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魔王軍の運用保守プロジェクト ~勇者(バグ)の過負荷攻撃から世界(システム)を守る辺境の中間管理職~  作者: AItak
新世界(Ver2.0)でも、俺たちの残業は終わらない

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第12話 天下り上司と現場の常識は、絶対に相容れない


 次期システム(Ver2.0 平和な世界) 本番稼働から、実に24時間が経過した。王宮の地下深く、窓一つないカビ臭い『王宮直属トラブルシューティング部門』の執務室。

 このわずか一日の間に、アルゲリアの王都周辺では「上へ向かって落ちる噴水」「空中で毎秒五百回振動するリンゴ」「エラーログのウィンドウを延々と吐き出し続ける犬」といった、リリース直後特有の致命的なバグが多発していた。


 「ぜぇ……はぁ……だ、だから言ったんだ。移行前の検証環境での結合テストをおろそかにするなと……!」

 ボロボロのパイプ椅子に沈み込むように腰掛けたガルム・フォン・アッシュは、旧環境から持ち越した強烈な胃薬の空き瓶を放り投げつつ、白目を剥いて天を仰いでいた。隣のデスクでは、新米ゴブリン技術者のゴブ太が、すっかり干からびたカエルのようなポーズで机に突っ伏し、ピクピクと痙攣している。この24時間、彼らに一睡の猶予も与えられなかった。


 「おいおい、なんちゅうツラしてやがる、第七ダンジョンの優等生サマが」

 突然、地下室の重い鉄扉が乱暴に開き、ガラガラと大仰な音を立てて一台の工具カートが押し込まれてきた。

 現れたのは、真っ赤に酒焼けした顔に毛むくじゃらの髭を蓄えた、ずんぐりむっくりとした体型のドワーフだった。逞しい腕には油汚れがこびりつき、肩には巨大な鈍色の魔導レンチを担いでいる。


 「あんたは……」ガルムが薄く目を開ける。「旧・第三ダンジョン『灼熱の溶岩洞』インフラ班リーダー……ドランじゃないか。お前、勇者の水魔法で溶岩ごと冷却されて死んだんじゃなかったのか?」

 「馬鹿言え。サーバーが冷えたくらいでインフラ屋がくたばってたまるか。冷却ダウンした魔導コアへ物理的に熱を通すために、手回し発電機で徹夜でクランク回してたら、いつのまにか神様とかいうのにデプロイされてこのザマだよ。気がついたらこのカビ臭い地下室の配属リストに俺の名前が追加されてた」

 ドランは豪快に笑いながら、ガルムの向かいの空きデスクにドカッと腰を下ろし、分厚い安全靴のかかとを机の上に乗せた。


 旧魔王軍における彼ら二人は、会議のたびに衝突する犬猿の仲だった。論理的でコードの美しさを重視するガルムに対し、ドランは「バグが起きたらとりあえず筐体を物理的に引っ叩く」「サーバー回路がショートしたら魔力を直接繋いで冗長化する」という、泥臭い昭和の体育会系エンジニアだったからだ。

 「まさか平和な新世界で、お前みたいな脳筋のアナログ野郎と再会するとは思わなかったぜ。まあ、こんなゴミ溜めみたいな部署に送られたって意味じゃ、俺たちは同じ穴のムジナか」

 「違えねぇ。王宮のお偉いさん方は、魔王軍で一番現場を知り尽くした俺たちに、この欠陥だらけの世界のバグフィックスを押し付ける気満々らしいな」


 悪態をつきながらも、二人の間には、同じデスマーチを生き抜いてきた技術者同士特有の、奇妙で強固な連帯感が漂っていた。

 さらにドランの後ろからは、第五ダンジョンの毒沼サーバーを管理していた蜥蜴人のネットワークエンジニアや、第二層の魔法罠を保守していたダークエルフのセキュリティ担当者など、見覚えのある(そして等しく徹夜明けのような土気色をした)旧魔王軍の技術者たちが、次々と暗い顔で入室してきた。

 どうやら極大管理者(神)の強制移行処理によって、旧世界のすべてのインフラ残党が、一箇所に集約されたらしい。


 「ははは。これで役者は揃ったな。俺たちの新しい地獄の始まりってわけだ」

 ガルムが自嘲気味に笑った、その時だった。


 「――おはよう諸君! 皆、朝の始業前から素晴らしいモチベーションとシナジーを感じるね! 私としては非常にエキサイティングだ!」


 カビ臭く、油と男たちの汗の匂いが充満する地下室に、まったくもって場違いなほど爽やかで、カン高いテノールボイスが響き渡った。

 バタンッ、と軽快に鉄扉を開けて現れたのは、眩しいほどの銀髪を美しく整え、一切のシワも汚れもない、王宮御用達の最高級シルクで仕立てられた純白のオーダースーツを着こなした、若い人間の貴族だった。年の頃はガルムと同世代か少し若いくらいだが、その肌は陽の光を浴びたように白く輝き、徹夜の「て」の字すら知らないような健康的な血色をしている。


 「初めまして、旧魔王軍からヘッドハントされた優秀なタレントたち。私の名前はルシアン・フォン・クリスタル。栄えあるアルゲリア王宮インフラ管理庁から、君たちトラブルシューティング部門の特命プロジェクトマネージャーとして、直々にアサインされた直属の上司だ」

 ルシアンはそう名乗ると、真っ白な絹の手袋を嵌めた手で、ガルムの汚れたデスクをポンと叩き、親指を立ててウィンクした。

 「今日から我々は、旧態依然とした魔王軍の野蛮なワークスタイルを捨て、アジャイルでモダンな組織運用を行い、王国に最高のバリューをプロバイドしていく! ブレイクスルーを起こそうじゃないか!」


 「…………」

 ガルム、ドラン、ゴブ太、その他旧魔王軍の技術者全員が、完全に口を開けたままフリーズした。

 彼らが処理できないほどの、得体の知れないカタカナビジネス用語のパケットが、突然脳内に送り込まれてきたからだ。


 「ええと……新任のリーダー殿?」

 最初に再起動に成功したガルムが、重い口を開いた。

 「自己紹介はありがてえ。だが、一つ確認させてくれ。あんたは……システムの基礎である魔法演算プロトコルや、魔導コアの物理回路、あるいはネットワークのロードバランシングについて、実務の経験はあるのか?」


 「ノン・ノン・ノン!」

 ルシアンは人差し指を横に振り、大げさに天を仰いだ。

 「ガルム君、君は技術的なマイクロマネジメントに囚われすぎだ。私はマネージャーであり、コードを書くような『下流工程』の経験など一切ない! そもそも王宮の貴族が、泥臭いサーバーに触るなどナンセンスだよ! 私は最新の経営論と、ゼロトラストな組織マネジメントの手法を完璧にマスターしている。大切なのは技術論ではなく、いかにチームのポテンシャルをエンパワーメントして、ステークホルダーとWin-Winの関係を築くかだ!」


 ピシィッ。

 ガルムの眉間の中で、理性のストリングスが一本、鋭い音を立てて断裂した。ドランが持っていた魔導レンチが、不穏な軋み音を立てる。

 (……最悪だ)

 ガルムは血を吐くような絶望を、心の中で叫んだ。

 (一番タチが悪い……『現場の泥水を一切見ず、実体のないカタカナワードだけを並べ立てて、自分は有能だと本気で思い込んでいる意識高い系の無能上司』だ!! 魔王軍時代のザルガンの根性論も最悪だったが、こっちは完全に別ベクトルの有害ウイルスじゃねえか!!)


 彼に悪意はない。ルシアンはおそらく、本気で「自分のスマートな最新のやり方が、この野蛮で無愛想な魔王軍の技術者たちを啓蒙し、最高のチームに生まれ変わらせる」と純粋に信じて疑っていないのだ。だからこそタチが悪い。


 「よし、それでは早速新体制のキックオフとして、朝の『デイリー・スクラム』から始めよう」

 ルシアンはカビの生えた壁に、真新しいホワイトボードを魔法で吊るした。

 「昨日発生した城下町のリンゴ振動インシデントと、噴水重力反転エラーについては報告を受けている。あのような緊急の炎上消防活動は、極めてリスキーで属人的だ! 今日から、どのようなバグが発生したとしても、まずは必ずチケット管理システムにタスクを起票し、現状のイシューとリスクを言語化して、毎朝のこのスクラム会議で優先順位を決定してから対応に当たること! いいね? 独断専行のパッチ当ては絶対に許可しない!」


 「はぁ!? ふざけんな!」ドランが机を叩いて立ち上がった。「バグが出た瞬間に直さねえと、メモリアロケーションがパンクして世界がクラッシュちまうんだぞ! 起票だの会議だのやってる間に、街が一つポリゴンごと吹き飛ぶんだよ!」

 「ドラン君! そういう旧態依然の『とりあえず叩けば直る』という発想が、技術的負債を生むのだ! プロセスを可視化し、エビデンスを残さなければ、王宮への説明責任が果たせないだろう!」


 ルシアンがドヤ顔でドランを説教しようとした、まさにその時であった。

 ビーーーーーーーーーーーッッ!!!! ギャァァァーーンッ!!!!

 地下室の魔導水晶ターミナルから、これまでのどんなアラートよりもけたたましい、部屋の空気を震わせるほどの轟音が鳴り響いた。画面一面が真っ赤に染まり、『FATAL ERROR』の文字がフラッシュ点滅している。


 「なんだ!? 何が起きた!?」ガルムが水晶に飛びつく。

 「PLさん! 発生源は……真上です! 王宮の地下三階、この真上にある『王室マスター金庫』からです!!」ゴブ太が悲鳴を上げた。

 「金庫だと……? データを展開しろ! はやせ!」


 モニターに、地下金庫の内部の様子が映し出された。

 そこでは、信じがたい光景が広がっていた。数万枚の物理オブジェクト「アルゲリア金貨」が、まるでウイルスのように自己増殖を繰り返し、金庫の床から天井に向かって雪崩のように湧き出し続けているのだ。

 チャリン、チャリン、ジャラジャラジャラジャラァァァッ!!

 凄まじい物理演算の衝突音。増殖した金貨同士がぶつかり合い、それぞれが極小の当たり判定を持つため、金庫の壁を内側から猛烈な勢いで圧迫している。


 「金貨のアイテム無限増殖バグだ!!」ガルムが叫ぶ。「新環境の経済システムが、日付変更時の利子計算プログラムで無限ループを引き起こしやがったんだ!」

 「馬鹿野郎! あんだけの数の物理オブジェクトが密閉空間で暴れ回ったら、金庫の物理容量限界をすぐに突き破るぞ!!」ドランが顔面を蒼白にして魔導レンチを握りしめる。


 事実、モニターの中の分厚い金庫の鉄扉が、内側からの異常な演算圧力によってボコォッ、と無残に外側へと膨張し始めていた。鉄が軋み、千切れるような悲鳴を上げている。

 「限界域まであと1分もない! もしこのまま金庫の扉が決壊して無限の金貨が王宮地下に溢れ出せば、その計算処理に耐えきれず、サーバーがダウンして文字通り王宮全体がブラックホールに沈没するぞ!!」


 ガルムとドランは無言で顔を見合わせ、即座に動いた。

 ガルムはボロボロの強制ハンマーを、ドランは巨大な魔導レンチを担ぎ上げ、鉄扉に向かって駆け出す。

 「行くぞドラン! ゴブ太は端末から金庫の物理パスワードを強制バイパスしろ! ドアを開けた瞬間に俺がハンマーで金貨の増幅ソースを叩き壊す! お前はレンチでループ回路のバルブを物理的に閉めろ!」

 「おうよ! やっぱ最後はアナログなハードウェア制御の力技に限るぜ!!」


 最高に荒っぽく、そして最高に洗練されたエンジニアたちの緊急対応。

 その迅速な行動を、しかし、最悪の人物が立ちはだかって遮った。


 「ストーーーーップ!! 待ちたまえ君たち!!」

 ルシアンが両手を広げ、地下室の出口の前に立ち塞がったのだ。

 「先ほど言ったばかりだろう! 単独での思いつきの行動は許可しない! 今起きたこの金貨増殖のイシューについて、まずはインシデント管理表へ『チケットの起票』を行い、発生原因の言語化と、解決策のブレインストーミングを行いなさい!」


 「どけぇぇぇ無能上司!!」ガルムが本家本元の魔物顔負けの恐ろしい形相で怒鳴る。「一秒経過するごとに、数万枚の金貨オブジェクトの物理演算が発生してるんだぞ!? 承認なんか待ってたら、王城のコリジョンが物理的に弾け飛んで大穴が空くんだよ!! 王様ごと国がクラッシュするんだぞ!!」

 「ノー! プロセスを無視した対応など言語道断だ! 万が一、君たちが適当にハンマーで叩いたせいで、王室の預金データそのものが消失でもしたら、一体誰がコミットメントを取ると……!」


 ズドォォォォォン……ッ!!

 その時、地下室の天井から、巨大な地鳴りのような物理的な亀裂音が鳴り響き、パラパラと石の破片が落ちてきた。

 モニターの中で、金庫の扉のヒンジが吹き飛び、わずかな隙間からジャラララララッ! と猛烈な勢いでエラーの金貨が外へと漏れ出し始めている。サーバーの処理限界により、ガルムたちの動きすらもカクカクと同期待ちのような挙動を示し始めた。


 もはや、猶予は一秒もない。

 「……やるぞ、ドラン」

 ガルムが低く、冷たい声で言う。

 「おう。責任なんかクソ喰らえだ。俺たちは俺たちの仕事を守るだけだ」


 ドランがレンチを構えた。

 ルシアンが「な、何をすっ――」と抗議の口を開きかけた瞬間、ガルムの動きは文字通り瞬きも許さぬ速さだった。

 彼は白衣のポケットから極太の銀色のガムテープ――強力な拘束魔法が付与された絶縁テープ――を取り出すと、ルシアンの口をガムテープでぐるぐる巻きにして物理的に塞ぎ、そのまま彼の美しいオーダースーツの襟首を掴んで、部屋の隅にある薄汚い「掃除用具入れのロッカー」へと乱暴に放り込み、外から南京錠をガチャリと掛けたのだ。


 「むぐぅぅっ!? むーっ! むーっ!!」

 ロッカーの中からドンドンと抗議の音が響くが、ガルムの耳には一切届かない。

 「チケットの承認は、明日朝の会議で勝手にやっとけ!! 行くぞ全員ッ!! 王宮のクラッシュを絶対に食い止めろォォォ!!」


 怒号と共に、旧魔王軍の技術者たちが、まるで野武士の集団のように王宮の階段を駆け上がっていく。


 ――10分後。王宮地下三階マスター金庫前。

 「オラァァァァッ!! そこ! ループ変数のバルブが開いてるぞ! レンチで頭ごとねじ切って塞げ!!」

 「了解!! ガルム、中央の増殖ソースの根元が見えたぞ!! ハンマーでコマンドを叩き込め!!」

 「SUDO_Command_Execッ!! 経済変数の配列を、すべて強制クリーンアップKill!!」


 ドゴォォォォォォォンッ!!!!

 ガルムの振り下ろした強制ハンマーが、金貨の山の中核にあった異常なプログラムのコア変数を見事に粉砕した。

 直後、膨大に溢れかえり、王宮の壁を軋ませていた千万枚を超えるエラー金貨たちが、一瞬にして光のポリゴンとなって霧散していく。凄まじい物理演算の負荷が一気に解放され、カクカクだった視界のフレームレートが、正常なヌルヌルの動きへと戻った。


 「……ふぅ。どうにかなったな。危なく王都ごと地形ごとマップの下に落下するところだったぜ」

 ガルムは額の汗を拭い、ボロボロになったハンマーを肩に担いだ。彼もドランも、服の至る所が破れ、油とホコリにまみれていたが、その瞳にはインフラを守り抜いた揺るぎない誇りがあった。


 「おい、お前たち!!」

 そこへ、寝巻き姿にナイトキャップを被ったアルゲリア王国のトップ、王様とその護衛たちが、慌てふためきながら階段を駆け下りてきた。

 「金庫の異常アラートで飛び起きてみれば……なんと、もう鎮圧したというのか! 城が沈没する寸前だったというのに!」


 「ああ。俺たちトラブルシューティング部門の迅速な力技のおかげでな」ガルムがニヤリと笑う。

 その背後から、ガシャン、と音を立てて階段を登ってきた人影があった。

 自らの力でロッカーを蹴破り、顔を真っ赤にして激怒に震える新上司、ルシアンだった。彼の純白のオーダースーツはカビとホコリで台無しになり、口元のガムテープを無理やり剥がしたせいで口の周りが赤く腫れている。


 「キィ……キディミダヂィィ……!! 君たちぃぃ!!」

 ルシアンは怒りで声を裏返らせながら、ガルムたちを指差した。

 「上司を監禁するなど言語道断の暴挙! 断じて許されざる野蛮な……っ!! この場で全員、解雇並びに反逆罪として……!!」


 「おお、そちが新任の特命PMのルシアンか!!」

 突然、王様がガシッとルシアンの両手を握りしめ、感動の涙を流しながら上下に激しく振った。

 「素晴らしい手腕じゃ! 事前の稟議や無駄な会議を一切省き、現場の技術者に全権限を与えて緊急出動させるという、まさに最新の『アジャイルでトップダウンな英断』! そちの俊敏な指示がなければ、今頃王宮は跡形も無かったであろう! 流石は我が王宮の誇るエリート! まさに最高のシナジーじゃ!!」


 「…………は?」

 ルシアンの怒りに歪んだ顔が、見事に固まる。

 「あっぱれ! 明日の式典にて、特命PMのルシアンに王室金十字勲章を授与しようぞ! 今後とも、この国のインフラを頼むぞ!! はっはっは!」

 王様は高笑いしながら、すっかり満足げな様子で護衛と共に去っていった。


 残されたのは、ボロボロのスーツで呆然と立ち尽くすルシアンと、彼をニヤニヤと見つめる旧魔王軍の技術者たち。


 ガルムとドランは、どこから持ってきたのか王室備品の安っぽい缶コーヒーをプシュッと開け、カチン、と乾杯した。

 「いやあー、流石は最新の経営論に通じた俺たちの素晴らしいルシアンPMだ。まさか自分の身をロッカーに監禁してまで、俺たち現場のポテンシャルをエンパワーメントしてくれるとは。勉強になりますなぁ!」

 ドランが意地の悪い満面の笑みでルシアンの肩をバンバンと叩く。


 「あ、あ、ああ……」

 ルシアンの手の中には、彼が愛してやまない「承認されたチケット」も「リスクアセスメント表」も存在しない。あるのはただ、野蛮な手段で解決された現実と、身に覚えのない手柄によって王族から突きつけられた重い「今後への期待」だけだ。

 彼のエリートとしての常識は、泥と血にまみれたインフラ現場という冷酷な現実の前に、完全にクラッシュされたのである。


 「さあ、朝会のスクラムを再開しようぜ、リーダー殿? 次のチケットは、どこのバグから片付けるんだい?」


 ガルムが意地悪く微笑む前で、意識高い系の新上司は、ただ一人、乾いたホコリの匂いの中で情けなく膝から崩れ落ちるのであった。

 新世界での終わらないデスマーチ……その真の恐ろしさを知るのは、何も底辺の技術者だけとは限らないのだ。


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