4話:五年前の出来事と傷痕
ルルーンガリア国は五年前にある悪竜に襲われた事があった……その悪竜は突如として姿を見せて降り立った土地の住民達を襲って壊滅的ダメージを与える。首都であるルルーンガリアに迫っていたらハンターズギルド総出の防衛戦を行なってでも撃退するつもりは当時の国にはあったが、悪竜は何故かルルーンガリア国の西の土地にある巨大な湖の傍からは動こうとはしなかった為に、近隣の村や町から勇士が募られて討伐部隊が編成される。
「五年前、俺とアベリアはすでに成人となっていて、村の中でも俺の一家は猟師として活躍していた村専属のハンターだった。親父も兄貴も弟も、その悪竜討伐部隊に志願していたのは当たり前だと言える」
リュミは当時を振り返るように、アッシュグレーの瞳を伏せて記憶を呼び起こす。窓辺に立って瞳を伏せるリュミに話を聞いていたルグは、その立っている姿と窓から差し込む太陽の光が合わさってまるで絵画のようだなと感じ取っていた。
「俺も当たり前のように志願していたが、その頃にはアベリアがエミルと暮らしていた事もあって親父と兄と話し合って、母と姉と一緒にアベリアとエミルを一時的に首都に避難をさせる事となったんだ」
「僕が知る限りだと、悪竜は首都に避難する人達には一切危害を加える素振りは見られなかった。だが、自分を討伐をしに集まった者達には情け容赦なく暴力的な攻撃と力で捩じ伏せている。それに君も?」
ルグの記憶にある情報を元に当時の状況を細かいレベルでイメージしては、リュミに視線を向けて静かに問うた。それに対してリュミの答えは頷きだけで返されたが当たり前の反応仕草だと言っていい。
悪竜は普通に考えて悪竜と呼ばれると言っても必ずしもが、その行動全てが悪いとは断定出来ない。それが証明されたのは壊滅的ダメージを受けた討伐隊を全滅させようとはしなかった悪竜の判断にて、証明はされたがその判断の基準になった理由がどうしても解せないのである。
「悪竜はどうして人里に降り立ち、人を襲い、壊滅的なダメージを与えておきながら、討伐隊を全滅させなかったのか? 結局、悪竜は戦闘後に姿を消した……気付いた時には姿が見えなくなっていたのだと後々救助に来てくれたハンターズギルドのハンター達に聞かされた」
蒼、悪竜はどうして人を襲い、壊滅的なダメージを与えていたのにも関わらず討伐隊を全滅させなかったのか? それが未だに当時の討伐隊に参加した者達の謎を生んでいる。
ルグは腕を組んで、壁に背中を預けて少し考える。時期と悪竜の行動を照らし合わせると吸血鬼の記憶の中にある竜の生態行動から推測して、ある可能性を一つ提示してみてからそれを言い出すだけの裏付けに近い話を説明することを始めた。
「竜の生態から考えられる一つ可能性のある行動があってね。竜は長寿であるが故にその知識を最大に形にして残しておくという行動を取る事がある。その行動を取るのは殆どの場合が……死期を悟った竜が取る事が多いんだ」
「それじゃ、悪竜は自分の知識を形に残す為に人里に降り立ち、あまつ死期が迫っていたから知識を何かしらの形に残していた……って可能性があるってことか?」
「考えとして挙げられる可能性の一つだけれど。悪竜が討伐隊を全滅させる程の力を使わなかった……そして、その後に姿を消している。濃厚な可能性だとは断言できはしないけれど一応可能性の一つとして言っておくかな」
ルグが自分も五年前に現地にいればまだ答えもしっかりとした確たるものになるとは思った。だが、既に終わった事でもあるし、これ以上ルグが何かを口にしても真実は明らかになることはしばらく先までないことは明らかである。
リュミはルグが示した可能性の答え合わせをするのもありだな、と考えていたがルグの視線を感じてある状態の事を素直に明かしておこうと決める。ルグの前に移動したリュミが自身のシャツのボタンをはずして開いた先にあるリュミの上半身には……黒い爪痕が生々しく残っていた。
「これは……」
「正式な呼び名は俺は知らないが、ハンターの人間が言うには「竜に魅入られている証」だって事だ。討伐隊の時に受けた怪我から回復した時には既にあった」
竜に魅入られる、それが何を意味するかはルグはすぐに自身の持ち合わせている知識の中から、答えを導き弾き出した。竜が最後の瞬間を迎える際に残すのがこの爪痕である事を伝えるべきかと少し悩む。
悩んでいるルグを見てリュミは苦笑を浮かべていた。この爪痕について反応しずらい、と思っているのだろうと盛大な勘違いをしているのはリュミとルグ双方の意思疎通が出来てない証拠。
「リュミ。少し触れてもいいかな?」
「爪痕にか?」
「いや、君に」
金色の瞳でアッシュグレーの瞳を見つめてくるのを、ただ、驚きに近い感情で受け止める。それが何を意味するのかはリュミには分からないが、触りたいと言われてリュミには断る理由はなく。
試しに右手をルグの前に出すとルグは両手を使ってリュミの右手を包み込むようにして、そっと握り締めるとその状態で魔力を手の中に集めるようにし集中をし始めた。怖い、とは思わなかったが何をしているのだろうかと疑問を浮かべていたリュミの身体に変化が起こり始める。
ルグの魔力に身体が熱くなる。それが内側から徐々に心臓から身体全身に血流が爆発する為の激流となって全身を駆け巡る感覚を強制的に味わってしまう。
「うっ……!」
「……あった。これだ。もう少しで楽になるよ」
ルグはリュミの身体を通して手の中に集中して集めた小さな魔力の塊を生成し終えると、それが終わったと同時にリュミの熱さを持て余していた身体は徐々に冷え始める。激しい現象の変化に戸惑いはあるものの、それはそれで新しい感覚だと分かってリュミは少し楽しんでいるようにもルグには思えた。
そして、魔力の塊をリュミの右手の上にコロンっと鎮座させたルグは、はっきりと塊の中身と消えていくだろう爪痕について告げる。リュミはそれを聞いて最初は理解が出来なかった。
「さて、その魔力の塊はリュミの体内に刻み込まれて宿っていた悪竜の「知識の力」を具現化した物。そして、具現化した事により君の身体に刻まれた爪痕は消えるよ」
「……」
「おーい、リュミ〜? 分かる〜?」
ヒラヒラとリュミの目の前でルグの左手が左右に揺れて、視認しているかの確認をしていた時。リュミは自分の中にどうして悪竜の「知識の力」と呼ばれるモノが宿っていたのかと、一生懸命に考えている所であった。
普通に考えれば大怪我を負って、それで気付けば竜に魅入られている。それがどうしてこの小さな塊を具現化しただけで解消されるのか? それを考えていれば放心状態にもなる……とルグは自然とそう考えてクスクスと笑って地図を広げている机に向かう。
「ルグ……」
「竜は気高くも知識深い種族。このポーストレでは生息数は少ない種族だからこそ、その長寿で得てきた知識を何らかなの形にして残したいと思うのは、僕達吸血鬼にも通じるところではある。そして、悪竜は最後の瞬間を迎えた時に君を器として認めた。それだけの事実だったと思うよ」
さも、その時の悪竜を見ていた……そんな印象をルグに感じたリュミ。そこにドアをノックする音が聞こえてくる。
「リュミさん、ルグ様、ケーキが焼けました」
「食べよ〜?」
アベリアとエミルが台車に大量のスイーツを乗せて部屋に入ってくると、リュミは塊を握り締めたままでシャツのボタンを閉める。ルグがエミルが持ってきたプレートに並ぶ宝石のようなクッキーを一枚手に取り口に運ぶとサクッと音がして、モグモグとルグは食べていた。
エミルがルグの顔を見上げて、感想を待っている間にアベリアはリュミに近寄り、リュミにいつも村にいた頃から焼いていたフルーツタルトを乗せた皿を差し出す。
「ありがとう」
「お話、出来ました?」
「あぁ、それで俺の身体の爪痕も消えるそうだ」
リュミが皿を受け取りそっとアベリアに告げると、アベリアは無為意識だったのだろう。長年幼馴染をしているリュミでさえ顔を赤る程の柔らかな女性らしい微笑みを浮かべていたのである。
何故、アベリアの微笑みを見て胸が高鳴るのかはリュミには理解は出来ないが、それでもアベリアが喜んでいるならそれはそれでいいか、と思うリュミであった。ティータイムを始めた四人は今後の流れとしては、村を作り、それを街に発展させ、そこから国へ進展させていく……それが一連の目的の流れである事を再確認する。
「まずは一歩を踏み出さないといけないよね。村として土地はあるんだから、今度はそこに住む為の巣穴駆除だね!」
「それについては明日辺りにでもルスが戻ってきて、ハンターズギルドからの返事をくれるだろう。現場はハンターの方が無難に動きの効率は速いからな」
エミルの言葉がしっかりと目標を見定め、リュミが付け足すように自分の役目を口にする。マナーは悪いが宝石クッキーを食べながらルグはサラサラと活動目的やそれに掛かる経費などを、おおまかではあるが計算したり書き込んだりと作業に余念はなかった。
アベリアは紅茶のお代わりをそれぞれに注いだり、自分に出来る事を考えてはいたが目立って出来ることは今のところ考えられない。エミルは医者になるとの夢があるから医術の心を普通の者よりかは持ち合わせ得ている。
だが、アベリアは村でシスターをしていただけで、魔法が使える訳でもなく平凡なヒューマンとしての基礎能力しかない。だが、そんな自分でもきっと何かが出来ると思うアベリアをルグはある役目をお願いする事を考えていた。
「あ、お兄さん。あれ教えて? ナイフで怪我した時の処置の方法」
「ん? あぁ、いいぞ。ナイフは……」
「ふふっ」
アベリアにはリュミがエミルに教える時に実体験を交える事をするのが、エミルの理解力を最大に活かせると考えていた。だから、エミルとリュミが話し合う姿を見ていると自然と微笑みを浮かべることができる。
ルグがそのアベリアにある質問をする為に近寄り、隣に並んで問いかけた。
「アベリアシスター、少し質問をしてもいいかな?」
「私にですか? 何でしょうか」
「子供は好き?」
「はい。大好きです。村でも子供達の世話をよくしていました」
子供の話題が出て、アベリアは子供が好きな事を聞かれて無条件で嬉しそう返事をする。これでルグの考えている事が一つ達成出来そうな見込みが成立しそうではあった。
「実は、巣穴の除去をするに当たるハンター達は殆ど家庭を持っている者達が主力を担うと思われる。そして、伴侶のパートナーも大体はハンターかそれに連なる職業をしている事が多いのが現状で。そこに子供の存在を確認すると、子供の面倒を見てもらえる人材が必要なんだよ」
「私にそのお役目を与えてくれる、って事でお話のお答えは合っていますか?」
流れからして、その反応を目の前のルグはしているのではないか? アベリアは自分の浅はかな予想が外れてしまわないかと不安も感じてはいたが、ルグはフッと微笑みを浮かべるとアベリアの為だけに用意する事を前提にと前置きをする。
「子供達に少し勉強なども教えれるかな?」
「一般的なレベルの教養であれば私もお教えする事が出来ます。エミルにもその内容で教えているので」
「なら、決まりかな。アベリアシスターに子供達を任せてしまうけれど」
「ハイっ! 任せてください!」
自分にもできる事があった。それが何よりも嬉しくて、頼られた事に感謝を持って応えたくて。
ルグを見つめるアベリアのパープルの瞳が嬉しそうに、それでいて希望を宿す輝きを見せている。アベリアを除け者にするつもりはルグにはないし、アベリアの最大に能力を活かせる役目を頼む事をルグは躊躇いはしない。
シスターと言えば神聖さを売りにしているシスターも多いと言われている時代であるが故に、アベリアの事をそんな目で見る輩もいるかも知れない。だが、アベリアは自分の力でその目を変える事ができるのをルグは信じているのだ。
「ルスが戻って、ハンターズギルドからの返事を確認してから巣穴の掃討を開始しよう。ここからが国造りの始めの一歩だ」
吸血鬼が作る国造りが今まさに幕を開けようとしていた。そして、その国造りを通してルグとリュミ達は世界を変えていこうとするのだろう。
世界がルグ達に示す疑問と質問。そして、それに答えようとするルグ達にどうか光の加護があれ。




