5話:国の基礎となる村を設立する為の下準備
ルスがルルーンガリアのハンターズギルドから戻ったのは、まだリュミ、アベリア、エミルが休んでいる時間帯であったが、ルグは起きていると分かっていたルスは迷わずルグの部屋に返事を持って姿を見せにきていたが、ルグは少しぼんやりとしながら窓辺で赤ワインを味わっていた所。
気配がしてドアを見たルグがルグの戻りを知って、ぼんやりしていた意識をしっかりさせた所でルグを見ている視線に気付く苦笑を浮かべる。「おいで」と言って人型をしているルスを招くと大人しく傍に来て着ていた服の内側にあるポケットに入れていた、ハンターズギルドからの返事が書かれた手紙を取り出して差し出すとボンっと音を立ててルスは人の姿から本来の犬の姿に戻る。
『ハンターズギルドは殆ど無条件で受け入れる。そんな雰囲気であった。この土地が栄える事を望む者もいたようだ』
「そのようだね。うん、色良い返事内容だ。これで巣穴の掃討をして、安全を確保してから村の基盤の建築に入ればいい。ルス、疲れただろう? 数日も僕の傍を離れたから魔力が少ないだろうからね。少し飲むといい」
ルグが右手の人差し指を牙で噛み切ると、赤い鮮血がプックリと表面に膨らみと共に出てきて、その血をルスに差し出すとペロリとザラザラしいた犬の舌で舐め取李、それと同時に減っていた魔力が回復していくのを感じ取っていた。元々ルスはルグの血を以って契約している魔犬種である。
ルグの傍を離れて魔力が枯渇した場合は普通の犬のようになるだけで、命がどうこうする事はない。だが、ルグはルスに緊急時にアメリアとエミルを守らせるつもりでいるので、今の内に魔力を回復させておくべきだろう事は伺い知る事ができる。
『なんだかぼんやりとしているようだが?』
「うん。ちょっと兄さん……ルルーンガリア国王との約束を思い出していたんだよ。国王は、このルルーンガリアを色々な種族の憩いの地にしたい。そう言っていた……それに関しては僕も異論はない」
ルグがこの土地の領主なのも、実兄であるルルーんガリア国国王のレイドルが身内だからという理由がある。だが、それ以上にレイドルはルグを信頼して、この土地の開拓を任せているのであった。
その兄の事を考えていたとルグは言うが、ルスはその言葉に隠されている事情を知っている。レイドルはルグに確かに信頼と信用を寄せてはいる。
だが、それは二人だけの間にある信頼関係であり、政治的に見ればルグは次期国王の座を狙う存在でもあると見られているのもまた事実である。そして、首都に住めないルグを不憫に思ったレイドルが権力を無理矢理行使して与えてくれたこの土地を栄える国にする事が、ルグに出来るレイドルへの恩返しなのであった。
『レイドルに何かあったのか? お前がレイドルの事を考える時は何かあった時だと相場は決まっている』
「……義姉さんに子供が産まれた。それも男の子だ」
『跡継ぎが産まれた、と言うことか。ではルグは……』
分かっていた筈である。兄に子が、子供で男であれば王位継承権の優先順位は入れ替わる。
それに関してはルグも充分に理解をしているから異論はない。ただ、産んだ女性が問題なのである。
義姉とは言え身内であるから顔を合わせた事はある。だが、義姉は……愛を強く求めるがあまり、夫である兄以外の男性を求める事も多かった。
「兄さんの子供か? って声が上がっているそうなんだ」
『……』
ここまで言えばルスも分かる。子供の血筋を確かめる方法を知る者達が集められる事を。
そして、それと同時に兄であるレイドルは子供が自分の子じゃないと断定されたら……母子共々追放して暮らさないといけない事に心を苦しめる。弟としてそれは嫌だし、避けたい現実でもあった。
『どんな状況であれ、今のお前が案ずるのはそこではない。今はこの土地を開拓して、少しでもレイドルの負担を軽やかにして、首都に戻る事を目指すべきだ。リュミ、アベリアはいいとして。エミルの事が気になるのであろう?』
「まぁ、王位継承権が消滅しない限り僕に向けられる疑念は晴れないから。それはいいとして、巣穴の掃討を開始するのにはギルドのハンターが到着してからになる。でも、この手紙の流れだとすぐに派遣してくれそうだ」
ルスの頭から背中に掛けてのフワフワとした赤毛の毛を撫でながら、ルグは静かに口元に笑みを浮かべてから赤ワインを一気に喉に流し込んで、渋みのある口当たりを楽しんだ。そして、ルスが戻っている事をリュミ達が知ってルグとハンターズギルドの返事を話していたリュミが少し考えていたのである。
「この土地の巣穴はなんのモンスターが棲み着いている?」
「ゴルゾネと言う土の養分を独自の身体から生え伸ばした器官を使って飲み込む地中モンスターだ。巣穴自体は小さいんだけれど、その個体数の多さと芋虫みたいな姿からは想像出来ない素早い動きで溶解液を吐き出して攻撃する。その巣穴がこの村を建築予定の土地に推定でも五十個は下らないんだ」
「うげっ、芋虫〜」
「あまり、大量で見たいモンスターではありませんね……」
アベリアとエミルが気持ち悪いのだろう想像しただけでも、顔を顰めていたがリュミは逆に少し考えて顎に指を添えて何か記憶から探っているようではあった。エミルがルスの背中に甘えるようにして寄り掛かっているのをアベリアとルグは微笑ましく見守る。
「確かゴルゾネの苦手な煙があった筈だがな」
「煙、ですか?」
「独自の器官を刺激する煙なのかな。聞いた事は僕はないけれど」
「ハンターズギルドの連中がある程度の準備をしては来るだろうから、その間の準備を俺はしておこう。ただ、ルス、お前は煙が出ている間は屋敷から出るなよ?」
リュミがそこまで言ってルスを見ると、ルスも理解したのかペタンと床に伏せて頭をも下げてしまった。エミルが励ますように撫でているもアベリアはルグに視線を向けて、疑問を口にして問い掛けてくる。
「ルグ様、どうしてそのゴルゾネを放置しておいでだったんですか?」
「それが、僕がこの土地の領主になったのはまだここ三年ほど前の話で。その前の領主がいたのは僕が着任する五十年前だったと聞いているよ。空白の時間があり、その間にゴルゾネが大繁殖をしてしまった、って事だ」
ルグ自身、このゴルゾネの駆除を考えて色々と実行に移してはきたものの、まだルグを領主だとは認めてもらえない状態で村の設営の為に協力を得ようとするのは非常に難しい話ではあった。ここ三年間で地道な交渉と話をすることで近隣の村々には理解を得る事はできたが、ゴルゾネ掃討は人の手があっても折れる仕事である。
報酬を与えるとしても、相手はモンスターでもあるから危険は避けられない。ハンターズギルドに伝があった訳でもないルグには簡単に仕事を広げる決断は出来なかった。
「ルグ、土地の何処から何処までをまず掃討するか教えてくれ」
「それじゃ現地に行こう。エミル君達はルスと一緒に休んでいて」
ルグがホリゾンブルーの髪を揺らして、リュミの隣を歩いて室内から出ていく。エミルはそのルグの後ろ姿を何やら思うところがあって見守っていたが、アベリアはリュミの背を黙って見送る。
ターゴイズブルーの髪を持つリュミとホリゾンブルーの髪を持つルグが並ぶとブルー兄弟のように見えてしまうが、玄関まで来た時にルグがリュミの視線に気付いて顔を上げる。リュミは少し戸惑いながらもルグを見下ろしていた。
「何だい?」
「あー……いや、その……アベリアから頼まれた事なんだが」
「シスターから?」
ルグは目をパチパチとさせて、リュミのアッシュグレーの瞳を無防備に見つめていた。それがリュミには汚れない少年のような眼差しを連想させて、少々この後に話す内容が言いにくくなる。
玄関のドアを開けながらリュミはアベリアがどうして自分にその話を、ルグにしてくれと話をしたのか理解が出来ない。アベリア自身が聞けばまだルグだって違和感を持つ事もなく聞いて、答えてくれるだろうに……と内心でリュミの呆れた声が広がる。
「実は……な?」
「うん」
言いづらい、非常に聞きづらい。この手の話はリュミは無頓着なので感覚が分からない。
そして、ルグにはこの手の話をする相手がどうしてリュミなのかは、実はアベリアがある事を考えていたからであって。それは幼馴染のリュミでも理解するのは少し難しい理由ではあるが。
「……ルグの髪がどうしてもサラサラでしかも痛みのなさそうな状態に見えるから、何を使ったらそんな綺麗な髪になるのかを聞いてこい。って脅された」
「……」
サクサクと草を踏み締める音だけが二人の間に聞こえている。あぁ、とリュミは密かに後悔してしまう。
アベリアやエミルからしたら大事な話かも知れない、女性は皆が美しい髪を求めるのはリュミの姉を見ていたから理解は出来る……だが、それをルグに聞くのを任せる相手を間違えていないだろうかと強くリュミは思う。だが、少し黙っていたルグがやけに真剣な声で返した内容にリュミはギョッとした。
「僕は一応「レーレリアン」の種子を使ったヘアオイルを寝る前に使っている程度なんだけれど」
「「レーレリアン」!?」
「レーレリアン」とは簡単に言えば毒の華と呼ばれている華で、沼地にしか咲かない華。その種子も当然のように毒があるが、それをヘアオイルにして使っていると聞いて、リュミは思わず足を止めた。
ルグだって常識で考えればおかしいのを使っているとは自覚しているのだろう。リュミが足を止めた二歩先で立ち止まり困っているような表情を見せて振り向いてくれて、苦笑を見せる。
「お前、毒を使っているのか?」
「普通ならそう思うだろうとは分かっている。ただ、この土地に領地として沼があって、採れるんだ。それで有効活用出来ないか? って事で執事達やメイド達の知恵と技術を借りて毒を抜いてオイルにする方法を確立はさせた。ただ、あまり効率的な方法じゃないから量が取れなくて」
そこまで話をして、ルグが落ち込んだように顔を逸らす。だが、リュミはある人物の事をルグの耳に入れる。
「ルグ、今度派遣されるハンターの中に“クオン”って言うハンターがいる筈だ。女性のハンターだが彼女にそのレーレリアンの毒の摘出方法を相談してみろ。面白い程に色々な提案がされるだろうから」
リュミが口元にニヤリと笑みを刻んでから巣穴が見える位置に向かって歩きを再開すると、ルグも並んで歩きを再開させる。ルグは人間のこのような困っている相手を助ける事を無条件で行う性質を、正直素晴らしく誇らしいな、と思う事も多い。
巣穴の見える高台に来た二人は地図を広げて開始の位置と終わりの位置を確認する。それと同時に風の流れと必要な資材を配置出来る位置の確認までをリュミとルグは終わらせた。
「これだけの等間隔じゃない巣穴なら、煙と水責めは有効だろうと思うが、専門ハンターがどう判断するかだな」
「これだけの多さにどれだけの日数が必要だろうか?」
「俺の経験だけで判断するというか計算するのであれは……四日は必要だロウと思う。巣穴の中にいるゴルゾネを駆除してから、卵の確認、孵化した幼虫の駆除、死体を焼き払い、それから巣穴の穴を塞いでゴルゾネの巣穴に残る残香を中和剤での消臭を得て、掃討は終わる」
リュミの的確な内容の説明を聞いた上で、意外と……と思っていたルグ。ルグは数ヶ月の時間を要すると普通に考えていた事もあり、それが四日だと聞いて驚きを密かにしていたのである。
高台の上で、土地の上をノタノタと動いているゴルゾネを見下ろしていたリュミの瞳が微かに細められる。そして、ルグは気付かなかったが、リュミのアッシュグレーの瞳に少しではあったが獰猛な野獣の炎が宿っていた。
村を設立する為、下準備を行う為にもリュミは道具と資材置き場を確保する為の位置を最後に確認。ルグと一緒に屋敷に戻って行った。
間も無くゴルゾネ掃討を行う準備が整う。村作り第一歩はここから始まる。




