抱え込んで死ぬつもりか!!」


 ガルムは血走った獣のような双眸で、立ちすくむ屈強な技術者たちを一人一人、射抜くように睨みつけた。

 「いいか、今の俺たちはただの寄せ集めの敗残兵じゃない。この平和クソな世界を裏から支える『最後の砦(トラブルシューティング部門)』だ。……俺が全てを指揮する。責任は全部、俺が取る。お前らは余計なことを考えるな! 全細胞を今の自分のタスク(仕事)に回せ!!」


 その言葉は、彼らを縛っていた「単独プレイと過去の呪縛」の呪いを断ち切る、強烈な強制上書きコマンド(オーバーライド・プロンプト)だった。

 歴戦の魔王軍の技術者たちの目に、次第に、かつての死線を潜り抜けてきた野獣のような冷たい光が戻ってくる。


 ガルムの視線が、部屋の隅でオロオロしているルシアンを捉えた。

 「ゴブ太! あの役立たずのPM(クソ白スーツ)をガムテープで縛り上げてロッカーに放り込め! これから1ミリ秒の指示の遅れが致命傷になる! 無能なノイズはシステムから物理的に隔離ミュートしろ!!」

 「アイアイサー!!」ゴブ太が魔法のロープと極太の粘着テープを取り出し、ルシアンをマッハで天井から簀巻きにして吊り下げ、防音の掃除用具入れへと放り込み、三重の南京錠をかけた。

 「むぐぅぅーッ!? なぜだぁぁッ!?」という抗議の声が完全にくぐもって消える。


 よし、これで完全なノイズレスな作業環境が整った。

 ガルムは魔導水晶ターミナルの前に陣取り、白衣のポケットから真紅に輝く『強制指揮の魔晶石マスター・コンソール』を取り出し、システム全体に自らを直結させた。彼は他ダンジョンから来たメンバー全員の「魔王軍時代の得意分野と特徴」を、たった数日の地獄の研修期間で完全にプロファイリングし、自らの脳内に完璧に記憶していたのである。


 「今から全拠点の同時修復(マルチスレッド処理)を行う!! どれか一つでも欠ければメモリが溢れて王都が崩壊するぞ! 全員、指定された持ち場へ転移ワープポータルで直ちに飛べ!」


 ガルムの口から、無駄を一切削ぎ落とした、美しくも冷酷なスクリプト(指揮コマンド)が音速で出力され始めた。


 「ドラン! お前は完全な物理レイヤーの破壊と再構築が得意だ! 西ゲートへ飛べ! 100倍に膨張した巨大市民の足首の『ポリゴンの関節ジョイント』を、お前の自慢の魔導レンチで全力がぶち叩け! モーションがブレた瞬間に極小化縮小コードを物理的に流し込む!」

 「おうよォ!! やっぱデけぇモンは真っ二つにぶっ叩くのに限るぜ! 力技なら俺に任せとけPL!!」


 「ネットワークの蜥蜴野郎! お前は東の橋だ! 空間そのものが消えたわけじゃない、橋を繋ぐ両端の『相互リンク(ノード)』への通信パケットの宛先が迷子になって見えなくなっているだけだ! 虚空に向かって通信回復パスのスクロールを五秒おきに投げ続けろ!」

 「了解だッ! ルーティングの再構築(泥臭い道造り)は俺の専門だからな!」


 「ダークエルフ! 南の吹雪だ! あれは天候システムではなく『異常な過冷却魔法の連続着弾(DDoS攻撃に似たループ現象)』と同じ処理原理だ! お前の専売特許である強靭な防御結界ファイヤーウォールを空に向けてドーム状に展開し、雪のパーティクルパケットを一点の綻びもなくすべて弾き落とせ!」

 「結界の強固な構築パケットフィルタリングなら我が一族に右に出る者はいない! 任された!」


 「ゴブ太! お前は北の養鶏場だ! 燃やすんじゃない、お前の得意な『低級な氷結魔法』を使え! 増殖しているニワトリの根源のオブジェクトを丸ごと凍らせて『描画処理を一時停止フリーズ』させるんだ! そうすれば増殖ループが止まり、メモリの計算が追いつく!」

 「了解ッス!! 限界まで全力で凍らせます!!」


 「俺は中央ターミナルに残り、全メモリの負荷を直接監視しながら、増殖したエラーオブジェクトを一斉に消去するための準備(コマンド待機)を行う!」

 ガルムが『黒い鉄の聖遺物(SUDO強制管理者ハンマー)』を画面の前に静かに、だが恐るべき覇気を纏って構えた。

 「全員、配置につけ!!」


 王宮地下の泥臭いインフラ屋たちが、一斉に転移ポータルへと飛び込んでいった。

 ――そこからの数分間は、まさに神がかった、芸術的なまでのトラブルシューティングであった。


 王宮地下のターミナル越しに、ガルムは王都全体の戦況(リソースの増減状況)を完全に把握していた。

 画面端で、赤く染まっていた王都のメモリ使用率を示すゲージが、98%……99%……と、限界突破のフリーズ寸前まで達しようとしている。

 だが、彼らは一切怯まなかった。


 『西ゲート着いたぜ! うおおおッ! 巨大な肉の壁の足首、ぶち叩くぞ!!』

 『東ゲート! 虚空に向かってルーティング設定(通信パス)を投げ込みました! 橋の輪郭が微かに結ばれてきた!』

 『南ゲート! 完全防御結界フル・ファイヤーウォール展開完了! 吹雪パーティクルエラーの流入を防いでいる!』

 『北ゲート! 初期のニワトリ群一万羽を氷結フリーズ完了! 増殖の連鎖が止まりました!!』


 通信魔石から、彼らの息の合った、誇りに満ちた怒号が次々とガルムの耳に飛び込んでくる。

 バラバラだった彼らの得意分野が、ガルムという圧倒的な司令塔コアを経由することで、一本の美しいマルチスレッド・プログラムのように信じられないほどのシナジーを発揮し、完璧に歯車が噛み合い始めていた。


 「よくやったお前ら!! まとめてエラーのゴミガベージコレクションに放り込むぞ!!」

 ガルムは血を吐くような叫び声と共に、手の中のSUDOハンマーを、ターミナルの真っ赤に警告を放つ中央コンソールに向けて、渾身の力で振り下ろした。


 「SUDO_Command_Exec(全権限行使)!! ゴミデータの同期、完全削除(Sync and Kill)!!!!」


 ゴアァァァァァァァァンッ!!!!


 ハンマーの恐るべき一撃がシステムの中核を叩き割ったような凄まじい反動音が、王宮地下に鳴り響く。

 その瞬間。王都の四方で起きていた致命的な群発バグの連鎖が、文字通り「1ミリ秒の狂いもなく」同時並行で一斉に強制終了キルされた。

 空を覆っていた絶対零度の吹雪がノイズと共に消え去り、巨大化した市民がシュルンと元の等身大サイズに縮み、東の大橋が一瞬にして再レンダリングされて実体を取り戻し、北の空を埋め尽くしていた数百万羽のエラーニワトリが光の粒子となって虚空に消滅した。


 限界値の『上限100%』に達する寸前だった王都のメモリシステムゲージが、一気にスゥッと緑色の『正常な稼働域である20%』まで急降下し、安定していく。

 アラートの赤い点滅が消え、水晶ターミナルには、真の平和を示す穏やかな青い光点だけが残った。


 完全なる、王宮トラブルシューティングチームの圧倒的な大勝利であった。


 「……終わった、ぞ」

 ガルムはハンマーを落とし、疲労の極致でその場に仰向けに倒れ込んだ。

 数十分後、転移ポータルから続々と、泥と汗と疲労でドロドロになった技術者たちが笑い合いながら帰還してくる。

 誰も口をきく体力すら残っていなかったが、ドランがガルムの横にドスンと座り込み、自慢の髭に残った氷の欠片を払いながら、心底嬉しそうにニヤリと笑った。


 「……悪くねえ指揮だったぜ、ガルムPL。魔王軍の時より、少しは腕を上げたじゃねえか」

 「うるせえ。お前らの不格好な力技のおかげで、俺の美しいコマンド設計も台無しだよ」

 ガルムは寝転がったまま、わずかに口角を上げて毒づいた。

 他のメンバーたちも、互いのボロボロの姿を見て、声を殺して笑い合っている。かつての恐怖や分断は消え失せ、そこには「新世界(Ver2.0)における俺たちの戦い方」が確立された、強固で泥臭いチームの結束感だけが漂っていた。


 (※ちなみに、ロッカーに閉じ込められていたルシアンは「これこそ私が求めていた真のアジャイルなシナジーだ!」と中から勝手に感動の涙を流していたが、誰も彼を開放しようとはしなかった)


 ――これにて、新世界を揺るがした第一次大規模インシデントは無事に収束し、平和な日常が戻った。

 ……かに、思われた。


 事件から数時間後の深夜。

 疲れ果てたメンバーたちが皆、仮眠室で(ようやく安らかに)泥酔したように深い眠りについた頃。

 一人だけで静かな執務室に残り、エラーログの最終チェックと残務処理をしていたガルムの目の前で、魔導水晶ターミナルが「チカッ……」と、不自然な黒い残光を放った。


 「……? なんだ、まだバグ特有の残党エラーログが残っているのか……」

 ガルムが身を乗り出して真っ暗な画面を見た瞬間、彼の全身の血の気が、今日一番の底冷えに似た冷たさで一気に凍りついた。


 画面に表示されていたのは、王都の住民や通常のインフラ区画からの市民通報ではない。

 システム上の最上位階層――すなわち『神(極大管理者)』と直結する、新世界王宮の最上層部システムからの、極めて高度に暗号化された『漆黒の特権封書プロトコル(極秘通達)』だった。

 ガルムは文字通り震える指でパスワードを叩き、その封書のロックを解除した。


 そこには、たった一文だけ、無機質で恐ろしい命令文が刻まれていた。


 『通達:次期大型世界更新パッチ(Ver2.1)の適用準備に伴い、王宮直属トラブルシューティング部門に対し、明朝より【ディープ・メモリー・コアへの直接アクセス権限(Rootフルコントロール)】を暫定的に委譲する。各員は直ちに最下層コア領域への物理ゲートを開封し、接続待機状態を維持せよ。』


 「……な、にを言ってやがる……」

 ガルムの口から、乾いた掠れ声が漏れた。

 それは、彼が『絶対に触れてはならない』と厳命し、そして彼自身が過去の『第三インシデント』で嘗め尽くした最大のトラウマの中心点――世界を破滅させかねないコア領域(最高禁忌)への、強制的な干渉と扉を開く要請だった。


 「上層部の奴ら……このバグだらけの新世界で、一体何を開発(仕込もう)としているんだ……!?」


 仲間たちが手にした束の間の平和とは裏腹に、極北の冷気よりも冷たい絶望の呟きだけが、誰にも聞かれることなく、暗い地下室に重く響き渡った。


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